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研究者コラム

寒冷渦の台風進路予測への影響

記事

地球環境部門 環境変動予測研究センター 山田洋平

はじめに

令和6年の台風10号は本州の南、マリアナ諸島付近で発生しました。その進路は北に進み、本州に直撃すると予測されていました。ところが実際の進路は西に大きく外れて九州の鹿児島県に上陸しました。近年台風の進路予測は大幅に向上していますが、台風10号は進路予測が難しかったと考えられます。

台風は台風の周りの大規模な大気の流れ(指向流といいます)の影響を受けて移動します。代表的な指向流として、太平洋高気圧の縁辺にそった大気の流れや日本付近の偏西風があげられます。このほかに台風自身の構造も台風の進路に影響します。さらに台風の周りに他の渦が存在する場合には相互作用をしてそれぞれの進路に影響を及ぼすことが知られています。

台風と相互作用をする渦の代表的な例が寒冷渦です。寒冷渦は低気圧の一種で、特に対流圏の中層から上層に発生します。令和6年の台風10号の進路にも寒冷渦が影響した可能性が指摘されています。台風と渦の相互作用は、両者の距離や位置関係によって異なります。つまり台風の進路予測の精度向上には、台風だけでなく寒冷渦も精度良く予測する必要があると考えられます。

本コラムでは、寒冷渦の影響を受けた台風の例として、令和元年に千葉県を中心に甚大な被害をもたらした令和元年房総半島台風(以下では房総半島台風と呼びます)を対象とする大規模なアンサンブルシミュレーションを利用した研究成果を紹介します。アンサンブルシミュレーションとは、大気の初期条件を少しずつ変えた数値シミュレーションの集合を指し、個々の数値シミュレーションをアンサンブルメンバー(以下ではメンバー)と呼びます。アンサンブルシミュレーションではほんのわずかな初期値の違いによって台風と寒冷渦の関係がメンバー間で変わってきます。メンバー間の違いを分析することで、どのような場合に現実の台風のふるまいが現れるか、そのカギとなる過程を理解することができます。

房総半島台風 大規模アンサンブルシミュレーション

房総半島台風は発生(日本時間令和元年9月5日午前3時)から4日未満という短時間で日本に上陸(日本時間令和元年9月9日午前3時)しました。シミュレーションの開始時刻は上陸19日前の令和元年8月21日から9月5日まで開始日を1日ずつずらしながら、1日あたり100メンバー(合計1600メンバー)の大規模アンサンブルシミュレーションを実施しました。シミュレーションには物理法則に従って雲を直接計算する気象シミュレーションソフトウェア「NICAM」を利用しました。先ず、何日前からシミュレーションを開始した場合に、房総半島台風に類似した台風が発生し、現実の房総半島台風のように日本に向かう可能性が高まったのかを調べました。

発生は実際の房総半島台風の発生位置(北緯18.5度、東経156.7度)から半径1000km以内を発生時刻(令和元年9月5日午前3時)の前後5日以内に通過した渦が存在するか否かで判定しました。この条件を「発生条件」とします。日本に向かうか否かは房総半島台風が日本時間9月9日午前3時に東京湾(北緯35.3度、東経139.7度)に位置していたことから、発生条件を満たした渦が東京湾から半径1000km以内を9月9日午前3時の前後5日以内に通過したか否かで判定しました。この条件を「通過条件」とします。

1600メンバーのうち1551メンバーのシミュレーションで発生条件を満たした台風がシミュレートされており、その後に通過条件を満たした台風は1551メンバーのうち885メンバーでした(図1上段)。シミュレーションの開始時刻に注目すると、上陸の15日以上前に開始した場合、通過条件を満たしたメンバーの割合は30%程度でしたが、上陸の14日前以降に開始した場合、通過条件を満たした台風がシミュレートされる確率が増加し、上陸の12日前に開始した場合には、その確率は70%に達しました(図1下段)。全体として、通過条件を満たした台風が発生したメンバーの割合はおよそ6割を超えていました。

図1
図1 シミュレーションの結果。上段:発生条件を満たした台風の経路。濃い青線は通過条件も満たした台風の経路を示す。黒線は観測の房総半島台風の経路。黄色と赤の点は房総半島台風の発生位置と上陸位置を示す。下段:計算開始時刻の違いによる発生条件および通過条件を満たしたメンバーの数。横軸は現実に房総半島台風が上陸した日(日本時間令和元年9月9日)に対して何日前にシミュレーションを開始したかを示す。水色は発生条件のみを満足した台風が発生したシミュレーションの本数、濃い青色は発生条件と通過条件を満たした台風が発生したシミュレーションの本数を示す。

寒冷渦と台風の位置関係のメンバー間の違い

通過条件を満足する台風が発生したメンバーと発生しなかったメンバーでは何が違ったのでしょうか。両者の違いは寒冷渦でした。寒冷渦と台風の相互作用は寒冷渦と台風の位置関係によって異なり、台風の北西側に寒冷渦がある時には、台風が北側に向かう傾向があると報告されています。以下ではアンサンブルシミュレーションで台風の発生条件を満たしたメンバーのうち、通過条件も満たしたメンバーを「タイプAB」、通過条件は満たさなかったメンバーを「タイプA」と呼びます。

