2025年12月、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」が28年間にわたる任務を終えました。船体の大きな「みらい」は、揺れに強く、充実した研究設備が特徴です。1997年10月の就航以来、北から南まで世界中の海で250回以上の航海を行ってきました。総航走距離は約230万キロメートル(地球約58周分)におよび、乗船者数はのべ8100名を超えます。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境部門地球表層システム研究センター物質循環・人間圏研究グループの上席研究員(シニア)・本多牧生さんは、就航以来、数多くの観測業務を「みらい」で実施してきました。研究人生の多くを「みらい」とともに過ごしてきた本多さんに、「みらい」の偉大な功績、そして、思い出深い航海について語ってもらいました。(取材・文:福田伊佐央)

異色の出自をもつ研究船「みらい」
──「みらい」との出会いについて教えてください。
僕がJAMSTECに入所したのは1986年です。当時のJAMSTECは、まだ「海洋研究開発機構」ではなく、「海洋科学技術センター」で、深海調査のための技術開発などが主な研究テーマでした。
入所から4〜5年経った1990年頃に、JAMSTECでも地球環境と海に関する研究を積極的に行っていくことになり、地球温暖化を研究する部署が立ち上がりました。大学時代に関連する研究をしていたので、僕もそこに加わることになりました。
最初の数年間は、アメリカのウッズホール海洋研究所に派遣されて、現地で海洋観測の手法などを学んでいました。そんなときに、新たな研究船を建造しようという話がJAMSTECで持ち上がりました。それが「みらい」ですね。
──「みらい」は、日本初の原子力船「むつ」が前身となっていますね。
当時、「むつ」は放射線漏れの事故などによって引退が決まっていて、「むつ」を保有する日本原子力船開発事業団は、引退後の「むつ」の利用法を検討していました。
同じ頃、JAMSTECは地球温暖化などに関する観測を行うための本格的な研究船がほしいと考えていました。両者の思いがタイミングよく重なって、「むつ」を改造して研究船にしようという話がまとまったのだと記憶しています。1995年に「むつ」の改造がはじまって、1997年に研究船「みらい」が完成しました。
充実した研究設備をもち、多少の時化にも動じない!
──「みらい」の特徴を教えてください。
「みらい」の特徴をひと言でいえば、とにかくでかいことです。JAMSTECも当時、研究船をいくつか持っていましたが、どれも船体はあまり大きくなく、船の容積をあらわす総トン数は最大でも3000トン程度でした。「みらい」はその倍以上の8700トンもあって、研究船としては、日本で断トツ、世界的にも最大級です。
船が大きいと基本的に揺れにくくなるため、ちょっとした時化(しけ)でも、かまわず観測ができます。そして、たくさんの機材と人を積むことができます。
船体が大きい「みらい」には、基本的な分析装置がひと通り常設されており、複数の実験室・分析室がそなわっています。小さい船だと必要な装置を航海のたびに持ち込んで、いちいちセットアップしないといけないのですが、装置を常設している「みらい」ではその手間が不要で、つねに高精度な観測や分析を行うことができます。
また、船を運航する乗組員のほかに、研究者や技術者が合わせて40名以上乗ることができます。こんなに多くの研究者が乗れる船は、ほかにありません。
さらに「むつ」では原子炉が置いてあったスペースが、「みらい」では広大な格納庫になっていて、たとえばエルニーニョ現象を観測するための大型の観測ブイであれば10個も搭載できます。世界的に見ても、研究船としての能力は非常に高いと思います。
ネガティブな声をくつがえして、世界に誇れる船に
──船が大きいと、いろんなメリットがあるんですね。
実は、「むつ」を改造して研究船にしようという話が出た当初は、「こんなに巨大だと、研究船としては使いづらいのではないか」というネガティブな声もたくさんありました。
船が大きくなると甲板の位置も高くなって、海面との距離が遠くなります。そうなると、観測装置を海に投入したり、海から引き上げたりするのがむずかしくなるんです。
そこで、観測装置を投入する設備を付ける船内の位置を変更したり、揺れを抑える装置をつけたりして、さまざまな改良をほどこしていきました。多くの人の知恵と努力でどんどん使いやすい船になっていき、世界に誇れる研究船に仕立てることができたと思います。
日本と米国の共同プロジェクトの思い出
──思い出に残っている航海はありますか?
