がっつり深める

東日本大震災から10年

<最終回>「正しく恐れる」ことを伝えよう

魚がどこで獲れそうかを推定する

瓦礫関係でも少し話は出ましたが、復興ばかりではなく持続的な漁業の支援という意味でJAMSTECチームが取り組んできたのは、生態系のモデリングあるいはシミュレーションです。それによって、いつ、どこに、どんな魚が集まっているか、といったことがわかれば、漁獲効率を上げられるばかりでなく、資源の管理もしやすくなります。

「往々にして生物は、水温や塩分、流れ、濁り、栄養分といった海の環境と連動して分布をしたり、生活史が決まったりします。そこで、まずは環境をきちんと把握できるようにしました」と藤倉さんは言います。「ただ把握といっても、三陸の海は広いので、表面は人工衛星でわかるかもしれませんが、少し深い所を、ありとあらゆる場所で測ることはできません」

しかし過去の様々な調査で集められたデータは、それなりに蓄積されています。場所によって偏りやムラはありますが、それらのデータをもとに理論的な計算を行って、データのない場所でも情報を補うことはできます。第8回でも触れた「データ同化」と呼ばれる手法です。これによってJAMSTECチームは例えば「5年前の今日、大槌沖の北緯○度○分、東経○度○分のところで、水深100mの水温や塩分がどれぐらいだったか」といった情報を出せるシステムを開発しました。

三陸沖の海でまんべんなく過去の状態がわかるようになると、ある程度、将来の予測もできるようになります。「今、1998年から現在、そして5日後ぐらいまでの間で、任意の時間と場所の水温や塩分は再現できるようになっています」と藤倉さん。「それは実測値を使って検証しても、よく合っていることがわかっています。そのように環境のデータがどこでも出せるようになると、今度はそれぞれの生物が好む水温や水深、底質などと突き合わせて、その生物の分布も推定できるようになるんです」

現在の分布が推定できるようになると、将来の分布も推定できる場合があります。「例えば三陸沖だとスケトウダラってすごく重要な魚種なんですけど、AとBというところに、たくさんスケトウダラがいそうだと推定できたとする。Aは港に近く、Bは遠い。だったら当然、漁師さんたちは港に近い方へ行くわけですね。油代は安くて済むし、新鮮なので効率的な漁業につながってくる。逆に『ここに漁場が形成されそうだから、そこは保護しましょう』というようなセンスで政策的にも使える。効率と保全のバランスをとった持続的な漁業に役立つんです」

まだ将来予測にまでは至っていませんが「例えばマダラやスケトウダラが、ある年にこの範囲でこのぐらい獲れましたよっていうデータはあるんですね。それに環境のデータをかけ合わせて一緒に計算すると、実は漁をやってない場所にも、このくらいのスケトウダラやマダラがいたでしょうというような推定はできるようになっている」とのことです。

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2010年1月におけるスケトウダラの実際の漁獲量(左)と、環境のデータをかけ合わせて推定した、より広範囲での分布量(右)。暖色系の色で示されている領域ほど、分布量が多い。岩手県の沿岸から沖合にかけて、よい漁場が多かった可能性を示している。

深海微生物からサケの病気に効く物質を発見

瓦礫や生態系に関する調査研究は、どちらかと言えば長期的な視点に立って、漁業の復興や持続に基礎的な情報を提供しています。一方で藤倉さんらは、現地の漁業者が「焦眉の急」で困っていることにも対応してきました。

その一つがサケの「ミズカビ病」です。東北沖地震の影響ばかりではありませんが、東北のサケの漁獲量は減少しています。このため現地では人工ふ化させた稚魚を放流し、回帰してくるサケを増やそうとしています。ところが、ふ化場では育てている卵(イクラ)や稚魚が白っぽい綿のようなものに覆われて死んでしまう病気が、しばしば発生しています。これが「ミズカビ」と呼ばれる微生物(原生生物)の感染によって起きるミズカビ病です。水槽で飼っている金魚などにも発生しますので、ご存知の方は多いでしょう。

サケの卵(イクラ)に付着した白っぽい綿のようなミズカビ

JAMSTECでは微生物や分子生物学の研究もよく行われていますので、JAMSTECチームは、まず病気の原因がミズカビだけなのかどうか改めて探りました。すると親戚筋に当たる「フハイカビ」も原因になりうることを突き止めました。また感染経路が飼育に使っている川の水や地下水であることはわかっていましたが、そればかりでなく空気中をただよう飛沫から感染しうることも明らかにしました。これらの結果は飼育環境の改善などに役立てることができるでしょう。

また以前使われていたミズカビ病の薬は現在、使用禁止や販売中止になっていて事実上、手に入れにくくなっています。そこでJAMSTECチームはJAMSTECが過去の調査で発見した深海の微生物から、抗ミズカビ作用のある化合物を得られないかどうか調べました。するとブラジル沖の水深約1200〜4200mの深海で採集された真菌(キノコやカビなどの仲間)数種類から、有望な化合物を取りだすことができました。現在その化合物を薬品として製品化できないか模索しています。

