地球に生命が誕生したのはおよそ40億年前といわれています。地球上に存在するさまざまな生物では、その祖先はどこまでさかのぼることができるのでしょうか?
光合成をおこなうバクテリアに注目し、その遺伝子解析から光合成生物の共通祖先が「テラバクテリアI」という系統に属することを発見した国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム主任研究員の延優(Masaru K. Nobu)さん。
さらに、「分子時計解析」という手法を取り入れこれまで考えられていた地球生命史を書き換える大発見をしました。光合成の起源から生命の3つのドメインについて、そして「LUCA(ルカ)」とよばれる地球生命の共通祖先についてお話をうかがいました。(取材・文:岡田仁志)
光合成は地球史のどこで生まれたのか?
──地球では24億年前に生物の光合成によって「大酸化イベント」が起きました。その光合成は、どのように進化したのか。前の記事では、「酸素非発生型」の光合成が先に登場し、それが「酸素発生型」の光合成に進化したというお話しをうかがいました。では、2タイプの光合成はそれぞれいつ始まったのでしょう。
これまでの話のように、現存する光合成生物の共通祖先を突き止めることで、どの系統が光合成遺伝子の「直系」なのかを明らかにしました。それによって、「酸素非発生型」の光合成が先だという生命史上での順序はわかったわけです。
しかし、そのタイミングを年代に紐づけないと、地球史を解明したことになりません。つまり、光合成生物と光合成遺伝子の系統樹を描いて、機能が新たに発達した分岐点が何億年前なのかを特定しなければいけないんですね。
そのためには、光合成生物の遺伝子に関する分子情報と地質学的な化石情報を融合する必要があります。化石情報を系統樹にインプットし、遺伝子の進化速度などを計算して、系統樹の分岐がどの年代で起きたのかを明らかにする。これを「分子時計解析」といいます。
地質学者たちの長年にわたる研究成果がなければできないことですね。分子情報だけで語っても、化石情報だけで語っても、全体像は見えてきません。
「分子時計解析」の衝撃の結果!
──これまでのお話では、生命そのものの進化と機能の進化を統合する必要があったというお話しをうかがいました。こちらの研究も、やはり化石情報と分子情報を合わせてトータルに見るわけですね。
そういうことです。その分子時計解析の結果を、現代に近いほうから説明しましょう。
まず、これまで「大酸化イベント」の主役と見なされていたシアノバクテリアの出現は、12億年前〜18億年前だと計算されました。「大酸化イベント」の始まりは24億年前とされているので、それよりかなり後になりますね。ただし酸素発生型の光合成が始まったのは25億年前〜26億年前だとわかりました。
──それは教科書が書き換わるレベルの発見ではないでしょうか。これまではシアノバクテリアの登場から「大酸化イベント」が始まったと思われていましたよね?
はい、基本的にはみんなそう思っていましたね。でも、「シアノバクテリアの登場」と「酸素の発生」のタイミングを一致させると、分子時計解析の計算がすべて狂ってしまいます。シアノバクテリアの登場が25億年前だとすると、バクテリアそのものの出現時期も早まってしまうんですよ。
地球生命史の年表が書き換わった瞬間!
──生命の歴史そのものが全体的にズレてしまうんですね。
はい。これまでは「地球生命の誕生から間もなくバクテリアが生まれ、その後すぐに酸素発生型の光合成生物が生まれた」、「シアノバクテリアのような生物が光合成生物の祖先であった」と考察されていましたが、それは情報が不足していたために、本来つなげてはいけないものをつなげていたからです。
それに、そもそもシアノバクテリアは細胞の構造がかなり複雑なんですよ。たとえば始原的な光合成をするヘリオバクテリア(下図)という微生物は、ソーセージみたいな単純な構造ですよね。これが何層も重なっているシアノバクテリアのような姿になるまでには、途方もない進化があったでしょう。
また、シアノバクテリア門の中でいちばん古いとされるグロエオバクタの時点では、まだ酸素発生型光合成の形が確定していなかったことが明らかです。構造もそれほど複雑ではありません。前の世代から酸素発生型の光合成遺伝子を受け継いだものの、そのやり方をいろいろ試している段階だったと思われます。
そういう視点から見ても、酸素発生型の光合成はシアノバクテリアの登場よりも前でなければいけません。
大酸化イベントの起源はシアノバクテリアではない!
