*: 与えられた温度目標達成のためのCO2排出量抑制目標
2021年10月25日
[執筆者]
立入 郁 GL/主任研究員
(地球環境部門 環境変動予測研究センター、第5章 執筆協力者
(Contributing Author))
◆CO2排出量の累積値と全球(世界)平均気温の上昇には比例関係があることが知られており、第6次評価報告書におけるカーボンバジェット(与えられた温度目標を達成する際に今後許されるCO2排出量)推定においても重要な役割を果たしている。
◆この比例定数は累積炭素排出量に対する過渡的気候応答(TCRE)と呼ばれる。第6次評価報告書では、地球システムモデルの比較実験の結果を含む既往研究から、1.0-2.3 ℃/1000GtCと推定されている。
◆残余カーボンバジェットは、1.5℃目標については500 GtCO2、2℃目標については1350 GtCO2と推定される(2020年以降、達成確率50%の場合)。2019年の排出量を基にするとこれらの値はそれぞれ12年分、31年分となる。
◆カーボンバジェットの推定に大きく残された不確実性の低減が今後の課題として残されている。
CO2排出量の累積値と全球平均気温の上昇との間に比例関係があることが、2009年に関連論文がいくつか出されることで広く知られるようになりました。この時の比例定数はTCREと呼ばれます。TCREはTransient Climate Response to Cumulative Carbon Emissions略で、日本語で言えば「累積炭素排出量に対する過渡的気候応答」であり、非常に重要・有用な量です。その理由は、(1)経路(シナリオ)に(あまり)依らない、(2)累積炭素排出量にも(あまり)依らない、の2点です。前者は、各年にどれぐらい排出するかではなくその合計だけが重要、ということであり、後者は、この比は累積炭素排出量が多くても小さくてもほぼ変わらない、ということです(図1)。つまり、ある一つの場合についてこの値が推測できれば、他の多くの場合にそれを適用できることになります。
TCREが一定になるのは、累積排出量が大きくなった際に、陸や海がCO2を吸収する割合が減り、大気に残る比率が大きくなっていくことと、大気中CO2濃度が上がっていくにしたがって気温の上がり方がなだらかになること、がバランスすることによります。ほぼ一定と考えていい範囲についても研究が進んでおり、あまり極端なシナリオでなければ3000PgCぐらいまではほぼ一定と考えてよいとされています。このことから、1.5℃や2℃といった温度目標を考える上では一定として大きな問題は生じないと考えられています。
図1左はTCREがシナリオにあまり依存しないことを示した例です。図は将来予測実験用に作られたいくつかのシナリオについて示したもので、横軸が累積炭素排出量、縦軸が気温上昇で、グラフの傾きがTCREになります。図から、傾きがほぼ一定であることが分かるかと思います。
TCREは、AR6では1.0-2.3 ℃/1000GtCと推定されています(中央値:1.65℃/1000GtC)。これは既往研究(我々の研究や我々が参加したモデル比較プロジェクトも含まれます)の結果をもとにしています。
図1 (報告書のTS Fig.18, Fig 5.31より。キャプション中の表・節の引用は全て第6次報告書のもの。引用文献の詳細情報は同報告書5章巻末を参照) [以下の図表も同様]
CO2の累積排出量と全球平均地上気温の上昇との関係を示す図(左)と、その構成要素からの残余カーボンバジェット推定(右)。様々なレベルの温暖化に対応したカーボンバジェットは表5.8に示されている。左図:過去のデータ(黒の細線データ)は、過去のCO2排出量と、第2章(Box 2.3)で評価された1850-1900年からの全球平均地表気温上昇を示している。オレンジ色部とその中央の線は、過去の温暖化に占める人為的な割合の推定値を示している。縦のオレンジ色の線は、1850-1900年に対する2010-2019年の人為的温暖化の評価範囲を示す(第3章)。灰色部は、二酸化炭素の累積排出量に対する過渡的気候応答(TCRE)の評価範囲(5.5.1.4)。細い色の線は、第6次評価報告書の将来評価で用いられた5つのコアシナリオ(SSP1-1.9:緑、SSP1-2.6:青、SSP2-4.5:黄、SSP3-7.0:赤、SSP5-8.5:赤茶)について、2015年からCMIP6(第6次評価報告書向けモデル比較プロジェクト)でシミュレーションされたものである。炭素排出量の推定は、それぞれのシナリオの土地利用変化による排出量の推定を加えている。着色された部分は、第4章で評価された全球平均地表面気温の予測の範囲を示し、太い色の中央線は、それぞれのシナリオについて、元のシナリオの排出量に対する中央値を示している。右図:将来許される気温上昇は、対象となる温度目標と、過去の人為的温暖化(5.5.2.2.2)、将来の非CO2温暖化寄与の見積もり(5.5.2.2.3)、ゼロセミッション達成後の温度上昇(5.5.2.2.4)を組み合わせて推定される。将来許される気温上昇(垂直方向の青いバー)は、その後、評価されたTCRE(5.5.1.4、5.5.2.2.1)と、表現されていない地球システムのフィードバックの寄与(5.5.2.2.5)と組み合わされ、残余カーボンバジェットの評価値(水平方向の青いバー、表5.8)となる。データのソース・処理に関する詳細は、表 5.SM.6に記されている。
