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研究者コラム

研究成果が社会に羽ばたく ― JAMSTECの粒子シミュレーションソフト『DEPTH』

記事

付加価値情報創生部門(VAiG) 西浦 泰介 主任研究員

研究の成果物といえば論文が有名ですが、それだけではありません。
研究で培われた技術や情報を社会で使える形にすることも、成果を届ける大切な手段です。

今回紹介するのは、JAMSTECが開発した『DEPTH(デプス)』。
一言でいうと「つぶつぶの動きを計算するソフト」です。
粒子1つ1つの動きを計算して追跡することで、砂や水のふるまいを予測する――現実世界を数式の力で創造するかのような、ロマンあふれる世界です。

この記事では、DEPTHがどのように開発され、社会に届けられることになったのかを簡単に紹介します。
ぜひ最後までお付き合いください。
また、より詳細に知りたい方はこちらも合わせてご覧ください。

誰が作っているの?

DEPTHを開発しているのは、JAMSTECの数理科学・先端技術研究開発センター(MAT)に所属する研究者たちです。ここには、謎めいた世界を数式の力で解き明かすスペシャリストが集まっています。

「ガリレオ」シリーズに登場する福山雅治演ずる湯川先生のように、何か良く分からない現象を数式で表現してしまう「数理科学」と、数式をコンピュータに計算させて現象を仮想的に再現する「計算科学」。

この二つの科学を駆使して、MATは最先端の技術を次々と生み出しています。メタゲノム解析から箱の中の砂粒の動き、津波や土砂災害、マントル対流、宇宙プラズマまで。取り組むテーマは非常に広く、多岐にわたります。

こうして生まれたシミュレーション手法や解析ツールの数々が納められた数値解析リポジトリ(NAMR)は、まるで「魔法の道具箱」のような宝物。

研究者たちは、この道具箱を使って学術的な謎に挑むだけでなく、社会の課題解決にも役立ててもらいたいと考えています。

MATと社会の関わり:MATの研究者たちは社会と課題を共有し、それを解決する道具を数理科学と計算科学の力を駆使して色々と開発しています。

DEPTHってなに?

NAMRにあるツールの中の一つが、今日の主役のDEPTHです!

DEPTHは、一粒一粒の粒子運動から現実世界を再現するシミュレーションソフトです。コンピュータの力で、無数の粒子の運動を超高速に計算し、砂や粉などの粒状体から、水や空気といった流体まで、さまざまな物質のふるまいを再現します。

独自の計算技術によって、以前は100万個ほどが限界だった粒子数が、今ではなんと100億個まで計算可能に。もはや公園の砂場をまるごとシミュレーションできてしまいそうです。

さらに、流体の動きを計算する技術も組み合わせることで、津波や土砂災害、材料の流動、インフラ開発など、自然現象から産業まで幅広い分野で活用が進んでいます。特に、実験で再現や観察が難しい現象のシミュレーションに真価を発揮します。

断層の破壊、マグマの流動、津波、海底地すべり、軽石の漂着、PM2.5、黄砂など――地球科学の世界にも、粒状体や流体のふるまいを粒子計算で再現できる現象がたくさんあります。

ここで、DEPTHを使ったシミュレーション例をいくつか紹介します。

洋上風力発電のアンカー構造最適化

土の中でアンカーの羽根を広げるときにどのような力がかかるか?土の粒子間に働く力を線でつなぐと、まるで鎖の様に連なって見えます。これは流体とは違った面白い特徴です。つぶつぶの動きを計算しているDEPTHだからこそ、土の破壊や変形が計算でき、アンカーに加わる力も正しく分かります。

鋼繊維補強コンクリートの打設

注ぎ口1箇所からコンクリートを流し込むと、繊維がどんな向きになるか?つぶつぶと同じ様に繊維一本一本の計算もしているからこそ、繊維の向きが変わっていく様子を捉えることができます。

流砂にともなう地盤陥没シミュレーション

ニュースにもなった地盤陥没のプロセスを再現。沢山条件を変えてシミュレーションをしてみて初めて、粒子に働く摩擦力や粘着力が非常に絶妙なバランスで働くときに極稀に陥没が発生することが分かりました。

DEPTHは、粒子の動きを通して現実世界を理解し、社会の課題を解決する――そんな未来を支えるツールです。

DEPTHの前身 ― DEMIGLACE

DEPTHの前身となったツール『DEMIGLACE(デミグラス)』――2009年ごろ、JAMSTECが世界に先駆けて開発した超高速な粒子シミュレーションソフトです。