──つまり、シアノバクテリア以前にも酸素発生型の光合成をする微生物はいたけれど、のちのシアノバクテリアほど効率よく光合成できなかったので、酸素の発生量も少なかったということですか。
そのとおりです。シアノバクテリアは非常に奇妙な生物で、光合成で発生する酸素を自分で使って酸素呼吸をするんですよ。
本来、光合成と酸素呼吸は相容れないのですが、それを無理やり共存させたのがシアノバクテリアです。その共存を可能にするのも進化上の大きな課題だったので、酸素発生型からシアノバクテリアの完成まで、だいぶ時間がかかったのだと思います。
「大酸化イベント」は、当時の既存の生物にとって「毒ガステロ」みたいな大事件でしたが、シアノバクテリアは自分で出す酸素を自分で飼い慣らすことができた。その能力を身につけるまでに、10億年ぐらいかかったんですね。
酸素生成型光合成の誕生と「リン」の存在
――酸素発生型の光合成は地球環境を大きく変えたわけですが、その進化自体も環境への適応だったわけですよね? 酸素発生型の光合成を進化させたのは、どんな環境変化だったのでしょうか。
地質学の研究によって、30億年ほど前まで、地球の海では生命に不可欠なリンが枯渇していたと考えられています。生命にとっては、厳しい環境ですよね。
しかし太古代(40億年前〜25億年前)の後半に、大陸が上昇し始めました。すると、風雨にさらされた陸上の石が削られるなどして、リンをはじめとする栄養素が海に流れ込んでいきます。リンの枯渇から開放された生物たちは、一気に増殖したと考えられます。
そうなると、こんどは生物のエサである電子源が不足します。すでに酸素非発生型の光合成は始まっていましたが、前の記事でお話ししたとおり、これは鉄、硫黄、有機物などの電子源を必要とするので、生きるのが厳しくなりますよね。
しかし、この電子源不足という環境に適応できた光合成機能が2つありました。水を電子源とする機能と、自分の中で電子をグルグル回す機能です。海には水がほぼ無限にあるので、水を使えるようになれば電子源が枯渇することがありません。
ここで、その2つの機能を可能にした仕組みを説明しましょう。光合成生物が光に反応する「反応中心」というシステムには、「系I型」と「系II型」の2種類があることがわかっています。今回の解析では、I型が古く、II型が新しいものだとわかりました。
光合成生物の共通祖先はどちらも持っていたことがわかりました。祖先のI型は現代の反応中心と近い構造を持っていましたが、当時のII型はまだ始原的な・発展途上な構造でした。
図のように、I型は「アンテナ」と呼ばれる部品が光を集めて反応中心に送り込む形になっている。II型は当時アンテナがなかったので、効率が悪かったんですね。しかしI型は持たない能力「電子源いらずの(電子をグルグル回す)光合成」を可能にしました。2つの反応中心は電子の受け取り方が同じなので(同じ電子伝達体を利用)お互いを補完することはできましたが、連動は当時できませんでした。
したがって、酸素非発生型の光合成をする。一方、シアノバクテリア門は水を酸化する能力を身につけています。現存する光合成生物の祖先たちは、太古代後半の地球で生き残るために、そのどちらかを選択したんですね。
大陸が生まれて電子源が枯渇した時代には、自分で電子をグルグル回せるII型が適応的ですよね。しかし結局生物が増殖するためにはエネルギーに加え電子もある程度必要なため、それだけでは効率が悪い。本当はI型の力も借りたいところ。そこでII型が従来の電子の受け取り方を捨て、代わりに水から直接電子を獲得する能力をもつような進化が起こります。
グルグル電子を回す能力は失われてしまいましたが、図のように、それを改変することでI型との連動もできるようになりました。結果的にII型とI型を連動させ、水から酸素を発生させる光合成が誕生したわけです。更にもともとII型にはなかったアンテナもI型から借りることでグッと酸素発生能力も向上しました。この進化が起きなければ、光合成生物が現代ほど繁栄することはなかったでしょうね。
酸素生成型光合成から見たバクテリア生命史
ちなみに、現存するテラバクテリアIは、全光合成生物の共通祖先(下図の☆マーク)から二手に枝分かれしましたが、そのうちクロロフレキシ門、ブルカニミクロビオータ門、ファーミキューテス門などの共通祖先は、図のように、II型反応中心の電子をグルグル回す能力を強化するように工夫して電子が枯渇した地球で生き残ったのだと思われます。
約25億年前に光合成が大量の酸素を発生し始めると、あらゆる電子源が酸化して電子が枯渇しました。そのため、II型をちゃんと強化したテラバクテリアIだけが直系として子孫を残し、テラバクテリアI以外の系統は光合成を失ったか絶えたのでしょう。直系以外で古い光合成を捨て生き残った系統子孫の一部はテラバクテリアI直系のバクテリアから反応中心をもらい直したこともわかりました。
──なるほど、酸素発生型の光合成がどのように進化したのか、それがどんな環境への適応だったのか、よくわかりました。25億年ほど前に酸素発生型の光合成が始まり、その機能を磨き上げたシアノバクテリアが12億年前〜18億年前に登場した。
光合成機能は何億年前に登場したのか?
──では、酸素非発生型の始まり、つまり光合成そのものの起源はいつなのでしょう?
