サクッと楽しむ

LIFE×研究者

やってみたい気持ちに忠実な日髙研究員。海を愛する少女が「海洋ごみAI」の研究者になるまで

記事

海と地球を見つめる研究者は、ふだんいったい何を考えて、どんな日常を送っているのでしょうか。データサイエンス研究グループで研究員を務める日髙弥子さんは、海に囲まれた街に生まれました。大学での深海クラゲの研究を経て、「海洋ごみAI(人工知能)」の研究職に。数学が苦手だったのに、コンピュータやAIに関わる研究者になれた理由は「自分を決めつけないこと」にあったと言います。

プロフィール写真

日高 弥子

付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター
データサイエンス研究グループ 研究員
海洋ごみAI研究の専門家。画像解析AI技術によって、海岸に打ち上げられた海洋ごみなどを画像から自動的に分析する技術の研究開発を日々行っている

「できないより、やってみたい」――決めつけないほうが可能性は広がる

写真

AI技術を応用して作った、海洋ごみを自動解析する技術「海洋ごみAI」の研究者、日髙さん。研究者としての1日は、日によってやることがコロコロと変わるそうです。あるときはスーパーコンピュータを活用し、その中で演算させるプログラムを編集し、あるときは集めたデータをチェック。また、あるときは研究論文を書き、あるときは学会に向けたプレゼンテーション(発表)用の資料を作成している日も。海に出るのは、定点観測用のWebカメラを設置しに行くときくらいなのだとか。

「私はまだまだですけど、研究者って、何でもこなせるマルチプレーヤーだと思います。顕微鏡を覗いてひたすら研究を続けているイメージがあるかもしれませんが、人に説明したりコミュニケーションしたりする能力も必要です。英語で論文を書くこともあれば、実験に集中しているときもあります。

その一方で研究者とはこういうもの』と決めつけないことが大事です。私は学生のころ、数学の成績がまったく良くありませんでした。本来コンピュータ分野は、数学の苦手な人が飛び込むことはまれな世界です。それでも、私は飛び込んだのです。プログラミングは未経験で、AIのことは全く知らなかったのにも関わらず、です。

研究職に就いている今の姿は、友人の誰も、私自身ですら想像していませんでした。だから『数学が苦手だから理系の研究者になれない・できない』という思考は持たないほうがいいし、決めつけないことで可能性が広がっていくと思います」

研究者にはさまざまなタイプがいます。その中で、「解明したい大きなテーマに向かっていくタイプ」と「一つひとつの課題解決を積み上げていくタイプ」を比べると、日髙さんは後者だそうです。

「私は、目の前にあることを一生懸命にやった上で、どんな成果が残せるのかをつねに考えています。研究の初期段階では雲をつかむようなふわふわしていた感覚が、次第に1個のストーリーとしてつながって見えてくる、好転を始める」と日髙さんは言います。

「これまでの人生の選択でも、自分で定めたテーマに沿って生きてきたかというと、そうじゃないんです。でも、自分の気持ちには忠実に進んできました。それがすごくいい方向に転がり続けています。やってみたい・できそうという気持ちを優先してきた結果だと思います。

加えて、これまでの人生が好転し続けてきた大きな要因に『人に恵まれてきたこと』が挙げられます。一生懸命に取り組んでいるとき、指導者や上司、研究仲間など、私をすくい上げてくださる人、助けてくれる人たちにいつも恵まれてきました。いつも応援し、サポートしてくれる家族の存在も大きいです。

好奇心を元に何かをやってみて、気付きを得てから、何かが形になっていくことが多い。とりあえずやってみる、思い切って突っ込んでみる。その先で新しい仕事に出会う。形になる。いつもそんな感じです」

小学生の卒業文集に、海洋学者になって海を守る仕事に就きたいと書いていた日髙さん。しばらくそんな夢を忘れ、大学生時代にはいつのまにか、深海クラゲの研究を行っていました。水中ロボットが撮影した画像からクラゲの情報を取り出す作業が大変なあまり、「AIを使って自動化したい」と思っていたそうです。

そこから、AIへ興味を持ち、海洋ごみAIの研究へとつながっていきました。

仕事一色の生活に行き詰まる。フラダンスがスランプ脱出のきっかけに

写真

とてもポジティブに見える日髙さんですが、研究と出会うまでは「自分がすごく大嫌いだった」と言います。しかし、研究職に就いて以降、やっと「自分のこれまでの歩みは悪くなかったな」と思えるようになったそうです。

