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進化の謎を解くカギとなる「みなしご原生生物」とは何者か? ~遺伝子分析から迫る、進化と原始生命

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取材・文/福田伊佐央

約40億年前、地球に最初の生命が誕生しました。地球上のすべての生物の共通祖先です。やがて人類を含む大きな生物グループである「真核生物」が誕生しました。ただし、真核生物の誕生の経緯や初期の進化については謎に包まれています。

そんな真核生物の進化の謎を解くカギを握るのが「原生生物」です。あまり聞きなじみがないかもしれませんが、原生生物は身のまわりにたくさんいます。たとえば、コンブやワカメなどの海藻も原生生物です。

JAMSTEC 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 深海生物多様性研究グループの矢吹彬憲主任研究員は、なかでも「みなしご原生生物」とよばれる原生生物に注目しています。みなしご原生生物とはどんな生物で、それを研究することで何がわかるのでしょうか? 矢吹主任研究員に話を聞きました。(取材・文:福田伊佐央)

写真
矢吹彬憲主任研究員(撮影:村田克己/講談社写真部)

動物でも植物でも菌類でもない

――「原生生物」とはどんな生物ですか?

矢吹さん(以下、敬称略):私たち人間は、大きく言えば「真核生物」に分類されます。真核生物とは細胞の中に核やミトコンドリア、葉緑体などの細胞小器官をもつ生物です。動物も植物もキノコのような菌類も、みんな真核生物です。

そんな真核生物に対して、細胞内に核などの細胞小器官をもたない生物は「原核生物」とよばれます。原核生物の代表例は細菌ですね。

原生生物とは、真核生物のうち、動物でも植物でも菌類でもない生物たちの総称です。原生生物はほとんどが小さな微生物なので、真核微生物とよばれたりもします。具体的には、アメーバやゾウリムシなどが原生生物です。

ただ、いわゆる微生物ではない原生生物もいて、身近なところでいえば、コンブやワカメなどの海藻も実は原生生物に含まれます。コンブやワカメは、分類学的には植物じゃなくて原生生物なんですね。

原核生物の細胞と真核生物の細胞(図版:酒井春)

特定の遺伝子の「近さ」を判定していく

――生物の分類や進化に関する話題になると、いろんな生物へと枝分かれしていく様子を描いた「系統樹」をよく見かけます。あれはどのようにつくられるんですか?

矢吹:最も基本的なつくり方は、多くの生物が共通してもっている遺伝子を分析する方法です。細胞内のタンパク質合成装置である「リボソーム」に関する遺伝子がよく使われます。リボソームは、細菌などの原核生物から人間などの真核生物に至るまで、どんな生物の細胞にも存在します。

そういった共通してもっている遺伝子を分析して、遺伝子のちがいが少ない生物種は近く、ちがいが大きい生物種は遠くに配置していくと、系統樹ができるというわけです。

真核生物全体の系統樹のような、系統的に遠く離れた生物間の関係性を知りたいときは、300遺伝子からなるような大きなデータセットを作成して解析します。逆に近縁な生物同士の関係を見たい場合は、1つの遺伝子からなるスケールの小さい解析で十分だったりします。

生物の系統樹(JAMSTEC提供の図をもとに作成、図版:酒井春)

――なるほど。姿形で判断しているわけではないんですね。

矢吹:遺伝子ではなく、形態や生態で判断して系統樹をつくることもできますよ。ただし、形態などを使って生物を分類しようとすると、人によって判断基準がちがってくる場合があります。極端なことをいえば、海で暮らすイルカを哺乳類ではなく魚類だと判断するようなこともできてしまいます。

そういった主観的な判断がなるべく入らないように、現在は遺伝子を使って系統樹をつくって、生物の進化について議論するのが主流になっています。

遺伝子は“飛ぶ”ことがある!

――遺伝子を使えば、進化の歴史を正確にあらわした系統樹ができるんですか?

矢吹:そうとも限らないので、注意が必要です。遺伝子って、ちがう生物の中に“飛ぶ”ことがあるんですよ。

――遺伝子が“飛ぶ”ってどういうことですか?

矢吹:人間のように複雑な生物になると、食べた生物が細胞の中に入りこんで、それが次世代に引き継がれるようなことは滅多にありません。ただ、単細胞生物が別の単細胞生物を食べるような場合だと、食べられた側の遺伝子が食べた側に入りこんで、次世代に引き継がれてしまうことがあり得るんです。

そうなると、まったく別の生物の間で遺伝子が移動してしまう、つまり“飛ぶ”ことになります。もしそんな遺伝子を使って系統樹をつくってしまうと、本来は進化的に遠い生物なのに、共通の遺伝子を持っている近縁の生物だとまちがって判断されてしまうというわけです。

実は、私たち人間の細胞の中にも、そうやって飛んできた遺伝子の名残があります。ミトコンドリアで働く遺伝子です。実はミトコンドリアは、太古の昔にわれわれの祖先の単細胞細胞が、別の種類の細菌を取り込んだことでできたと言われています。

ミトコンドリアで働く遺伝子は、ミトコンドリアのゲノムにも存在していますが、多くは細胞の核に存在しています。この核に存在する遺伝子は、進化の過程で、取り込んだ細菌から飛んできたものであり、現在も人間の細胞の核の中にも細菌に近い遺伝子が残っています。

*参考:真核生物におけるリボソーマルRNA遺伝子の種をまたぐ伝搬を世界で初めて発見(2014年1月23日) 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

情報不足だと“正しい系統樹”ができない

矢吹:遺伝子を使って系統樹をつくると、どうしても“すっきりしない”枝分かれができることがあります。

――何が問題なんですか?