数か月かかっていた計算を、わずか数日で完了させるという驚異的な性能を実現。
しかもスーパーコンピュータを使わず、デスクトップ環境でも高速に動作することから、研究現場だけでなく産業界でも活用され、仕事の効率化に大きく貢献しました。

DEMIGLACE販売時に使用したパンフレットの一部:当時はGPU計算に対応した世界初のDEMシミュレーションソフトとして飛躍的な高速化を実現したことで注目を集めました。

しかし時代とともに、社会のニーズや計算機環境が変化。
より高効率で汎用性の高い次の世代のツールが求められるようになりました。

――そこから誕生したのが『DEPTH』です。

DEPTH誕生から二刀流への挑戦

計算機の進化に対応するため、JAMSTECでは2011年ごろから新しい挑戦――『DEPTH』の開発をスタートしました。

最先端のスーパーコンピュータの性能を最大限に引き出すために、数多くの独自技術を生み出し、DEPTHに組み込みました。その代表が、共有メモリと分散メモリを両方活用するハイブリッド並列化技術。
まさに、並列計算の世界における「二刀流」です。

この技術により、「京」「地球シミュレータ」「富岳」といったスーパーコンピュータ上で、より大規模かつ高速な計算が可能に。

その成果として、10億粒子を超える世界最大級の砂箱シミュレーションを実現し、2018年にプレスリリースを発表しました。さらに、2020年には粉体工学会論文賞も受賞し、その計算技術力の高さが改めて評価されました。

断層形成の砂箱シミュレーション (a)実験結果、(b)24億粒子、(c)2億粒子のシミュレーション結果:シミュレーションで扱う粒子サイズを実験と同等にまで近づけることで、実験で観測された断層構造を高精細に再現できています。

砂箱から現実世界のシミュレーションへ

DEPTHが再現できるのは、砂箱のような実験室の世界だけではありません。その大規模計算技術を使えば、断層破壊や地すべり、津波、惑星の誕生など、現実世界の壮大な現象だってシミュレーションできます。

ここでは、DEPTHの高度な計算技術と、最先端のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」「富岳」を組み合わせて初めて見えてきた成果の一例を紹介します。

数値岩石箱実験による地震のシミュレーション:断層構造の発達から地震発生までの一連のプロセスを、粒子挙動としてシームレスに再現することで、地震発生メカニズムの統一的理解に挑戦しています。ここでは、粒子間の摩擦運動が間欠的に発生し、生じた波動が約500万粒子で構成される媒質中を伝わる様子が再現できています。
阿蘇大橋地区の地滑りシミュレーション (a)航空写真、(b)粒径1m、(c)粒径1mで5mサイズの岩塊有り、(d)粒径0.2m:実際の条件に近づけるために岩塊を考慮したり粒子サイズを小さくすることで、土砂の輸送距離が観測事実に近づくことが分かりました。計算で扱った粒子数は100億近くになり、「地球シミュレータ」や「富岳」といった最新の計算機システムを使用したことで初めて地滑り現象を再現できました。

DEPTHの信頼性と広がる利用の場

誰でも使いやすいように、操作方法がぐっとシンプルに。
今では、たった1行のコマンド入力で、シミュレーションの実行から結果の可視化までスムーズに行えます。

産業界との共同研究を通じて現場の声を取り入れ、機能拡張を継続――より汎用性の高いツールへと進化を続けています。
また、関連学会との協力によりV&V(検証・妥当性確認)テストを実施――その信頼性も実証されています。

これらの取り組みが高く評価され、地球シミュレータ最優秀課題賞およびHPCI利用研究課題優秀成果賞を受賞しました。

DEPTHの宣伝パンフレットの一部:DEPTHは社会のニーズに応じて日々アップグレードしており、その都度パンフレットも更新しています。
HPCI利用研究課題優秀成果賞授賞式:2025年10月24日に行われた第12回「富岳」を中核とするHPCIシステム利用研究課題成果報告会の中で受賞式が執り行われました。筆者は右から4人目。

Made in JAMSTECから社会へ

“研究成果を「使える道具」として社会へ届ける”
企業、大学、研究機関などがDEPTHの計算技術を活用することで、新しい発見や技術革新を生み出し、社会の発展を後押しします。

“DEPTHの使命は、研究の知を社会の力へとつなぐこと”
これからも「Made in JAMSTEC」の高性能・高信頼性ソフトウェアとして、分野の垣根を越え、学術と産業の発展に貢献していきます。

DEPTHによる学術と産業への貢献:最先端の計算科学技術を用いて開発されたDEPTHの普及により様々な分野の学術と産業の発展に貢献します。

――DEPTHはこれからも、粒子ひとつひとつの動きから、未来を動かしていきます。