図版:酒井春

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JAMSTEC探訪

あのヨコヅナイワシ発見にも!「環境DNA分析」で未知の生物を探る ~遺伝子分析から迫る、進化と原始生命

記事

取材・文/福田伊佐央

真核生物の進化の謎を解くカギを握るのが「原生生物」です。「進化の謎を解くカギとなる「みなしご原生生物」とは何者か?」では、近縁の生物が見当たらない特殊な原生生物「みなしご原生生物」の遺伝子解析から、進化の謎について研究を行っているJAMSTEC 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 深海生物多様性研究グループの矢吹彬憲主任研究員のお話を伺いました。

この後編では、未知の生物を発見するための強力な武器となる「環境DNA分析」という手法についてお話を聞きながら、進化の歴史、そして「原始生命」の謎に迫っていきます。(取材・文/福田伊佐央)

写真
矢吹彬憲主任研究員(撮影:村田克己/講談社写真部)

みなしご原生生物はどうやって探す?

――みなしご原生生物はどうやって探すんですか?

矢吹:みなしご原生生物がいそうな場所の水を採ってきて、顕微鏡をのぞいて探します。見たことがない形の微生物がいないか、自分の目で見つけます。

めずらしい微生物がいたら、培養してふやします。ただ、うまく培養できないことも多いので、いろんな微生物がふえるような培地の開発をつねに行っています。

――顕微鏡をのぞいて探すなんて、気が遠くなるような作業ですね。

矢吹:経験が物を言う世界ですね。AI(人工知能)を使ってめずらしい微生物を自動で検出する方法も開発されつつあるんですけど、今のところは自分で探したほうが早いです。

みなしご原生生物の探索と培養株化に実際に用いている倒立顕微鏡(右側2つ)とその形態観察に用いている正立顕微鏡(左側の1つ)(写真提供:JAMSTEC)

未知の生物を探る強力なツール「環境DNA分析」

矢吹:ただ、やみくもに水を採ってきて探しても、新種の原生生物を見つけるのは困難です。そんなときに「環境DNA分析」が大きな武器となります。

――環境DNA分析とは何ですか?

矢吹:たとえば、海水の中には、プランクトンなどのほか、魚のうろこや粘液、卵など、さまざまな生物や生物のかけらが漂っています。それらに含まれるDNAを抽出して分析することで、その環境中にいる生物を直接特定することができるんです。これが環境DNA分析という手法です。

1980年代に登場して以降、環境中にどんな生物がいるかを調べるための非常に優れた手法として広く使われています。

たとえば池や湖であれば、一般的に1リットル程度の水を採ってくれば分析できます。ただ、深海になると生息している生物が少ないので、10リットルやそれ以上の水が必要になることがあります。

環境DNA分析とはどんな方法なのか

――水を採ってくれば、どんな生物がいるのか推定できるということですか! これは、どのような流れで分析するのでしょうか?

矢吹:おおまかに言うと、まず、海水などからDNAを抽出したら、PCRという手法を使って特定の遺伝子のDNAを増幅させます。

次に、増幅された遺伝子の情報をデータベースと照らし合わせることで、その遺伝子がどの生物のものかを特定します。

環境DNA分析の流れ(JAMSTEC提供の図をもとに作成、図版:酒井春)

――サンプル中に含まれているすべての生物のDNAを増幅するんでしょうか?

矢吹:基本的には、自分たちが調べたい生物グループの遺伝子だけを増幅させます。サンプル中には細菌や原生生物、魚類、哺乳類など様々な生物のDNAが含まれますが、たとえば魚類について調べたければ、魚類以外の生物の配列が増えないような条件で増やすようにします。そうすれば、基本的に魚類以外は無視できるようになります。

生物種の特定に使用する遺伝子を「バーコード遺伝子」とよぶことがあります。たとえば魚類について調べたければ、魚類の判別に適したバーコード遺伝子を使うわけです。

すべての魚類でまったくちがいがない遺伝子を使ってしまうと、魚であることはわかりますが、魚種が判別できません。魚類に共通して存在しつつ、ことなる魚種の間ではほどよくちがいがある遺伝子が、調査には最適というわけです。

あのヨコヅナイワシの撮影にもつながった!

