海には、大気中の二酸化炭素を吸収し、貯蔵するはたらきがあります。じつは海中には約37兆トン、大気中の40倍以上の炭素が存在するといわれています! 人間の活動によって大気中の二酸化炭素濃度は上昇をつづけていますが、海がその一部を吸収してくれなかったら、もっと急速に上昇していたはずです。
海が二酸化炭素をどれだけ吸収し、吸収された二酸化炭素が海の中でどのように移動しているのかについては、多くの謎が残っています。この科学的な問いに「海洋観測」と、シミュレーションを行うための「気候モデル」という両面から研究を進めているのが、JAMSTEC地球環境研究部門海洋観測研究センター海洋物理・化学研究グループの副主任研究員・重光雅仁(しげみつまさひと)さんです。海の炭素循環プロセスに大きな影響をあたえていると注目されている「生物ポンプ」とよばれる仕組みなど、現在の研究の最先端をうかがいました。(取材・文:福田伊佐央)

海の中には大気の40倍以上の炭素が貯蔵されている!
──海には大量の炭素が貯蔵されていると聞きました。
海は大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、吸収した大量の炭素を海中に貯蔵しています。その量は、約37兆トンにおよぶと推定されています。これは、大気中に存在する炭素(約8000億トン)の40倍以上です。
水に溶けた二酸化炭素は、炭酸水素イオンと炭酸イオンになります(図1)。海中の炭素のほとんどは、この3つの形(二酸化炭素、炭酸水素イオン、炭酸イオン)のいずれかの状態となって存在しています。つまり、海中の炭素のほとんどは、非生物的な「無機態」の炭素です。海水に溶け込んでいる、これら3つを足し合わせたものを「全炭酸」といいます。
──生物によってつくられる「有機態」の炭素は少ないんですね。
そうなんです。海中の炭素のうち、有機態の炭素が占める割合は2%ほど(7000億トン程度)だと考えられています。
海中の植物プランクトンは、海水に溶けている二酸化炭素などを材料にして光合成を行い、炭素を含む有機物をつくります。海中にある有機態の炭素のほとんどは、こうしてできた有機物がさまざまな過程を経て溶存化したものです。
10年に1度の精密観測で二酸化炭素の変化を追う
──海の炭素は、どうやって調べるのですか?
我々のグループは、観測と数値モデルの両面から、海の中で炭素がどのように動き、変化しているかを明らかにしようとしています。
まず観測については、19ヵ国が協力して世界中の海を観測する「GO-SHIP」(Global Ocean Ship-Based Hydrographic Investigations Program)という国際的な海洋観測プロジェクトに参加しています。GO-SHIPでは、大陸間を結ぶように縦横に設定された観測線に沿って、定期的に海洋観測を行います(図2)。
――これだけの距離を実際に観測しているんですか!
そうなんです。観測は、各種センサーと採水器を組み合わせた装置である「CTD採水システム」を使って行います(図3)。
装置を海底近くまで沈めていく間も、引き上げる間も、塩分や温度、圧力をセンサーで連続的に観測します。そして、装置を引き上げる途中で、ねらった深さの海水を採水器で採っていきます。JAMSTECで使っている装置では、36層分の水を採ることができます。採った水は船上で分析して、炭素の量(全炭酸)やアルカリ度、溶存酸素濃度などを精密に測定します。
GO-SHIPでは10年に1回、同じ場所を観測するようになっているので、長期的な変化を精密に把握することができます。この観測データを分析することで、大気から海にどれぐらいの炭素が入ってきたのか、そのうち人為起源の二酸化炭素はどれぐらいかといったことが見えてきます。これは地球温暖化の状況を把握するために、とても重要です。
二酸化炭素の吸収・放出は、大気と海の濃度差で決まる
──数値モデルについてはどうですか?
