がっつり深める

東日本大震災から10年

<最終回>「正しく恐れる」ことを伝えよう

マッチングを意識して取り組んだ調査研究

藤倉さんは神奈川県在住で、職場はJAMSTECの横須賀本部です。しかしTEAMSが始まってから10年近くの間、東北ヘはかなり頻繁に通いました。もちろん調査や研究をしに行くこともあったでしょうが、地元の自治体や漁業協同組合、水産技術センターの関係者などへの説明や情報交換をしに行くことが多かったようです。

岩手県釜石市の唐丹町漁協(左)や宮城県庁(右)で、藤倉さんらが成果報告や聞き取りをしている様子。

「ご存知の通りJAMSTECって、これまで水産の視点からの調査研究には、それほど経験がないんですよ」と藤倉さんは言います。「でも、このTEAMSというのは、むしろ水産の側面があったので、私たちは取り組むときにマッチングをすごく意識しました。まずJAMSTECが得意で調査や研究のノウハウがあるものと、被災地の漁業者の方とか自治体の方が漁業を復興させる、もしくは持続的な漁業をこれから展開するに当たって、どんなことが必要かを洗いだす。その両方を突き合わせて、できそうなところをやる必要があったので、とにかくヒアリングをきちんとやって、マッチングさせて、調査に取り組みました」

その結果、JAMSTECは沿岸の浅い海より大型船を使える沖合が得意なので、まずは比較的、深い海域での地形探査や底質の調査を担当しました。さらに海中で使う調査機器の技術開発にも経験があるので、瓦礫の分布や生物の観察などに使える海中ロボット(無人探査機)や、数ヵ月間、海底の環境や生物の様子を観測できるプラットフォームなどを開発し、それらを使った調査を行いました。

また化学物質のモニタリングや、スーパーコンピューターを使った生態系の解析などにもノウハウがあるため、それを海中の物理・化学環境の変化や、生物の量・分布の変化を追う研究に活かしてきました。そして調査や研究成果のデータベース化とインターネットを通じた公開なども長くやっているので、TEAMS全体で得られた成果の保存や情報発信にも取り組みました。

瓦礫の調査に活躍した小型無人探査機

藤倉さんらがTEAMSで最も力を入れてきたことの一つは、瓦礫に関する調査でした。環境省の試算によれば、東北沖地震の津波で海に流出した瓦礫の総量は480万2000トンで、そのうち約7割が海底に沈んだと見積もられています。

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岩手県釜石沖の水深564mで2019年7月に撮影された瓦礫やゴミ。

「それって漁業にとっては非常に迷惑な話で、底引き網をやると当然、網を破ったり、網が引っかかったり、網に入った瓦礫が魚を傷つけて商品価値を下げたりする。あと瓦礫そのものの生き物に対する影響なども懸念されていたので、瓦礫の調査というのは、当初からかなり精力的にやりました」と藤倉さんは言います。

ここで活躍したのが前述の無人探査機です。名前は「クラムボン」――岩手県を代表する詩人・作家、宮沢賢治(1896〜1933年)の童話『やまなし』で語られている、謎めいた存在のことです。教科書にもよく載っていたので、冒頭部分の「クラムボンはかぷかぷわらったよ」という不思議な一文を記憶している人は多いかもしれません。何らかの生き物であるとか、泡であるとか諸説ありますが、作中に説明はないようです。

「クラムボン」はJAMSTECが使用したものとしては、かなり小型の無人探査機です。重さ約210kg、長さ1.2mくらいですから、漁船に載せて運用することも可能です。また専門のオペレーターがいなくても、多少、慣れれば操縦できるようにしてあります。これはTEAMSが終了した後でも、必要があれば地元で引き続き調査研究に役立ててもらえるようにするためでした。

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上は小型無人探査機「クラムボン」を船からクレーンで海に下ろそうとしているところ、下は船上で「クラムボン」を操縦しているところ。操縦装置の主要な部分は大きな防水ケースに収めることができるため、持ち運びしやすい。
潜航中の「クラムボン」。ゆっくり歩くくらいの速度(約1.5ノット)で進むことができる。

きれいな映像を撮れる高性能なカメラと、1本のマニピュレータ、そして生物を吸引して捕獲できるスラープガンなどを備えています。水深1000mまで潜れますので、沿岸漁業が行われる海域は全てカバーできます。

「クラムボン」は実際に三陸沖の海底で、沈没した船や貨物コンテナなどを発見しました。しかし船については非常に古いため、東北沖地震で流されたものではなさそうです。他にもカキやホタテなどの養殖が盛んな山田湾を含む40ヵ所近い海域で潜航し、岩手県と宮城県沖合の海底でビンやカンなどの他、金属やコンクリートでできたもの、漁網やケーブル、木材といった瓦礫を詳しく調査しました。それらに群がる生物たちの姿も、カメラにとらえています。