まず過去の実際の大気の状態を再現した再解析で、房総半島台風と寒冷渦の状態の時間変化を確認します。8月30日の段階では台風(実際には台風の強度にまで達しない熱帯低気圧の状態で日本のはるか南東、日付変更線付近の北緯10度付近に存在)の北西側に南西から北東に伸びた正の渦域が確認でき(図2a)、9月2日には独立した正の渦域を形成しだし(図2e)、9月4日には台風の北西側に寒冷渦を形成した様子が確認できます(図2i)。

次にタイプAとタイプABのメンバーで台風と寒冷渦の位置関係を比較します。図2の台風が日付変更線付近に到達した日時の状態を示しています。この時刻には台風の北西側に正の渦域が南西から北東に伸びている様子が確認できます(図2bとc)。台風の位置に注目するとタイプABとタイプAでは台風の位置は北緯15度付近に存在し、両者はほとんど変わりません(図2d)。

台風が西に移動して東経170度に到達しています(図2中段)が、台風の位置はタイプABとタイプAでまだほとんど変わりません。しかし北西側に存在していた正の渦域に注目すると、タイプAでは南北に波打っていますが(図2g)、タイプABでは東西に直線上に分布しています(図2f)。両者の差を取ると台風付近の北西側に正の渦度偏差が確認でき、タイプABでは台風を北に移動させる北向きの指向流がより強かったことが確認できます(図2h)。

下段はさらに西に移動して東経160度付近に到達した時の状態を示しています。タイプABでは台風の北西側に正の渦域が確認でき、この渦域は寒冷渦を示しており、指向流の北向き成分が大きくなっている様子が確認できます(図2j)。タイプAではタイプABよりも離れた位置に正の渦域が存在し、指向流の北向き成分も大きくありません(図2k)。タイプABでは台風の北西側に見られる寒冷渦の影響で、タイプAに比べて台風付近の指向流の北向き成分が大きくなっています(図2l)。この影響で台風が北西進し日本に向かっていったと考えられます。台風の西進のタイミングはタイプABとタイプAで大きく変わらないものの、寒冷渦の位置はタイプABの方がタイプAよりも台風に接近していたことから、寒冷渦の位置のメンバー間の違いが、台風進路が日本に向かうか否かを決めるカギであったことが示唆されます。

図2
図2 高度300hPa面の渦度(色、正値は低気圧性の渦度、負値は高気圧性の渦度)と指向流(矢印、台風の進路に影響を与える大規模な大気の流れ)で示した房総半島台風周辺の環境場。一列目は再解析の値で☆印は房総半島台風の位置を示す。二列目はタイプAB、三列目はタイプAのシミュレーション結果をアンサンブル平均した合成図、○印、×印はタイプABとタイプAの台風の位置の合成を示す。四列目はタイプABとタイプAの渦度、指向流の差で、それぞれの台風の位置(〇印、×印)を記載(斜線のない領域は渦度の差が有意)。上段は房総半島台風が日付変更線(180度)付近に位置した時刻、中段は東経170度、下段は東経160度に位置した時刻の図を示す。

まとめ

本コラムでは令和元年房総半島台風を対象としたこれまでにない高解像度かつ大規模アンサンブルシミュレーションを行い、シミュレーションで発生した台風が日本に向かうか否かを調べました。その結果、現実の房総半島台風の上陸のおよそ2週間前からシミュレーションを開始した場合、日本に向かう台風が発生するメンバーが増加することがわかりました。これはメンバー間の寒冷渦の表現の違いによることが確認できました。

令和元年房総半島台風や令和6年の台風10号のほかにも寒冷渦と相互作用して複雑な進路をとる台風は少なくありません。寒冷渦が影響している他の台風事例でも、令和元年房総半島台風の事例と同様に2週間前からの接近・上陸が予測可能なのか、寒冷渦が影響しない事例では何日前から接近・上陸を予測可能なのか、今後の研究で検証していく必要があります。そのために、さまざまな台風事例に対して、今回のような高解像度かつ大規模なアンサンブルシミュレーションを実施し、日本に接近する台風の発生前からの予測可能性について普遍的な知見を得たいと考えています。これらにより、時間的に余裕をもった精度の高い予測情報について検討可能になり、台風による被害軽減につながることが期待されます。

謝辞
本コラムは、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」(JPMXP1020200305)の一環として、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」を利用して得られた成果(課題番号:hp200128、hp210166、hp220167)をもとに執筆しました。
なお本成果は、2022年11月23日(現地時間)にアメリカ地球物理学連合の「Geophysical Research Letters」誌のオンライン版に掲載されたもので、該当する原著論文は下記のものです。

タイトル:Large ensemble simulation for investigating predictability of precursor vortices of Typhoon Faxai in 2019 with a 14-km mesh global nonhydrostatic atmospheric model

著者:山田洋平1、宮川知己2、中野満寿男1、小玉知央1、和田章義3、那須野智江1、Ying-Wen Chen2、山崎哲1、八代尚4、佐藤正樹2,1
1. 海洋研究開発機構、2. 東京大学大気海洋研究所、3. 気象庁気象研究所、4. 国立環境研究所

DOI:10.1029/2022GL100565