9月6日、地球深部探査船「ちきゅう」が宮城県沖に向けて出航し、いよいよIODP(国際深海科学掘削計画)第405次航海「JTRACK(ジェイトラック)」(日本海溝巨大地震・津波発生過程の時空間変化の追跡:Tracking Tsunamigenic Slip Across the Japan Trench)が始まります。
2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震。発生からおよそ1年後の2012年4月には、IODP第343次航海「JFAST(ジェイファスト)」(東北地方太平洋沖地震調査掘削)という地震を起こした断層の掘削調査航海が実施されました。今回のJTRACKは、それから12年ぶりの大プロジェクトとなります。巨大地震と大津波を引き起こしたプレート境界断層は、この12年でどう変化したのか。さらに、それらのデータから海溝型地震のメカニズム解明にも大きな前進があるのではないかと期待されています。
そこで、海洋研究開発機構(JAMSTEC)理事で、「JTRACK」の共同首席研究者をつとめる小平秀一さんにプロジェクトについてお話を伺いました。(取材・文:岡田仁志)
小平秀一(こだいら・しゅういち)
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)理事。
長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高校卒。北海道大学理学研究科博士課程修了(博士(理学))。北海道大学理学部助手を経て1996年から海洋研究開発機構で海域地球物理学的手法によって、地震発生帯の実態、海域火山での地殻形成、海洋プレートの構造などプレート境界や海洋底での地球内部変動現象の研究を行っている。
東北地方太平洋沖地震の1年後に行われた「JFAST」
──今回の「JTRACK」についてうかがう前に、まずは12年前のJFASTで、あの地震について何がわかったのかを教えてください。
東北地方太平洋沖地震は、太平洋プレート(海洋プレート)に引きずられて沈み込んでいた北米プレート(大陸プレート)が、元に戻ろうとしてすべることで引き起こされました。地震の3日後に東北沖へ緊急派遣された深海調査研究船「かいれい」の調査では、海溝軸付近で50メートルを超える水平変動、約10mの隆起が確認されています。
そこでJFASTでは、地震を引き起こしたプレート境界断層を探し当て、そこから、地球深部探査船「ちきゅう」によって断層のサンプルを回収することを目指しました。マグニチュード9という巨大地震の断層がどういうものかを調べるためです。
また、その断層の掘削孔に温度計を設置して、のちに回収することもJFASTの大きな目的のひとつでした。断層がすべると摩擦熱によって断層周辺の温度が上がるので、それを調べると摩擦係数、つまり断層のすべりやすさがどれぐらいだったかを知ることができるのです。
──断層サンプルの回収は、かなりご苦労されたと聞いています。
水深7000メートルの海底からさらに850メートルも掘るのは初めてのことでしたから、難しかったですね。さらに、このときは天候が悪かったこともあって時間が足りなくなり、かなり掘り飛ばしをせざるを得ませんでした。本当は浅いところから断層まで連続的にサンプルを取りたいのですが、浅いところは断念し、海底下800メートルの断層付近と思われる深いところを密にサンプリングしたんです。
結果的に、海底下約820メートルから、プレート境界断層のサンプルを回収することに成功しました。
JFASTからわかった、おもな3つの成果
そのサンプルからは、まず、断層帯の厚さが数メートルしかないことがわかりました。地震の震源域は南北500キロメートル、東西200キロメートルと非常に大きい領域なのですが、ほんの数メートルの薄い領域に断層のすべりが集中していたのです。
また、断層を構成する物質の約8割は、沈み込む前の海洋プレートに長い年月をかけて積み重なった「スメクタイト」という水分を多く含む粘土であることもわかりました。地震の摩擦熱で温度が上がると、スメクタイトの含む水が膨張して断層の隙間を持ち上げるんですね。それによって、よりすべりやすくなったと考えられます。
一方、1000分の1度まで測れる温度計による計測では、海底下820メートルの断層の温度が、まわりよりも0.3度だけ高いことがわかりました。地震による温度異常は徐々に減少していきますが、まだ少しは残っているんです。
この温度から地震が起きたときの摩擦係数を計算したところ、0.08〜0.1というすごく小さい値だったことがわかりました。これは、スキー板と雪のあいだの摩擦係数と同じくらいです。だから、断層が大きくすべってマグニチュード9という巨大地震になってしまったのです。
