20世紀の終わりごろに「電子を捨てる(=電気を作る)微生物」が存在することがわかってきました。さらに、21世紀に入ると「電子を食べる微生物」も発見されています! まだまだ未知のこの「電気微生物」について研究しているのが、JAMSTEC超先鋭研究開発部門の鹿島裕之研究員です。
この電気微生物は、これまで地球生物が生命を支える仕組みとして知られてきた「光合成」「化学合成」という生態系とは異なる、「電気合成生態系」という第3の生態系を形成しているかもしれないといいます。謎だらけのこの「電気微生物」について研究の最前線をうかがってみました。(取材・文:岡田仁志)
微生物にも、ヒトにも共通のエネルギー通貨「ATP」
──生物が電子を食べたり・捨てたりすると聞くと、とても不思議なことのように感じます。鹿島さんが研究されている「電気微生物」は、ほかの生物とはまったく違う生き方をしているのでしょうか?
もちろん、ほかの生物と違うところはあります。でも、生きるために電気を使うこと、言い換えると「電子が自発的に流れる現象」を使うこと自体は、実は不思議なことではありません。
というのも、多くの生物は、細胞内に持っている「電子回路」を使って「呼吸」をすることで、生命活動に必要なエネルギーを得ています。具体的には、エネルギーの貯蔵や放出を行う「ATP」(アデノシン三リン酸)という物質を作るために電子回路を使うんですね。
正式には「電子伝達系」といいますが、その基本的な仕組みは、微生物から私たちヒトにいたるまで、ほとんど同じです。
──ATPは「生体のエネルギー通貨」とも呼ばれるものですよね。私たち人間も微生物も、同じようにATPを使っているのですか?
そうです。地球生命誕生以来、原核生物が進化させてきたATPを作って使うというシステムを、私たち人間もそのまま相続して使っているんですよ。ですから、電気微生物の話をする前に、まずは生物が「呼吸」によってATPをつくり出す方法についてお話ししましょう。
生物にとって「呼吸」とはなにか?
私たちは、食べ物を食べて摂取した有機物と、息を吸ったり吐いたりして、摂取した酸素を使って、エネルギーを得ています。では、その仕組みはどういうものでしょうか。
まず、有機物の分子を細胞内に取り込んで「酸化」します。つまり、有機物から電子を引き抜くわけですね。その電子を細胞内の電子回路に走らせます。そして電子回路を走り終わった電子を酸素に回収させます。すると電子回路がカラになるので、また次の電子が電子回路を走ります。
この細胞内の電子回路は、電子が走ることで周囲にある水素イオンを移動させる働きをします。電子回路を電子がどんどん流れていくと、まさに「電動ポンプ」のように働いて、周囲から水素イオンを汲み上げます。
この水素イオン汲み上げポンプは細胞内の膜を貫通する形で、膜上に存在していて、この電動ポンプが動くことで、膜の一方から他方に水素イオンを汲み上げ、膜の両サイドに水素イオンの濃度差を作りだします。そのため、膜の内側に水素イオンが少なく、外側に水素イオンがたくさんある状態になります。
このように細胞内電子回路が働くことで作り出された水素イオン濃度差が、次に説明するATP製造器を働かせる原動力となります。
水素イオンの濃度差を使ってATPを作るATP製造器(ATP合成酵素)も細胞内電子回路と同様に膜を貫通する形で存在します。電子回路が働いて水素イオン濃度差が作られると、水素イオンは濃いほうから薄いほうへ、つまり膜の外側から内側へと移動しようとします。 このとき、水素イオンはATP製造器の中を通って膜の外側から内側へと移動していきます。ATP製造器は、水車が水の流れを使って仕事をするように、水素イオンの流れを使ってATPを作ります。これが「呼吸」です。
ATP製造器で作られたATPは、細胞内で生命活動のエネルギーとして使われ、ADPという物質に変わります。それがまたATP製造器のところにやってくると、ATPに再生されます。
呼吸から見た「生命」の姿とは
この一連のプロセスのことを「酸化的リン酸化反応」といいます。
私たちのような真核生物は、細胞内にあるミトコンドリアがこの働きを担うようになりました。ミトコンドリアは、もともと原核生物の一種であるバクテリアだったと考えられています。私たちの祖先はそれを細胞内に取り込んで、酸化的リン酸化反応によるATP作りをさせるようになったわけです。
──これは微生物から人間にいたるまで、同じ仕組みなんですね。
はい、電子回路を動かすことでATPをつくるという手法は同じです。ビタミンCの発見で知られる生化学者のセント・ジョルジ・アルベルトは「“Life is nothing but an electron looking for a place to rest.” (生命というのは、電子が(熱力学的に)落ち着ける場所を探していることにほかならない)」という言葉を残していますが、電子の流れを使って生命活動に必要なエネルギーを獲得する仕組みは、生物にとってきわめて本質的な様式だと思います。