2001年の8月の終わりから9月にかけて行った日米の合同調査は、今も強く記憶に残っていますね。僕が以前派遣されていたウッズホール海洋研究所とJAMSTECの共同プロジェクトとして、定点観測用の観測点に観測装置を設置しに行くという航海でした。
大量の資材が入ったコンテナとウッズホール海洋研究所のスタッフを、アラスカのダッチハーバーという港で「みらい」に乗せて、カムチャツカ半島沖の観測点に向かいました。
定点観測用の装置なので、装置が流されないように海底に係留して設置しないといけません。設置には特殊な技術が必要で、当時はまだ「みらい」のスタッフはその技術を持っていませんでした。
そこでアメリカ側のマリンテクニシャンとよばれる技術者の指導の下で、係留作業を行いました。言葉の壁があるので共同作業がうまくいくか心配だったのですが、日本側のスタッフも皆さん優秀なので、すぐにコツをつかんでいました。
観測装置を係留するための重要なノウハウが取得できた航海ですし、日米合同で友好的に行われた航海でもありますので、とても印象的でした。
航海を忘れられないものにした出来事がもう一つあります。それは航海終盤にアメリカ同時多発テロ、いわゆる9.11が起きたことです。
当時の「みらい」はまだインターネット環境も整っていなくて、最初の知らせはファックスで届いた記憶があります。朝方にアメリカ人スタッフたちが「空港が封鎖されたみたいだ」とざわざわしていて、夕方になってテロだとわかりました。
──たしかに忘れられない航海ですね。
3.11の1ヵ月後に出港した航海
もう一つ挙げられるのは、2011年の東日本大震災発生後に初めて「みらい」で実施した航海です。
3月11日に震災が発生して、その1ヵ月後の4月11日に横浜港を出港しました。
航海の目的の一つは、福島第一原発の事故で放出された放射性物質がどのように海洋に広がっているかを調査することでした。
福島沖で海水を採って放射性セシウムの濃度を調べたら、やはり濃度は高かったですし、津波で流されたと思われる漂流物もありました。なによりも、福島から北東へ2000km離れた観測点K2や南東に1000km離れた観測点S1にも事故一ヵ月後には、事故由来の放射性セシウムが運ばれていたことに驚きました。とにかく震災の影響をすごく感じた航海でしたね。
船は海の上に浮かんでいますが、大きな余震が起きるとドーンという音がして、そのあと船がガガッと揺れるんです。地震が大きいと海上にいてもこういう振動が伝わるんだと思ったことを、はっきり憶えています。
実は震災発生前にも西部北太平洋に航海に出ていて、大きな前震が起きた3月9日に日本に戻ってきています。まさかその2日後にあんな震災が起きるなんて思いもしませんでした。
震災に対していろんな思いがありましたし、放射性物質の広がりを調査するという目的が急遽、設定された航海だったので、震災後初めての航海は印象的ですね。
──コロナ禍のときの航海も大変だったようですね。
そうですね。2021年に行われた航海はコロナ禍の真っただ中だったので、乗船前のPCR検査や事前の隔離、ミーティングは船上の複数の部屋に分かれてオンラインで実施、黙って食事したりなど、とても大変でした。
この29年間、「みらい」の上で多くの時間を過ごしました。9.11も3.11もコロナ禍も、どれも「みらい」の航海と結びついていて、忘れられない記憶になっていますね。
「みらい」でなければ取れなかったデータ
──「みらい」の業績としては、どのようなものが印象深いでしょうか?
僕たちのグループの研究テーマから紹介させてもらうと、西部北太平洋の「生物ポンプ」の実態を明らかにできたことが大きいと思います。
北海道沖からベーリング海に至るまでの西部北太平洋は、魚のえさになるプランクトンが多く、良い漁場として知られています。植物プランクトンは、生きている間は海中の二酸化炭素を吸収して炭素を固定し、死んだあとはその死骸が「マリンスノー」となって深海に沈んでいきます。こうしてプランクトンなどによって固定された炭素が深海へと輸送される現象が、生物ポンプです。
プランクトンが豊富な西部北太平洋は、生物ポンプの働きが強い場所だと考えられていましたが、実際にどのように炭素循環が起きているのかはよくわかっていませんでした。
そこで西部北太平洋の「KNOT」や「K2」とよばれる観測点に、マリンスノーを採集する装置を沈めるなどして、20年以上、継続的に観測を行いました。
観測点には、自動で観測や採集を続けてくれる装置を海底に係留して設置します。自動観測装置といえども、年に1〜2回はサンプルの回収やメンテナンスに行かないといけません。
そんなとき、「みらい」は非常に頼もしい船です。格納庫や甲板が広いので、海から引き上げた大きな観測装置をしっかり船上で整備できます。それに、揺れに強い「みらい」は海が荒れていても避難することなく、その海域にとどまることができるので、天気が少し良くなった隙をねらって作業ができます。「みらい」だからこそ取れたデータがたくさんあると思います。
「みらい」で継続的にさまざまな観測データを集めることができたおかげで、生物ポンプによって、どんな物質がどれくらい、どんな速度で深海に運ばれているかが明らかになりました。
──「みらい」でなければ取れなかったデータが研究を支えているんですね。
深海の水温上昇を明らかにした「リピートハイドログラフィー」
もう一つ「リピートハイドログラフィー観測」も、「みらい」の特徴的な業績の一つでしょう。
リピートハイドログラフィー観測とは、決められた観測ラインに沿って、海を横断的あるいは縦断的に観測していく手法です。
たとえば、日本からアメリカまで、北太平洋を横断するように観測していきます。
観測ラインに沿って移動しながら、海面から海底まで、採水と観測を1日に4回ほど繰り返します。次々に海水を採取して、それを分析室に持っていって片っ端から分析します。その作業を移動しながら、連日行うわけです。
このプロジェクトでは、海洋の微妙な変化を検出するために、綿密な機器校正、そしてグローバルスタンダードになる標準物質の開発に心血が注がれました。
その結果、「みらい」のリピートハイドログラフィー観測によって、地球温暖化の影響で深海に熱が溜まり、深海の水温がわずかに上昇していることなどが明らかになりました。
海が大量の熱を吸収してくれなかったら、地表の気温上昇はとんでもないことになっているのですが、その証拠を見つけたのがリピートハイドログラフィー観測だといえます。
エルニーニョ・ラニーニャから北極海の調査まで!
