軽くて丈夫なプラスチックは私たちの生活を便利にしました。一方で、海に流れ出したプラスチックごみは、その丈夫さゆえになかなか分解されず、何十年も海の中に残りつづけています。
JAMSTEC海洋機能利用部門生物地球化学センター有機分子研究グループの磯部紀之副主任研究員は、微生物によって分解される素材(生分解性素材)の開発を進めています。どんな生分解性素材が開発されているのか、今後広く使われるようになるのか、お話を聞きました。(取材・文:福田伊佐央)
深海には木を食べる生物たちがいる!
これ(図1)って、何だかわかりますか?
――いくつも穴があいた……木でしょうか?
正解です。虫に食われた木のように見えますが、実は木に穴をあけたのは虫ではなくて、海にいる二枚貝です。深海に沈んだ木に「キクイガイ」という二枚貝が侵入して、ゴリゴリと木を削りながら進んだ跡がこの穴なんです。
二枚貝といっても、キクイガイはアサリなどの二枚貝とはまったくちがった姿をしています。丸いボール状の貝から細長い本体が飛び出ていて、まるで「ゲゲゲの鬼太郎」に出てきた「目玉おやじ」みたいな貝なんです(図2)。
貝は穴を掘るためのドリルとして使われていて、貝で削った木を消化して暮らしています。しかも、削ってできた穴の壁面にコーティングをほどこします。トンネルを掘るときのシールド工法のモデルになったといわれています。
――陸上にしか生えない木を食料にする貝がいるなんて驚きです。
キクイガイが木にたくさん穴をあけると、細かい木屑やキクイガイのふんが発生します。そこに木を分解する微生物がやってきて、木の分解が進んでいきます。海にはない素材なのに、深海には木をえさとして待ちかまえている生物たちが存在するんです。
木と同じ成分でできた“プラスチックに代わる素材”
私たちの研究グループでは、木の主成分でできたプラスチックに代わる素材を開発しています。それならもし海に流出しても、分解できる生物がいますので、いつまでも海にごみとして残りつづけることはありません。
――いわゆる「生分解性プラスチック」と同様のものですね。
深海を調査すると、たくさんのプラスチックごみが沈んでいます。しかも何十年も前のプラスチックの包装容器が、ほぼ当時のままの姿で残っています。私たちが今、大量に製造して使用しているプラスチックは、生物にはまったく分解されないんです。
――木の成分は何ですか?
木の主成分は「セルロース」とよばれる分子です。
セルロースは、いくつもの糖(グルコース)がまっすぐつながったものです。セルロースからできている身近な素材が「紙」ですね。紙は木をほぐしたもの(パルプ)からつくりますから、紙の主成分もセルロースということになります。
同じように、セルロースからできるものにセロハンがあります。これは木から取り出したセルロースを溶かしてから、ふたたび固めることでできる透明で薄いフィルムです。このセロハンに厚みをつけてあげれば、プラスチックに近い質感のものができあがるのでは? そう考えて試行錯誤の末に生まれたのが、このコップです(図3)。
参考:海洋プラスチック汚染について詳しく知りたい方はこちらも!
「深海にもプラスチックの溜まり場が! 海のプラスチック汚染を可視化する」
セルロースからプラスチックの代替材料を作るには?
――たしかにプラスチックと同じような固さや軽さですね。木や紙と同じ成分を使っても、透明にできるんですね。
紙が透明ではなくて白いのは、木をほぐしたパルプの繊維の一つ一つが太く、隙間があるからなんです。繊維が太かったり隙間があると、光を散乱して不透明になってしまいます。セルロースを分子レベルまで細かくほどいてから隙間なく固めてあげれば、透明になります。
プラスチックの代替として使うことを想定していますので、透明で丈夫であることが大切ですが、より使いやすくするには、熱をかけて成形しやすくする、水に濡れても問題ないなど、なるべくプラスチックと同じような特徴をもつ素材にならないか、という検討も進めて考えています。
カニの殻由来のプラスチックに代わる素材も開発中
生分解性素材として、セルロースのほかにもう一つ注目しているものがあります。それが「キチン」です。
キチンはカニの殻などに含まれる成分で、N-アセチルグルコサミンという糖がたくさんつながったものです。セルロースとはことなる種類の糖ですが、糖がまっすぐつながっているというところは同じです。深海で生物に分解されるスピードは、キチンでつくった代替素材のほうが、セルロースのものより倍以上速いですね。
カニの殻は20%ぐらいがキチンで、あとはタンパク質や炭酸カルシウムなどからできていますが、深海にはもっとキチンの含有量が多い物質をつくる生物もいます。それが「ハオリムシ」です。
――どんな生物なんですか?
