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研究者コラム

「しんかい6500」で深海まで行って生物の新「界」を発見した話

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井町寛之、海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
Masaru K. Nobu (延 優)、海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門

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左から、井町寛之、Masaru K. Nobu (延 優)(超先鋭研究開発部門

JAMSTECでは深海や海底に存在する未知な微生物の実態を解き明かすための研究を長年にわたり行なっています。今回、私たちは「しんかい6500」で採取した深海の泥から培養に成功していたアーキア (古細菌) であるMK-D1株が、これまでに知られているいずれの生物とも遠縁で、既知の生物グループに分類できない、極めて新しい生物であることを明らかにしました。これまで原核生物*1は7つの「界」に分類されていましたが、本研究においてMK-D1株を代表とする新しい界プロメテアーカエアティ (Promethearchaeati) を提案し、認定されました。生物分類における上位階級である界の認定は極めて稀であり、私たち人間を含む真核生物と照らし合わせると、動物や植物と並ぶような大きな生物群を発見したことと同じ意味になります。本成果は、原核生物の記載・命名の専門誌「International Journal of Systematic Evolutionary Microbiology」に発表しました。

*1 原核生物
原核生物とは細胞内にDNAが入った核を持たない生物のこと。つまり原核生物はアーキアやバクテリアを指し、単細胞の微生物のことである。微生物と原核生物は同じ意味で用いられることも多いが、微生物は目で直接に見ることができない生物の総称を指す。従って、微生物という言葉を使うと、厳密には原核生物だけでなく酵母やカビなどの真核生物も含む意味となる。

生物の分類について

現在の生物分類は、DNA情報を使った客観的な方法で行われ、地球上の生物は大きく3つに分類されるという3ドメイン説が用いられています。3ドメインにはアーキア (古細菌)、バクテリア (細菌) と真核生物があります。最新の分類では、アーキアとバクテリアにはそれぞれ3つと4つの界があります。一方で、真核生物では界は使われておらず、ドメインの下の階級としてスーパーグループという名称が使われています。昔は、生物を5つや6つの界に分ける5界説や6界説という分類法がありましたが、これらの古い分類で使われている界と今の3ドメイン説の界は意味が異なります。

MK-D1株とは?

MK-D1株は「しんかい6500」で採取した深海の泥から12年の歳月をかけて分離することに成功したアーキアに属する微生物です (図1)。このMK-D1株は私たち真核生物の起源と関係するとされている通称アスガルドグループの初めての培養株として世界的な注目を集めました。

図1 アーキアの4つの界とプロメテアーカエウム シントロフィカム MK-D1株の走査型電子顕微鏡像。右下のスケールバーは1 マイクロメーターを示す。

プレスリリース:真核生物誕生の鍵を握る微生物「アーキア」の培養に成功―生物学における大きな謎「真核生物の起源」の理解が大きく前進― 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

現在、このアスガルドグループについては世界中で精力的に研究が進められており、このグループ属していたある種のアーキアが真核生物の祖先となったであろうという証拠が次々と報告されています。

提案した学名とその由来は?

MK-D1株は既知のアーキア種のいずれとも遠縁であるため、種〜界まですべて新しい学名を提案し、認定されました。
MK-D1株にはプロメテアーカエウム シントロフィカム (Promethearchaeum syntrophicum) と命名しました。属名のPromethearchaeumはギリシャ神話の神であるプロメテウスに由来します。プロメテウスが泥から人類を作り、人類に火を与えたとされるという神話が、MK-D1株を含むアスガルドグループが真核生物の起源と関係していることにちなんでいます。種名のsyntrophicumは共生を意味しており、MK-D1株が他の原核生物と共生しないと生きていけないという性質に由来します。上位分類階級である科〜界の名称はその分類グループで最初に記述された分離株に与えられた属名を型 (基準) としなければならないという国際原核生物命名規約のルールに従いました。つまり、MK-D1株の属名のプロメテアーカエウム (Promethearchaeum) が型になるので、それぞれの分類階級を表す接尾語を属名につけていきます。界を表す接尾後は-atiですので、界の名前はプロメテアーカエアティ (Promethearchaeati) としました。
他の界の原核生物はエネルギーの大部分を増殖に使って次々と世代交代をしていくのが特徴ですが、このプロメテアーカエアティに属する生物は、エネルギーの多くを増殖ではなく、細胞の外側に構造物 (突起) を作るのに使っていることが大きな特徴であると考えています。真核生物は増殖よりも個体維持や複雑な外部構造の構築 (ヒトであれば髪や爪、鳥であれば羽) に大きなエネルギーを使っていることが一般的な特徴であると捉えてみると、ある意味、プロメテアーカエアティは、真核生物のような生き方を持っている生物であると我々は考えています。