ほかには、熱帯域に「トライトンブイ」という大型観測ブイを多数設置したのも「みらい」の功績です。
熱帯域の大気と海洋の状態を継続的に観測することで、エルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象などのメカニズム解明に貢献しました。
また、「みらい」では、細長いアルミの筒である「ピストンコアラー」を海底に突き刺して、海底の堆積物の採取も行っています。ピストンコアラーは長さが20メートルもありますが、「みらい」は大きな船なので、問題なく甲板に展開できます。堆積物を採取する目的は、過去の海の状況の推測や海底資源の調査などです。
──北極での観測も「みらい」は積極的に行っていますね。
北極海は、地球温暖化の影響をとくに大きく受ける海域だといわれています。たとえば海氷が少なくなると北極周辺の大気の流れが変化して、日本の気候にも影響が出るといわれています。
「みらい」は海氷を割りながら進むことはできませんが、揺れに強くて頑丈なので、荒れやすい北の海でも観測ができます。その特徴を活かして、「みらい」は28年間で23回も北極航海を行い、北極海への温暖化の影響を観測してきました。
――太平洋、大西洋、熱帯域から北極海まで、まさに世界の海を調査した船ですね。
後継となる「みらいII」が建造中
──いま、「みらい」の後継となる北極域研究船「みらいII」が建造中です。
「みらいII」は日本の研究船として初めて砕氷機能をそなえた船になります。北極海の観測については複数の国際プロジェクトが進行していますので、「みらいII」はその中心的な役割をになっていくことになると思います。
「みらいII」を詳しく知りたい方は、下をクリック!
──引退後の「みらい」はどうなるのでしょうか?
役目を終えた「みらい」は、解体される予定だと聞いています。前身の「むつ」から数えると、50歳以上ですからね。もう船体がかなり古くなっています。
僕自身が今の研究テーマをスタートした時期と「みらい」の就航はほぼ同時期で、初航海から今まで、多少のブランクをはさみつつも、28年間ずっと乗ってきました。気がつけば長い付き合いです。「みらい」の引退は自分の定年とも重なりますし、感慨深いですね。
“変動”をこえた“変化“は、継続的な観測によって発見できる
──長年「みらい」で観測を続けてきて、どんな変化を感じますか?
地球では日内変動や季節変動のほかにも、年単位、数年単位、数十年単位でさまざまな「変動」が起きています。
たとえば10年単位で生物ポンプの強さが変わったりしますが、これは自然に起きる変動の一つです。
一方で、人間の活動によって、変動をこえた「変化」も起きています。地球温暖化による大気や海洋の温度上昇は、まさに変動をこえた変化です。
観測結果から、変動をこえた変化を見つけるのは、本当に大変です。数年間観測して、ある海域で水温や酸性度が上がっているというデータが出たとしても、それが自然に起きる変動なのか、人間活動による変化なのかはよくわかりません。
とくに海では、陸の影響、海流の影響、生物の影響などのさまざまな影響を受けて複雑な自然変動が起きているので、大気よりも変化を見つけるのがむずかしいといわれています。
そんな中でも変化を見つけるためには、観測をとにかく長く続けるしかありません。変動をこえた変化は、20年ぐらい観測しつづけてようやく見え始めます。現在、10年、20年と定点観測を続けている場所では、さらに30年、40年と観測を続けてほしいですね。
「みらいII」に受け継がれるもの
──後継の「みらいII」にはどんなことを期待しますか?
「みらい」が多くの業績を残せた理由として、研究・観測・分析の分業体制を確立できたことも大きいと思っています。
かつては研究者が観測や分析、装置の整備などもやっていたのですが、それだとどれも中途半端になるんです。研究は研究、観測は観測で、それぞれのスペシャリストが担当するほうが効率的で、データのクオリティも上がります。そういった分業体制をつくりあげたことは、「みらい」の大きな成果の一つだと思います。
「みらい」では、さまざまなスペシャリストたちが船を運航する人たちと一緒になって、観測技術を向上させてきました。そういった精神を「みらいII」でも引き継いで、さらに発展させていってほしいですね 。
取材・文:福田伊佐央
写真・図版・取材協力:地球環境部門 地球表層システム研究センター 物質循環・人間圏研究グループ 本多牧生
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