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地球環境部門

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
第55回総会に参加して

2022年3月16日

地球環境部門 環境変動予測研究センター
センター長 河宮 未知生

総会の概要

2月28日に、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC) の第2作業部会 (WGII) 第6次評価報告書 (AR6) が公表されました。WGII は、温暖化に関する科学の中でも、主に社会への影響評価など、温暖化への適応策立案に資する研究成果を評価します。筆者は、公表に先だって 2月14日から27日に開催された第55回IPCC総会に日本代表団メンバーとして参加してきました。その様子をここで報告します。

なお、昨夏公表された第1作業部会 (WGI, 温暖化の自然科学的側面を扱う) のAR6に関する総会の様子も以前のコラム記事で紹介していますので、そちらもご参照ください。

WGII AR6 の「政策決定者向け要約」(Summary for Policymakers:SPM) の承認を主な議題とする今回の総会は、WGIのSPMについての前回54回総会に引き続き、全面オンラインの開催となりました。関係省庁職員などからなる十数名の日本代表団は経済産業省の会議室に集合して対応にあたり、特に2週目は午後6時始業午前7時終業と言う正に昼夜逆転の修羅場を、ともに乗り切りきりました。

事前の不安感からすれば比較的スムーズに議事が運んだ前回(WGI のSPM承認)と比べると、各国が進める気候変動適応策と関連が深い記述も多いWGIIのSPMだけあり、揉める場面や議論を呼ぶ表現も多くありました。とは言え最終的には、元々11日間だった会期を1日延長することでSPM承認に辿りつくことができました(最終的な確認作業などを行う最後の会合も含めれば2日の延長です)。

総会では、SPM一文一文を丁寧に読んでいき、全てについて全会一致するまで議論します。細かな表現に関するやりとりをすべてオンラインで進めているとフラストレーションも溜まりますが、運営側の努力に加えて、会期後半になるにつれ、始めはクレームが多かった国も議事進行に協力的になってきたことで、延長は最小限に抑えられました。

「コンタクトグループ」の様子

会期中、筆者はセクション B2, B3 と図SPM.4 に関するコンタクトグループ(SPM中の特定箇所に関心を持った国々が集まる分科会)の司会を、ロシア連邦の オレグ=アニシモフ氏と担当しました(図1)。

担当部分の文中には、人口増加が気候変動によるリスクの拡大と深く結びついている点を指摘した箇所があり、「人口増加 (population growth) は国の発展の結果であり、悪いことのように記述するのは不適切」と主張するインドなど発展途上国を中心とする国々と、「人口増加は気候変動問題の本質の一つ」とする著者や一部先進国などの間で立場の隔たりが鮮明になるなど、丁々発止のやり取りが続きました。この点については、最終的には「人口学的圧力」(demographic pressure)という表現に落ち着いています。

また、当該コンタクトグループの議題の1つ、図SPM.4 (完成版では図SPM.3) は、WGII 報告書の代名詞とも言える 「バーニング・アンバーズ」 を含んでいました(図2)。気温の上昇と共に、種々のリスクがどの程度悪化するかを視覚的に分かりやすく示した棒グラフ群で、歴代の WGII 評価報告書で採用され、他所で引用されることも多いグラフです(「バーニング・アンバーズ」 は「燃えさし」を意味します。棒グラフの色合いから名付けられたのでしょう)。特に今回の AR6 では、評価の基盤となるデータが豊富にある地域いくつかに絞って詳細な「懸念材料」を示したことが特徴になっています。

これに対して「ここに示されていない地域では気候変動のリスクは小さいということなのか」という疑問を呈した国が複数ありました。著者側は当然「そういう意味ではない」と説明を重ねていましたが、科学論文であれば日常的な「データが揃っている部分についてのみ深堀りする。」という態度が、政策決定者をターゲットとして設定した文書ではなかなか通用しないことに、若干戸惑っていたような印象もあります。結局この件については、世界各地域のリスクを箇条書きにした表とセットで示すことで、気候変動に伴うリスクが世界にあまねく存在していることを強調することで対応がなされました。