「クラムボン」が撮影した三陸沖海底の瓦礫やゴミ。左上はコンテナ、右上は魚網、左下はバッグ、右下は木材。

ただ東北の海は広いので「クラムボン」だけでは、とうてい調査しきれません。そこで船のソナーを使ったり、「ディープ・トウ」という曳航型のカメラで観察したりしました。しかし最も頼りになったのは、地元の漁業者からの情報でした。

「宮城県の沖合底びき網漁業協同組合の漁師さんたちは県から委託されて、漁に出たときに海底瓦礫の撤去(掃海)をしていました。その瓦礫の種類とか、どこで、どのくらいの量が取れたかっていうのを、ずっと記録してくれているんですよ。ただ記録を取っているだけで解析はできない、やる方法がないということだったので、私たちがそのデータをいただいて代わりに解析しました」と藤倉さんは言います。

その結果、2011年11月から2019年3月までの間で、6000トン以上の瓦礫が回収されていました。経年変化を見ると、毎月回収される瓦礫の量は明らかに減ってきています。掃海の効果が出ているのです。ただ2016〜2018年では多少の増減があり、まだ続ける必要はありそうです。

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宮城県の沖合底びき網漁業協同組合による掃海で回収された瓦礫の量(各月ごとの平均値)の変化。単位はひと網で引き上げられた瓦礫の重さ(kg)。色分けは種類ごとの割合で、青の「布団類」には布団や衣類など、オレンジの「木屑類」には立木や住宅建材など、グレーの「その他」には金属やプラスチックなどが含まれる。

瓦礫の分布も変化しており、全体として沿岸寄りから海域全体に拡散している一方、特定の場所(海底のくぼみや崖のふもとなど)に集まる傾向も見られました。漁業者からは「瓦礫が動いているようだ」というコメントがあり、これは「クラムボン」による調査でも裏づけられています。

生物体内のPCBは増えていなかった

「瓦礫関係ではですね、もう一つ気にしたのが、生物とか環境の撹乱です」と藤倉さんは言います。「三陸沖合の漁場って、泥場というか堆積物の積もった場所が多いんですけど、そこにいきなり瓦礫が入ってしまうと、砂地から磯場に変わっちゃうようなものなんです。すると瓦礫のまわりには、やっぱり生き物が増えてしまう。つまり泥場では見た目上、多種多様な生物はいないんですけど、いきなり磯場ができてしまうと、そこに付着する生物なども、いきなり増える。すると、それをまた捕食するような生き物とかも増えてくるので、ある意味で瓦礫は生態系を乱すということがわかりました」

ただ増える生物の中には、漁業の対象になっている種類もいます。「三陸沖の漁業も、ご多分に漏れず、今、資源量の減少とか、持続的な漁業に苦しんでいるわけですから、じゃあ、そういうところ(沖合)に瓦礫を入れろとは言わないんですけど、ちゃんと計画的に魚礁とかを設置したらどうか。そこは網が引けないようにして、サンクチュアリ(保護区)というか、生き物の生育場として保護してやって、そこから生まれたものを漁獲する。沿岸域では魚礁の設置というのは昔から普通にやられていますけど、沖合でもそういう効果は望めるんじゃないですか、ということも少し言い始めたところです」

岩手県釜石沖の海底谷で観察された瓦礫。「ディープ・トウ」によって撮影された。瓦礫には多くの生物が群れ集まっている。

また瓦礫の中には有害な物質が含まれている場合もあります。それが大量に海へ流れこんだことで、環境や生物が汚染されることも懸念されました。JAMSTECの研究者は、そうした有害物質の中でもPCB(ポリ塩化ビフェニル)を指標にして、生物の体内にどれくらい増えたかをモニタリングしました。すると地震前に比べて、PCBの量はむしろ低くなっていることがわかりました。2005年には環境省が決めている規制値を超えたというデータもあったのですが、2011年以降に超えたことはありません。

「もちろん今、PCBは生産も使用も禁止されていて、陸上に処理待ちの古いコンデンサーや電化製品がいっぱい保管されていたわけなんですけど、それが津波で流れてしまった。それでいきなり汚染が進むかなと思ったんですけど、この10年ぐらいではそうなっていない。過去に蓄積したPCBはけっこう海底の堆積物中にあるらしいので、それが津波による撹乱で一度、薄まってしまったのかなと思っています」と藤倉さんは言います。

「ただし昨年ぐらいに、水産対象物ではないんですけど、深海性のアナゴの中から、ちょっと規制値を超えるような値が検出されました。海底に持ちこまれた色々な機械というのは、これから腐食とかもどんどん始まって進んでいくでしょうから、ほんとうは、もうしばらくモニタリングしたほうがいいなと私たちは感じています」

様々な生物に含まれるPCBの濃度。対数スケールになっている。青い線が環境省による規制値を示しており、東日本大震災前ではイラコアナゴがそれを上回っている。震災後では、おおむねどの生物でも規制値以下になっているが、2019年になって水産対象物ではないコンゴウアナゴから規制値を超えるPCBが検出された。

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