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地球環境部門

IPCC第6次評価報告書(第1作業部会)の公表
-JAMSTEC研究者たちの貢献とメッセージ-
第7話:近年の海洋酸性化はIPCC AR6でどう語られたか

2022年11月29日

[執筆者]
脇田昌英 副主任研究員
(地球環境部門 むつ研究所 海峡・沿岸環境変動研究グループ

キーポイント

◆海洋酸性化とは、人間活動により大気に排出されたCO2が海洋に吸収されることによって海水中のpHとCO32-を下げ、炭酸カルシウムの化学的飽和度も下がること。この進行は、海洋生物に影響を与え、特に、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物(プランクトンの円石藻・翼足類・有孔虫、貝類、サンゴ、甲殻類など)の生育を阻害する。

◆外洋域では、1980年後半以降から続く長期の海洋観測により、表面海水のpHは、-0.0010~-0.0030/yrの速度で毎年低下し続けている。全海洋に渡るこの海洋酸性化の進行は、外洋域の11つの時系列観測点で分析された長期のpHデータを元にして示され、強固な証拠となっている。

◆外洋域の中・深層では、人間活動により排出されたCO2は、海洋表面から吸収され、海洋の物理的な循環によって海洋内部へ運ばれ、海洋酸性化を進行させている。さらに、海洋生物の呼吸による酸素消費の変化はCO2放出を増やし、海洋内部での酸性化をさらに速く進行させている。その影響は、海盆間の海洋観測による過去数十年にわたる観測結果から、大西洋や太平洋の中層で最大水深2000mまで見えており、その急速な酸性化や炭酸カルシウム飽和深度の浅化が起こっている。

◆水深200m以浅の沿岸域は、海洋酸性化はすでに進行しているが、その原因は、人間活動により排出されたCO2吸収に加えて、地域ごとの現象(温暖化、河川・海氷融解・地下水など淡水の流入、貧酸素化、人口密集地域での生活・工業排水の流入や大気から塵などの落下による富栄養化、沿岸湧昇やローカルな循環の変化等)と密接な関連があり、非常に時空間変動が大きいため、様々な報告がされている。

◆IPCC第6次評価報告書での海洋酸性化の進行について、JAMSTECとして寄与したのは、西部北太平等亜寒帯域の時系列観測点K2・KNOTの結果で、この海域は、生物生産力が高く、水産資源が豊富である一方、国際的にも南・北極域に次いで、深刻な酸性化の進行が示されている。最近の結果では、過去に報告された低速な冬季混合層の酸性化は、近年、他の外洋域の時系列観測点の結果(約-0.002/yr)と同等となるほどに加速し(-0.0016/yr)、中層ではpH・溶存酸素が上昇し、急速な酸性化・貧酸素化がわずかに後退していたことがわかってきた。加えて、日本沿岸域の津軽海峡でも、JAMSTECでは酸性化モニタリングを2012年から実施しており、海峡東部の全深度でpHとΩが急低下していること(pH: -0.0030~-0.0051/yr, Ω: -0.017~-0.036/yr)を発見した。

海洋酸性化

第1~6話にあるように、IPCC 第6次評価報告書では、大気中の温室効果ガス(CO2、CH4、N2O等)の濃度の増加は人間活動が原因であることに疑う余地がないと報告されています。加えて、1979年以降の温暖化の主な要因は温室効果ガスの可能性が非常に高く、 CO2が温暖化に大きく寄与しているとも報告されています。このように人間活動により大気に排出されたCO2は、大気海洋間の気体交換を通して、その25%が海洋に吸収されています。その結果、海洋に吸収されたCO2は、下記の(1)~(3)式に従って、表面海水と反応して、炭酸(H2CO3)を形成し、すぐに、炭酸水素イオン(HCO3-)とH+に解離し、増加します。一部のH+も炭酸イオン(CO32-)と反応して、HCO3-を形成します。その結果、HCO3-とH+を増やし、pHとCO32-を下げる。これが、海洋酸性化です。

(1)

CO2 (大気) + H2O ⇄ H2CO3

(2)

H2CO3 ⇄ H+ + HCO3-

(3)

