電気化学的に活動する電気細菌とは、その代謝過程のプロセスで電子を細胞外とやりとりする特殊な能力を持つ微生物のことを指します(図1)。この電気細菌が持つ驚くべき能力は微生物電気化学技術(MET)としてエネルギー・環境分野で研究開発が進められています。しかし、電気細菌は環境中に少なく、効率的にこれらのバクテリアを集めてくる方法が実用化における鍵となっています。このコラムでは、この課題を解決する「DABラベル磁気濃縮法」と名付けた新たな方法について解説します。
電気細菌は自然環境、特に土壌や水中(深海含む)に生息する微生物で、電気を通しにくい細胞膜を貫通する酵素の働きによって固体電極へ電子を送ったり、固体電極から電子を受け取ったりします。この現象は細胞外電子移動(EET)と呼ばれ、一般的な微生物は持っていない特別な能力になります。電気細菌の持つEET能力は、様々なアプリケーションでの利用が期待される微生物電気化学技術(MET)の分野で大いに関心を集めています。
METと電気細菌
METは新たな環境バイオテクノロジーとして注目されています。その具体的な応用例としては、微生物燃料電池で有機廃棄物から電力を生成したり、バイオレメディエーションで汚染環境を浄化したり、廃水処理で有機汚染物を分解し、過剰に存在すると河川や海を汚染する窒素やリンなどの栄養素を除去したりします。また、特定の物質や汚染物を検出するバイオセンサーとしても活用されています。これらの活動は、まるで小さなスーパーヒーローのように、我々の世界をよりクリーンで、持続可能な場所にしてくれます。
しかし、METの効果は電気細菌の数や活性度に大きく依存します。したがって、電気細菌を効率的に増やす方法を見つけることが重要な課題となっています。現状では、電気細菌を増やすためのプレインキュベーション(事前培養)プロセスが数週間も必要であり、これがMETの経済性を大きく低下させています。そこで我々の研究グループでは、この問題を解決するための新たな方法、3,3′-ジアミノベンジジン(DAB)ラベル磁気濃縮法を開発しました。この方法によって環境中の電気細菌を迅速に増やすことができます。
新たな手法、DABラベル磁気濃縮法の仕組み
DABラベル磁気濃縮法は大まかに二つのステップから成り立っています。一つ目は、環境中の電気細菌の表面にDABの集合体を作らせて、捕獲するための目印をつけることです。DABは、電気細菌が持っている細胞の表面にあるマルチヘムタンパク質というEETに非常に重要な働きをするタンパク質と反応することで、細胞の外側にDABの集合体(DABポリマー)を作ります(図2)。この時、電気細菌以外の微生物が一緒に存在しても、それらの微生物の周りにはこのDABポリマーは作られません。
二つ目のステップは、DABと高い親和性を持つ磁性ナノビーズと混ぜ合わせることでDABポリマーにより目印が付けられた電気細菌を特異的に捕捉することです。DABポリマーはオスミウム(Os:原子番号76)という物質と非常に相性が良いという特徴があり、この特徴を利用します。このオスミウムを磁性ナノビーズの表面にコートさせて、オスミウムコート磁性ナノビーズを作ります。このオスミウムコート磁性ナノビーズが、DABポリマーでマークされた電気細菌の表面に特異的かつ強力に結びつきます(図3)。
この二つの工程を経ることで、電気細菌だけが磁性ナノビーズを持っている状態となるため、強力な磁石を使って磁力により電気細菌を集めてくることができます。電気細菌を磁石で集めた後で洗浄することにより、電気細菌以外の微生物が誤って捕捉された場合でも洗い流されるため、電気細菌のみが結果として濃縮されることになります(図4)。これら一連の技術開発は、材料開発が特異な国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)で電気細菌の研究を進めている岡本博士のグループにより行われました。
DABラベル磁気濃縮法の分子生物学的な評価