掘削と同時に、孔内の電気伝導度を計測
──JFASTでは、掘削しながら地層の物性値などを計測するLWD(掘削同時検層)も行いましたよね? そちらでは、どんなことがわかったのでしょう。
そちらでも重要な成果がありました。地層に割れ目があると、そこに水が入り込んで電気が流れやすくなります。ですから、掘削しながら電気伝導度を計測することで、割れ目の状態を下の右図のように可視化できるんですね。これは、円筒状に観測したものを平面に展開したものです。
これによって、割れ目が東西方向に生じていることがわかりました。これは、地震の際に東西方向に引っ張る力が働いたことを意味しています。
深さは海底下660メートル〜672メートル。地震発生から1年後に、プレート境界断層の上盤側で、地震学でいう「正断層(2つのプレートが引っ張り合う方向)」的な力が働いていることがわかったわけです。これが、今回のJTRACKに大きな課題を与えました。それについてはまたのちほどお話ししましょう。
《 JFAST での成果》
- 東北地方太平洋沖地震の断層帯の厚さが数メートルしかなかった
- 東北地方太平洋沖地震が起きたときの摩擦係数は、0.08〜0.1と非常に小さかった
- プレート境界断層の上盤側では「正断層」的な力が働いている
東北沖の海底下は13年でどう変化したのか
──では、そのJTRACKで何を調べようとしているのかを教えてください。
JFASTではいまお話ししたような成果がありましたが、地震発生から1年後の1点で得た情報しかありません。しかし、先ほどいったとおり、地震の震源域は南北500キロメートル、東西200キロメートルもの空間的な広がりがあります。また、次の地震が起こるとすれば、そのために断層付近では どのようなことが進行していくのかという時間的な情報も得ていません。
そういう時空間変化を理解するのが、JTRACKの大きな目的です。
そのため今回は、JFASTで掘削した地点(JTCT-01A)の付近(30メートルほど離れたポイント)に加えて、北米プレートに沈み込む前の太平洋プレート上(JTCT-02A)でも掘削を行います。
地震の起きたプレート境界断層は、堆積物がぐちゃぐちゃに混ざってしまっている可能性があります。JTCT-02Aで未変形の堆積物をサンプル回収すれば、両者を比較することで、空間的な変化を見ることができるわけです。
もちろんJTCT-01Aでは、JFASTで断念した連続的なサンプル回収を行う予定です。そちらでは、浅いところから深いところまでの空間分布が理解できるでしょう。また、JFASTとほぼ同じところを掘るので、この12年間に断層構成物質がどのように変化したか、力の蓄積や断層の強度はどう変わったかなどの時間変化を調べることができます。
水深7000mの海底から海底下950mまでを掘削
──海底まで7000メートルですから、それだけで富士山2つ分ぐらいになるわけですが、今回はそこから何メートル掘る予定なのでしょう。
JFASTでは海底下850メートルでしたが、今回は断層を貫いて、その下にある太平洋プレートの上面まで掘るつもりです。海底下950メートルぐらいですね。
──そんなに深いところの構造がどうなっているか、掘る前にわかっているのですか?
音波などを使う地下構造調査で、大局的な構造はわかっています。JFASTのときも、海底下800〜900メートル付近に断層があることがわかっていました。そういう見当をつけた上で、掘削しながら電気伝導度や密度などを測っていくと、あるところで値が急変します。その変化を見て「ここが断層だ」と判断するわけです。
現在の断層にはどんな力がかかっている?
──先ほど、JFASTの調査でわかった「東西方向の割れ目」がJTRACKの課題だというお話がありました。これはどういうことでしょうか。
これも、時間変化に関する問題です。先ほどお話ししたとおり、地震の1年後には、東西方向に引っ張る力が働いていました。でも本来、太平洋プレートは日本列島に向かってどんどん沈み込んでいるので、ギューッと押し込む力が働いて「逆断層」的になるはずなんですよ。
ところが2011年の地震では、断層が一気に50メートルもずれたことで、それまでに溜まっていた力がすべて解放されました。そのために、それまでの押し込む力が引っ張る力(正断層的な力)に変わったのではないかと考えられます。
それから12年経った現在は、地震によって生じた引っ張りの状態が、元の押し込む状態に戻っているかもしれません。その変化をたしかめるのも、今回の大きなテーマです。
──押し込む力に変化していた場合、割れ目は違う状態になるのですか?