HCO3- ⇄ H+ + CO32-

人間活動により大気に排出されたCO2が海洋に吸収されることによって起こる海洋酸性化の進行は、海洋生物に影響を与え、特に、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物(プランクトンの円石藻・翼足類・有孔虫、貝類、サンゴ、甲殻類など)の生育を阻害します。さらに、海洋酸性化によるCO32-の減少は、海洋酸性化による生態系への影響評価の指標である炭酸カルシウムの飽和度(Ω)を減少させます。

(4)

Ω = [Ca2+] [CO32-]/Ksp

(5)

Ksp = [Ca2+]sat [CO32-]sat

Kspは溶解度積で、[Ca2+]sat、[CO32-]sat は、炭酸カルシウムとの飽和濃度です。炭酸カルシウム飽和度(Ω)は、表層が高く、水深が深くなると下がります。Ωが1以上で過飽和、1以下で未飽和となり、Ωが1のときの深度を飽和深度といい、この深度より深くなると、炭酸カルシウムは溶け出します。また、炭酸カルシウムには、カルサイト(方解石)とアラゴナイト(アラレ石)の2つの結晶形があります。その化学的性質が異なるため、溶解度積もカルサイトとアラゴナイトとで異なります。アラゴナイトの方がpH低下によって、溶けやすいため、アラゴナイトの飽和深度は浅くなります。このため、アラゴナイトの殻や骨格を持つ生物の方が海洋酸性化の影響を受けやすくとなります。

実測値から見える近年の海洋酸性化の進行の証拠

表層:1980年後半以降から続く長期の海洋観測により、外洋域の表面海水のpHは、-0.0010~-0.0030/yrの速度で毎年低下し続けています(図1)。全海洋に渡るこの海洋酸性化の進行は、外洋域の11つの時系列観測点で分析された長期のpHデータを元にして示され、強固な証拠となっています。例えば、亜熱帯域では、-0.0010~-0.0030/yrの速度でpHが低下し、炭酸カルシウム(アラゴナイト)の飽和度(Ω)も-0.007~-0.012/yrの速度で低下しています。これらの速度は、大気中CO2の増加に対応して、平衡状態で海洋中CO2が増加したときと同じ速度でしたが、10年スパンごとで比較すると、その速度が変動してきていることが報告されています。熱帯太平洋では、中央部と東部湧昇域は人間活動により排出されたCO2の吸収に加え、湧昇の強化に伴う下層にある高CO2水の流入が増加したことによる相乗効果によって、急速に酸性化(-0.0022~-0.0026/yr)しています。一方、西部熱帯域では低速なpH低下(-0.0010~-0.0013/yr)となり、約10年前の他の所で吸収された人間活動に放出されたCO2が海洋循環によって運ばれてきたためと言われいます。亜寒帯・寒帯域では、物理・生物過程の複雑な相互作用が影響しているため、亜熱帯よりも変動幅が大きく、pHが低下しています(-0.0003~-0.0026/yr)。しかし、北極域では、長期の時系列観測がないため、海洋酸性化の進行は捉えられていませんが、急激な海氷減少による大気海洋間のCO2の気体交換の活発化や氷河融解・河川水増量による淡水流入の増加とそれに伴う陸域有機炭素の海洋での分解が炭酸カルシウムの飽和度(Ω)を低下させ、未飽和状態になっています。南極域の沿岸域の表層水でも、この炭酸カルシウム飽和度(Ω)の未飽和状態が氷河からの淡水流入の増加と深層水の湧昇に起こっています。

従って、上記の様々な観測研究の結果から、海洋表面水は全球的に大気中CO2の増加による海洋酸性化の影響を受けています。さらに、確固たる証拠なり得る、過去数十年にわたる海洋観測をもとに検出された酸性化の進行状況は、雪氷域の温暖化も含む、各海域の物理的・化学的状況の変化・変動により調節されていることを示しているため、今後もより理解を深める必要があります。

図1 外洋域の時系列観測点における表層pHの数十年にわたる経年変化と2000年に換算した年平均pHの全球表面分布(IPCC-AR6 Figure 5.20より抜粋)