温暖化の影響をはじめ、将来、地球の気候がどう変化していくかを予測するには、大気や海でおきる現象をシミュレーションする気候モデルが欠かせません。
GO-SHIPの観測データは、気候モデルを評価するうえで非常に重要です。モデルが現実の海の状態やその変化をどのくらい上手く再現できているか、実際の観測データと比較して、いわば「答え合わせ」をするわけです。そして、より現実に近い結果を出せるように、観測データをもとにモデルの改善を進めています。
──海中の炭素の動きや量は、モデルの中でどうやってシミュレーションするのですか?
モデルの中では、海中の無機炭素は、二酸化炭素、炭酸水素イオン、炭酸イオンを合わせた「全炭酸」として計算しています。また、海水が酸を中和する能力の指標である「全アルカリ度」も計算しています。
一方、海面では大気との間で二酸化炭素が交換されるため、全炭酸と全アルカリ度などから、海水中の二酸化炭素分圧(pCO2)を求める必要があります。
──それはなぜですか?
大気と海の間でどのように二酸化炭素が移動するかを計算するためには、海面の二酸化炭素分圧(pCO2)が必要になるからです。
二酸化炭素は、分圧が高いほうから低いほうへと移動します。もし大気側の二酸化炭素分圧が海側よりも高ければ、二酸化炭素は大気から海に吸収されます。逆に大気側が低ければ、二酸化炭素は海から大気へと放出されます。
二酸化炭素、炭酸水素イオン、炭酸イオンの3つがどれくらいの比率で存在するかは、全炭酸と全アルカリ度、水温、塩分などから計算することができます。そこで、モデルで計算した全炭酸と全アルカリ度に、水温と塩分の計算結果を組み合わせることで、海面の二酸化炭素分圧を求めることができます。
二酸化炭素が海に吸収されるか、逆に大気に放出されるかは、地球温暖化について予測する際に重要ですから、その部分を正しく気候モデルで再現できているかはとても大事になります。
GO-SHIPでおよそ10年ごとに測定する実際の海の全炭酸や全アルカリ度の観測値は、モデルが海洋の炭素循環やその変化をうまく再現できているかを確かめるためのデータとして非常に重要になっています。
「生物ポンプ」が毎年74億トンの炭素を海中に隔離する
海の中にある炭素のほとんどが無機態だからといって、モデルでも生物の影響を考える必要がないかといえば、そうではありません。生物によって有機態の炭素がつくられて、海中へと運ばれていく「生物ポンプ」のはたらきは、海全体の炭素の動きに大きな影響をあたえています。
──生物ポンプは、どんなはたらきをしていますか?
植物プランクトンが海の表面で光合成をして、海に溶けた二酸化炭素などの無機炭素から有機物をつくります。有機物になった炭素は、植物プランクトンが死んだり、動物プランクトンが植物プランクトンを食べてふんをしたりすることで、おもに海中を漂う有機物の粒子となります。
こうした有機物の粒子は、海を漂いながら重力によって少しずつ沈んでいき、炭素を海の表面から海洋内部へと運びます。海の中にポンプのように炭素を送りこんでいることから、このはたらきは「生物ポンプ」とよばれます。
生物ポンプのはたらきによって、毎年74億トンもの炭素が海の表面から海洋内部へと運ばれていると推定されています(図4)。このように生物ポンプは、炭素を海洋内部に運び、大気中の二酸化炭素濃度を低く保つ上で重要な役割をしています。
世界の海の炭素濃度の差は、1000年スケールの大循環と生物ポンプで作られた!
実際に太平洋や大西洋で観測された海中の炭素(全炭酸)濃度の分布を見てみると、深層では北太平洋で特に濃度が高くなっています。これは「海洋大循環」とよばれる非常にゆっくりとした海水の循環と、生物ポンプが組み合わさることで生じた分布です。
海洋大循環では、北大西洋や南極海などで形成された冷たい海水が深層へ沈み込み、世界の海を長い時間をかけてめぐります。その間に、生物ポンプによって海の表面から沈んできた有機物が分解され、炭素が深層の海水に少しずつ蓄積されていきます。そのため、長い時間をかけて深層水が到達する北太平洋では、全炭酸の濃度が高くなります。深層の海水はやがて海洋内部で上昇し、表層付近へ戻っていきます(図5)。
──なぜ、ここに生物ポンプが組み合わさると、北太平洋の炭素濃度が高くなるのですか?
