がっつり深める

JAMSTEC探訪

今年はラニーニャで厳冬に!? 季節予測研究の最前線へ――気象災害からマラリア対策まで!

記事

取材・文:福田伊佐央

今年はエルニーニョの年だから、暖冬になるよ!? そんな話題を聞くことがあります。でも、エルニーニョやラニーニャって……なに?
太平洋の熱帯域の海水温が通常とは異なる状態になるものが「エルニーニョ現象」と「ラニーニャ現象」です。これは、ひとたび発生すると、世界中に気候の変動をもたらします。
実は、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)では、エルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生予測を毎月発表しています! しかも予測期間は2年先まで。これほど長期の予測を毎月リアルタイムで行っているのは世界でもJAMSTECだけです。
そこで、付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 気候変動予測情報創生グループの野中正見グループリーダーに、このエルニーニョ現象やラニーニャ現象の仕組み、そして、その発生予測はどのように行っているのかなど、基礎の基礎から聞いてみました。

プロフィール写真

野中 正見

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 気候変動予測情報創生グループ グループリーダー

貿易風が弱くなるとエルニーニョ現象が発生

──「エルニーニョ現象」が起きると、日本は冷夏や暖冬になりやすいと聞きました。そもそもエルニーニョ現象とは、どんなものなんですか?

太平洋の熱帯域には、いつも貿易風と呼ばれる東風が吹いています。この貿易風によって表面の海水が西のほうへと吹き寄せられるため、西側に温かい海水が溜まります。表面の海水が貿易風で西側に吹き寄せられると、それを補うように東側では下から冷たい海水が湧き上がってきます。太平洋の熱帯域の海面水温は、西側が温かくて東側は少し冷たい。これがふだんの状態です(図1・上)。
ところがなんらかのきっかけで貿易風が弱くなると、海水を吹き寄せる力が弱まり、西に溜まっていた温かい海水が東へと移動していきます。これが「エルニーニョ現象」です(図1・下)。

図1:平常時(上)とエルニーニョ現象が起きたとき(下)の太平洋熱帯域(図:野中正見/JAMSTEC 提供をもとに作成 鈴木知哉)

この図のように、温かい海水がある場所では水蒸気が大量に蒸発するため、さかんに積乱雲ができます。エルニーニョ現象が発生すると、温かい海水の場所が移動するため、積乱雲ができる場所も移動します。その結果、雨が降る場所がいつもと変わり、大気の循環の仕方も変わります。

エルニーニョ現象で冷夏・暖冬になりやすい理由!

その影響は熱帯域だけでなく、遠く離れた場所の気圧配置にも地球規模でおよびます。
たとえば日本では、エルニーニョ現象が起きると、夏に南から太平洋高気圧が日本まで張り出してこなくなり、気温が低くなる傾向があることが知られています。一方、冬には日本上空を吹く偏西風の流れが変わるため、シベリアからの寒気が日本付近まで南下しづらくなり、暖冬になる傾向があります。

──エルニーニョ現象が起きると冷夏・暖冬になりやすいのは、そういう仕組みだったんですね。

ラニーニャ現象は、エルニーニョ現象の“逆”

──エルニーニョ現象とセットで「ラニーニャ現象」という言葉もよく耳にします。

「ラニーニャ現象」は、エルニーニョ現象とは逆に、貿易風がいつもより強くなることで発生する現象です。貿易風が強くなると、温かい海水がより西側へと移動し、東側では冷たい海水がいつもよりたくさん湧き上がってきます(図2)。

図2:ラニーニャ現象が起きたときの太平洋熱帯域(図:野中正見/JAMSTEC 提供をもとに作成 鈴木知哉)

積乱雲ができる場所も西へと移動し、各地の気圧配置に影響をおよぼします。ラニーニャ現象が起きると、エルニーニョ現象とは逆に、日本では夏は暑く、冬は寒くなる傾向があります。

今、ラニーニャ現象が起きている

──エルニーニョ現象やラニーニャ現象は、それぞれどれくらいの頻度で発生するものなんですか?