中・深層:人間活動により排出されたCO2は、海洋表面から吸収され、海洋の物理的な循環によって海洋内部へ運ばれ、海洋酸性化を進行させています。さらに、海洋生物の呼吸による酸素消費の変化はCO2放出を増やし、海洋内部での酸性化をさらに速く進行させています。その影響は、大西洋や太平洋の中層で見えており、急速な酸性化や炭酸カルシウム飽和深度の浅化が起こっています(図2)。海盆間の海洋観測による過去数十年にわたる観測結果から、全球にわたって多くの海域では、人間活動により排出されたCO2吸収による酸性化の進行は、深くなると小さくなる傾向がありますが、北大西洋や南大洋の亜寒帯のような深層形成域では、水深2000mまでその影響が見えています。このように、海洋循環の変動が海洋内部の流れを変化させ、さらに、生物代謝に関わる酸素消費によるCO2放出の変化を通して、酸性化の進行状況を調節していますが、その影響は海域毎に異なるため、さらなる観測と研究が必要となります。

図2 産業革命以降(1800~2002年)、各測線(北極、大西洋―南大洋―太平洋、インド洋)において、表面から海洋内部へ拡がった海洋酸性化(ΔpH, アラゴナイトの炭酸カルシウム飽和度ΔΩarag)を示す鉛直断面分布(IPCC-AR6 WGI Figure 5.21より抜粋)

沿岸域:水深200m以浅の沿岸域は、物理的、生物地球化学的、人間活動的要因が複雑に相互作用するため、非常に不均一です。このような沿岸域の海洋酸性化はすでに進行していますが、その原因は、人間活動により排出されたCO2吸収に加えて、地域ごとの現象(温暖化、河川・海氷融解・地下水など淡水の流入、貧酸素化、人口密集地域での生活・工業排水の流入や大気から塵などの落下による富栄養化、沿岸湧昇やローカルな循環の変化等)と密接な関連があり、非常に時空間変動が大きいため、様々な報告がされています。このように、複雑に多くの要因が影響する沿岸酸性化の進行と原因を調べるには、従来の長期の時系列観測に加えて、地域的な地球システムモデルも必須であり、今後、より一層、観測と数値モデリングの融合の重要性が増すと考えられます。

海洋酸性化の実態解明へのJAMSTECの寄与

今回のIPCC第6次評価報告書での海洋酸性化の進行について、JAMSTECとして寄与したのは、西部北太平等亜寒帯域の時系列観測点KNOTとK2(図3)での結果です。JAMSTECでは、時系列観測点KNOTは1997年、K2は1999年から、海洋地球研究船「みらい」で海洋観測を通して、海水試料の採取(図4)、炭酸系物質の分析を実施し、pHデータを20年以上蓄積しています。この海域は、生物生産力が高く、水産資源が豊富である一方、国際的にも南・北極域に次いで、深刻な酸性化の進行が示されています。そこは、CO2濃度が高く、pHの低い海水が深層から冬季に湧昇する海域で、時系列観測点K2における混合層の年平均CO2濃度は大気中CO2とほぼ同じ速度で増加し、他の外洋域と同様に酸性化が進行しています。中層では、人間活動により排出されたCO2の吸収に加え、海洋循環の変化を伴う微生物等の代謝に関わる酸素消費の変化による貧酸素化がCO2放出を増加させ、急速に酸性化を進行させています(Wakita et al., 2013、Watanabe et al., 2018)。最近の結果を示しますと、過去に報告された低速な冬季混合層の酸性化(Wakita et al., 2017)は、近年、他の外洋域の時系列観測点の結果(約-0.002/yr)と同等となるほど加速し(-0.0016/yr)、中層ではpH・溶存酸素が上昇し、酸性化・貧酸素化がわずかに後退していたことがわかりました(図5)。これは、大気のテレコネクションによって、熱帯のエルニーニョ現象の影響が西部北太平洋亜寒帯に伝わり、その風の変化が西部亜寒帯の海洋上層の鉛直シアを強化し、その結果、冬季混合層下での溶存無機炭酸(DIC)の拡散フラックスを増加させ、近年の冬季混合層の酸性化を加速したためです(Nagano et al., 2021)。しかし、この冬季酸性化の加速による生物への影響は未評価です。実際、冬季のΩも年々低下し、溶け易いCaCO3結晶構造のアラゴナイトのΩは、2021年に約1.3となっており、CaCO3を溶解させる境界であるΩ=1に近づきつつあり、生物のCaCO3生成や生産の変化が起こっているかもしれません。今後も海洋酸性化による海洋生物や生態系への影響を調べる必要があります。