北大西洋で冷えて沈んだ海水が、大西洋を南下してから南極海を経由して、太平洋へと運ばれる間に、生物ポンプは海洋内部に炭素を次々と送りこんでいきます。沈んだ有機物は微生物などによって分解され、無機炭素へともどるため、深層を進むあいだに海水中に炭素が少しずつ蓄積されていくわけです。
その結果、海洋大循環によって運ばれてきた古い海水が存在する北太平洋の深層では、炭素濃度がとくに高くなっています。このような海洋内部の炭素濃度の分布を作り出す上で、生物ポンプは大きな役割を果たしています。
結論は合っているが、個々のプロセスの再現性は別問題
現状の気候モデルは、大気と海の二酸化炭素のやり取りについて、地球全体で見ればある程度正しく再現できています。
ただ、細かく見ていくと、観測結果と合っていないところもあります。とくに高緯度では、海面の二酸化炭素濃度の季節変動を十分に再現できていません。海域によっては、二酸化炭素濃度が高くなる季節と低くなる季節が、観測結果と逆になっている場合もあります。
実際、観測にもとづく推定とモデルを比較すると、亜熱帯では季節変動のタイミングがおおむね一致する一方、北半球の亜寒帯域や南大洋では大きな違いが見られます。
その大きな原因の一つが、海面の全炭酸の季節変動を、モデルが十分に再現できていないことです。海面の二酸化炭素濃度は、水温だけでなく、全炭酸や全アルカリ度、塩分などによって決まります。
実際、モデルでは全炭酸の季節変動が観測にもとづく推定よりも系統的に小さく、これが海面の二酸化炭素濃度の季節変動をうまく再現できない主な原因の一つであることが分かってきています。つまり、地球全体として見るとある程度つじつまが合っていたとしても、実際に海の中で起きている個々のプロセスまで正しく再現できているとはかぎらないのです。
たとえ全体としての結論が観測と合っていたとしても、モデル内部のプロセスが現実と異なっていることは重要な問題です。地球温暖化などの将来予測では、現在とは異なる環境に対してモデルを使うことになります。
そのため、現在の海で起きているプロセスの再現性が十分でなければ、将来の海洋による二酸化炭素吸収の予測にも不確実性をもたらす可能性があります。実際、北大西洋や南大洋では、モデルが現在の二酸化炭素の季節変動をどのように再現するかと、将来の海洋による炭素吸収の予測との間に関係があることが指摘されています。
海中の有機炭素7000億トンへの生物の影響は?
──どうすれば、モデルを改善できるでしょうか?