だいたい35年に一度ぐらいの間隔でそれぞれ発生しますが、きれいな周期があるわけではありません。また、一度発生すると1年ぐらいは続きます。
とくに大きなエルニーニョ現象が起きたあとは、その反動でラニーニャ現象が起きる傾向があります。エルニーニョ現象からふだんの状態に戻るときに、“戻りすぎて”そのままラニーニャ現象に入っていくんです。大きなエルニーニョ現象やラニーニャ現象でなければ、戻るときの反動もそれほど強くないため、かならず交互に起きるわけではありません。2年連続でエルニーニョ現象あるいはラニーニャ現象が発生することもよくあります。
ちなみに今は、2020年秋ごろに発生したラニーニャ現象が一時途切れながらも3年連続で起きています。

世界で唯一、2年先まで予測

――アプリケーションラボのウェブサイトを見ましたが、エルニーニョ現象などの予測をしている「季節ウォッチ」というコーナーが興味深かったです。

アプリケーションラボでは、2年先までエルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生を予測しています。最大で2年先までの予測を高精度で行っているのは、世界で私たちだけです。
エルニーニョ現象とラニーニャ現象は、地球規模で大気と海洋の状態が密接に絡み合って起きる現象です。そのため予測には、大気と海洋の両方を地球全体でしっかりシミュレーションすることが必要になります。最大で2年先までの予測を、私たちは毎月計算して、発表しています。

──毎月!? 計算は大変ではないですか?

そうですね。世界中から観測データが集まるのに1週間。シミュレーション用のモデルに観測データを入力して、最初の計算結果が出るまでに1週間。さらに条件を少しずつ変えて、いろんなシミュレーションを行ってみるのに1週間かかるという感じです。
それを毎月行って、予測結果を発表しています。また、3ヵ月に一度、予測結果だけでなく、結果を解説する記事を「季節予測」として発表しています。

図3:エルニーニョ現象の季節予測。縦軸はエルニーニョ指数(プラスはエルニーニョ傾向、マイナスはラニーニャ傾向)、横軸は時間(月)。黒線が観測値、複数のカラー線が36個の異なる条件で実験した予測値で、紫線が36個の予測値の平均値(提供:JAMSTEC・アプリケ―ションラボ サイト内「季節ウォッチ」より)

予測のために行う計算の量は莫大なものになります。2年先を予測するにしても、まずは現在の観測データを元に10分先を予測して、今度はそれを元にさらに10分先を予測するといった計算を2年先まで繰り返していくことになります。しかも地球規模で計算するわけですから、ものすごい計算量ですね。
JAMSTECには、それをこなせるスパコン「地球シミュレータ」と、精度良く予測ができる大気海洋結合循環モデル「SINTEX-F」があるんです。

進化を続ける予測モデル「SINTEX-F」

──SINTEX-Fは、どうやって予測を行うんですか?

SINTEX-Fは、コンピューター上の仮想地球の海と大気を細かい格子に分けて計算し、エルニーニョ現象などの長期予測を行います。格子を細かく分けるほど解像度(どれくらい細かく表現出来るか)が高くなり、精密に予測できるようになります。現在のSINTEX-Fは、大気の水平分解能がおよそ100キロメートル、海洋の分解能が50200キロメートルとなっています。
SINTEX-Fを開発し、長期予測を開始したのは2005年です。それ以来、SINTEX-Fは海氷を考慮に入れるようにしたり、解像度を高めたりしながら、予測精度を高めてきました。格子を細かくしていくと、全体の計算量が増えるという問題に加えて、バランスが微妙にずれてきて、そのままでは予測精度が下がってしまうという大問題が生じます。そのため格子を細かくするたびに、世界各地の海と大気の状態を正しく再現できるように、バランス調整を行います。

図4:SINTEX-Fによる熱帯域の海面水温と風の予測(提供:JAMSTEC・アプリケ―ションラボ サイト内「APL Virtualearth」より)

SINTEX-Fはそういった改良を2005年以来ずっと続けてきました。その結果、とくに熱帯の海と大気の状態を非常によく再現できるモデルになりました。そのおかげで、エルニーニョ現象の発生を2年先まで高精度に予測できるようになったんです。

日本の気候は予測が難しい!

