大雨や洪水など大きな災害をもたらす台風。その被害が年々激しくなっていると思いませんか?台風被害が激しくなる原因のひとつが地球温暖化であることが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が行った最新のシミュレーションでわかってきました。今回は台風が発生するメカニズムと温暖化がもたらす影響について、海洋研究開発機構の山田洋平特任研究員に教えていただきました。
山田洋平
海洋研究開発機構
特任研究員
地球温暖化が台風にどう影響を与えるか?
台風はどのように生まれるのか?
地球上で台風が生まれる場所はだいたい決まっています。それを表したのが下の図です。赤道を挟んだ熱帯の海で発生していることがわかります。
日本に襲来して被害をもたらす台風の多くは、このうち日本の南、フィリピンの周辺で発生する台風です。
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台風とは、熱帯の海で生まれる「熱帯低気圧」のうち、北西太平洋または南シナ海に存在し、なおかつ最大風速がおよそ17m/s以上のものをいいます。上の図には、ハリケーン(大西洋などで発生)、サイクロン(インド洋などで発生)も含まれています。
台風の発生は、海に強い日差しが降り注ぎ、海水と海面近くの空気があたためられることから始まります。あたためられた海水は水蒸気となり空気と混ざります。この湿ったあたたかい空気は、周囲の空気より軽くなるため上昇を始めます。
湿った空気が上昇すると水蒸気が凝結して雲が出来ます。この時「潜熱」と呼ばれる熱が放出されます。潜熱は、気体が液体に変わる時に発生する熱です。この潜熱によって周りの空気が暖められるため、空気はさらに上昇を続けます。
この上昇が繰り返されることで、強力な低気圧がつくられます。そして、海面付近では、低気圧の中心に向かって湿ったあたたかい空気が渦を巻きながら吹き込み、さらに上昇気流を強めます。こうしたプロセスを経て、台風が発生するのです。
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台風の強さや発達には海水温が大きく関係しています。海水温が高いと台風は強い勢力になり、また強い勢力が 長続きすることが知られています。
(参考記事)コラム:2018年はなぜ台風活動が活発だったのか?
台風の渦の原因は“コリオリの力”
台風がなぜ渦を巻いているのか、不思議に思ったことはありませんか?
実は、台風が渦を巻くのはコリオリの力が働くためです。コリオリの力とは、地球が自転していることによって生じる見かけ上の力です。
地球が自転すると、北半球ではとても大きなスケールでの運動は進行方向に対して右向きの力が観測されます。そのため、地球規模のスケールで風が吹くとき、北半球では風は右向きに曲がります。図では、赤道付近から北に向かって吹く風が、地球の自転によって、右に曲がる様子を表しています。
また、台風の周りを吹く風には3つの力が働きます。中心の低気圧に向かう「気圧の力」と、「コリオリの力」、そして「遠心力」です。この3つの力のバランスによって、風は反時計回りに渦を巻きます。
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実際の台風では、風は地表面(海面)付近で中心に向かって吹き込んでいます。これは地表面付近では地表面からの影響(摩擦)を受けているからです。空気は摩擦を受けて回転する速さが遅くなります。回転が遅くなるとコリオリの力と遠心力が小さくなります。つまり空気に働く力の向きを考えると「台風から遠ざかる方向に働く力」よりも「台風に近づこうとする力」が大きくなります。このため風は地表面付近で中心に吹き込み、台風は渦を巻くのです。
地球温暖化が台風にもたらす影響は?
地球温暖化が進むと将来台風がどのように変化するのでしょうか?JAMSTECではNICAM*と呼ばれるモデルを使ってシミュレーションを行いました。NICAMは地球全体を14km四方の格子に分割して、雲の動きをリアルにシミュレーションすることが出来ます。
- NICAM(Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model)とは、JAMSTEC・東京大学・理化学研究所・国立環境研究所で共同開発している全球雲解像モデルのことです。従来のモデルでは、解像度の限界から、台風を構成する雲を経験則に基づき表現していたため不確かさがありましたが、NICAMでは、全球を細かい格子に区切り、物理法則に忠実に雲の生成・消滅を計算するため、不確かさの少ない台風シミュレーションが可能です。
NICAMとスーパーコンピューターを使ってシミュレーションを行った結果、以下のことがわかりました。
- 21世紀の末には、強い台風は現在に比べておよそ6.6パーセント増加する。
- 台風に伴う降水量は11.8%増加する。
- 強風域の半径は10.9%程度拡大する
強い台風と降水量は増加し、強風域も広がるという結果です。
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台風の将来変化については気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)においても記述されており、世界各国各機関におけるシミュレーションの平均的な結果として、2℃の気温上昇に対して以下のように変化することが報告されています。
・台風の発生数は14%減少
・台風発生数に対する強い台風の発生割合は13%増加
・平均降水量は12%増加
・台風の平均強度(風速の大きさで評価)は5%増加
(参考①)IPCC AR6 Full report(英語)
台風(tropical cyclone)に関する主な記述はChapter 11に記載されています。
(参考②)気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)サイクル
IPCC AR6に関する情報を日本語で提供する、環境省のページです。
ではなぜ、台風の強風域が拡大するのでしょうか?それは現在の気候の台風と、地球温暖化が進んだ将来の気候の台風を比べるとわかります。断面図を比較すると、将来の気候の台風は、台風の中の壁雲*と呼ばれる雲が、より高く、より外側に長く伸びています。壁雲内では潜熱の放出があるため、その周囲の空気を暖めます。すると暖かい空気の領域が現在の気候の台風よりもさらに外側に広がります。暖まった空気は密度が小さく、軽くなるので、外へ伸びた壁雲の領域においても、その下では気圧が低くなり、等圧線の間隔が狭くなります**。つまり、将来の気候の台風では、等圧線が狭くなった領域が拡大することになります。
- 台風の中心付近は高い雲のない領域で台風の「眼」と呼ばれており、この眼を囲むように対流圏界面まで達するような背の高い雲があります。この背の高い雲を「壁雲」と呼び、この領域では非常に風が強く、強い雨が降ります。
- *等圧線の間隔は気圧の勾配を示し、気圧はその上の空気の重さの影響を受けます。空気が軽ければ気圧は低く、重ければ気圧は高くなります。
天気予報などで等圧線が狭いところは強い風が吹くということを聞いたことがあると思いますが、それと同じように将来の台風の外側の等圧線が狭くなった部分で強い風が吹きます。これが地球温暖化によって台風の強風域が拡大する理由です。
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上の模式図では表現されていませんが、実際の台風の等圧線の間隔は、台風の中心付近から少し離れた背の高い雲(壁雲)域で最も狭くなっており、外側に離れるにつれて広くなります。この等圧線の間隔が狭いところで風は強くなります。つまり台風は、その中心では風が弱く、中心から離れるにつれて風は急速に強くなり、壁雲域の下で最大となります。そこからさらに離れると徐々に風が弱くなります。
今後の研究の方向性は?
JAMSTECでは、さらに台風の研究を進めるために、フィリピン沖での現地観測も行っています。そして観測の結果も踏まえてさらにシミュレーションの精度を上げていこうとしています。それによって、防災や減災に役立つ情報を得ることができるのです