昨年の春過ぎから熱帯太平洋に出現したエルニーニョ現象は、1997年に発生した観測史上最強の現象と同じ程度にまで発達しました。このスーパーエルニーニョ現象はこの冬に極大を迎え、世界各地にさまざまな異常気象を引き起こしました。この4月下旬の段階でも熱帯太平洋の高温水域上空で形成された大気のシグナルが北米大陸、北大西洋を超えて、インド上空にまで伝播し、猛烈な熱波を呼び込んで、大きな社会問題を起こしています(参考:Nature India、Hindustan Times)。このような問題に関連してアプリケーションラボのRatnam主任研究員らが執筆したインドの熱波に関する論文「Anatomy of Indian heatwaves」がNature社のScientific Reports誌に今月掲載されました。
しかし、エルニーニョ現象はその勢力を次第に弱めています。季節に大きな変調を起こす主役の気候変動現象であるエルニーニョ現象が舞台を去った後、どのような天候が訪れるでしょうか。季節の変わり目にあって、本コラムではアプリケーションラボの季節予測シミュレーションをもとに考察します。
アプリケーションラボでは季節予測をより一般向けに解説するサイト<季節ウオッチ>を開設しました。これについても紹介します。
エルニーニョ現象は終息し、ラニーニャ現象が発生か?
私たちはスーパーコンピュータ<地球シミューレータ>を使って、世界の気候変動の予測実験を行い、2006年から世界に発信してきました。
2015/16年のスーパーエルニーニョ現象については、この春から次第に減衰し、今年後半には逆にラニーニャ現象に取って代わられる可能性が高いことを、昨秋にいち早く国際発信しました。
4月1日に行った最新の予測シミュレーション(モデルの詳細)の結果はどうでしょうか?
上図は、エルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生しているかどうかを判断する際によく使われる指標Nino3.4(単位は°C)の予測値です。指標Nino3.4は、熱帯太平洋東部で領域平均した海面水温がどのくらい平年値からずれているか(偏差と呼びます)を示す数値です。( ちなみに 気象庁ではこの指標の5か月移動平均値が6か月以上続けて +0.5°C以上となった場合を「エルニーニョ現象」、−0.5°C以下となった場合を「ラニーニャ現象」と定義しています。この定義は過去に遡って現象が起きていたかどうかを定義するものです。)
本ラボの予測シミュレーションでは複雑な自然現象の不確定性を考慮するために、初期値やモデル設定を僅かに変えた予測実験を9回実施しています(アンサンブル予測と呼びます)。例えば今年の8月を見ると、9つの予測計算の内、7つが±0.5度の範囲内にあり、熱帯太平洋の海面水温がほぼ平年状態となる確率は80%程度です。更に先の12月の状態を見ると、9つの予測のうち5つが-0.5°Cを超えているため、年末にラニーニャ現象が発生している確率がおよそ60%であると言えます。昨秋の予測とほぼ同じ予測になっています。
他の機関の予測はどうでしょうか。米国コロンビア大学のIRI(International Research Institute for Climate And Society)では、世界の現業予報機関および研究機関の予測システムの結果をとりまとめ、各システム間の不確実性を考慮したエルニーニョ予測の結果(マルチモデルアンサンブル予測と呼びます)を配信しています。この活動にはアプリケーションラボも参加しています。一般的に、新しい海洋混合層が形成される春季を超えてエルニーニョ/ラニーニャ現象の予測をすることは難しく(スプリングバリヤーと呼ばれています)、各システム間でばらつきがあることが報告されています。6-8月平均で見ると、世界のエルニーニョ予測システムのうち、約30%がラニーニャ現象の発生を、約60%が平年状態、約10%がエルニーニョ現象の継続を予測しています(IRI ENSO Forecast, 2016 April Quick Look)。この夏までにエルニーニョ現象が消滅し、ラニーニャ現象が成長を始めるのか、熱帯太平洋から目が離せません。
負のインド洋ダイポールモード現象が発生か?
日本の夏は熱帯インド洋の状況にも支配されることがわかっています。現在、熱帯インド洋の海面水温は、インド洋のほぼ全域で平年より高い状態にあります。これはエルニーニョ現象に伴って熱帯太平洋で上昇した大気の一部がインド洋上の広い範囲で下降し、良い天候が続いていたためです。このようにエルニーニョ現象の影響でインド洋表層が暖められることをエルニーニョ現象によるキャパシター効果と呼びます。それでは、これからインド洋の海面水温はどうなるでしょうか?
上図はインド洋のダイポールモード現象が発生するかどうかを判断するのに使われる指標DMIの予測値です。DMIは熱帯インド洋西部と東部の海面水温偏差の差で定義します。エルニーニョ現象の指標と同様に、DMIが0.5°Cを超える期間が一定以上続く場合に正のイベントが、逆に-0.5°Cを超える期間が続くと負のイベントが発生していると見なします。今年の8月を見ると、9つの予測計算の内、2つが-0.5度以上0.5度以下であり、負のインド洋ダイポールモード現象が発生する確率は20%程度です。10月を見ると、9つ中4つが-0.5°Cを超えているため、秋にはその発生確率が約50%まで上昇しています。不確実性も大きいのですが、今年は負のインド洋ダイポールモード現象の発生可能性にも注目する必要があります。
2016年の夏をウオッチ!
これからの季節には世界各地でどのような天候異常が現れるでしょうか。
上図は2016年4月1日に予測した2016年夏(6-8月平均)の気温(上段)と降水量(下段)の平年からの差です。日本の夏は、上述した負のインド洋ダイポールモード現象の影響により、平年より若干涼しくジメジメした傾向になると予測しています。熱帯太平洋はほぼ平年並みで、ラニーニャ現象はまだ十分に発達しておらず、天候への影響はほとんどないようです。インドは、ここ数年、干ばつが続いて甚大な被害を受けていますが、わたし達は6月に始まる雨季(インドモンスーン)が負のダイポールモード現象の影響を受け、引き続き干ばつ傾向になると予測しています。
アプリケーションラボの予測とは違って、ラニーニャ現象の発生に伴って日本の夏は猛暑傾向に、インドでは多雨傾向になると予測している機関もあります。このように世界の最先端の機関の予測結果にはばらつきがあります。国内外の研究者が観測データや予測モデルの結果を注意深く比較検討し、2016年の夏がどうなるのかを議論しています。その検証と失敗の蓄積が、季節予測の更なる精度向上を促しているのです。
アプリケーションラボでは本コラムで扱った今年の夏の予測情報のように、これからの季節に予測される世界の天候異常(猛暑や干ばつなど)をより一般向けに解説したWebサイト “季節ウオッチ” を新しく開設しました。毎月中旬頃に更新しますので、興味のある方は是非覗いてみてください。Let’s 季節ウオッチ!