表1 (報告書SPMのTable SPM.2より)
過去のCO2排出量と残余カーボンバジェットの推定値。残余カーボンバジェットは、2020年初頭から、世界全体でCO2排出量が正味ゼロになるまでの期間を想定して算出したCO2排出量を示している(その際、CO2以外の排出による昇温も考慮している)。本表における地球温暖化とは、人為的な地球表面温度の上昇を指し、自然変動による各年の地球温度への影響は含まれない(表TS.3、表3.1、表5.1、表5.7、表5.8、5.5.1、5.5.2、Box 5.2)。
*(1) 0.1℃ごとの温度目標について示したものは、表TS.3、表5.8に示されている。
*(2) この達成確率は、累積CO2排出量に対する過渡的気候応答(TCRE)と付加的な地球システムのフィードバックの不確実性に基づいており、地球温暖化が左の2列に示された温度レベルを超えない確率を示している。過去の温暖化(±550 GtCO2)と非CO2の削減シナリオとそれへの応答(±220 GtCO2)に関する不確実性は、TCREの不確実性の評価によって部分的には考慮されているが、2015年以降の排出量(±20 GtCO2)とCO2排出量が正味ゼロになった後の気温変化(±420 GtCO2)の不確実性は考慮されていない。
*(3)残余カーボンバジェットは、1.5℃特別報告書で調べられたシナリオをもとに、非CO2排出による温暖化を考慮に入れて推定されている。第3作業部会の第6次評価報告書で、非CO2排出の緩和が評価される予定である。
TCREを用いて、AR6では残余カーボンバジェットが表1にように推定されています。1.5℃目標については500 GtCO2、2℃目標については1350 GtCO2となっています(2020年以降、達成確率50%の場合)。2019年の排出量は約43GtCO2(土地利用起源の排出を含む。Global Carbon Project, https://doi.org/10.18160/gcp-2020)ですから、上記の値はそれぞれ12年分、31年分となります。ここで、過去(1850-1900を基準とし、2010-19年まで)の昇温を1.07℃と推定しています(表1の上の部分)。すなわち、1.5℃目標ではあと0.43℃、2℃目標では0.93℃に今後の昇温を抑える必要があります。
カーボンバジェット推定にあたっては、過去の昇温推定の他、CO2以外の温室効果ガスやエアロゾルの寄与の推定を行い、これを除く必要があります。このため、1.5℃特別報告書の際と同じく、さまざまなシナリオについて簡易気候モデルを用いて計算し、CO2排出の寄与と非CO2排出の寄与の関係についての線形回帰式を経験的に求め、これを用いています。また、ゼロエミッション達成後の昇温についても寄与を仮定していましたが、モデル比較プロジェクト(Zero-emission Commitment Model Intercomparison Project, ZEC-MIP )を実施して調べたところ、平均としてはほぼゼロだったことから、計算から省いています。
図2. (報告書本編のFAQ 5.2, Fig. 1)
北極圏の永久凍土には、気候変動の影響を受けやすい形の多量の炭素が蓄積されている。
(左)深さ3mまでの永久凍土に貯蔵されている炭素の量(NCSCDv2データセット)、(右)急激な融解が危惧される永久凍土の面積(Circumpolar Thermokarst Landscapesデータセット)。
上記のZEC-MIPでは、ゼロエミッション達成後の気温変化の不確実性を±0.19℃と見積もっており、AR6ではこれによるカーボンバジェットへの影響を±420 GtCO2としています。このほか、不確実性としては、CO2以外の寄与の不確実性(シナリオ選択)≧220 GtCO2、同(レスポンス)≧220 GtCO2、過去昇温の不確実性(±550 GtCO2)、1850~2019の排出量の不確実性(±240 GtCO2)の影響が挙げられています。
図3.(報告書本編Fig. 5.28より)
地球システムモデル(ESM)における炭素循環のEmergent Constraintの例を、既発表の研究から再現したもの。(a)RCP8.5(高排出シナリオ)での2060年までの全球平均大気中CO2濃度の予測(Friedlingstein et al.2014; Hoffman et al.2014)と2010年のCO2シミュレーション値との関係;(b)熱帯の陸域炭素量の温暖化に対する感度(γLT)と、熱帯の気温変動に対する大気中CO2濃度の変化率の関係(Cox et al, 2013; Wenzel et al., 2014); (c) 大気中のCO2倍増時の熱帯外(30°N-90°N)の総一次生産の感度と、ハワイのクムカヒにおけるCO2季節サイクルの振幅の大気CO2濃度に対する感度の関係(Wenzel et al, 2016)、(d)高緯度(30°N-90°N)の総一次生産量の変化と高緯度の葉面積指数または“greenness index”のトレンドの関係(Winkler et al.、2019)、(e)熱帯海洋の一次生産量の気候変動に対する感度と、ENSOによる気温変動の関係(Kwiatkowski et al.、2017)、(f)2090年代の全球海洋の炭素吸収量と、現在の南大洋の炭素吸収量の関係。それぞれのケースにおいて、赤点は1つのESM、灰色のラインは見出されたy変数とx変数の間の関係、青のラインはx軸変数の観測による推定値、緑のラインはx軸変数の幅を観測との整合性から狭めた結果y軸変数の幅が狭まった結果を表す。太さはそれぞれのケースで±標準誤差を表す。図はCox (2019)による。データのソース・処理に関する詳細は、表5.SM.6に示されている。