――環境DNA分析をどう活用していますか?

矢吹:ある領域に新種の生物や研究的価値の高い生物がいないかをさぐるときに、環境DNA分析はとても役に立ちます。

先ほど新しいみなしご原生生物を見つけるときに顕微鏡を見て探すと言いましたが、やみくもに海水を採ってきて顕微鏡で隅々まで見るわけにはいきません。環境DNA分析によって未知の原生生物のものらしき遺伝子が検出されれば、その海水中に新種がいる可能性が高くなります。環境DNA分析は、研究対象をしぼるためにとても有効です。

以前、JAMSTECでヨコヅナイワシというめずらしい深海魚の新たな生息地を発見したときにも環境DNA分析が活用されました。環境DNA分析から新たな生息域が示唆され、そこにカメラを降ろしたんです。結果、撮影に成功し、大きな話題になりました。

駿河湾で撮影された「ヨコヅナイワシ」(写真提供:JAMSTEC)

ヨコヅナイワシについてくわしく知りたい方はこちら

参考:「深海の頂点捕食者“ヨコヅナイワシ”撮影秘話!」

朝食べた「鮭」の遺伝子が混入することも!?

――DNAが検出されたら、そこにその生物がいるのは間違いないですか?

矢吹:DNAは自然環境の中では時間とともに分解されてしまいますので、DNAが検出されたら、基本的にはサンプルを採った場所の周囲にその生物が生きて存在する可能性は高いと思います。

でも、そうではない可能性もあるので、検出結果の解釈には注意が必要です。死んでしまった生物が流れてきた可能性もありますし、俗にコンタミ(コンタミネーション)とよばれるDNAの混入がおきた可能性も考える必要があります。

たとえば、深海から採ってきたサンプルから人間のDNAが検出されたら、それは海水を採ったりDNAを抽出したりする過程で、人の髪の毛や皮膚が混入したのだと考えられます。深海に人間が住んでいないことを知っているのでコンタミだと判断できますが、たとえば通常は深海にいない魚のDNAが検出されたら、解釈が難しいですよね。

コンタミなのか、違う場所からきたものが深海に沈んで検出されたのか、実は深海にもいるのか、これを特定するのは困難です。

環境DNA分析を実施するときは、コンタミには非常に気をつかいます。朝ご飯で食べた鮭のDNAが混入してしまうこともありますから、航海中に出されたご飯のメニューは念のために記録しておいて、コンタミかどうかを追跡できるようにしています。

矢吹さんの調査航海中に出された船内の食事メニュー。コンタミの可能性を考え、すべて記録している(写真提供:JAMSTEC)

みなしご原生生物の“生き別れた家族”を探したい!

――今後はどんな研究を行っていきたいですか?

矢吹:世界には探索しきれていない場所がまだまだあります。深海もそうですし、たとえば動物の体の中などにも未知の生物がいると思います。ほかの生物の体内で寄生や共生をしている生物は、進化の重要な情報を持っている可能性があると考えていますが、見つけるのが難しいんです。

いろんな場所を探索して、新たなみなしご原生生物を発見していきたいですね。みなしご原生生物は、今は近縁の生物が見当たらなくて、進化の歴史の中で孤立しているように見えますが、研究を進めていけば「実はこの生物の近縁だった」といった情報がわかってくるはずです。

そうやってみなしご原生生物の“生き別れた家族”を見つけていけば、人間を含む真核生物がどうやって進化してきたのか、祖先はどんな生物だったのか、といった謎も明らかになっていくと思います。

(撮影:村田克己/講談社写真部)

取材協力:地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 矢吹 彬憲 主任研究員

取材・構成:福田伊佐央
イラストレーション:酒井春
撮影:村田克己・講談社写真部

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