2024年元日に発生した「令和6年能登半島地震」。いまだ深く爪痕を残すこの地震は、陸上の断層だけでなく、海底下に存在する断層も震源とする地震でした。日本海側で起こる地震は、どのようなメカニズムで引き起こされるのか? 能登半島地震の直後の緊急調査の実施にも奔走した海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海域地震火山部門 地震発生帯研究センター センター長の藤江剛さんにお話をうかがいました。じつは、日本海側で起こる地震には、そもそも日本海がどのように誕生したのかという謎も関係しているそうです。(取材・文:岡田仁志)
能登半島地震と断層の関係
地層や岩盤の割れ目である断層と地震の関係については、かつて「タマゴが先かニワトリが先か」のような議論がされていました。地震によって断層ができるのか、それとも断層の運動が地震を起こすのか──。
もちろん、現在は後者、つまり「断層のずれ」によって地震が起こるというのが定説です。また、地震の原因となる断層のことを「活断層」と呼ぶこともあります。
この断層のずれ方には、大きく分けて3つのパターンがあります。
岩盤が両側に引っ張られることで生じる「正断層」(断層面を境にして上盤が下盤に対してずり下がる形)、逆に岩盤が両側から押されることで生じる「逆断層」(上盤が下盤に対してのし上がる形)、そして、断層面を境にして水平方向にずれる「横ずれ断層」です。
2024年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」は、大変な被害をもたらしました。あの地震は、一体どのような断層の動きで起きたのでしょう。そして、そもそもその断層はどのように生まれたのでしょうか。
これについてはまだ謎が多いのですが、日本海で起きる地震は東北側と西南側でタイプが異なることがわかっています。
東北側は逆断層タイプ、西南側は横ずれ断層タイプが多いのです。海底を震源とする地震だけではありません。日本列島の陸上で起こる地震にも、同じ傾向があります。
日本海の成立過程が断層をつくっている
そういった断層の生じ方は、日本海そのものの成立過程と関わっているそうです。JAMSTEC 海域地震火山部門地震発生帯研究センターの藤江剛センター長によると、もともとの日本海は、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むことで形成されました。
「プレートは、密度の大きいマントルの上に密度の小さい地殻が乗っている形をしています。しかし、同じプレートといっても、大陸プレートの地殻は厚さが20〜30キロメートルもありますが、海洋プレートの地殻はわずか6〜7キロメートルしかありません。そのため、大陸プレートの方が密度が小さく、軽いのです。この違いのため、両プレートがぶつかると海洋プレートのほうが沈み込むんですね。
ですから、大陸プレートは何十億年も浮いたまま存在していますが、海嶺や背弧海盆で現在も新たに作られている海洋プレートは、いずれ地球内部に潜り込んで消えていく運命にあります。
現在、地球表層にあるもっとも古い海洋プレートは、マリアナ海溝付近に沈み込む直前の太平洋プレートですが、それでもおそらく1億5000万年ほど前にできたもので、大陸プレートよりもはるかに新しいものです。
日本海のような海域は、専門的には背弧海盆と呼ばれます。日本列島のような島弧の背後にできる海盆(深海底にある盆地状の凹地)という意味です。
一般的に、海洋プレートがある程度まで大陸プレートの下に沈み込むと高温になり、溶けてマグマになります。それが噴き出して、海溝(海洋プレートと大陸プレートの境界)から数百キロメートル離れたところに一列の火山列島ができる。このときの海溝側を前弧、反対側を背弧といいます。
日本列島で考えると、前弧側(太平洋側)は沈み込む海洋プレートに押されて圧縮場になりますが、背弧側は、海洋プレートの沈み込みやそれにともなう海溝の移動(後退)などが作用して、条件次第では拡大するんですね。
日本海の形成も、基本的には、海洋プレートが沈み込むことで大陸の中に背弧ができたのだろうと考えられます。
