日本は「排他的経済水域(EEZ)」内に、4種類の海底鉱物資源が蓄積する場所のある世界唯一の国です。海底鉱物資源は「海底熱水鉱床」、「マンガンクラスト(コバルトリッチクラスト)」、「マンガンノジュール(マンガン団塊)」、「レアアース泥」の4種類が存在します。技術の進歩とともにさまざまな産業分野で需要が高まっている「レアメタル」ですが、日本の近海には豊富な鉱物資源が海底に存在することがわかってきました。この記事では、4種類の海底鉱物資源のうち「マンガンクラスト(コバルトリッチクラスト)」に注目し、その成因や資源調査の最前線について紹介します。(取材・文:立山 晃/フォトンクリエイト)

海底の山にレアメタルの層ができている
海底には「海山」とよばれる山が存在します。
レアメタルが濃集している「マンガンクラスト(コバルトリッチクラスト)」は、この海山の斜面や頂上の平らな地形(平頂部)に形成されることが知られています。
まず、言葉について見ていきましょう。
マンガンクラストのクラストとは「殻」という意味です。マンガンクラストは、マンガンというレアメタルの酸化物に、他のレアメタルが吸着され濃集した層が積み重なっているものを指します。
また、マンガンクラストの中には、蓄電池の材料などとして重要なコバルトを多く含むものがあり、それは「コバルトリッチクラスト」とも呼ばれます。
海山の斜面に多く分布するマンガンクラストは、鉄・マンガン酸化物がレアメタルを吸着して濃集した層が、1ミリメートル〜15センチメートルほどの厚さに成長したものです。
マンガンクラストは、どのようにできるのか?
海水には、鉄やマンガンのイオンが微量に溶け込んでいます。それぞれのイオンが酸素と結合すると鉄酸化物とマンガン酸化物という固体状の微粒子となり、海山の玄武岩などが露出した、マンガンクラストが成長する基盤となる岩石(基盤岩)にゆっくりと降り積もっていきます。
海水には、マンガン以外のコバルトやプラチナ(白金)、レアアースなどのレアメタルも極微量ながら溶け込んでいます。鉄・マンガン酸化物には海水中のレアメタルを吸着する性質があるため、それが層となって基盤岩の上に成長していきます。
ただし、マンガンクラストに濃集したレアメタルは、鉄・マンガン酸化物の微粒子がゆっくりと海山へ落ちていく過程で吸着したものが多いのか、それとも、マンガンクラストへ鉄・マンガン酸化物が降り積もった後に海水中のレアメタルを吸着したものが多いのかは、まだよくわかっていません。
化学的性質が似たレアメタルでも、濃集率が異なるのはなぜか?
マンガンクラストには、コバルトなどのレアメタルが濃集していますが、金属の種類ごとにその濃集率は異なります。
元素周期表では、同じ列に並ぶ同族元素は化学的性質が似ているはずです。しかし、同じ列の元素でも、マンガンクラストにおける濃集率が大きく異なるものがあります。
たとえば、タングステン(W)とモリブデン(Mo)はどちらも第6族元素に属しますが、マンガンクラストには、タングステンがモリブデンよりも100倍ほど濃集しています。
私たちは、その謎を解くために、タングステンやモリブデンが、鉄・マンガン酸化物にどのように化学結合しているのかを調べました。
すると、濃集率の高いタングステンは、鉄酸化物とマンガン酸化物の両方に、酸素を介してしっかりと結合していることがわかりました。
一方、濃集率の低いモリブデンは、マンガン酸化物には酸素を介してしっかり結合しますが、鉄酸化物とは水和結合という静電気の引力によって弱く結合していることがわかりました。モリブデンと鉄酸化物の結合が弱いため、モリブデンは海水に溶け出しやすく、濃集率が低いのです。
このように、マンガンクラストにおける金属ごとの濃集率は、鉄・マンガン酸化物にどのような形式で化学結合しているかで決まることがわかってきました。
従来の研究では、マンガンクラストにおける濃度が低すぎて解析が難しかった金属もあります。そのような微量金属の解析も進めることで、濃集率の化学的な法則性を明らかにすることを目指しています。
このマンガンクラストで6500万歳以上!
