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地球環境部門

IPCC第6次評価報告書(第1作業部会)の公表
-JAMSTEC研究者たちの貢献とメッセージ-
第8話:温暖化と深海

2023年3月13日

[執筆者]
勝又勝郎、GL/ 主任研究員
(地球環境部門 海洋観測研究センター 海洋物理・化学研究グループ

キーポイント

◆深度 2000 m 以深の深海の熱増加は海洋上層にくらべると小さい。しかし深海を無視すると地球システムの熱収支を閉じることができない。

◆大気の影響を最初に受ける南大洋の深海では温度上昇・塩分低下が観測されている。そのメカニズムははっきりとは分かっていない。

◆深海を観測する船舶観測は、上層を自動観測するアルゴフロートの投入や溶存酸素・フロン・二酸化炭素といった海水の化学的性質の観測で第6次評価報告書に重要な貢献をしている。

海洋の子午面循環

全世界の海洋の平均的な深さは約 3800 mです。ところが、IPCC 第6次評価報告書の海洋に関する第9章の図を見ますと(例えば図1) 2000 m 深までの図しか出ていません。

図1 (報告書本編の Fig.9.6 より抜粋)観測データ(Ishii et al., 2017)から推定した海洋の貯熱量のトレンド(増加・減少)。 (b) は 0 から 700 m 深で 1971 年から 2014 年のデータを用いた。(e) は 0 から 2000 m 深で、2005 年から 2017 年のデータを用いた。

海洋は表面で太陽から・海底で地熱から熱を受けます。前者の方が後者より圧倒的に大きいので海洋の熱増加(図2、ここで「エネルギー」増加と書かれているのはこの文脈では熱のことです)は 2000 m 以浅が大きいというのが理由の一つです。もう一つの理由は現代海洋物理学の革命児たる自動観測ロボット「アルゴフロート」が表面から 2000 m 深を観測するからです。

図2 (報告書本編の Cross-Chapter 9.1 章 Fig.1から抜粋)全地球のエネルギー貯蔵量増加の変化(1971 年から2018 年)。海洋は薄青・青・紺がそれぞれ 0 から 700 m・700から 2000 m ・2000 m 以深を表す。右端の薄赤の棒は、全地球のエネルギー貯蔵量の和がvery likely「可能性が非常に高い」範囲で赤い印はその中央値。AR6 Cross-Chapter Fig.9.1 より抜粋。

では 2000 m より深い海洋は表面から切り離されて人為起源の温暖化の影響をまったく受けずにいるかといえば、そのようなことはありません。図2でも目を凝らせば “Ocean (>2000m)” の寄与が増加していることが見て取れます。また、この深海の寄与を無視しては地球システムの熱収支や海面上昇の収支を閉じさせることができません。これらの収支が閉じていることは、様々な推定の正確さを知るための重要な条件です。

海洋が表面で受ける温暖化の影響は、大気が暖まること、日射が強まること、風や雨・雪の降水量が変化することなどさまざまですが、2000 m より深い海洋はそれをどのように感じるのでしょうか。ここで鍵になるのが海洋大循環です。海洋大循環はとくに気候という長い時間スケールの文脈では南北の熱・物質輸送が重要なので、子午面循環と呼ばれることが多いです。現在までのさまざまな観測で明らかになった子午面循環を模式的にあらわしたものが図3です。

図3 海洋の子午面循環の模式図。南極大陸 “ANTARCTICA” を中心にしてそれを時計回りに周回する南大洋の周極流から太平洋(右)大西洋(下)インド洋(左上)に循環が生じています。同じような履歴をたどってきた海水をひとまとまりに「水塊」とよびます。図右下の略語 SAMW, AAIW, … は代表的な水塊です。赤が表面近く、橙が中深層、緑が深層、青が底層を表します。Talley (2015) の Figure 4。

図3は海洋の流れすなわち海流の模式図です。南極大陸をめぐる南大洋を中心に置き、太平洋・大西洋・インド洋は一枚の「板」で大胆に近似します。図で、橙・緑・青で記されているのが 2000 m より深い海流を表しています。太平洋の Pacific Deep Water (太平洋深層水)・インド洋の Indian Deep Water (インド洋深層水)・大西洋の North Atlantic Deep Water (北大西洋深層水)は南大洋に向かって南向きに流れます。深さは浅くなっていきます。この南向きの流れは南大洋の表層で大気と接します。ここで大気の影響を受けた海水は南極沿岸で下向きの矢印で示される下降流となり Antarctic Bottom Water (南極底層水)として海底を這うように太平洋・インド洋・大西洋の北部へと向かいます。

