重たい扉を開けると、そこは厚手の上着なしでは震えてしまう巨大な冷蔵庫のような空間。高い天井まで届きそうな棚がいくつも並んでおり、中には細長い筒がギッシリと詰め込まれています。
ここは、高知龍馬空港からほど近い高知大学物部キャンパス。その一角にあるのが、「JAMSTEC 高知コア研究所」です。この研究所が管理する冷蔵保管庫は、世界でも3ヵ所にしかないコア保管拠点のひとつなのです。
コアとは、世界各地の海底下を掘削し採取した研究用地質試料のこと。世界中の研究者たちが、そこから自分に必要なサンプルを高知コア研究所にリクエストするそうです。
一体どのようしてコア試料を採取し、それを調べることで何がわかるのでしょうか。そこで、多国間科学研究共同プログラム「国際深海科学掘削計画」(IODP)のキュレーターとして研究者のリクエストに応えている、高知コア研究所 技術支援グループの久保雄介さんにお話を聞きました。
久保 雄介
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC) 高知コア研究所 技術支援グループ
IODPキュレーター
長さ300kmに及ぶコア試料が保管されている
――この冷蔵保管庫に並んでいるのが、すべて海洋底から掘削された地質コア試料なんですね。全部で何本ぐらいあるんですか?
20万本ぐらいあります。1本は長さ1.5メートルなので、全部つなげると300キロメートルになりますね。船からパイプを下ろして採取するのは10メートル分のコアなんですが、そのままでは扱いにくいので、1.5メートルに切りそろえます。
さらに、円柱状のコア試料を縦に2分割して、半分は手をつけずにそのまま保管します。もう半分が、研究のためにサンプルを少しずつ取ってよいもので、「ワーキングハーフ」と呼んでいます。同じ試料が2本ずつあるので、実質的にはおよそ10万種類のコア試料が保管されていますね。
南海トラフ、断層帯のコア試料の特徴は!
たとえば、これは南海トラフの断層帯から採取したコア試料です(※写真・上)。何百万年にもわたって何度も地震による破壊が進んだことで、ガサガサになっているのがわかりますよね。
青森八戸沖の海底下にある黒い地層の正体は?
――そもそも、このコア試料はどれぐらいの深さから採取するのでしょう?
その調査対象によって深さは異なりますが、JAMSTECが運用している地球深部探査船「ちきゅう」が採取したものでいちばん深いものは、海底下3085.5メートルから取ったものです。そのとき、海底までの水深が1939メートルですから、船上からは5キロメートルぐらいパイプを伸ばしたことになりますね。
ここに保管されているもので2番目に深いのは、やはり「ちきゅう」によるものですが、青森県八戸沖の海底下約2500メートルから掘削したものです。それがこのコア試料です。
ご覧のとおり真っ黒ですが、これは石炭なんです。
植物が地熱や地圧によって変質したのが石炭ですが、もともとは陸上だったところが地殻変動によって、この深さまで下がっていったのでしょう。青森県八戸沖の海底下は、北海道にたくさんある炭田とつながっているわけです。
海底地下の掘削は、どのように行うのか?
――コアの掘削は、やはり海底をドリルで掘削していくんですか?
掘削というとガリガリ削りながら進んでいくイメージがありますが、海の底、とくに海底直下は柔らかい泥の層なんですね。浅いところは柔らかいので、いわばお豆腐にストローを突き刺して採取するイメージで、パイプを勢いよく突き刺すことで採取します。
ラベルに「H」と記されているのは浅いところで突き刺して採取した泥のコア試料。「R」は深いところを削って採取したコア試料です。また、この中間の「X」と書かれたコア試料もあります。
深いところは海底火山から噴出した溶岩が固まってできた石だったり、もともと泥だったものが何百万年も経つうちに上からの圧力で押しつぶされて固くなったりしたものなので、そこから先は「ドリルビット」と呼ばれる器具でガリガリと削りながら掘っていきます。コア試料採取用のドリルビットは真ん中に穴が開いていて、周辺部分を削りながら進むと真ん中の芯の部分だけが残って穴に入ってきます。それがコア試料になります。
世界3大「地質コア試料保管庫」のひとつ
――こちらには、いつからコア試料が保管されているのでしょうか。高知コア研究所の成り立ちなども教えてください。
先ほども少しふれた地球深部探査船「ちきゅう」が竣工したのが、2005年7月です。そこで「ちきゅう」をはじめとする科学掘削船が採取したコア試料を保管・管理し、それを使った研究も行うために、同じ年の10月に高知コア研究所が設立されました。
2007年からは、国際深海科学掘削計画「IODP」(当時は統合国際深海掘削計画)という多国間科学研究共同プログラムに基づいて、世界3ヵ所にあるコア保管拠点のひとつとなりました。
コアの保管場所は、採取した海域ごとに分担が決まっています。大まかに言うと、太平洋は米国、大西洋は欧州、そして西太平洋からインド洋にかけた海域で採取されたコアは日本の高知コア研究所が保管する。ですから、ここには欧米の科学掘削船が採取したコア試料もあります。
コア試料の掘削はいつから始まったのか?
――国際的な協力体制がしっかりとできあがっているんですね。そもそも人間が海底を掘削してコア試料を集めはじめたのはいつ頃ですか?
研究目的で海底下のコア試料を採取しようとしたのは、1960年代に米国が始めた「モホール計画」が最初だと思います。地球の地殻とマントルの境界線のことを「モホロビチッチ不連続面」、略して「モホ面」(図1参照)と呼びますが、モホール計画はそこまで掘削しようという野心的なチャレンジでした。陸より地殻が薄いので、海底下を掘削しようとしたんですね。
モホール計画は、費用を含めたいろいろな理由で頓挫してしまいましたが、モホ面までは到達できなくても、そのプロジェクトを進める過程で、さまざまな研究分野にとって価値のある試料が地殻から取れることがわかりました。そこから、現在につながる掘削が始まったんです。
そのため以前は米国の科学掘削船が中心で、保管庫も米国にしかなかったのですが、2003年から日本と欧州の科学掘削船を加えた国際協力体制ができあがりました。
掘りクズの中にも貴重な試料が含まれている
――欧米の科学掘削船と「ちきゅう」には性能の違いなどがあるのでしょうか?
深く掘るのが得意なのは日本の「ちきゅう」ですね。それに比べて効率良く作業ができるのが米国の「ジョイデス・レゾリューション」という科学掘削船です。欧州は専用の船を所有せず、計画内容に合わせて石油・ガス業界など民間の船をレンタルしています。いろいろなタイプの船があるので、日本にも米国にもできないような掘削ができるのがメリットですね。たとえば北極に行くなら、耐氷船とコンビで動ける科学掘削船が必要になります。ただし民間の船には分析装置や実験室などが備わっていないので、別途それを用意しなければなりません。
また、「ちきゅう」は米国の科学掘削船ではできない掘り方ができます。
掘削した穴から出る岩石の破片のことを「カッティングス」といいますが、米国の船はカッティングスを海の中に排出するんですね。そのほうが技術的には簡単なんですが、カッティングスにも貴重な試料が含まれているので、できればそれも回収したい。そこで「ちきゅう」は掘った水と土をいったん船上に回収し、カッティングスを取り除いてから、残った泥水を再び掘削孔に注入します。これは「ライザー掘削」という技術で、特殊な泥水を使うことによって、掘削孔を壊さずにより深くまで掘り進むことができるんです。ただし短期間で多くの場所を掘削するなら「ライザーレス掘削」のほうがいいですね。