東北地方太平洋沖地震の津波で全壊した陸前高田ユースホステルと「奇跡の一本松」。現在、岩手県陸前高田市の震災遺構およびモニュメントとして保存されている。同市の気仙町にあった「高田松原」は国の名勝にも指定されていたが、7万本とも言われた松のほとんどが津波で流され、奇跡的に倒れなかった1本が復興の象徴的存在となった。それがこの写真の松で、1年後には枯死が確認され、保存処理を経て「高田松原津波復興祈念公園」内に今も震災直後の姿をとどめている。
提供/陸前高田市

がっつり深める

東日本大震災から10年

<最終回>「正しく恐れる」ことを伝えよう

記事

取材・文/藤崎慎吾(作家・サイエンスライター)

本連載も、いよいよ最終回となりました。奇しくも、この記事を書き始めた2月13日23時7分ごろ、福島県沖でマグニチュード(M)7.3の地震が発生しました。最大震度は6強。震源が深かった(55km)ため津波はほとんど発生しませんでしたが、消防庁によれば2万556棟の住宅被害が出て、187人が負傷しました(3月29日現在)。土砂災害が各地で発生し、常磐自動車道などが一時、通行止めになりました。

筆者のいる埼玉県でも揺れが長かったため、恐ろしい記憶が蘇って緊張しました。これは東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)の余震と考えられています。そしてM7.3は1995年の兵庫県南部地震、2016年の熊本地震、そして東北沖地震の前震と同じ規模でした。2011年3月11日から10年が過ぎるのを目前にして、自然は再びその脅威を見せつけたのです。

私たちは地震や津波を含む自然災害から逃れることはできないようです。では、その被害をなるべく減らし、また迅速な復興を遂げるためには、どのように備えておけばいいのでしょう。最後はそのことについて考えます。

2011年夏、緊急浮上のルールを決めて潜航

東北の三陸沖を含む北西太平洋海域は「世界三大漁場」の一つと言われています。あとの二つはノルウェー近海の北東大西洋海域と、アメリカ合衆国北東部近海の北西大西洋海域です。いずれの海域でも寒流と暖流がぶつかり、あるいは交錯しています。

三陸沖の場合は「親潮(寒流)」がもたらす栄養を求めて、サンマやカツオ、サバなど多種多様な魚が「黒潮(暖流)」に乗って集まってきます。海底近くに棲むマダラやスケトウダラ、キチジといった魚もよく獲れ、沿岸ではカキやホタテ、ホヤ、ワカメなどの養殖が盛んです。

東日本大震災では、この豊かな漁場と沿岸地域の産業が、大きな打撃を受けました。漁船は陸に打ち上げられ、養殖いかだは流され、水産加工場や冷凍冷蔵施設などは破壊されました。漁業関係の被害額は日本全体で1兆2637億円に達した(2012年3月5日時点)とされています。

2007年に撮影された宮城県気仙沼漁港。沿岸漁業だけではなく遠洋漁業の拠点にもなっており、大型漁船がずらりと並ぶ。東日本大震災で大きな打撃を受けたが、現在もマグロやカツオ、サンマ、メカジキ、サメなどでは全国屈指の水揚げを誇っている。
Yuma Sugawara, CC BY 2.0
<https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons

その復興を科学的な調査研究からサポートするプロジェクトが、2012年1月から文部科学省の補助金事業として始められ、今年(2021年)3月末に終了しました。名称は少し長いのですが「東北マリンサイエンス拠点形成事業『海洋生態系の調査研究』(TEAMS)」となっています。

TEAMSは東北大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)、そして東京大学大気海洋研究所が中心になって進められました。東北沿岸から沖合の海洋環境を総合的に調査し、地震と津波が生態系に与えた影響や、その後の変動を明らかにするのが目的の一つでした。加えて水産業の復興と持続的な資源管理などに必要な知見やデータを集めてきました。

