ポイント
JAMSTECが有する世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を駆使し、アプリケーションラボのSINTEX-F季節予測システムで、サンゴの白化を数ヶ月前から警戒することができることを示しました。それに基づき、サンゴの監視を強化したり、サンゴを保全する具体的な行動を、優先度をつけて効率的に準備・実行したりできれば、サンゴ礁崩壊の最悪のシナリオを回避できるかもしれません。
海のゆりかご「サンゴ礁」
熱帯・亜熱帯の浅い海に生息するサンゴは、その鮮やかな色彩と多様な形態で、まさに息を呑むような美しさを誇ります。私自身も学生時代に西表島や波照間島でスクーバダイビングを楽しみ、その美しさに魅了されました。様々な形に成長するサンゴが集まって形成される複雑で広大なサンゴ礁は、多種多様な海洋生物の生息地となっており、海洋生態系において非常に重要な役割を果たしています。
崩壊の危機にあるサンゴ礁
サンゴは海水温の上昇によりストレスを受けると、白化(色を失い衰弱すること)してしまいます。白化しても、サンゴ自ら回復しようとするのですが、回復する前に更に高水温ストレスを受けてしまうと死滅してしまいます。産業革命以降、人為起源の長期的なCO2排出増加に起因する地球温暖化に伴い、熱帯・亜熱帯の多くの海域で海水温が上昇しており、サンゴ礁が深刻な危機に直面しています。先月ブラジルで開催されたCOP30気候変動枠組条約締約国会議(COP30)に先立ち発表された報告書(The Global Tipping Points Report 2025)では、2023年から2025年にかけて、世界の多くのサンゴ礁が、史上最悪の白化に直面し危機的状況であることを報告しています。 サンゴが死滅すると、地形としてのサンゴ礁も劣化・消失し、多くの海洋生物の棲み処がなくなり、海洋生態系全体の崩壊につながる負の連鎖を引き起こします。そうなってしまうと、自然に元の状態まで回復するのは、数10年から数100年かかると言われています。このように、地球温暖化の進行に伴う地球環境と生態系の転換ポイントで、簡単には元には戻れないポイント、地球温暖化対策が手遅れになってしまうポイントを、ティッピングポイントと呼ぶようになりました。上記の報告書では、サンゴについては、このティッピングポイントを既に超えてしまったとショッキングな報告をしています。
サンゴ礁を保全するために
崩壊の危機にあるサンゴ礁を保全するためには、根本的には、地球温暖化の進行を遅らせるような努力、すなわち人為起源の長期的なCO2排出を減らしていく努力などが必要です。一方で、対処療法的に、サンゴの白化が起きた時に、その被害を軽減し、サンゴ自身が自ら順調に回復できるように人間側で条件を整えることが可能かもしれません。サンゴの研究者は、白化の症状を緩和し、回復を助ける要因を見つけ出す努力を続けています。サンゴの研究者と気候・海洋研究者の知見を統合することで、大規模なサンゴ白化がいつ・どこで起こるのかを早期に警戒し、それに基づき、サンゴの監視を強化したり、サンゴを保全する具体的な行動を、優先度をつけて効率的に準備・実行したりできれば、サンゴ礁崩壊の最悪のシナリオを回避できるかもしれません。
サンゴの白化を数ヶ月前から予測する
地球温暖化でサンゴに高温ストレスがかかっている状況下で、2-5年程度の周期で自然に発生するエルニーニョ現象やラニーニャ現象の影響が重なると、海域によっては高温ストレスが増幅し、サンゴの白化や死亡を引き起こすことが知られています。エルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生は、数ヶ月から1年程度先まで、ある程度は予測できることが知られています。そこで、私達は、エルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生をよく予測できるSINTEX-Fと呼ばれる季節予測システム(注1)を使って、サンゴの大規模白化の指標(注2)の予測精度を調べました。その結果、5月初旬時点で、夏に、南西諸島付近で、サンゴの大規模白化リスクを、高い精度で予測できることを示しました(図1)。同様の取り組みをしているNOAAのCoral Reef Watchと比べても、日本の南海上で精度が比較的高いことがわかりました。
予測成功の秘訣は?