この描像によれば、温暖化の影響は 2000 m より深い深層海洋では第一に南大洋で顕れることが予想されます。実際に観測データを集めてみると、予想通りになっていることが分かります。南極を囲む南大洋で温度が上昇し(図4)塩分が減少して(図5)います。第六次報告書およびそれに先行する海洋・雪氷圏特別報告書(2019)では前者は low confidence「確信度が低い」(9.2.2.3 節)、後者は medium confidence「確信度が中程度」(9.2.2.2 節)とされています。ちなみにこの傾向は将来も続くという予想です(特別報告書では「確信度が低い」でしたが第6次報告書 9.2.2.3 節では「確信度が中程度」に引き上げ)。

図4 船舶観測データ(緑線)から推定した 4000 m から 5000 m 深の海洋の温度上昇(3±1 は十年あたり0.003 度の上昇で推定される誤差が ±0.001 度を表す)。赤が温度上昇青が温度減少。Kouketsu et al. (2013) の図3から抜粋。 Reproduced from Kouketsu et al. (2013) with permission from John Wiley and Sons (license number 549674006503).

図5 船舶観測から推定した深層(圧力効果を補正した水温が 0 度より低いおよそ 4000 m 深より深い層)の塩分減少を降水による淡水増加に換算したもの。単位は一年あたり降水1 cm。Purkey and Johnson (2013) の Fig.5 より抜粋。© American Meteorological Society. Used with permission.

この深層の温度上昇は複雑な物理を伴います。海水が沈み込むには密度が増加する必要があります。すなわち水温が下がるか塩分が上がるか。注目すべきは塩分が減少していることです(図5)。塩分の減少は、海洋に降り注ぐ淡水の増加を意味します。ただし南大洋の表面の淡水すなわち雨・雪・海氷の観測は難しく、じっさい最新のデータ(IPCC 第6次評価報告書図 9.4(b) 等がよい例ですがここには再掲しません)を見ても豪州南方に淡水が増えているような兆しが見えるものの底層水が生成される南極沿岸はデータが欠損していてよくわかりません(第6次報告書 9.2.2.2 には大気から海洋への淡水フラックスのトレンドは low confidence 「確信度が低い」とされています)。雨や雪の増加・大陸上の氷の融解・海氷の融解量増加が淡水増加の原因として考えられます。その結果深層に沈み込む海水の密度が軽くなった・あるいは量が減ったという可能性があります。沈み込む海水は沈み込む過程で周囲の密度が低い海水と混合します。この混合の強さが変わったという可能性も否定できません。しかも海域ごとにデータを集めてみると温度は上昇しているものの塩分があまり変化していない海域や逆に塩分が減少しているもののあまり温度が変化していない海域が隣り合ったりしていて(Aoki et al., 2020) 南大洋深層の温度上昇・塩分減少の詳細なメカニズムはいまだ解明されていません。

深海の観測

ではアルゴフロートが到達できない 2000 m より深い深海はどのように観測するのでしょうか。ヒントは図4 の大洋を東西・南北に走る「線」です。実はこれは船舶が観測した点をつないだものです。海中では電波がすぐに減衰してしまうので電波を使ったリモートセンシングはできません。実際にワイヤーにセンサーをつけてそろそろと降ろします(図6)。

図6 塩分・温度・深度プロファイラ―。海洋地球研究船「みらい」による観測風景。

また同時に自動開閉装置を用いた採水ボトルで海水を 36 層から採取します。採取した海水は溶存酸素・栄養塩・フロン類・二酸化炭素関連パラメタなどの分析を行います。

このような船舶多層観測 hydrography は上記のようにデータそのものを取得するという目的に加え、アルゴフロート投入の機会を提供するという重要な役割もあります(図7)。

図7 船舶断面観測の途中で投入されたアルゴフロートの位置。2002 年から 2019 年で少なくとも 1100 台のフロートが GO-SHIP 型船舶観測を行っている船舶から投入されている。Sloyan et al. (2019) の図4。

船舶観測では温度は 0.002度、塩分は 0.002 g/kg の精度が出せます。これはアルゴフロートより十倍良い精度です。この船舶データを使ってアルゴフロートのセンサーを較正しています。