ただし、何からどうやって電子を取り出すかといったシステムの細部については、どの生物も同じというわけではありません。私たちヒトは有機物と酸素というコンビしか基本的には使えませんが、微生物の中には、硫黄や水素など有機物以外の物質から引き抜いた電子を回路に投入するものもありますし、酸素以外のものを使って電子を取り出すものもあります。
電気微生物はどのように生きているのか
──では、本題の「電気微生物」はどんなやり方をしているのでしょうか。
私たち人間も含めて、ほとんどの生物は細胞内の電子回路を動かすために、電子を持つ物質や電子を回収する物質を外から細胞の中に取り込まなければいけません。ところが、電気微生物は違います。ふつうは細胞内にある電子回路が、細胞外まで延びているんですよ。これはいわば、細胞内の電子回路を延長コードで外部とつないでいるようなものです。電気微生物は大まかに2つのタイプが見つかっています。
その延長コードを使って電子を外から取り入れる「電子を食べる」タイプ、逆に、電子を排出することによって「電子を捨てる」タイプです。後者は「電気を作る」タイプともいっていいでしょう。
また、電子を食べることも、電子を捨てる(電気を作る)こともできる、両方できる微生物がいるという報告もあります。ただ、これまで発見された電気微生物では、電子を食べるか捨てるかどちらか片方の能力のみ確認されているものがほとんどです。
じつは、まだわからないことだらけの電気微生物
──そういう電気微生物が存在することは、昔から知られていたのでしょうか?
古いところでは、1911年にイギリスの王立協会紀要にマイケル・クレッセ・ポッターが、「糖を分解している微生物培養系に電極を入れると起電力が生じた」という論文を発表しています。でも、この研究は当時あまり注目されていなかったようで、これに続く電気と微生物についての目立った研究の足跡は確認できません。
電気微生物の研究が本格化したのは、ずっと後の1980年代から90年代です。地下や地上で鉄やマンガンなどの金属元素の挙動を地球科学的に調べている中で、これらを環境中で酸化還元している未知の反応がありそうだということがわかり、それを微生物が行っているのではないかと考えられるようになったのです。
その仮説に基づいて研究が進められ、不溶性の鉄を還元するジオバクター菌やマンガンを還元するシュワネラ菌などが発見されました。
それらの微生物は、細胞内の電子回路から延ばした延長コードを細胞の外にある不溶性の酸化鉄や酸化マンガンにつないで、そこに電子を捨てることで、呼吸をしています。鉄やマンガンは、電子をもらうことで還元されるわけです。
2000年頃からは、この電気微生物を使った微生物燃料電池を廃水処理などで実用化しようといった応用的な研究も進みました。自然の鉱物の代わりに、人工的な電極に電子を捨てさせることで、発電が可能になるわけです。これが「電気を作る微生物」と言われる理由です。
一方、「電子を食べる微生物」の発見は比較的最近で、マサチューセッツ大学のグループからの2010年の報告が最初だとされています。
この研究では実験室で、二酸化炭素を固定して酢酸をつくる酢酸生成菌に電極を使って電子を与えたら、それを食べて二酸化炭素から酢酸ができました。でも、電子を食べる微生物が自然環境でどのように生きているのかは、まだよくわかっていません。
電子を捨てる微生物と食べる微生物が共生したら!?
──電子を捨てるタイプの微生物から、電子を食べるタイプの微生物が電子をもらうことができたら、お互いにすごく効率がいいような気がしますが……。
まさに、そういう「電気共生」をする微生物も見つかっていますよ。もともとは、メタンを酸化して電子を得るアーキアと、硫酸を還元して電子を捨てるバクテリアが共生することが、90年代に知られていました。メタンや硫酸があればそれぞれ生きられるはずなのに、実験室で2者の細胞が集合した細胞塊の共生系として培養した両者は、単独ではどちらもうまく生きられないことがわかったのです。
そのため、メタンを酸化するアーキアが、何らかの形で電子を硫酸還元菌に渡しているのだろうと考えられました。しかし当初は、まさか電子そのものを渡しているとは考えられておらず、「水素やギ酸などの分子の形でパートナーに電子を渡しているのではないか」といった仮説が立てられ、世界中で検証作業が行われたんです。
その結果、たしかに分子の形で電子をパートナーに渡している(分子移動)ものもいることがわかりました。でも、それだけではありません。
2016年頃に、そのような共生微生物のペアのなかに、一方の細胞から他方の細胞へと電子そのものを受け渡している(電子移動)ことがわかりました。
まさに電子を「捨てる」微生物と「食べる」微生物が共生しているわけです。
電気微生物はどこに暮らしているのか
──電気微生物が生きる上で有利なのは、どんな環境なのでしょうか?
