世界中からさまざまな研究者が、最新鋭の分析機器を使うために訪れる研究所があります。それが「JAMSTEC 高知コア研究所」。「極限環境微生物」やはやぶさ2による「リュウグウ」の試料分析なども行われているこの研究所。
今回は、そのなかから「海底下生命圏調査」をテーマに、「1億年前の堆積層から生命を発見した」JAMSTEC高知コア研究所 物質科学研究グループの諸野祐樹上席研究員にお話をうかがいました。その歴史的な大発見の裏側には、じつは大失敗があったのだといいます。(取材・構成:岡田仁志)

深海の下、海底下の堆積層に生命が!
――海底下の堆積層に生物がいるかどうかは、いつごろから研究されていたのでしょうか。
もっとも早い段階の研究としては、1955年に発表された論文が知られています。ハワイの西、太平洋のど真ん中の深い海の底に船の上からパイプを突き刺して、1メートル刻みで泥を採取したんですね。
そのときは、海底下7メートルまで微生物の存在が確認されました。でも、それよりも深いところには見つからなかったんですね。だから、1955年時点の海底下生命圏は、わずか7メートルでおしまい。それより下には、生物はいないと当時は思われていました。

そもそも太陽の光も届かないような深海は、人間から見ると「死の世界」のように感じられます。海底面でさえそうですから、その下の泥を何百メートルも深く掘り下げても、生き物が存在するとは思いにくい。だから、海底下7メートルが生命圏の限界だろうというのが当時の認識だったんですね。
それ以降、しばらくは誰もそれ以上は調べようとしませんでした。微生物は地球上のいたるところにいますから、この分野の研究者が調べるべき場所はほかにたくさんあったでしょうしね。
地球上の微生物の3分の1は海底下にいる!
――微生物がいるかどうか、当時はどうやって調べたんですか?
採取した泥を、寒天でつくった培地に載せて、コロニーをつくるかどうかを見るんです。そこに生き物がいれば、栄養を食べてコロニーをつくる。コロニーができなければ、生き物はいないと考えるわけです。まだ泥の中にいる微生物を見分けることができなかったので、それ以外に調べる方法がなかったんですよ。
でも顕微鏡やDNAの分析技術、海底下の掘削技術などの進歩もあって、1980年代に入ると再び海底下生命圏の研究が活発になりました。とくに大きなインパクトがあったのは、英国の微生物学者ジョン・パークスらが1994年に発表した論文です。
彼らは、太平洋沿岸の海底下から採取した泥を顕微鏡で調べました。DNAを染色して光らせる試薬が開発されていたので、コロニーをつくらせなくても、泥と生物を見分けられるようになっていたんです。その結果、深さ約800メートルまでの海底下でも微生物が存在することがわかりました。

それも、わずかな数ではありません。1立方センチメートルあたり10万個を超える数です。これ、海水中の微生物の密度よりも多いんですよ。その後も研究が進んで、いまでは地球上の微生物の3分の1近くが海底下に埋もれているのではないかと考えられています。
70年前は「死の世界」だと信じられていた海底下が、現在ではむしろ「微生物の楽園」なのかもしれないという話になっているんです。
生命存在の限界はどこにあるのか?
──生物学のフロンティアが一気に広がったんですね。
地上の微生物研究は進展していて、骨を投げ込めば溶けてしまうような酸性の湖や、手を入れれば皮膚がヌルヌルに溶けてしまうようなアルカリ性の水などにも、微生物が存在することがわかってきています。もはや、地上で微生物がいない場所を探すほうが難しいぐらいです。地上は微生物に征服されているといっても過言ではありません。成層圏にも、微生物はいますからね。
では、地球上で微生物が生きられない場所はどこなのか。限界点のひとつは、必ず海底下にあるはずなんですよ。

なぜなら、地球の中心のあたりは温度や圧力が高すぎて、生物を形づくる有機物がバラバラになってしまうからです。そこに至るまでのどこかに、生物が存在できる限界点がある。それがどこなのかを知りたくて研究をしています。
この中に微生物は何個いますか?
―― DNAで泥と生物を見分けられるようになったことで、その研究が大きく進展したわけですね。
そうですね。生きているか死んでいるかは別にして、DNAをもっていれば生き物だと考えて差し支えありませんから。とはいえ、DNAを染色して見分けるのも決して簡単ではないんですよ。試薬をかけて顕微鏡で観察しても、誰でも同じように数えられるわけではありません。同じ試料でも、数える人によって100倍になったり1000倍になったりしてしまうんです。
僕自身、この分野の研究を始めたころに、その難しさを痛感させられたことがあるんですよ。僕は2006年にJAMSTECに来たんですが、その少し前に、2005年に竣工した地球深部探査船「ちきゅう」の慣熟航海が行われました。下北半島沖の海底を掘削して、コア試料を採取したんですね。僕のJAMSTECでの初仕事は、そのとき海底下400メートル弱のところから取ってきたコア試料に含まれる微生物の数を調べることでした。
そこで、DNAを緑色の蛍光色素で染める試薬をかけて顕微鏡で見たのが、この写真です。