新たな分類を提案するに必要な情報とは?

他の生物と比較する必要があるため、生化学的・物理学的・遺伝学的な特徴を調べます。今回のMK-D1株に関しては、細胞の形や大きさ、増殖するために使う食べ物の種類、増殖の速度、生育できる温度範囲、酸素に対する感受性、ゲノム配列などを調べました。また、菌株を世界中の研究者に提供する際に重要となる保存方法についても調べました。

分類の認定には他に何が必要?

新たな分類が承認されるには生きた菌株を公的な菌株保存機関に寄託*2して、世界中の研究者がアクセスできるようにする必要があります。しかし、MK-D1株は (1) これまでに知られているどの微生物よりも増殖が遅いこと、(2) 酸素に触れると死んでしまうこと、(3) 増殖が定量PCR*3を使わないと判断できないこと (普通は肉眼で培養液の濁りやコロニーの形成により増殖しているのがわかる)、そして (4) 他の原核生物と共生しないと生きていけない、といった性質を持つことから取り扱いが非常にやっかいな生物です。そのため、菌株保存機関で保存と管理に成功するまでに3年の時間がかかりました。新たな分類が認められるためには、他にもルールがありますが、その詳細は国際原核生物命名規約に書かれています。

*2 菌株保存機関に寄託
生きた菌株を菌株保存機関に送り、培養と保存をしてもらうこと。菌株を菌株保存機関に寄託することは、科学的再現性を保証するだけでなく、新たなバイオリソースとなり世界中の研究者と共有され、さらなる科学研究や産業の発展にも寄与するものとなる。従って、微生物学の発展に菌株保存機関は必要不可欠な機関であるといえる。

*3 定量PCR
ポリメラーゼ連鎖反応 (polymerase chain reaction: PCR) を利用した特定のDNA配列の量を測定する技術。この技術は生物学が関わるあらゆる分野で広く利用されている。新型コロナウィルスの検査にも定量PCRが使われたことは記憶に新しい。

おわりに

深海や海底にはまだまだ未知な微生物がたくさんいます。今後もそのような微生物の培養化に取り組み、科学的あるいは産業応用的にも重要な微生物の実態解明を続けていきます。また、菌株保存機関を通じてMK-D1株を世界中の研究者に提供することができるようになりました。MK-D1株は進化学および生態学の面からも極めて重要な生物であると位置付けられているため、本菌株が広く使われることで新たな発見がなされることを期待しています。

《今回発表した論文》
著者:Imachi H, Nobu MK, Kato S, Takaki Y, Miyazaki M, Miyata M, Ogawara M, Saito Y, Sakai S, Tahara YO, Takano Y, Tasumi E, Uematsu K, Yoshimura T, Itoh T, Ohkuma M, and Ken Takai.
タイトル:Promethearchaeum syntrophicum gen. nov., sp. nov., an anaerobic, obligately syntrophic archaeon, the first isolate of the lineage ‘Asgard’ archaea, and proposal of the new archaeal phylum Promethearchaeota phyl. nov. and kingdom Promethearchaeati regn. nov.
掲載情報:International Journal of Systematic Evolutionary Microbiology, vol. 74, issue7
doi: https://doi.org/10.1099/ijsem.0.006435