一般的に、微生物がすくすくと生きていくには、細胞の中に取りこんで使うことができる「電子供与体や電子受容体」が十分量存在すること、消費して無くなっても再供給されることが必要です。
例えば、海の水の中では、細胞内に取込むことができる有機物や酸素が水に溶けた状態で豊富に存在します。また、微生物が呼吸してその場に無くなってしまっても、水の流れにのってまた供給されます。
こういった環境では呼吸に必要なものに困ることなく生命活動を続けていくことができると考えられます。
一方で、堆積物の中など海底下・地下は固形物に覆われていて、固体の粒と粒の隙間を埋めるように存在している水はあまり移動しないため、微生物の生命活動に必要なモノの移動・供給は限定的です。
電子供与体は、有機物や有機物が分解される過程で生成される還元的な硫黄化合物などとして偏在していますが、海水中や地上から分子拡散または水の流れにのってやってくる酸素などの電子受容体はこのような場所にやって来ず、したがって呼吸ができない、電子受容体が足りない、という環境が膨大に広がっています。
ただし、このような海底下地下には、(水)酸化鉄や酸化マンガンなど細胞の中に取りこむことはできないけれど、電子を回収してくれる固体の物質が豊富に存在しています。
電気微生物たちは、自分たちの周りにたくさんあるけれど細胞内に取りこむことはできない固体物質に細胞内外を結ぶ延長コードを使って電子を捨てることで呼吸ができ、これができない微生物たちと比較して効率的にエネルギーを獲得することができるのです。
電子をたくさん持っている有機物などの「電子供与体」や、「電子受容体」とよばれる電子を回収する酸素のような細胞内に取り込める物質がたくさんある環境なら、電気微生物のような延長コードがなくても呼吸するのに困らないかもしれませんが、海の底の堆積物の中や、何種類もの微生物が集まって増殖したバイオフィルム(微生物細胞の集合体)の内部などでは、そうはいきません。
細菌細胞の長さはおよそ1マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)ほどなので、ほんの100マイクロメートル程度のバイオフィルムでも、微生物から見れば100人が積み重なっているようなものです。
電気微生物は、そういう環境でも、延長コードを細胞外の鉱物などにつなぐことで、電子そのものを受け取ったり捨てたりできます。
細胞をリレーして離れた場所との電子移動ができる
たとえば、海底堆積物の中から発見された「ケーブルバクテリア」の図を見てください。
この図の黄色の管のようなものは、細胞が連結してフィラメント状に増殖して生きているケーブルバクテリアと呼ばれている微生物です。それぞれの細胞の長さは数マイクロメートルほどですが、多数の細胞が連結したフィラメントの長さは1センチメートル以上に成長します。この一列に連なった微生物細胞集団が生きている電気ケーブルとして働いて電子を移動させています。
海底堆積物の中には、電子を供給してくれる硫黄化合物はたくさんありますが、電子を回収してくれる酸素がほとんどありません。そのため、増殖した仲間とつながって電子を次々とリレーするように運んで、遠く堆積物表層にある酸素に捨てているんです。
遠くといっても1センチメートル程度ですが、微生物にとっては自分のサイズの1万倍。身長2メートルの人間が20キロメートルも離れた物質にアクセスできるのと同じことですから、この環境では圧倒的に有利ですよね。このケーブルバクテリアのことを「微生物のシュノーケル」と呼ぶ人もいます。
電子を食べる微生物を求めて深海に!