ハオリムシは「棲管」とよばれる細長い管状の家をつくって、その中に暮らすミミズのような見た目の生物です(図5)。棲管は約半分がキチンでできていて、薄いのに、ものすごく丈夫なんです。
キチンを材料にしてつくった、プラスチック代替素材のストローがこちらです(図6)。カニ殻などから抽出したキチンを、一度溶かしてから固めています。
キチン100%にするとすごく硬くなるんですが、しなやかさが足りなくて曲げると割れてしまいます。ハオリムシの棲管の壁面は複数の層が積み重なってできていて、それによって薄くても割れにくくなっています。
それを参考にして、2層構造にしたストローもつくってみたところ(図6右の写真の右側)、曲げても割れにくくなりました。ハオリムシは個人的にずっと大好きな生き物だったので、プラスチック代替素材の研究で接点がもててうれしかったですね。
なるべく1種類の素材からつくりたい
――セルロースとキチンを組み合わせることで、もっと強かったり、軽かったりする素材がつくれたりしないでしょうか?
たしかに組み合わせると、もっと新しい性質をもつ材料がつくれるかもしれませんが、今は混ぜないで開発をつづけています。なぜなら、「単一の素材からつくる」ことに重要な意義があって、そこにこだわっているからです。
――なぜ単一の素材であることが大事なんでしょうか?
単一素材は「モノマテリアル」ともよばれます。その利点はとにかくリサイクルがしやすいことです。モノマテリアルの代表がペットボトルです。PET(ポリエチレンテレフタラート)だけでできているので、基本的には細かく砕いて、ふたたび固めればリサイクルできます。素材ごとに分ける手間がかからないんです。
生分解性プラスチックは、海に流出してしまっても分解されるからといって、ごみとしてどんどん捨ててもよいわけではありません。基本的に使用後もリサイクルされることが大前提です。なので、なるべくリサイクルしやすい素材であることは重要なんです。
――生物に分解されるという特徴は、あくまでも流出した場合の“保険”なんですね。
広く使われるために重要な要素とは?
プラスチックの代わりとして広く使ってもらうためには、さらに重要な要素があります。それは価格です。
現状の作り方では、セルロースもキチンも製造の手間や原材料費がかかるので、かなり高価になります。たとえば、現時点ではラボの装置で作る一点モノであるので、セルロースの小さなコップでも数千円はします。
──いくら環境にやさしくても、プラスチックのコップにその値段はなかなか出せない気がします。
私たちがつくっているプラスチック代替素材は、海に流出しても分解されますし、さらにセルロースにしてもキチンにしても再生産可能な生物由来の原材料からつくっているので、二酸化炭素の排出量が少ない製造工程・販売プロセスを構築できれば、地球全体の二酸化炭素の削減につながるという特徴もあります。
こういった環境にやさしい点を評価して、高価でもあえて選んでくれる人ももちろんいますが、あまりに高すぎると現実的には選ばれにくいでしょう。
大量につくれるようになれば、製造にかかるエネルギー量は市販の板紙程度に抑えられそうだ、という試算はできました。ただし、プラスチックの代替素材の製造は、石油からつくるプラスチックにくらべて工程が複雑なので、石油製品並のコストを目指すには限界があるというのが正直なところです。
そこで安価なプラスチック製品の代替ではなくて、まずは自動車や航空機で使われるような高機能で高価な工業用プラスチック製品の代替にできないかということも検討しています。
――環境性能と価格を両立させるのは、むずかしいんですね。
分解の“スイッチ”をどう入れるか?