私は、生物が炭素循環にどう寄与しているかを、もっと細かく理解することが必要だと考えています。
海中の有機態の炭素(大部分は溶存有機炭素)は、無機態にくらべて少ないとはいえ、7000億トンほどあります。これは大気中の炭素の量(約8000億トン)に匹敵する量です。有機態の炭素量やその循環が生物の影響によって変化すると、海洋内部における炭素の分布や、海と大気の二酸化炭素のやりとりにも影響を及ぼす可能性があります。
生物の寄与の中で私が注目しているのは、海洋細菌による有機物の分解です。生物ポンプのはたらきによって有機物の粒子が海の中を沈んでいくと、その途中で細菌などによって分解されます。その過程で、一部は海水に溶けた有機物となり、さらにその一部は細菌の呼吸などによって分解され、無機炭素へと戻っていきます。
つまり、海洋細菌は、有機態と無機態の変換に重要な役割を果たしているわけです。現在の海洋生物地球化学モデルにも有機物の分解そのものは組み込まれていますが、こうした細菌による有機物の利用・変換過程は、多くの海洋生物地球化学モデルでは簡略化して表現されています。
こうしたプロセスをモデルに正しく組み込むためには、実際の海で細菌による有機物の分解や変換がどの程度起きているのかを明らかにする必要があります。私たちは、GO-SHIPの観測で得られたデータを使って、その実態を明らかにしようと取り組んでいます。
新たな生物観測プロジェクト「Bio-GO-SHIP」への期待
生物ポンプのはたらきが温暖化の進行によってどのように変化するかを理解することも重要です。植物プランクトンが光合成を行うには、二酸化炭素と水と栄養塩、そして光が必要です。海洋では一般に、光と栄養塩が十分あるかどうかが植物プランクトンの生産を左右する重要な要因になります。
温暖化が進むと、海水温が上昇し、海流の向きや強さが変化したり、海の表面と深いところが混ざりにくくなったりします。多くの海域では、その結果、深いところから海の表面への栄養塩の供給が少なくなり、光合成による有機物の生産量が減って、結果的に生物ポンプのはたらきが弱くなる可能性があります。また、海水温などの環境条件が変化すると、植物プランクトンの分布や種類も変化するでしょう。
──さまざまな要素がかかわってくるので、プロセスをきちんと理解するのはむずかしそうですね。
プロセスを理解するには、生物についても広範囲を詳しく観測する必要があるんですが、実は海洋の物理や化学に比べて、生物については全球規模で系統的・継続的な観測がこれまで十分に行われてきませんでした。
そこで近年、GO-SHIPの枠組みを発展させて、生物観測も実施しようとする新たな観測プロジェクトが立ち上げられています。「Bio-GO-SHIP」というプロジェクトであり、GO-SHIPの観測線に沿って、すでに何度かの観測が行われています。今後、我々のグループでも生物観測に力を入れていきたいと考えていて、準備を始めているところです。
──Bio-GO-SHIPのような観測が本格的に進んでいくと、生物が関与する炭素循環のプロセスも明らかになっていくでしょうか?
その可能性は十分にあると思います。GO-SHIPは、約10年ごとに同じ観測線を観測することで、海洋の長期的な変化を捉え、モデルの検証や改善にも使われる貴重なデータを提供してきました。同じように生物についても繰り返し観測すれば、それぞれの海域にどんな生物がどれくらいいるのか、そしてそれが長期的にどのように変化していくのかを調べるためのデータを蓄積できます。
たとえばBio-GO-SHIPでは、海水に含まれるDNAやRNAを網羅的に調べるオミクス解析や、微生物細胞数および細胞性状を測るフローサイトメトリー、植物プランクトンから動物プランクトンまで、幅広いプランクトンを対象とした画像観測など、さまざまな方法を組み合わせます。そうすることで、どのような微生物やプランクトンが存在し、どのような機能をもっているのかといった情報を、同時に測定する物理・化学データと結びつけることができます。こうした観測を積み重ねることで、モデルの中で生物がかかわるプロセスをよりよく表現するためのデータが得られる可能性は高いと思います。
海の中は、生物と有機物、無機物の相互作用によっていろんなことが決まる複雑系です。そんな複雑系を、観測とモデルの両面から解いていきたいというのが、私の一番の興味です。海の中で起きていることへの理解が進めば、それを気候モデルに反映することでモデルの精度向上につながり、温暖化に伴って海洋の炭素循環がどのように変化するのかといった将来予測の不確実性を小さくすることにもつながると考えています。
私は、東北大学とJAMSTECが連携して設立された研究所である「変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)」にも所属しています。この研究所は、海洋生態系の解明を大きな目標に掲げていて、生態系の仕組みにくわしい研究者がたくさん在籍しています。そういった研究者を巻き込みながら、いろんなことを解明していけたらいいと考えています。
取材・文:福田伊佐央
撮影:村田克己/講談社写真映像部
取材・図版協力:地球環境研究部門 海洋観測研究センター 海洋物理・化学研究グループ 重光雅仁 副主任研究員
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