──エルニーニョ現象やラニーニャ現象によって日本の気候がどう変化するかは、どれくらい正確に予測できるんでしょうか?

気候について考えたとき、実は日本は非常に複雑な場所にあって、予測がとても難しいんです。
日本の気候には、エルニーニョ現象やラニーニャ現象といった熱帯からの影響だけではなく、西の大陸側からの影響や高緯度側からの影響など、いろんなことが影響してきます。
エルニーニョ現象が起きると日本では冷夏・暖冬になる傾向がありますが、そうならないこともあります。あくまでも傾向なんです。エルニーニョ現象やラニーニャ現象が日本の気候に与える影響は、地域や季節によっても変わりますが、ざっくり言って半分ぐらいではないでしょうか。
たとえば、1年後にエルニーニョ現象が発生することをばっちり予測できたとしても、日本が冷夏あるいは暖冬になるかどうかの予測が当たるのは、半々といった感じなんです。

カギは「大気と海洋の関係」に

──高性能なSINTEX-Fをもってしても難しいんですね。

シミュレーションで予測を行う際には、海面水温などの海の情報に加えて、偏西風などの大気の情報ももちろん計算して予測します。ただ、比較的変化がゆっくりと起きる海とちがって、大気は短い期間で急に変わってしまうことがあります。
海と大気は密接に関わり合って変動していることは間違いないのですが、大気は海とは関係なく、大気だけの都合で変動することもあります。たとえば海面水温とは無関係に、偏西風が蛇行しはじめたりします。そんな大気の変動を何ヵ月も前から予測することは、原理的に難しいんです。

──なるほど。大気の状態の予測が難しいことがよくわかりました。

日本はとくに大気の変動を予測しづらい地域なんですが、エルニーニョ現象がもっとはっきりと大気に影響を与える地域もあります。
北アメリカはエルニーニョ現象の影響が日本よりもはっきりと出ることが知られています。エルニーニョ現象が起きると、たとえばアメリカの西海岸は南風が吹きやすい気圧配置になります。その結果、シアトルなどの西海岸の都市は、かなりの確率で暖冬になるんです(図5)。

図5:エルニーニョ指数とシアトルの冬季の気温(図:JAMSTEC 提供)

日本が冷夏や暖冬になる確率と比べると、エルニーニョ現象と西海岸の暖冬は、かなりきれいに相関関係が見られます。
エルニーニョ現象の影響がはっきり出るので、アメリカの人たちにとってエルニーニョ現象の発生はかなりの関心事です。そのため、初期のエルニーニョ現象研究は、アメリカですごく進みました。

エルニーニョ現象と異常気象の複雑な関係

──今年の夏も、日本では台風や豪雨の被害などがありました。エルニーニョ現象やラニーニャ現象と異常気象には、どんな関係がありますか?

まずはじめに、エルニーニョ現象やラニーニャ現象そのものは本来起きないはずの異常な現象ではありません。
最近では、古気候の研究が進んでいて、珊瑚礁などに記録されている過去の海水温の情報などを分析すると、数千年前からエルニーニョ現象やラニーニャ現象が起きていたことがわかっています。世界各地に影響を及ぼしますが、地球の気候システムの中で起こるべくして起こる普通の現象ではあるんです。
異常気象とは、たとえば気象庁の定義では30年に一度以下の頻度でしか起きないような、極端な気象のことを言います。極端な高温や大雨などが当てはまります。
たとえば、強いラニーニャ現象が起きると夏が暑くなる可能性が高まりますから、極端な高温日の発生に、ラニーニャ現象が影響を与えていると言えるでしょう。ただ、ラニーニャ現象が起きていなくとも高温になった可能性もありますから、どれくらい関連があるかを示すのは、詳しいシミュレーション実験をしてみないと、なかなか難しいところだと思います。
地球規模で起きるエルニーニョ現象やラニーニャ現象は冷夏や暑夏といった季節的な気温に影響するのに対して、高温や大雨は、地域も限定的で時間も短い現象です。スケール感がかなりちがう現象なんですね。