船舶多層観測は大型船を用いて 1 か月以上の期間と多数の人手(科学者・技術者・乗組員合わせて50名以上)をかけて行われます。このように大規模な観測なので、同じ観測線を異なる国の研究機関で同時期に重複して観測する無駄が生じないよう GO-SHIP という組織を立ち上げて航海計画の調整・観測手法の標準化などを行っています。JAMSTEC も GO-SHIP のメンバーです。 南大洋では 2020 年の東経 55 度線、2017 年の西経 125 度線、2013 年の南緯 63 度インド洋セクターなどの航海が GO-SHIP の計画として JAMSTEC によって行われました。図4図5にはこれらのデータと米国・豪州・ロシア・ドイツなどの GO-SHIP のデータが用いられています。温度・塩分だけではなく採水ボトルで採取した海水を分析して測られた溶存酸素・栄養塩・フロン類・二酸化炭素関連パラメタはIPCC 第6次評価報告書の第5章 Global Carbon and other BGC cycles and feedbacks のデータとして貢献しています。これらの観測データで塩分や栄養塩は電気的に計測していて、実際の値は世界標準の基準物質との比較で決まります。この標準基準物質の開発でも JAMSTEC は大きな貢献をしています。

研究者からのメッセージ

図3に示されたように、海水は世界の大洋をめぐります。GO-SHIP の標準観測項目の一つに放射性炭素同位体があります。これは大気中で生成されて大気から離れて海水に溶け込んでからはある一定の時間で減っていくので、その減衰量から海水の「年齢(大気の影響を受けたあと海中を漂っている年数)」を推定できます。また同じく標準観測項目のひとつであるフロン類は海水中で増えも減りもしないので年齢推定に用いることができます。これらを用いて南大洋で沈み込んだ海水が太平洋の表層に達するのに 1000年程度の時間がかかることが分かっています。海洋はこのように数十年から数百年程度の地球システムの変動に大きな役割を果たします。そのような変動を観測するには数十年から数百年のデータの蓄積が必要なのです。数十年の寿命しか持たない人類がそのような観測を行うには世代を超えた協力が必要です。2023 年の海洋は 2023 年に測らないと、この数十年から数百年の変動を知ることはできないのです。

◆第6次評価報告書からの引用

IPCC, 2021: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change[Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, In press, doi:10.1017/9781009157896.

第6次評価報告書9章
Fox-Kemper, B., H.T. Hewitt, C. Xiao, G. Aðalgeirsdóttir, S.S. Drijfhout, T.L. Edwards, N.R. Golledge, M. Hemer, R.E. Kopp, G. Krinner, A. Mix, D. Notz, S. Nowicki, I.S. Nurhati, L. Ruiz, J.-B. Sallée, A.B.A. Slangen, and Y. Yu, 2021: Ocean, Cryosphere and Sea Level Change. In Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 1211–1362, doi:10.1017/9781009157896.011.

◆評価報告書以外の引用文献

Aoki, S., Katsumata, K., Hamaguchi, M., Noda, A., Kitade, Y., Shimada, K., Hirano, D., Simizu, D., Aoyama, Y., Doi, K. and Nogi, Y., 2020. Freshening of Antarctic Bottom Water off Cape Darnley, East Antarctica. Journal of Geophysical Research: Oceans, 125(8), p.e2020JC016374. https://doi.org/10.1029/2020JC016374

Ishii, M. Fukuda, Y., Hirahara, S., Yasui, S., Suzuki, T., Sato, K., 2017: Accuracy of Global Upper Ocean Heat Content Estimation Expected from Present Observational Data Sets. SOLA, 13, 163–167, https://doi.org/10.2151/sola.2017-030

Kouketsu, S., Doi, T., Kawano, T., Masuda, S., Sugiura, N., Sasaki, Y., Toyoda, T., Igarashi, H., Kawai, Y., Katsumata, K. and Uchida, H., 2011. Deep ocean heat content changes estimated from observation and reanalysis product and their influence on sea level change. Journal of Geophysical Research: Oceans, 116(C3). https://doi.org/10.1029/2010JC006464

Sloyan, B.M., Wanninkhof, R., Kramp, M., Johnson, G.C., Talley, L.D., Tanhua, T., McDonagh, E., Cusack, C., O’rourke, E., McGovern, E., Katsumata, K., et al., 2019. The global ocean ship-based hydrographic investigations program (GO-SHIP): a platform for integrated multidisciplinary ocean science. Frontiers in Marine Science, 6, p.445. https://doi.org/10.3389/fmars.2019.00445

Talley, L.D., 2015. Closure of the global overturning circulation through the Indian, Pacific, and Southern Oceans: Schematics and transports. Oceanography, 26(1), 80-97. https://doi.org/10.5670/oceanog.2013.07

Purkey, S.G. and Johnson, G.C., 2013. Antarctic Bottom Water warming and freshening: Contributions to sea level rise, ocean freshwater budgets, and global heat gain. Journal of Climate, 26(16), pp.6105-6122. https://doi.org/10.1175/JCLI-D-12-00834.1