次に、JAMSTECにおいて、本手法によって実施に電気合成微生物が濃縮されていることをDNAレベルでの微生物群集構造により検証しました。環境サンプルそのままを使用した場合、46種の微生物が検出され、電気細菌と思われる微生物の割合は25%程度(電気細菌がいそうな場所を狙ったので高い割合ですが、一般的にはもっと低いです)でしたが、本手法を適用することで検出される微生物種は20種以下になり、電気細菌と考えられる2種の微生物が群集全体の約98%を占める構成となっていました。さらに、本手法を適用したサンプルについてメタゲノム解析(微生物群集全体でどのような遺伝子を持っているか調べる方法)を行った結果、EETにおいて重要とされている細胞の表面にあるマルチヘムタンパク質の遺伝子を検出しました。これらの結果から、DABラベル磁気濃縮法により、マルチヘムタンパク質を目印とした特異的濃縮が機能していることが証明されました。
DABラベル磁気濃縮法の可能性
我々が開発したこの新たな手法によって、実際のMETシステムが効率的に機能するまでの時間が大きく短縮し、本手法を適用しなかったときと比べて16倍の発電量を達成することに成功しました。さらに、電流生成の安定性が増し、長期安定性という実用化における重要な点が改善されました。従来よりも阻害要因となる微生物が排除されたことでこのような作用が生まれたのだと考えられます。この手法によって、METシステムの経済性が大幅に改善されることに加えて、電気細菌のEETメカニズムに重要な新たな遺伝子の特定が可能になるかもしれません。これにより、微生物の電子輸送メカニズムの理解が深まり、この研究領域の知識をさらに豊かにすることが期待できます。
さらなる展開
また、近年、METの中でも先ほどまでとは電子の流れが逆向き(細胞の外から中へ)になる電気細菌の能力も注目されています。電気化学生合成(Electrobiosynthesis)という新しい分野では、太陽電池などから供給される電力を使って微生物の持つ物質生産能力を押し上げるということが検討されています。近年、社会活動から出る二酸化炭素の排出量を減らすだけでなく、二酸化炭素を利用する技術の開発が進められています。この分野で、再生可能エネルギーから作り出した電気と電気細菌を使うことにより二酸化炭素から有用な物質を作り出すという研究も実施されています。実際に、JAMSTECでも、EET能を持つメタン生成菌をステンレス鋼表面に固定して、太陽電池からの電気を流すことで二酸化炭素から燃焼ガスとしてのメタンを生成することに成功しています(図5)。今は、技術開発のレベルですが、持続可能社会の形成にはこのような新しいテクノロジーが必要になってくると考えられています。
電気細菌と金属腐食
ここまで、電気細菌の優れた側面を紹介してきましたが、電気細菌が金属の腐食(サビる)にも関わっていることが近年分かってきています。古くからの考え方では、微生物が作り出す酸や腐食性物質が金属材料に影響するとされていましたが、腐食過程に様々な微生物が関与していることが明らかとなり(プレスリリース)、電気細菌が作用することにより本来腐食しない環境でステンレスが腐食することが分かってきました。
金属腐食に係る年間コストは日本の中だけでも年間6兆円を超えるという試算がありますが、金属腐食全体に対する微生物の影響は正確に見積もることができていません。電気細菌を濃縮する技術が出来たことで、金属腐食における微生物の影響度を迅速かつ高精度で調べることができるようにもなりました。将来的には、電気細菌の能力を特異的に抑える技術を作ることで、金属腐食を抑制する防食技術の開発にもつながっていくと考えられます。
電気細菌はどこにいるか?
電気細菌を特異的に濃縮する技術の開発が進み、電気細菌の機能が良い側面と悪い側面を持っていることをここまで述べてきましたが、それでは電気細菌は一体どこにいるのでしょうか?電気細菌の能力は固体などとの電子のやり取りなので、水にぷかぷか浮いているというよりも何かに付着した状態で存在することが多いようです。例えば、流れている川の水よりも土の中などです。ヒトの体内にも居るようです。また、JAMSTECでは、以前から深海底における海底電流の研究を進めており、深海熱水噴出孔周りの電気合成生態系において電気細菌は重要な役割を演じていると考えられます。全体の微生物の数から比べると電気細菌の存在量は少ないかもしれませんが、地球上の様々な環境に存在しているようです。
微生物が進化の過程においていつEETの能力を獲得し、電気細菌が環境中に広く分布していったのかは定かではありませんが、我々人類が使い始めるよりも先に地球上で微生物は先に電気を使っていたに違いありません。環境中の少ない電力をうまく使ってきた微生物の生存戦略から我々は学ぶこともあるかもしれません。