日本の気候の仕組みをもっと理解したい!

──しかも、さまざまな影響を受ける日本の気候では、エルニーニョ現象などと異常気象を結びつけるのは、とても難しそうですね。

そうなんです。それでも、低気圧の発達の仕方や海流の変動などをもっとよく表現出来るようなもっと細かい格子のモデルを使ってより精密な予測をすることで、日本周辺の気候予測をもう少し改善できないだろうかと考えています。エルニーニョ現象やラニーニャ現象の影響で今年はかならず暑くなります、あるいは寒くなりますと言い切るような予測は、やっぱり原理的にできません。けれど、天気予報の降水確率のように「暑くなる確率は何%」といった形で予測することは可能だと思います。今はまだそこまでの予測は難しいのですが、将来的に実現したいと思っています。
そのためには、日本がある中緯度域における、海と大気の関係性ももっと理解する必要があります。海水温が高く海水が蒸発しやすいために、海と大気の関係性が強い熱帯に比べて、中緯度域では海と大気の関係性はそれほど強くありません。海の変動に対して大気がどう変動するか、いま多くの大学や研究所が参加するプロジェクトで盛んに研究されています。
中緯度域で海と大気の関係性を明らかにすることは難しい課題ですが、今後の日本の気候予測にとって非常に重要なことだと思いますし、私自身にとっても大きな研究テーマなんです。

図6:SINTEX-Fによる海面水温の季節予測(提供:JAMSTEC・アプリケ―ションラボ サイト内「SINTEX-F」より)

季節予測からアフリカのマラリア流行を予測!

アプリケーションラボでは、季節予測の応用として、南アフリカにおけるマラリアの流行予測も行っています。
エルニーニョ現象やラニーニャ現象、インド洋の水温の変動の具合などが、南アフリカのマラリア流行と関係しているということがわかってきて、2013年にマラリア予測のプロジェクトが立ち上がりました。
SINTEX-Fを使えば、アフリカ周辺の海水温や気温が今後どう変動するかを長期予測できます。その情報を使って、マラリアの流行を数ヵ月前から予測するわけです。南アフリカや長崎大学の研究者と一緒に共同研究を行って、マラリアの予測システムを作りました。これは、今も運用を続けています。

──命に直結する応用例ですね。

数ヵ月先にマラリア患者が増えそうなことがわかれば、現地ではあらかじめ防虫剤の散布を増やしたりといった対応が取れます。
アプリケーションラボは研究成果の社会応用を目的として作られた組織ですから、マラリアの流行予測は、とても大事な活動のひとつです。もちろんエルニーニョ現象の予測も、農業や漁業などの分野に重要な情報を提供しています。

――そのほかにはどんな研究があるんですか?

ほかにも、アプリケーションラボでは「黒潮などの海流予測」を定期的に発表していますし、小笠原諸島の海底火山の噴火で大量の軽石が発生したときには、軽石の漂流予想シミュレーションも行いました。

いろいろな予測情報を見やすい形にして発信していきたいと考えていますので、今後もぜひ注目してください。

 

  • 取材・文:福田伊佐央
  • イラストレーション:鈴木知哉
  • トップ
  • JAMSTEC探訪
  • 今年はラニーニャで厳冬に!? 季節予測研究の最前線へ――気象災害からマラリア対策まで!

こちらもおすすめ!>>