矢吹:たとえば、植物に関する進化の枝分かれです。植物の細胞の中にある葉緑体は、ミトコンドリアと同じように細菌を取り込んでできたものだと考えられています。ある単細胞の真核生物が、光合成を行う細菌を自分の中に取り込んで共生するようになったのが、植物の始まりだと考えられています。

くわしくいうと、植物の中には紅色植物、灰色植物、緑色植物という3つのグループがあります。葉緑体の遺伝子の分析などから、これら3つは、1つの共通祖先から枝分かれしていったと考えられています。

植物の3つのグループ。紅色植物、灰色植物、緑色植物(図版:酒井春)

でも、核に存在する遺伝子の解析では、灰色植物、紅色植物、緑色植物の関係性を明確に示す結果が得られておらず、長い間研究者を悩ませていました。単一の遺伝子による解析はもちろん、300遺伝子程度からなる大きなデータセットでもその関係性を十分に解き明かすことができない、という状況が続いていました。 

灰色植物、紅色植物、緑色植物が実は互いに近縁ではない、という可能性もありますが、我々を含む多くの研究者は解析に用いる情報が足りないせいだと考えていました。系統樹の作成に使う遺伝子や生物種の情報が少ないために、仮説として考えられていた進化の歴史を反映した系統樹ができないということです。

みなしご原生生物とは何者か

――遺伝子による分類が必ずしも万能ではないんですね!

矢吹:そんなときに、重要なカギを握るのが「みなしご原生生物」です。

真核生物の中で、どのグループに所属するのかがよくわからない原生生物のことをそうよんでいます。似た特徴をもつ生物がほかにいなかったり、簡単な遺伝子分析ではどの生物と近縁なのかわからなかったりして、“身寄りがない”原生生物のことです。たとえば、私たちのグループが2012年に報告した「Microheliella maris」(マイクロヘリエラ・マリス)は、みなしご原生生物の1つです。形態的にも遺伝子的にも、近縁の生物が見当たらないんです。

みなしご原生生物「Microheliella maris」。形態的な特徴だけでなく、187遺伝子からの比較的大きいデータセットを用いた解析でも近縁生物が特定されていなかった。スケールバーは5マイクロメートル(写真提供:JAMSTEC)

“みなしご”が進化の歴史を読み解くカギ

――みなしご原生生物は、系統樹をつくるときにどう役立ちますか?

矢吹:みなしご原生生物は、真核生物の進化の歴史の中で、比較的初期の頃に枝分かれしたものの、その後、植物や動物のようにいろんな生物に進化しなかった生物だと考えられます。つまり、初期の進化に関する情報を保有している可能性が高いんです。

実際に、300遺伝子を超えるような大きなデータセットを用いて系統樹をつくるときにみなしご原生生物を追加すると、進化に関する新たな情報が加わって、枝分かれが変化することがあります。

先ほど、灰色植物、紅色植物、緑色植物という3つの植物グループに関して、系統樹の枝分かれをうまく解明できないと話しました。そこにみなしご原生生物である「Microheliella maris」の情報を加えると、これら3つのグループがすっきりと1つの共通祖先から進化したような系統樹になります。

みなしご原生生物のおかげで、進化に関する理解が進むというわけです。

参考:真核生物の新たな系統分類群「パンクリプチスタ」と「CAMクレード」を提唱(2022年4月15日) 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

これまでの解析では関係性が不明瞭だった関係性が、みなしご原生生物を加えることで解明された例。319遺伝子からなる規模の大きいデータセットに新たにMicroheliella marisを加えたことで、一次植物とパンクリプチスタが互いに近縁であることが確認されました(図版提供:JAMSTEC)

――なるほど。新たなみなしご原生生物が見つかるほどに、進化の歴史が明らかになっていくんですね。

矢吹:そうなんです。動物や植物は、地球上で大繁栄していて目立つ生物たちですけれど、細胞レベルではそこに含まれる生物同士は似ているので、系統樹の中ではごく一部の枝でしかありません。細胞レベルの進化や多様性という点では、原生生物こそが主役だと考えています。

なので、ほかの生物とはちがう特徴をもったみなしご原生生物が見つかると、進化の理解が進んで、系統樹の“解像度”が上がることが多いんです。

(撮影:村田克己/講談社写真部)

次回は?

では、実際にどうしたら「みなしご原生生物」を見つけることができるのでしょうか? 「あのヨコヅナイワシ発見にも! 『環境DNA分析』で、未知の生物を探る」では、どのように遺伝子を分析していくのか? 実際の調査・研究について伺いながら進化の謎に迫っていきます。

取材協力:地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 矢吹 彬憲 主任研究員
取材・構成:福田伊佐央
イラストレーション:酒井春
撮影:村田克己・講談社写真部

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