そしてもう一つ、藤倉さんの印象に残っているのが「TACOpi(タコパイ)」です。タコがトッピングのピザパイではありません。

東北ではカゴを使うミズダコ漁も盛んに行われています。海底に壺ではなくカゴを設置して、そこに入ってくるミズダコを捕えるのですが、その漁獲量も近年、減少しています。そこでカゴには小さな脱出口を設けてあり、そこから小型のまだ成長しきっていないタコは逃げられるようにしてあります。しかし実際にその脱出口が機能しているのか確認したいという、地元の漁業者や水産技術センターからの要望がありました。

そこで必要なのは水中カメラです。タコを獲るカゴに取りつけて水深20〜30mに沈め、カゴの中に入ってきたタコの様子を一定期間、撮影するわけです。しかし水中で生物を観察する装置というのは、往々にしてあつかいが難しく高価になりがちです。そこで深海生物の長期観察が得意なJAMSTECの研究者が民生品をいくつか組み合わせて、簡単に使える、しかも安くて丈夫なカメラを開発しました。それがTACOpiです。

カメラと温度計、タイマーなどが組み合わされたこの観察装置は、直径11cm、長さ20cmのアクリル製耐圧容器に収められています。改良型では連続1ヵ月間、あらかじめ設定された間隔で静止画や動画を撮影できます。漁場に設置されたカゴに取りつけて実際に観察してみた結果、ミズダコより小さいマダコはカゴから脱出できることを確認しました。TACOpiはミズダコの様子ばかりでなく、漁場の環境や生物相を詳しく理解することにも活躍しそうです。

TACOpiをカゴに設置した様子の模式図(左)とTACOpiの写真(右)。このモデルでは耐圧容器に塩ビ配管用品が使われている。
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岩手県九戸郡洋野町の沖合で2019年にTACOpiが撮影したマダコ

災害の影響を知るには「以前」のデータが必要

冒頭で触れましたがTEAMSではJAMSTECとともに、東北大学や東京大学大気海洋研究所も中心的な役割を果たしてきました。東北大は宮城県女川町に女川フィールドセンター、東大大気海洋研は岩手県大槌町に国際沿岸海洋研究センターという拠点がもともとあったので、それぞれ女川湾、大槌湾を主なフィールドにした調査研究を進めました。その成果も膨大で多岐にわたっており、残念ながら本記事で紹介する余裕はありません。

ただ東北大に関しては、女川湾の水温や塩分、水質、底質、流れ、地形といった環境と様々な生物の分布、人間活動の状況などを多元的にまとめた地図(ハビタットマップ)が、東大大気海洋研に関してはサケの稚魚が川を下って大槌湾に入り、成長して再び川に戻ってくるまでの過程を詳細に追った研究が、藤倉さんの印象に強く残っているそうです。

TEAMSは3月末で終了しましたが、その後を継ぐプロジェクトや、さらに発展させたようなプロジェクトは今のところ計画されていないようです。ただ「全ての研究成果を世の中に公表しきれていないので、事業終了後もやれる範囲で、研究成果の公表というものは継続していきます」と藤倉さんは言います。「あとTEAMS全体で、けっこうな量のデータや情報をデータベース化しているんですけど、事業終了後も一定の手続きを踏めば、そこからデータを入手できるようにします。またベンチャー企業などを設立して、得られたノウハウやシステムを何らかの形で生かせるようにしようとしています」

2021年3月1日現在、TEAMSで得られたデータが公開されているウェブサイト「リアス」。データの種類や観測手段、地名などによる絞りこみ、地図や線表上での範囲指定、興味のあるキーワードの入力などからデータを探すことができる。4月以降は別のサイトで引き続き公開される予定。
http://www.i-teams.jp/catalog/rias/j/index.html

一方で、この10年間の調査研究を通して、藤倉さんは一つの懸念を抱くようになりました。

「こういう大きな災害が起きると必ず、その後どんな影響があったんですかっていうことを問われるんですけど、それを評価するためには災害以前のデータがないとだめなんですよ。じゃあ、以前のデータとか情報って、今、日本も含めてきちんとあるのか、というのがとても疑問です。次は東南海・南海地震が起きるでしょう。おそらく地形や底質のデータというのは、だいたい揃っていますが、それ以外の環境や生物のデータは、ほんとうに断片的なものしかありません。それを意識した時、確かに3.11の復興などには力を入れたと思うんですけど、次の災害に対する備えって意外と進んでない。今後、困るだろうなと思っています」

TEAMSで培った経験やノウハウは、次に同じような調査研究をする時には大いに生かされるでしょう。しかしTEAMS自体は継続されていきません。再び大きな災害に襲われるまでの間、それが5年か10年かわかりませんが、その間にまたデータや情報の空白ができてしまう可能性はあります。あらゆる場所では無理でしょうが、少なくとも女川湾や大槌湾のようなフィールドを定めて、継続的にモニタリングしていくことが必要だと藤倉さんは考えています。

「というのも、これは他の人に聞いた話なんですけど、2010年にメキシコ湾で原油流出事故が起きたじゃないですか。それが沿岸の生き物や生態系に与えた影響を評価する時、最も使えたデータは、地元の高校生が磯場で毎年、同じやりかたで生き物の種類や量をモニタリングしていた結果だったそうです。それがあったからこそ、これだけ環境が変わったんだと言えた。ほんとうに地道な調査なんですけど、何かが起きた時に、以前と比べてこう変わった、だからこういうふうに回復させましょうとアクションを起こす場合は、やっぱり必要だと思います」

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