直接的には誰が光合成の起源だったのかは追うことができませんでした。でも、間接的にそのタイミングのみを追うことは可能です。
というのも、光合成は光エネルギーを捕捉する色素をつくらないと始まりません。ですから、ちゃんと光をつかまえてエネルギーを吸収する色素をつくる遺伝子が初めて出現したときが、光合成の起源だと考えていいでしょう。
そういう仮説を立てて分子時計解析をしたところ、光合成に必要な色素のタンパクをつくる遺伝子が出現したのは、37億年前〜32億年前ぐらいだとわかりました。これは、先にお話しした縞状鉄鉱の生成時期と完全に一致します。
──酸素が存在しなかった時代に、酸化した鉄がつくられていたんですよね。
はい。分子時計解析にはいくらかツッコミどころもあるので、まだ確定的なことはいえませんが、酸素非発生型の光合成生物が縞状鉄鉱をつくったと考えられる情報が、初めて分子情報から得られました。
ですから、まずその時代に酸素非発生型の光合成機能を持つ生物が登場し、その能力を受け継いだのが、現存する全バクテリアの共通祖先だと考えられます。つまり「ヒト」(ホモサピエンス)の祖先はヒトとなる前に二足歩行を獲得した可能性があるのと同様に、バクテリアの祖先もバクテリアとなる前に光合成機能を獲得していた可能性があります。
なぜバクテリア、アーキアは生き残ったのか?
バクテリア、アーキア、真核生物という3つのドメインの共通祖先、つまり全生物の祖先のことを「LUCA」(Last Universal Common Ancestor=普遍的祖先細胞)と呼びますが、そのLUCAから分岐した一つの系統が酸素非発生型の光合成機能を創ったのが、37億年前〜32億年前。そこから現在のバクテリアの祖先が出現したんですね。
だとすれば、バクテリアが現在まで生き残りに成功したのは、光合成機能を受け継いだからだといえるでしょう。
一方、アーキアは光合成をしませんが、こちらは水素と二酸化炭素を使ってメタンを生成する能力を身につけました。詳しくはお話ししませんが、僕は去年発表した論文で、現存するすべてのアーキアの共通祖先が、メタンを生成する代謝を獲得していたことを明らかにしています。
──バクテリアは光合成、アーキアはメタン生成のおかげで生き残ったんですね。
それが、地球生命にとっての2大代謝なんです。
共通祖先「LUCA」の後ろ姿を追って
そもそも、LUCAから分岐したのがバクテリアとアーキアの2つだけというのは不自然です。それ以降、さまざまな進化によって現在のような生物多様性が生まれたのですから、LUCAからも多様な系統が生じたと考えたほうが自然でしょう。
ところが、その多様な生命の中で生き残ったのは、バクテリアとアーキアだけでした。いまのところ生命は真核生物を加えた3ドメインとされていますが、僕は真核生物の祖先はアーキアだと考えているので、LUCAの次はその2つです。
おそらく、光合成やメタン生成のような代謝を進化させられなかった生命は、早い段階で絶えてしまったのでしょう。その意味でも、光合成の誕生は地球生命史における大事件だったといえると思います。
LUCAも人間も持つ「遺伝子」という共通言語
──ミステリ小説のようなドラマチックなお話を、どうもありがとうございました。ところで、今回のこのすごい研究には、どんな装置を使ったんですか?
基本的に、パソコンだけですね。じつは、ほとんどの部分は、ノートパソコンでできちゃいます。もちろん作業はものすごーく大変ですけど(笑)。
──えっ、パソコンでやるんですか?
いまの生物学業界は「ゲノム時代」といわれるぐらいですから、多くの研究者が膨大な生物のゲノム情報を調べて、それがデータベース化されています。ただ、それに手をつけて何か調べようとする研究者はあまり多くありません。
考古学でいえば、古代文字で書かれた史料が山ほどあるのに、誰も読もうとしていないような感じでしょうか。しかしそこには重要な情報が眠っています。だから僕は、データベースにアクセスしてそれをパソコンで解析したわけですね。
遺伝子解析が面白いのは、まず40億年分の情報がそこに記録されていること。さらに、地球上のどこに行っても共通言語として通じることですね。われわれ人間からLUCAまで、すべて同じ言語で書かれているんです。
だからこそ、古代文字のような情報が現在の生物の中でどう使われているのかを実験的に調べることもできる。これは、考古学ではできません。考古学と比べたら贅沢すぎるほど膨大なデータが揃っているんです。工学者だった僕は、たまたまそういう研究環境が整ったタイミングで生物学の世界に飛び込みました。その意味では、運も良かったのだと思います。
<共同研究者紹介>
海洋研究開発機構 塚谷祐介
産業技術総合研究所 西原亜理沙 (現所属・理化学研究所)
中央大学 浅井智広
• 取材・構成:岡田仁志
• 取材・図版協力:超先鋭研究開発部門 延優(Masaru K. Nobu)主任研究員
• 撮影:神谷美寛・講談社写真部