飛び込んできた大ニュース

会期中の2月24日、ロシア連邦によるウクライナ侵攻のニュースが報道され、当日の会合冒頭には、ウクライナ代表団のスビトラーナ=クラコフスカ氏が「大変なことが起こったが、総会の残りの期間、しっかり貢献したい」という趣旨の発言をする場面がありました。議長を務めていたデブラ=ロバーツ氏(南アフリカ)は、ウクライナの困難な状況に対する懸念は共有しつつも「こうした事態にあっても参加国が協力して科学的知見を伝える努力を示すのがIPCCの役割」と応答し、参加者に冷静な対応を促していました。その後の各国代表団も、努めて冷静に本題に即して発言しながらも、多くがウクライナに対する連帯の意思を添えていました。

クラコフスカ氏はここ数回の総会には継続的に参加して発言も頻繁で、IPCC総会の名物的存在です。今回も、それまでの会期中にコンタクトグループの司会も担当するなどして目立っていました。上記発言の翌日から会議に参加していませんでしたが、2月27日日曜の最終プレナリーでは顔を見せて発言しており、参加者をひとまず安堵させていました。またその発言に続きロシア代表団が「今回の攻撃を正当化する理由は見あたらない。謝罪したい」という旨を発言したことは、国内外の報道で取り上げられています。クラコフスカ氏もこの発言を受けて「この状況を改善しようと努力している、ロシア人を含むすべての人々に感謝する」と応答していました。本原稿を執筆している3月7日現在、事態は緊張が続いています。クラコフスカ氏を始めとする、事態に巻き込まれてしまっている方々全ての無事を心から祈ります。

総会を終えて

さて、完成した「政策決定者向け要約」(SPM)は、ジオエンジニアリング(気候の人口制御)やティッピング現象・不可逆性(気候の急激な変化)、カーボンバジェット(緩和目標に見合う排出抑制)、労働生産性と気候変動との関係など、どちらかと言えば(温暖化の緩和策を主な論点として扱う)第3作業部会 (WGIII) 寄り(あるいは、WGI と WGIII の連携課題)と考えていた術語が頻繁に表れていたことが、個人的には印象的です。また、WGIでは敢えて避けていた感のある「持続可能な開発目標」(SDGs) への明示的な言及もあり、気候変動適応に向けた方策の立案を意識した内容になっていると思います。

前回の54回総会に引き続き、日本代表団の皆様には、今回も大変お世話になりました。会期中、日を経るにつれ、作業デスクの脇にならぶ休憩時間用のつまみ類が、お菓子類一辺倒から「乾きもの」も入って充実してくるなど、細かな気遣いも感じた二週間でした。代表団首席の環境省河村玲央氏を始め、ロジや事前の質問準備等、様々な場面でお世話になった文科省高附課長補佐、日本気象協会の渡邊、白川両氏および経済産業省関係者の皆様には、この場を借りて特に感謝を申し上げます。

図1:コンタクトグループ(分科会)の様子。水色でマークされているのが参加者の同意が得られた文、黄色が現在検討中の文で、紫は同意の取り付けをいったん棚上げして先送りにした文を示している。上段左から3つ目の枠が司会を担当する筆者。一番左の枠は、参加国から出された意見に回答を述べるAR6著者の一人(画面キャプチャ協力:日本気象協会)。

図1:コンタクトグループ(分科会)の様子。水色でマークされているのが参加者の同意が得られた文、黄色が現在検討中の文で、紫は同意の取り付けをいったん棚上げして先送りにした文を示している。上段左から3つ目の枠が司会を担当する筆者。一番左の枠は、参加国から出された意見に回答を述べるAR6著者の一人(画面キャプチャ協力:日本気象協会)。

図2:「政策決定者向け要約」(SPM)の図SPM.3 のパネル(f)。温暖化による地域ごとの主要なリスクを示している。右半分の棒グラフ群が「バーニング・アンバーズ」と呼ばれるグラフ。

図2:「政策決定者向け要約」(SPM)の図SPM.3 のパネル(f)。温暖化による地域ごとの主要なリスクを示している。右半分の棒グラフ群が「バーニング・アンバーズ」と呼ばれるグラフ。

参考資料