図3 西部亜寒帯循環と時系列観測点

図4 「みらい」によるK2でのCTD採水観測

図5 K2における冬季と中層200mの酸性化状況と貧酸素化

加えて、JAMSTECでは、沿岸域でも酸性化モニタリングを実施しています。2012年から津軽海峡東部での船舶観測(各季節)とむつ研究所防波堤で毎週の高頻度表面採水観測(図3)を行って、津軽暖流の海洋酸性化進行とその要因を調べています。その結果、津軽海峡東部の全深度でpH/Ωが急低下していること(pH: -0.0030~-0.0051/yr, Ω: -0.017~-0.036/yr)を発見しました(Wakita et al., 2021)。これは、人間活動により排出されたCO2の吸収に加え、津軽暖流の流量が年々増加していたことに伴う日本海亜表層水の影響の増大がpH/Ω低下に拍車を掛けていたためです。しかし、急速な沿岸酸性化の証拠には、観測期間が短いため、今後も酸性化モニタリングの継続が必要不可欠であり、加えて、その急速な酸性化の海洋生物への影響評価も行う予定です。

図6 津軽海峡東部時系列観測点

図7 津軽海峡東部の酸性化状況

研究者からのメッセージ

上記のような長期間にわたる時系列観測・酸性化モニタリングは、自分一人でできるわけではなく、真夏の炎天下や真冬の氷点下に関係なく、年中いつでも、多くの研究員や技術員の方々に協力していただき、「継続は力」をモットーに、現在も実施しております。船舶での海洋観測も、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」だけでなく、学術研究船「白鳳丸」、北海道大学水産学部附属練習船「おしょろ丸」「うしお丸」、水産研究・教育機構 漁業調査船「若鷹丸」、青森県産業技術センター水産総合研究所 試験船「開運丸」等の船長・船員の方々のご協力のもとで実施できました。加えて、採取した海水試料の炭酸系・溶存酸素・栄養塩などの化学分析も、多くの研究員や技術員の方々の協力のもとで実施し、長期間にわたって高精度を維持しないと海洋環境の僅かな変化を検出することが出来ませんでした。さらに、その海洋環境変化の原因を探るために、多くの研究仲間に相談・議論し、助けていただきました。この場を借りて、関わったすべての皆様に、深く感謝を申し上げます。

むつ研究所内の関根浜港防波堤でのサンプリング後に撮影

◆理解を深めるための参考資料

1)
Wakita et al., 2013: Ocean acidification from 1997 to 2011 in the subarctic western North Pacific Ocean, Biogeosciences, 10, 7817–7827, https://doi.org/10.5194/bg-10-7817-2013.
2)
Watanabe et al., 2018: Long-Term Trends of Direct and Indirect Anthropogenic Effects on Changes in Ocean pH. GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, 45, 17, p. 9106-9113, doi: 10.1029/2018GL078084
3)
Wakita et al., 2017: Slow acidification of the winter mixed layer in the subarctic western North Pacific. JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH - Oceans, 122, p. 6923-6935, doi: 10.1002/2017JC013002
4)
Nagano et al., 2021: El Niño-Related Vertical Mixing Enhancement Under the Winter Mixed Layer at Western Subarctic North Pacific Station K2. JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH - Oceans, 126, p. e2020JC016913, doi: 10.1029/2020JC016913
5)
Wakita et al., 2021: Rapid reduction of pH and CaCO3 saturation state in the Tsugaru Strait by the intensified Tsugaru Warm Current during 2012-2019. GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, 48, 10, doi: 10.1029/2020GL091332

◆IPCC AR6 WGI報告書出典:

Chapter 5
Canadell, J.G., P.M.S. Monteiro, M.H. Costa, L. Cotrim da Cunha, P.M. Cox, A.V. Eliseev, S. Henson, M. Ishii, S. Jaccard, C. Koven, A. Lohila, P.K. Patra, S. Piao, J. Rogelj, S. Syampungani, S. Zaehle, and K. Zickfeld, 2021: Global Carbon and other Biogeochemical Cycles and Feedbacks. In Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 673–816, doi:10.1017/9781009157896.007.