のちに日本列島になった火山列島はもともと一列でした。しかし、この場所は太平洋プレートとフィリピン海プレートと呼ばれる二つの海洋プレートが沈み込む複雑な場所であるため、東北側と西南側に分かれて、それぞれ別の方向に背弧が拡大しました。その結果、日本海は現在の形になったと考えられています」(藤江さん)
いまだ多くの謎が残る「日本海成立のメカニズム」
しかし、日本海がどのように拡大したのかは、まだはっきりとわかっていません。いまのところ、東北側と西南側の動きを説明する仕組みについては、2つの主要な仮説があるそうです。
2つの仮説のうち、より古くから提案されているのは、通称「観音開きモデル」。
図のように、日本列島の東北側は大陸のシベリア付近から離れて反時計回りに、一方の西南側は朝鮮半島付近から離れて時計回りに回転しながら、現在の位置まで移動した──という見方です。
「古地磁気の観測によって、東北日本と西南日本では様相が大きく異なることがわかりました。そういったことをシンプルに説明できるのが、いわゆる観音開きモデルです」(藤江さん)
古地磁気とは、岩石に記録されている過去の地球磁場の向きや強さのこと。地磁気は、過去に何度も反転していることがわかっています。火成岩などの岩石は、それが固まった時代の磁場の方向に並んで帯磁するので、その残留磁気を調べると、地盤がどのように動いたかを推定できるのです。
「しかし、たとえば日本列島の中央構造線(糸魚川―静岡構造線)やフォッサマグナ(列島中央部を南北に横断する地質学的な溝)がどのようにできたかなど、すべての観測事実が観音開きモデルだけでうまく説明できるわけではありません。そのため、ほかのモデルも提案されるようになりました」(藤江さん)
もうひとつの有力な仮説は、「横ずれモデル」と呼ばれています。その通称どおり、地盤が水平方向に引っ張られながら横ずれしたことで、日本海が少しずつ拡大していったとする見方です。実際、日本列島の東北側には、古い横ずれ断層がたくさんあることがわかっています。
この「横ずれモデル」と「観音開きモデル」のどちらが正しいのか、あるいはそれ以外の説明も可能なのか。それはまだはっきりとわかっておらず、研究者の中でも議論になっているそうです。
日本海の謎を解く鍵は海にある
「これまで、日本海の拡大に関する研究は、ほとんどが陸上の地質などの情報に基づいて進められてきました。もちろん、そこからも多くのことがわかるのですが、それだけで過去の動きをきちんと再現するのは難しい。だから、さまざまなモデルが提唱されてきたのだと思います。
ですから、答えにたどりつくためには、陸上の情報だけでなく海の情報も加える、つまり日本海そのものの構造発達史を解明することも必要でしょう。われわれJAMSTECは、そのための調査を日本海で数多く行ってきました」(藤江さん)
日本海の拡大のように大陸が引き延ばされて背弧海盆が形成される際、大陸が薄くなる現象が起きるといわれています。お餅やチーズを引っ張って伸ばすと、厚さが薄くなるのと同じようなことでしょう。
「もともと大陸地殻は厚さが20キロメートル以上ありますが、一部が引きちぎられるときにそれがどんどん薄くなっていきます。当然そこでは正断層が発達していきますが、それとは別に、引きちぎられて何もなくなったところに新しい海洋プレートが生まれる場合もあるんですね。
ですから日本海には、引きちぎられて薄くなった大陸の残骸部分と、新しくできた海洋プレートの両方が存在しています。その分布は複雑な経過をたどった日本海の拡大の様相を解き明かすカギとなると考えられています。JAMSTECでは、海底下の地震波の伝わり方などをくわしく調べることで、その地下構造から、日本海のどの領域にどちらが存在するのかを10年ほどかけて調べてきました」(藤江さん)
日本海でのこの調査はいったん終わりましたが、データ分析はいまも継続中だそうです。いずれ「日本海拡大の謎」が解き明かされることが期待されます。
この研究には「調査できる海域が狭い」という問題もあるといいます。というのも、日本海はすべてが日本のものではありません。日本海全体を、日本の調査船が自由に調査することができないからです。
「私たちが調査できるのは、日本海全体の4分の1から3分の1ぐらいです。また、海洋調査は、資源開発の問題もからんでくるのでシビアですね」(藤江さん)
300万年前の日本海に何が起きたのか!