緑色に光っている部分が、小さいものから大きいものまで、たくさんありますよね? これを全部、生物のDNAと見なしてカウントしていいのかどうか、よくわからなかったんですよ。
角砂糖1つ分の泥に1000憶の微生物!?
――たしかに、小さいものや色が暗いものもあって、素人目にも迷う感じですね。
そうでしょ? 僕はJAMSTECに来る前に、産業技術総合研究所で仕事をしていました。そこでは培養した微生物しか扱っていなかったので、光ったものはすべて微生物として数えられたんですね。でも、海底下から取ってきた試料には、どんなものが入っているかわからないじゃないですか。
だから研究グループのリーダーに「どこからどこまで数えればいいでしょう?」と相談したんですよ。すると「大きさがそれっぽいやつは全部数えていいだろう」というので、画像解析プログラムで明るさの閾値を決めて、光り方がすごく暗いやつだけ除外してコンピュータに数えさせたんです。サイズはどれも微生物と見なせるものだったので。
そうしたら、1立方センチメートルあたり10の11乗個というものすごい数になっちゃったんですよ。角砂糖ひとつ分の泥の中に、1000億もの微生物がいるということです。それまでの研究では多くても10の9乗個でしたから、100倍も多い。
しかも不思議なことに、深いところに行くほど数が増えるんです。ふつうは深いほど少なくなるんですよ。浅いほど生き物の栄養源が多いと考えられますから。それなのに、こちらは逆に増えていく。10の12乗に迫るほどの数でした。
世紀の大発見が……!
――うかがっているかぎり、画期的な新発見……のように思えますが。
JAMSTEC内部でも、「これは教科書が書き換わる大発見だ!」と大騒ぎになりました。でも、まわりが盛り上がれば盛り上がるほど、僕は不安になったんです。自分が数えたのが本当にすべて微生物なのかどうか、自信がない。だから別の方法でも確認しようと思って、試料を電子顕微鏡で観察してみたんです。

微生物を電子顕微鏡で拡大すると、ふつうは写真右上の囲み部分みたいにプックリした形が見えるんですね。いかにも生き物っぽいでしょ? ところが僕が数えた試料を拡大したら、写真のようにゴミみたいなものばかりだったんですよ。もちろん、中には微生物っぽいものもあるんですが、ますます不安になっちゃいましたね。
新しい試薬でDNAを染色して見えたものは!
でも、ちょうど同じ時期に、DNAを染める試薬についての新しい発見があったんですよ。DNAを染める試薬として使われているものが、くっつく先のものによって色が変わることがある、というんですね。
それを知って、さっそく試してみました。そのときの写真がこれです。

前の写真と見比べると、まったく数が違いますよね? 指を折って自分で数えられるぐらいしか、微生物がいません。
つまり、前の写真で光って見えたものは99%ぐらいが偽物だったんです。しかも、浅いところよりも深いところのほうが偽物の割合が増えることもわかりました。おかげで、論文が世に出る前に、間違いがわかったんです。
100%正しいと言いきるための精度へ
――じつにスリリングなご経験ですね。微生物研究の難しさがよくわかりました。科学を志す若い人たちにも広く知ってほしいお話だと思います。
計測技術などの進歩で、同じ現象がまったく違う形に見えるようになることが科学の世界にはありますからね。世間を驚かせた新発見が、10年後、20年後に「間違っていた」とわかることも決して珍しくありません。
でも注意深く慎重にやれば、避けることのできる間違いもある。僕にとっては、それがいちばんの教訓でした。教訓というより、ほとんどトラウマみたいなものです(笑)。だから次の大きな仕事は、慎重すぎるぐらい慎重に取り組みました。
恐竜が生きていた時代の堆積層には?
──それが、1億年前の地層から発見された微生物の研究ですね?
そうです。2010年に、アメリカが運航する掘削船「ジョイデス・レゾリューション」に乗船して、南太平洋環流域で海底下生命の探査を行いました。

実験に使ったのは、海底下1.6〜74.5メートルから採取した堆積物です。これは、430万〜1億150年前にできたもの。いちばん古い層は、恐竜が繁栄していた時代です。そこに生きた微生物がいるかどうかを調べました。

その結論を出して論文を発表したのは、2020年のことです。試料の採取から10年もかかってしまいました。前の経験がなければ、そんなに時間をかけなかったかもしれません。でも、可能なかぎり慎重に進めたおかげで、自信を持って「この微生物は1億年前から生き続けている」と発表することができました。

いよいよ、「1億年前の堆積層で生きていた微生物の発見」から見えてきた、生命の存在の謎に迫っていきます。
*続きはこちら「1億年生きる微生物の存在から、生と死が「1か0か」ではないと考えるわけ」
(参考リンク)海底下生命圏ガイド~海底のさらに下で会いましょう~
取材・構成:岡田仁志
図版作成:酒井春
取材・図版協力:高知コア研究所 諸野 祐樹 上席研究員
撮影:市谷明美・講談社写真部