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LIFE×研究者

川の土手で遊んだ思い出が気象学者の原点。研究で大切にしているのは頭を空っぽにする時間

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海と地球の研究者は、ふだんいったい何を考えて、どんな日常を送っているのでしょうか。今回お話を伺ったのは、雲解像モデル開発応用グループで主任研究員を務める那須野智江さん。「研究者のLIFEにとって大切なことって何ですか?」と尋ねてみると、「頭を空っぽにすることです」という返答が。詳しく聞いてみました。

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那須野 智江

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境部門 環境変動予測研究センター 雲解像モデル開発応用グループ 主任研究員・グループリーダー
東京大学大学院理学系研究科地球惑星物理学専攻 博士課程修了。理学博士。2000年より、JAMSTEC地球フロンティア研究システム モデル統合化領域に在籍、地球環境変動領域 次世代モデル研究プログラム、基幹研究領域 シームレス環境予測研究分野を経て、2019年より、現職。2021年10月より、横浜国立大学 先端科学高等研究院 台風科学技術研究センター 客員教授。専門は、気象学、気候学、数値モデル。公益社団法人 日本気象学会会員。(撮影:松井雄輝・講談社写真部)

頭が自由でのびのびとした時間をもつ

「研究というのは、誰も知らないことを明らかにしてくことなんです。だから、とても難しい。難しいことを考え続けると頭が煮詰まってコチコチになり、行き詰ってしまいます。柔軟な発想を取り戻せるように、なるべくそのときにしたいと思ったことをして、本能に従って生きています」

先行研究の論文を沢山読んだり、少し離れた分野の講演などを聴いて新しい考え方を取り入れたりするなど、情報収集は研究のためにもちろんとても大事なこと。しかし、そうやって情報を集め、数値実験を行い、実験結果を詳しく解析して…、煮詰めるだけ煮詰めた後、思いがけないタイミングで隙間時間にポッと新しい発想が降ってくることが多いのだといいます。

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「たとえば研究所への道を歩いている途中や、朝に目が覚めたとき、家族と過ごす時間…。そんなときに集めた情報や考えが統合されて、ひとつの答えや新しいアイデアが出てくるんです。だから、頭をからっぽにできる時間をもつようにしています。もし、突然アイデアが思いうかんだら、嬉しくなって忘れないうちにパパパーっと書き止めます」

川の土手で遊んだ思い出が気象学へとつながる

那須野さんは、JAMSTECで長年熱帯気象の研究を行いながら、「NICAM」という気象・気候研究のための強力なツールの開発に携わりました。NICAMは地球上のひとつひとつの雲のでき方や動きを予測できる高性能な数値シミュレーションモデルです。いま那須野さんはNICAMを使って台風の研究を行っています。台風といえば夏の終わりから秋にかけて日本に接近・上陸し、毎年多くの災害をもたらす厄介者。しかし、気象衛星からあの雲の巨大な渦巻の姿を見ると、思わず見入ってしまうような不思議な魅力があります。那須野さんが気象学に興味を持ったのはなぜなのでしょうか。

「私は東京で育ちましたが、毎年夏休みには母の実家のある秋田県大曲市(現大仙市)に帰省していました。そこには母方のいとこが10人いて、みんなでいつも近所を流れる雄物川に遊びに行っていました。土手から山や川を眺めたり、石を投げたり、メダカを獲ったりするのが本当に楽しかった。私はこの川の土手が本当に好きで、夏休みの自由研究のテーマでは毎年雄物川の土手をテーマにしていました。」

(左)小学4年の夏休みの自由研究 (右)土手からの眺め(秋田県大仙市)

高校生のときには2つ年上の従兄の影響で、当時放送されていたNHKの番組「地球大紀行」に夢中になり、番組の内容がまとめられた本も繰り返し読んでいたという那須野さん。大学は従兄と同じ大学の理学部地球惑星物理学科に進学。火山が好きで山歩きにもよく行ったそうです。でも、火山ではなく、なぜ気象の研究を行うことになったのでしょうか。

「やっぱり私の原点は子どもの頃に親しんだ雄物川の土手なんです。水が蒸発し、それが雲になって雨が降り、川に流れるという地球上の水の循環をもっとよく知りたいと思いました。大学院の研究室を決めるとき、大学には山岬正紀先生がいらっしゃいました。山岬先生は長年気象研究所で実績を積まれた日本を代表する台風の研究者だったので、私も台風を研究することになったのです」

台風のことをもっともっと知りたい

JAMSTECで約20年間、台風の研究やNICAMの開発に携わってきた那須野さん。この研究のやりがいはどこにあるのでしょうか。

JAMSTECは、観測を行うチームとモデルを作るチームが両方あるという、世界でも数少ない研究所です。ですから、観測プロジェクトに参加して現場に行ったり、モデルで予測した観測エリアの画像を現場に送って観測に備えたり、観測結果とシミュレーション結果を使って現象を詳しく調べたりできます。観測とモデルという違った角度から1つの自然現象のメカニズムを解明していくというワクワク感があります」

国際集中観測 Years of the Maritime Continent (YMC http://www.jamstec.go.jp/ymc/ )の観測キャンペーン(YMC-Sumatra2017)で、JAMSTECの観測部署のゾンデ観測に参加。(右下)現地の気象局で予測シミュレーションについて講演。

那須野さんは、ここ23年で地球科学者が社会に対する役割がずいぶんと変わってきていると実感しています。
「我々には『地球は現在こういう状態です。そして将来はこうなっていきそうです。』ということを理解して、皆さんに伝えていくという任務があります。それを近年ではとても強く感じるようになってきています」

気象学は安全な社会生活にもかかわりますし、ひとつひとつの現象が地球上の生態系にも影響を及ぼします。地球の中で台風がどのような役割を果たすのかを知るために、那須野さんは日々模索しています。

那須野 智江×研究テーマ

NICAMという、地球全体にわたって雲をひとつひとつ細かく計算するモデルの開発を行っている。NICAMを使って台風のメカニズムの解明を進めつつ、今後は地球温暖化によって台風の進路や強度がどうなるのか、また台風の発生する熱帯の大気の状態が中緯度の天候にどう影響を及ぼすのかなども明らかにしていく。

那須野さんコメント

私は10人いる兄弟姉妹のようないとこや実の兄弟の、女子の中では1番年上でした。帰省したときに小さいいとこたちみんなと一緒に過ごすのが本当に楽しかった。今でも小さな子どもを見ると、「この子たちが大人になったときにきれいで住みやすい地球であってほしい」と思いますし、それが私の原動力となっています。若い人たちにはぜひ、気象について興味を持ってもらい、「地球は水と空気と生命の宿るすばらしい星」と思ってもらいたいです。

 

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