さて、その詳しいメカニズムはまだわからないものの、日本海の拡大はおよそ1500万年前に止まったと考えられています。
それまでは図のように、上部地殻が引っ張られることで正断層ができていました。このような正断層は、日本海の北海道から新潟にかけた領域でたくさん見つかっています。
日本海の拡大が止まって以降は、その正断層の上に陸からの堆積物が溜まっていきました。
ところが、およそ300万年前から、日本海の上部地殻には圧縮する力(外から押される力)がかかり始めたそうです。
「日本海にかかる力が300万年ほど前に切り替わったことは間違いないと思われますが、なぜそうなったのかはよくわかっていません。東から沈み込む太平洋プレートが押しているのはたしかですが、日本海が拡大していた時代にも、太平洋プレートは同じように東から沈み込んでいました。
ただ、日本海が拡大して日本列島が現在の形になるまでには、南から沈み込んでくるフィリピン海プレートの影響もあったでしょう。そのフィリピン海プレートの沈み込む方向が300万年前に変わったのではないかという説もありますが、はっきりしたことはわかっていません。いずれにしろ、さまざまな現象が連動して日本海には圧縮する力がかかるようになりました」(藤江さん)
圧縮する力がかかると、正断層で落ちていた上盤が上がっていき、その堆積物が下盤を乗り越える形で逆断層になります。新潟から青森にかけた日本海東縁では、このような逆断層も数多く見つかりました。
日本海にできた「歪み集中帯」
また、現在そのエリアは、地震の起こりやすい「歪み集中帯」とされています。太平洋プレートが日本列島を西へ向けて押すことで歪みが溜まり、それによって断層がずれやすくなっているのです。
2011年3月の東北地方太平洋沖地震は、太平洋側にある日本海溝(太平洋プレートが大陸プレートに沈み込む場所)で起きた海溝型巨大地震でした。この太平洋プレートが日本列島を西へ押す力による歪みが、いまは日本海東縁に集中していると考えられています。
そして、日本海の歪み集中帯では、逆断層型の地震が多く起きています。2024年1月の能登地震も、基本的には逆断層型だと考えられます」(藤江さん)
日本海側での地震はどのようなメカニズムで起こるのか?
ちなみに、太平洋プレートと大陸プレートの境界である日本海溝とは別に、日本海東縁にもプレート境界があるのではないか──という仮説もあります。
この仮説は40年ほど前に提案され、その直後の1983年5月に秋田県沖を震源として発生した日本海中部地震は、そのプレート境界のずれによる地震ではないかと考えられました。
ただ、日本海東縁に本当にプレート境界があるかどうかは明らかになっていません。
「プレート境界は、その定義自体も難しいので、どこにそれが存在するかについてはさまざまな議論がなされています。太平洋側の日本海溝や南海トラフのプレート境界は海溝できれいに分かれているので議論の余地はないのですが、日本海側はまだはっきりしたことはいえません」(藤江さん) 見えない海底の深くで起こる地震のメカニズムを解明するのは、やはり容易ではありません。2024年の能登地震についても、JAMSTECを含めた各研究機関による調査・研究が進行中です。それによって、地震という現象についてはもちろん、日本海そのものに対する理解も深まっていくことでしょう。
次の記事『令和6年能登半島地震はどんなメカニズムで起きたのか?震源域で特徴的な動きをした「ある断層」に研究者が注目する理由』では、能登半島地震直後の緊急調査から見えてきたものについてお話を伺います。
取材・構成:岡田仁志
撮影:神谷美寛/講談社写真映像部
取材・図版協力:海域地震火山部門 地震発生帯研究センター 藤江 剛 センター長
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