ところが次々と成果が出た反動なのか、昨年はスランプに陥り、データ作りなどで上手くいかないことに苦しんだといいます。

「もともと仕事が趣味みたいな、研究漬けの生活だったんです。ところがコロナ禍で在宅ワークになると、寝る直前まで仕事ができるようになってしまって。すると、良いアイデアや発想が浮かばないのに、際限なく思考を巡らせ、ずるずると深夜まで働くようになってしまいました。

いちど思考が走り出すと止まらずに眠れなくなる悪循環。仕事のオンオフにメリハリがなくなり、結果的に成果も出ず。それですごく痩せてしまいました。これはきっと、脳みその切り替えが必要なんだ、まったく違うことをやってみようと始めたのが、フラダンス(厳密には「フラ」だけで、ハワイ語でダンスの意味があります)でした。

結果的に、とても良かったです。普段は会わない人と出会って、研究以外の世界を持つことで思考回路も変わりました。練習が終わったら速やかに仕事に戻れる回路になったので、脳のスイッチの切り替えが上手になりました」

海洋ごみ問題を解決したい人々とつながれる楽しさ

写真

可能性の芽を自ら摘むことがなかったからこそ、研究でも新しいチャレンジの機会を得て、可能性を広げているようです。

「やれそうだと思ったらやってみる。好きか嫌いかではなく、目の前のやりたいこと、できそうなことに向き合う。それを積み上げる。

私は、嫌いなことというのは『無い』と思っています。嫌いなのはたぶん、それをまだやっていないから。私が高校生くらいの頃は、何かを悟った気になって斜に構えていましたけど、それもたぶん、まだ何もやっていなかったから。

何かを嫌いになった瞬間に、1つの可能性を捨ててしまっていると思うんです。だから、嫌いとは言わずにとにかくやってみる。今は、好きか嫌いかではなく、できるかできないかだけを見極めるようにしています」

当初は海洋ごみの種類を分析するところから始まった研究も、現在はプラスチックごみを細かく分類するフェーズへと進んでいます。

「海洋プラスチックごみの画像から、発泡スチロールやペットボトルなど、13種類に分類できるAIの開発を進めています。このAIを使って得られるデータは、他の分野の研究に横展開して活用してもらえる可能性を秘めています。つまり、さまざまな課題を解決するための大元のデータになり得るのです。

自分が慣れ親しんできた海の役に立てる研究を行えて、とても嬉しい日々を過ごしています。また、この研究を通じて、清掃を行っている行政やNPO法人などの方々との出会いもあります。海のプラスチックごみ問題を解決したいという社会貢献活動を通じて、同じ想いで人々とつながれる。とてもやりがいを感じますし、楽しさがありますね」

日髙弥子✕研究テーマ

プラスチックごみの汚染を食い止めるためには、汚染の「大元」や「流れ」を特定するための基礎データが必要だ。そうした基礎データを提供するための分析技術を作るのが、日高さんの研究テーマの一つだ。鉄くずや紙ゴミなどいずれ自然に還る物質と違い、既存のプラスチック製品は生分解されず自然に還らないため、生態系を含めた海洋環境への影響が懸念されている。
プラスチックごみの基礎データは、さまざまな研究の元データとして応用が可能だ。プラスチックごみの発生源の特定や海流による拡散過程の解明、行政やボランティアの清掃活動、企業研究などさまざまな分野への応用につながると期待されている。

日髙さんのコメント

プラスチックごみの汚染はとても深刻で、2050年には、世界中の魚の量よりプラスチックごみのほうが上回るとも言われています。その汚染を止めるためには、汚染の発生源を把握することが重要です。プラスチックごみを細かく分類できるようになると、発生源が分かります。漁業分野から出たごみなのか、生活圏から流れてきたごみなのかを細かく分類できることで、問題のありかがクリアになり、問題解決の方法を探れるようになります。
私たちが扱うデータはおもに2種類あります。AIを開発するのに必要な「タネになるデータ(学習データ)」と、開発したAIを使うことで「生み出されるデータ」です。これらは、科学に新たな知見を提供するデータだと言えます。こうしたデータを生み出すために、私たちは日々、AIや分析技術を研究開発しています。

 

  • トップ
  • LIFE×研究者
  • やってみたい気持ちに忠実な日髙研究員。海を愛する少女が「海洋ごみAI」の研究者になるまで

こちらもおすすめ!>>