このように現行のカーボンバジェット推定には大きな不確実性が残っており、この低減が重要になります。また、この他、現在のモデルで考慮されていないプロセスのうち、カーボンバジェット推定に影響が大きそうなものについても言及があります。その代表的なものが永久凍土の融解です(図2)。今後、温暖化が進む過程で、凍土が融け、大気にCO2やメタンが放出されると推測されます。その陸域炭素量変化への影響は、–21 ±12 PgC相当/℃、(1σ幅 、–77 ± 44 GtCO2相当/℃)と推定されています。この中の一部は前述の非CO2排出の影響推定の際に考慮されており、結果的に新たに考えるべきカーボンバジェット減少は-26~97 GtCO2/°C と推定されています。但し、この推定は“low confidence”、つまりまだあまり自信の持てる推定ではないということで、今後の研究の蓄積が必要です。
さらに、カーボンバジェットに大きな影響を与える可能性があるものの、定量的考慮が難しいものとして、ティッピングエレメントがあります。これは、温暖化が進んだ場合、あるところで気候システムが不安定になって急激かつ不可逆な(あるいは回復に非常に長い時間がかかる)変化が起こるというものです。AR6では、今後起こるかもしれないもの(ティッピングエレメント)として、全球モンスーン、熱帯林、北方林、北極海の海氷(夏、冬)、南極海氷、グリーンランド氷床、南極西部の氷床・氷棚、海洋熱容量、海水面上昇、大西洋海洋循環、南極海海洋循環、海洋酸性化、海洋貧酸素化、が挙げられています。これについてもモデル比較プロジェクトが企画されているそうなので、次回報告書ではさらに進んだ知見が示される可能性がありますが、いつシステムが不安定になるかを正しく再現するのは簡単ではないと思いますので、どれだけ意味のある情報が出てくるか未知数なところもあります。
また、図3のように、観測と比較できるような短期的な変化と長期的な変化の関係がみつかれば、観測と比較できるものを比較することにより、結果的に長期的な応答の幅を狭めることができる可能性が指摘されています(これを、Emergent constraintといいます)。但し、こうした関係はモデルが実際の世界より簡単なものであることにより生じている可能性がある、という指摘もあり、そういったことにも注意する必要があります。
観測値の再現性から地球システムモデルのベンチマーク評価を行おうという試みも進んでいます。陸・海などの多くの変数について、地上・海上観測データや衛星観測データとの整合性をチェックしようとするものです。一部では、この再現性を総合評価し、モデルにウェイトを付けて評価することも試みられています。将来的には、こうしたことが主流になっていくかもしれません。
◆理解を深めるための参考資料
◆IPCC AR6 WGI報告書出典:
Full report
IPCC, 2021: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S. L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J. B. R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press. In Press.
AR6 Climate Change 2021: The Physical Science Basis(外部リンク)
Summary for Policymakers
IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S. L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J. B. R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press. In Press.
Chapter 5(特に5.5 “Remaining Carbon Budget”)
Josep G. Canadell, J. G., P. M.S. Monteiro, M. H. Costa, L. Cotrim da Cunha, P. M. Cox, A. V. Eliseev, S. Henson, M. Ishii, S. Jaccard, C. Koven, A. Lohila, P. K. Patra, S. Piao, J. Rogelj, S. Syampungani, S. Zaehle, K. Zickfeld, 2021, Global Carbon and other Biogeochemical Cycles and Feedbacks. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S. L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J. B. R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press. In Press.