マンガンクラストの年代測定にも力を入れてきました。年代を測定することによってマンガンクラストがどのくらいの年月をかけて成長してきたのかを知ることができます。
従来の年代測定法では、マンガンクラストの年代を800万年前くらいまでしかさかのぼることができませんでしたが、私はオスミウム(Os)という元素を用いた年代測定法の開発・改良を続けてきました。
オスミウム(原子番号76)には、質量数の異なる同位体があります。質量数とは、原子核を構成する陽子数と中性子数の合計です。オスミウムの陽子数は76個ですが、中性子数が異なるため、質量数187と188の同位体があります。
海水中のその同位体比(オスミウム187/オスミウム188)は、大規模な火成活動や隕石衝突などによって年代とともに変化するので、年代測定に使えるのです。
このオスミウムを用いた手法は、数十億年前の岩石の年代測定も可能です。ただし、オスミウムは極微量であり高度な分析技術が必要なため、オスミウムによる年代測定ができる研究機関は世界的にも限られており、JAMSTECはそのうちの一つです。
私たちのグループは、日本の排他的経済水域(EEZ)内のさまざまな海域にある多数のマンガンクラストの年代測定を実施しました。すると、もっとも古い年代では6500万年以上前と、恐竜が絶滅したころに形成されたものもあることがわかりました。
マンガンクラストは数千万年という極めて長い年月をかけて成長することが明らかになったのです。この知見は、マンガンクラストの分布域を見つけるには、年代の古い海山が有望であることを示しています。
マンガンクラストの形成には微生物が関与している?
年代測定に基づきマンガンクラストが成長する平均速度を調べると、100万年に2ミリメートル以下と極めてゆっくりしたものでした。
これは、1年間で原子が1個か2個積み重なるという速度です。化学者が集まる学会で、この研究成果を報告したところ、それほど遅い「無機的な」化学反応は存在しないと指摘を受けました。
無機的とは、生物が関与しないという意味です。それでは、マンガンクラストの成長に生物が関与しているのでしょうか。
JAMSTEC海底資源研究開発センターに在籍していた加藤真悟博士(現・理化学研究所 バイオリソース研究センター)らは、2014年、熱水鉱床やマンガンクラストに含まれるDNA解析を行い、生態系の多様性を調べました。
すると驚くことに、海底熱水鉱床よりもマンガンクラストのほうが生態系の多様性が大きいことがわかりました。また、マンガンクラストの表面を顕微鏡で観察すると、多様な微生物が存在していることも確かめられました。
海底熱水鉱床では、熱水に含まれる硫化水素などの化学物質を利用する微生物などによる固有の生態系があることが知られています。
この生態系を支えるのは、おもに還元的な熱水と酸化的な海水の間で生まれる化学エネルギーです。この大きなエネルギーによって生物の総量も大きくなりますが、上の図のように多様性は小さいことがわかっています。
一方、マンガンクラストが成長する海山の表面では、化学エネルギーが生まれにくく、有機物はわずかしかありません。そのため、生物の総量は熱水鉱床よりはるかに少ないのですが、限られたエネルギーや物質を最大限利用して互いに支え合うので、多様性が大きくなっています。
その多様な微生物が、鉄・マンガンの酸化物の形成やレアメタル吸着に関与することで、マンガンクラストはゆっくりと成長をするのかもしれません。
水深5500メートルの大水深にもマンガンクラストは存在していた!