──先ほど、電子を「食べる」ほうの電気微生物が自然環境でどのように生きているかはまだよくわかっていないというお話がありました。鹿島さんは、それを深海底で探す研究もされています。なぜ、それが深海底にいると考えられるのでしょうか。
近年、JAMSTECが中心となって進めてきた調査で、深海底の熱水噴出孔の周辺には電流が流れていることがわかったからです。
それであれば、その電子を食べる微生物がたくさんいる可能性が高いでしょう。ただ、熱水噴出孔の周辺は多種多様な微生物がものすごくたくさん棲んでいるので、そこから電気を食べる微生物を見つけるのはとても難しいんです。 そこで私たちは、環境中で微生物に電子を少しずつ与え続ける電極を備えた装置を開発しました。この装置を、有人潜水調査船「しんかい6500」や無人探査機(ROV)を使って深海底の熱水噴出孔近くに一定期間、半年とか数年とか、設置して、その環境中にいる微生物の中から電子を食べる能力を持つ微生物たちを電極表面におびき寄せて、そこで電子を食べて増殖してもらおう、ということです。
深海底の現場で電気を使って微生物を集めて培養しようという試みのため、私たちは「現場電気集積培養」と呼んで、熱水噴出孔近く以外の様々な環境でも実験を行っています。
深海底の熱水噴出孔近くにすんでいる電気微生物
その実験の結果、環境中で電子を供給した電極には特定の微生物がすみつくことがわかりました。例えば、繊毛といわれるアンカーケーブルのような構造体を作って細胞と電極表面または細胞同士をつなげた状態で細胞が増殖し、微生物集団(バイオフィルム)を形成することがわかりました。
同じ場所に設置した装置でも、電流の強さや電位の違いといった電気化学環境の違いによって優占する微生物集団が変わってくることもわかってきています。
現在、これらの微生物集団のゲノムを再構成してどのような代謝機構を持っているのか調べたり、遺伝子発現を調べて電極上でどんなことをしているのか推定したり、電気化学的な解析をして電極から微生物集団に電子が取り込まれているのかを確認したりしています。
地球第3の生態系「電気合成生態系」が存在する!?
もし環境中に電気を食べる微生物の生態系があるとしたら、これは生物学にかなり大きなインパクトを与えると思います。
これまで、地球で暮らすすべての生命は、元をたどれば光エネルギーか化学エネルギーを使って生きていると考えられていました。たとえば私たち人間が食べているものは、もともとは植物が光合成でつくり出した有機物です。
一方、深海のように太陽光の届かない場所で生きている微生物は、地球内部から出てくる硫化水素や鉄、水素などの無機物を酸化することで得られる化学エネルギーによってつくられた有機物を食べている。光合成と化学合成という2つの生態系が、地球生命を支えているわけです。それが、これまでの常識でした。
しかし、電子を食べる微生物はそのどちらでもありません。熱水噴出孔のような環境で、自然に発生する電気エネルギーを使って生きている「電気合成微生物」が活動して有機物を作り出していることを確認できれば、それは光合成生態系、化学合成生態系に続く「地球第3の生態系」を見つけたことになると考えています。
──生物学の教科書が書き換えられるような大発見ですよね。
それぐらいの重要な問題なので、実験室ではなく、自然の環境中で電気合成微生物を見つけることにはきわめて大きな意味があるわけです。微生物が環境中で電子を食べて、二酸化炭素を固定して有機物をつくっていることが実証できれば、「地球には3種類目の生態系がある」といえるでしょう。
私たちがもともとは光合成でつくられた有機物を食べているように、もともとは電気合成でつくられた有機物を食べる生物がいれば、それは別の生態系と呼べるわけですね。
微生物発電は可能なのか?
そういう科学的なおもしろさに加えて、電子を食べる微生物は私たちの社会で役に立つ可能性もあります。たとえば電気合成微生物を生きている電気化学触媒として利用すれば、エネルギー生産や環境浄化に役立てられるかもしれません。
あるいは、私たちが見つけた新しいタイプの延長コードの分子情報が、遺伝子組み換え技術などを含めたバイオテクノロジーにとって新たなリソースになることもあるでしょう。
──電気を作るほうの微生物も、発電に使えるんですよね?
はい。再生可能エネルギーのひとつとして、田んぼや廃水の中などに棲息している電気微生物を利用して発電する微生物燃料電池の研究開発が国内外で行われています。
私自身、大学院時代は微生物燃料電池を使った廃水処理など工学的な研究をしていました。電子を「食べる」タイプであれ、「捨てる」タイプであれ、さまざまな電気化学プロセスに応用できる可能性を秘めているのが、電気微生物のおもしろいところだと思っています。
•取材・文:岡田仁志
•取材・図版協力:超先鋭研究開発部門 鹿島 裕之 研究員
• 撮影:神谷美寛/講談社写真部