予測成功の秘訣は、大規模アンサンブルにあります。世界の季節予測システムのほとんどが数10程度のアンサンブルメンバー(僅かに異なる条件の下で同じ予測計算を繰り返した、それぞれの結果)で予測を実施しています。それに対し、アプリケーションラボのSINTEX-F季節予測システムは、JAMSTECが有する世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を駆使し、108に達する大規模アンサンブルメンバー数で、過去40年程度の予測シミュレーションを実施しました(2019年1月24日既報)。大規模アンサンブルでは、予測のバラツキ(ノイズ)が大きい現象(例えば、熱帯低気圧)ついても、シグナルの検出や予測成否の要因分析をしやすいといったアドバンテージがあります。実際、沖縄付近で夏の熱帯低気圧の存在頻度(注3)をある程度予測できることを確認済みです(2025年4月3日既報)。熱帯低気圧に伴う海洋のかき混ぜ冷却効果の変動をよく捉えることができたことで、サンゴの白化指標をよく予測できることがわかりました(図2)。一連の研究成果はScientific Reportsで2025年12月4日に発表しました(本研究はJSPS科研費 23K03488の助成を受けたものです)。
予測をどう活用する?
日々の天気予報に加えて、今世紀末の地球環境変化の予測情報などは一般の方でもアクセスしやすく、社会での利活用が進んできました。しかし、そのギャップ、すなわち数ヶ月から数年先の予測を社会問題解決に利活用することに関しては、未だチャレンジングな段階だと言えます。サンゴの保全には、継続的な努力が不可欠ですが、その準備や対策を効率的に進めるために、数ヶ月前からの予測(季節予測と呼ばれます)が応用できないか、ユーザーとの連携・対話を進めていきます。
注1:SINTEX-F季節予測シミュレーションは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、予測開始時点での、海の水温の状況をよく知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその情報が消えず、エルニーニョ現象などを引き起こす“種”(あるいは前兆)の役割をします。現在は、人工衛星や、係留ブイ、アルゴフロートと呼ばれる自動浮き沈み測器などによって、時時刻刻と変化する海面および海中の水温を、リアルタイムで観測することができます。その情報を気候モデルに教え込むことで、将来の予測シミュレーションを実施します。リアルな海からバーチャルな海へのバトンパスともいえます。気候モデルとは、海だけでなく空-陸-海氷などに対して、主に物理法則に従って、10分程度の未来を計算できる数式の集まりで構成されており、この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来の状況を予測計算できるソフトウェアです。気候モデルの源流は2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士の研究にあります(2021年10月5日既報)。その膨大な計算を実行するにはスーパーコンピュータが必要です。海洋研究開発機構は、海洋観測システムの発展に尽力していると共に(例えば、【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年”、TRITONブイ、動物由来の海洋観測データの利活用など)、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。アプリケーションラボでは、それらを効果的に使い、エルニーニョ現象の発生予測だけでなく、それらの世界各地の気候への影響を数ヶ月前から事前予測(季節予測とも呼びます)する技術を磨いてきました。その先駆的な成果の詳細は、SINTEX-FのHP、アプリケーションラボのトピックスをご覧ください。
注2:サンゴの白化を予測する指標として週積算水温(DHW: Degree Heating Week)を使いました。これは、地域の平年的な最暖月水温(沖縄付近なら8月の水温)を1度以上超えた水温を週単位で累積した値で、値が4(すなわち、2度越えが2週間続く、あるいは1度越えが4週間続くなど)を超えると白化が起こり、8を超えると大規模な白化や死亡が起こると判断されます。
注3:水平5度毎格子上で、6/1から8/31まで、6時間起きに、熱帯低気圧が存在したかをカウントした値です。