12年前は「正断層」的な割れ目でしたが、押し込む力に変わっていると、方向が90度ずれて「逆断層」的な割れ目になるはずです。
地震研究の難問「断層の固着説と非固着説」
地震後の太平洋プレートは年間10センチメートル程度のペースで動いていますから、12年間で1メートル以上は動いていると考えられます。断層が固着していれば、ギューッと1メートル押し込まれた分の力が加わっているでしょう。それによって、逆断層的な割れ目が生じるわけです。
ただし、それはあくまでも「断層が固着している」ことが条件なんですね。上盤と下盤がくっついていない場合、押し込みの力が働いてもスルスルと動くので、力は溜まりません。正断層のままで、力は解放されます。
でも、固着しているかどうかは観測してみないとわかりません。研究者のあいだでも「固着説」と「非固着説」に意見が分かれています。
どちらが正しいか、今回のJTRACKで決着をつけられるはずです。
──断層がどのような状態だと固着するのでしょう。
上盤側と下盤側が固着して一体化するためには、上盤側が年間10センチメートルの動きをしっかりとつかまえて力を保持しなければいけません。もし上盤側が地震のときに壊れてやわらかいままだと、それを保持できないんですね。
ですから掘削のときには、上盤側がどれくらい固まっているかを調べます。固い岩石を掘るとドリルビットに力がたくさんかかりますが、田んぼみたいな泥だと力がかかりません。その力のかかり具合から、固まり具合が推定できるわけです。
海溝型地震のメカニズム解明へ
──現在の断層が固着しているかどうかで、東北地方太平洋沖地震が起きた13年前にそこが固着していたかどうかもわかるのですか?
そういうことです。あの地震が起きるまで、日本海溝のプレート境界断層の浅い部分ではマグニチュード9という巨大地震は起きにくいと考えられていました。
この図で「地震性不安定すべり」と書かれているところは、深さ15キロメートルぐらい。このあたりでは固い岩石同士がしっかりと固着しているので、そこが一気にずれると巨大地震になると思われていたんです。
一方、海溝から少しだけ沈み込んだ浅い部分は、上盤がやわらかい泥のようなものなので、固着せずにするするとすれちがっている。力が溜まらないので、研究者の多くは巨大地震は起きにくいと考えていました。ところが2011年3月11日には、この「非地震性安定すべり」と書いてある部分が一気に50メートルもすべってしまったんです。
ですから、地震直後は、固着していないと思っていた浅い部分が、じつは固着して力を溜めていたのだろうと思いました。しかしその後の研究で、浅い部分が固着していなくても、固着した深い部分が全体のシステムをギューッと引っ張ることで、浅い部分にも「見かけの固着」が起きて、いっしょに動いてしまう可能性があることがわかりました。
ですから、今回の調査によって、海溝型地震のメカニズムに関する従来のモデルが修正される可能性はありますね。それによって次の巨大地震が起きるかどうかを予測することまではできませんが、巨大地震を起こすだけの力を断層が蓄えるメカニズムについての理解は深まるはずです。
今回の調査結果によって普遍的な地震発生帯モデルが構築できるわけではありませんが、それを議論する上できわめて重要なデータが得られるのです。
JFASTから12年後に調査が行われる意味
──なるほど、「固着説」と「非固着説」の議論に決着がつくのが楽しみになってきました。ところで、今回のJTRACKは東北地方太平洋沖地震の発生から13年後、JFASTから12年後というタイミングです。これは、地震を研究する上ではちょうどいい間隔なのでしょうか?
地震発生のサイクルは長いので、12年なんて誤差みたいなものだと思われるかもしれません。でも、地震を起こした断層の固着は、短い時間で変化することがわかっています。
たとえば1995年の阪神淡路大震災の原因として知られる断層は、発生から1〜2年で急速に固着が回復しました。中国の四川地震を起こした断層も、固着が急速に進んでいたといわれています。どちらも内陸部の活断層の話ではありますが、プレート境界断層でも同じようなことが起きているかもしれません。
その意味で、12年という間隔は悪くないですね。JFASTの5年後ぐらいにやってもよかったとは思いますが、間隔を置いたほうが時間変化がわかりやすくなるので、よいタイミングだと思います。
──JTRACK出航のおよそ1カ月前には日向灘で地震があり、「南海トラフ地震臨時情報」が出されました。地震研究への期待もますます高まっていると思います。
日本海溝から千島海溝にかけたエリアでも、南海トラフと同様、大きな地震が発生したときには気象庁が「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表することになっています。
JTRACKの調査は、気象庁の情報発信と直接つながるわけではありませんが、その背景にある科学的知見を増やすことができるでしょう。そういう形で社会に貢献することも、私たちの大切なミッションだと思っています。
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○「ちきゅう」船上からライブ配信します
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○航海中の情報更新を掲載予定
•取材・文:岡田仁志
•取材・図版協力:海洋研究開発機構 小平秀一 理事
•イラストレーション:酒井春
• 撮影:市谷明美/講談社写真部