――さらなる改良のためにどんな研究を行っていますか?
生分解性プラスチックは、海に流出してしまったときに分解されるわけですが、私たちが陸で使用している間に分解が始まってしまったら問題です。使用中は通常のプラスチックと同じように丈夫で、ごみとして捨てられたら分解が始まるというのが理想です。そこで分解の“スイッチ”を付けられないかという研究を行っています。
スイッチの考え方としては、二つあります。
一つは、もともと分解されにくい素材に対して、ある条件がそろうと分解が始まるスイッチを付けるというもの。
もう一つは、もともと分解されやすい素材に対して、最初は分解を防ぐスイッチをオンにしておき、ある条件がそろうとそのスイッチがオフになって分解が始まるというものです。
海に流出してから分解が始まればよいので、たとえば塩分が高くなったら分解スイッチが入るとか、深海に沈んで水温が低くなったり、水圧が高くなったりしたら分解スイッチが入るといった条件が考えられます。そういった条件に反応する物質を開発して、製品の表面に塗ったりするわけです。
――なるほど!
いつ分解が始まるのか、その試行錯誤
でも実際にスイッチが入る条件を考えるのはなかなかむずかしくて、塩分を条件にしてしまうと、川や沼にあると分解されないことになってしまいますし、ふだんの生活で塩分が高い液体を入れると分解が始まってしまうという問題もあります。
使用中に分解が始まると困るからといって、スイッチが入る条件をあまりにきびしくしてしまうと、今度は海の底に沈んでいるのに分解が始まらないという事態になってしまいます。
分解のスイッチを入れる条件を正しく設定するためには、プラスチックごみがどういう経路でどれくらいの時間をかけて街から海に流れ出るのか、そして海の中ではどれくらいの時間をかけて沈んでいくのかなどの情報が必要ですが、実はまだよくわかっていない部分が多いので研究調査が不可欠です。
――いろんな使われ方を考えると、ちょうどよい条件を設定するのはむずかしそうです。
いろいろ考えていくと、塩分や圧力などの条件を組み合わせるよりも、シンプルに一定の時間が過ぎると分解が始まるような仕組みにするのがよいかもしれないと思っています。分解を防いでいた表面のコーティング剤が一定期間ではがれて、分解が始まるようなイメージです。
深海に流れ着いたプラスチックごみの様子を見ていると、おそらく100年経ってもほとんど分解されないのではないかと感じます。それが1年や2年で分解されるようになれば、それだけでも海のプラスチックごみの状況は改善するかもしれません。
知恵を出し合わないと解決しない
安価なプラスチックが大量生産されるようになってから、まだ50〜60年ぐらいしか経っていません。海に大量に流出したプラスチックが環境や生物にどんな影響をあたえるのか、わからない部分がまだたくさんあります。一つずつ地道に可能性を検証していくしかないと思います。
ただ、現状のプラスチックの使い方は変えていく必要があります。海に流出しやすい包装用のプラスチックを生分解性のものに置き換えていったり、工業製品に使われるプラスチックを、よりリサイクルしやすいものに変えていったりするべきです。そうしていかないと、100年後の社会は成り立たないんじゃないかと思います。
――素材としての強度やリサイクルのしやすさ、製造コストや生物に分解されるタイミングなど、プラスチック代替素材を開発するときには考えるべきことがたくさんありますね。
そうなんです。単純に強度や生分解性だけを考えるともっとよい材料をつくることもできるんですが、コストなどが見合わなくなります。プラスチックごみの問題は本当にいろんな視点が必要で、簡単には答えが出ない問題です。
とても誰か一人のアイデアで解決するような問題ではないので、今は世界中でアイデアを出し合っている段階だと思います。国によってプラスチックごみの量や政治的な事情もちがえば、科学技術の得意分野もちがいます。それぞれの強みを活かしてたくさんのアイデアを出していく必要があります。
私は材料科学の研究者なので、新しい材料を開発することで問題解決に貢献していきたいと思っています。
取材協力:海洋機能利用部門 生物地球化学センター 磯部 紀之 副主任研究員
撮影:神谷美寛・講談社写真部
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