また、マンガンクラストが分布する水深についても新しい発見がありました。
南鳥島沖には「拓洋第5海山」 と呼ばれる海山があります。ここは、マンガンクラストが広範囲に分布していることが知られていました。
ただし、これまで行われてきたマンガンクラストを目的とした調査は、水深3500メートルよりも浅い海域まででした。拓洋第5海山は、直径約150キロメートル、最大水深は約5500メートルです。
そこで、JAMSTECを含む研究グループは、最大潜航深度7000メートルの無人探査機「かいこう Mk-Ⅳ」を用いて、拓洋第5海山の水深5500メートルの海底までの調査を行いました。
その結果、水深4500メートルと5500メートル付近の大深度でも、マンガンクラストが存在していることがわかりました。
陸に近い海山にもマンガンクラストはあるのか
次に、陸からの距離です。
拓洋第5海山は、南鳥島沖、日本列島から南東へ約1800キロメートルも離れた場所にあり、その年代は約1億2000万年前だと推定されています。
マンガンクラストは、以前から拓洋第5海山のように陸から遠く離れた、年代の古い海山に分布していると考えられてきました。陸から近い海域では土砂などが運び込まれてしまい、レアメタルの濃集が妨げられて、きわめて薄いマンガンクラストしかないか、ほとんどマンガンクラストが存在しないと予想されてきたのです。
たしかに、マンガンクラストの成長は非常に遅いため、海山の年代が古いことは、マンガンクラストが成長する必要条件の一つです。しかし、陸から離れていることも本当に必要条件なのかどうかは実際に検証してみないとわかりません。
そこで、JAMSTECを含む研究グループは2017年、房総半島から約350キロメートルの距離にある「拓洋第3海山」の調査を行いました。
さきほどと同じ無人探査機「かいこう Mk-Ⅳ」を用いて、水深1400〜1700メートル、2500〜2700メートル、3200メートル、4300メートル、5500メートルの地点を調査したところ、いずれの水深でも斜面一帯がすべて厚いマンガンクラストに覆われていました。
最大級のマンガンクラストも採取された
この調査では、水深3200メートルで、厚さ13センチに達するマンガンクラストを採取しました。この厚さは北西太平洋で採取されたマンガンクラストとしては最大級です。
前述のように、マンガンクラストの成長は、100万年に2ミリメートル以下なので、この大きさになるまでにどれだけの時間が必要だったのか想像できると思います。
さらに、福島県から約350キロメートル沖合にある「磐城海山」の調査も行いました。そこでも厚く成長したマンガンクラストが存在していました。
日本列島に近い海山にもマンガンクラストがある謎
日本列島から近い、拓洋第3海山や磐城海山には、陸からたくさんの土砂が流れてくるはずです。なぜ、そのような海山でもマンガンクラストは厚く成長できたのでしょうか。
海山の斜面ならば、土砂などが積もりにくくなります。ところが、拓洋第3海山や磐城海山の頂上の平らな地形(平頂部)でもマンガンクラストは成長していました。
なぜ、土砂などが堆積しやすい平頂部でもマンガンクラストが成長できるのかは謎ですが、その可能性の一つとして考えられるのが「底層流」という海水の流れです。
海の表層には風の力でできる海流ができています。以前は、風の影響が及ばない深層の海水は静止していると考えられていましたが、深層にも底層流という流れがあることが観測されています。
陸に近い海山の平頂部には、堆積物が降り積もっている場所がある一方で、堆積物がほとんどない場所もあります。そこでは底層流によって土砂などが流されることで、マンガンクラストが成長できるのかもしれません。
これまで、底層流の観測はほとんど行われていません。私たちは、海山に流速計を設置して底層流の観測を行い、底層流が本当にマンガンクラストの成長に寄与しているのかどうか調べているところです。
ただし、数年間の観察では、ゆっくりとしたマンガンクラストの成長の影響を調べることは困難です。そこがマンガンクラストの成因研究の難しいところです。
そのような困難を克服してマンガンクラストが成長する条件を解明できれば、人工的な装置で、海中のレアメタルを素早く濃集する技術を開発できるかもしれません。
現在、レアメタルを吸着する物質や微生物を入れた容器を海底に設置する実験も進めています。その実験から、レアメタルが吸着するメカニズムを探ろうとしています。
海山でなければ、マンガンクラストは成長できないのか?
これまでの調査から、北西太平洋の年代の古い海山には、マンガンクラストが普遍的に分布していると考えられます。
では、なぜ海山である必要があるのでしょうか。
じつは、海山ではない海底から採取した石に、レアメタルが濃集した薄い層が観察できることがあります。
ただ、レアメタルが濃集した層が厚く成長するには、数千万年という膨大な時間が必要です。そのような超長期の成長の基盤となる安定した広い環境を、玄武岩が露出した海山が提供することで、厚く成長したマンガンクラストが分布しているのだと考えています。
取材・文:立山 晃(フォトンクリエイト)
撮影:柏原 力(講談社写真映像部)
写真・図版・取材協力:物質地球科学研究部門 海底資源研究プログラム 上席研究員 鈴木勝彦
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