このTEAMSでJAMSTECの研究チームを率いてきたのが、JAMSTEC地球環境部門海洋生物環境影響研究センター長(上席研究員)の藤倉克則さんです。藤倉さんは熱水噴出域(海底の温泉地帯)などに棲む深海生物の研究を長年、行ってきました。テレビなどで、その姿を見かけた人がいるかもしれません。実家は魚屋さんで、釣りが趣味でもあり「東北の漁業の復興や生態系の回復は、他人ごとではない」という思いを抱いていました。

プロフィール写真

藤倉克則(ふじくら かつのり)

1964年、栃木県生まれ。専門は深海生物学。東京水産大学(現東京海洋大学)修士課程修了)、学術博士(水産学)。2019年より現職。「しんかい6500」や深海ロボットなどを使い深海生物の研究を行っている。海洋生物の多様性の研究や国際的プロジェクトにも加わり、日本近海は世界で最も生物多様性が高いことを科学的に示した。最近は、海洋保護区の設定や海洋プラスチック汚染に関わる研究にも携わっている。提供/藤倉克則氏

藤倉さんは有人潜水調査船「しんかい6500」で、地震後の東北沖の海底を最初に見た一人でもあります。2011年7〜8月に三陸沖の日本海溝陸側斜面、水深3200〜5350mで行われた潜航調査で首席研究員を務めた時のことでした。本連載の第1回冒頭に掲げた海底の亀裂の写真は、その調査で撮影されたものです。

「何かですね、やっぱり濁ってるんですよ。濁ってるのと、海底が破壊された様子、要は崖崩れが起きたような様子っていうのは顕著に見えて、やはり、とんでもないことが深海で起きてるなっていう印象はありました」と藤倉さんは潜航時を振り返ります。「あと正直言って、今まであんまり『しんかい6500』で潜って怖いと思ったことはないんですけど、さすがに、もし大きな余震が起きたら、これはひとたまりもないなとは思いつつ潜航してました。『タービダイト』といって雪崩のような乱泥流が起きるかもしれませんから、それに巻きこまれたらおそらくひとたまりもない。なので当時はですね、余震でマグニチュードいくつ以上あったら緊急浮上しなさいとか、安全に細心の注意を払ったルールを決めて潜航してました」

そう聞くと、生物の全くいない荒れ果てた海底を想像します。しかし藤倉さんからは「いえ、生き物がいることはいましたよ。何か全く少なくなってるところと、例えばナマコなんかが異常に集まってる場所とかがありました」との答え。「その後ですね、何回か私以外の人も含めて潜ったんですけど、海底に亀裂が走っていて、バクテリアマットが新しくできてしまっている様子とか、同じバクテリアマットで海底が白く変色してる所があっても、いわゆる断層系、化学合成系ではなくて、大量の生き物が死んで腐敗して、腐敗すると硫化水素が出るので、それに伴ったバクテリアマットがあったりとか、とんでもないことが、けっこう当時は観察されましたね」


上はナマコの高密度な群集。下は海底の亀裂と、その中に観察された白いバクテリアマット。いずれも2011年8月3日、「しんかい6500」第1256回潜航の際、三陸沖の水深5350m付近で撮影された。

補足するとバクテリアマットというのは、大量に増殖したバクテリア(細菌)の集団が、海底に貼りついたマットのような状態になっていることです。これらの細菌は通常、海底の亀裂や断層から湧きだしてくるメタンや硫化水素を餌(エネルギー源)としています。これを専門的には「化学合成生態系」と呼びます。地震後の海底に亀裂ができれば、そこからメタンや硫化水素が供給されて新しいバクテリアマットができます。また大量の生物が死んで腐敗しても硫化水素は発生するので、そこにもマットができるというわけです。

これは水深3000mを超える深海での出来事でしたが、TEAMSが対象としていたのは底引き網などの沿岸漁業が行われる水深1000mより浅い海域です。そこでは、どのような変化が起きていたのか? JAMSTECチームが担った調査研究を通して見ていきましょう。