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海と地球の“深”知識

「生命」ってなんですか?生命研究の第一人者の意外な答えから「地球最初の生命の形」が見えてくる【海と生命の素朴なギモン】

記事

取材・文:岡田仁志

「生命は海で生まれた」という話を聞いたことがあると思います。そこで、夏休みの人気企画「素朴なギモン」では、「海と生命」をテーマに、生命研究の第一人者として知られる超先鋭研究開発部門の部門長、高井研さんにお話をうかがってみます。さて、1問目は「生命とはなにか?」という質問ですが……。(取材・文:岡田仁志)

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高井研さん。極限環境の微生物や生態系の成り立ち、生命の起源など、幅広く「超先鋭研究」を行う宇宙・地球微生物学者(撮影:市谷明美/講談社)

生命とは何か?

「生命とは何か」を考えるとき、ほとんどの人は、この地球にいる生き物のことを思い浮かべるでしょう。虫や魚、草や木などの植物、ゾウやライオン、目に見えないほど小さい微生物、そして私たちヒトなどなど、地球上にはさまざまな種類の生き物がいます。

それぞれほかの生き物とは異(こと)なる特徴を持っていますが、共通点もたくさんあるので、私たちはどれも石ころやガラスや鉄などとは区別して「同じ生命」だと感じます。それは、どうしてでしょう。目の前にあるものを「これは生命だ」というためには、どんなルールが必要なのでしょうか。

地球の生命には、次の4つの共通点があるとされています。

地球の生命の4つの共通点

  1. 「膜(まく)」で外部が区切られていること
  2. 自分で自分の体を維持(いじ)すること
  3. 自分の分身や子孫(しそん)を残すこと
  4. 進化すること

たとえばヒトは、1.皮膚に包まれていますし、2.食べたもので自分の体をつくり、生きるためのエネルギーを得ています。これを「代謝(たいしゃ)」といいます。また、3.自分の子をつくることができますし、4.大昔にサルから進化しました。ほかの地球上の生命も、みんなこの4つの特徴を持っています。

生命に遺伝子は本当に必要?

でも、本当に生命にはこの4つが必要なのでしょうか?

たとえば、いまは世界中の実験室で「人工生命」がつくられています。すでにいくつもの「人工生命」ができたとされていますが、どれも地球の生命と同じではありません。4つの特徴をすべて持っているわけではないのです。

それでも、人工生命をつくっている研究者たちは、それぞれ自分の決めたルールにしたがって「これは生命だ」と考えています。

地球の生命と人工生命を比べると、そのルールは42.195キロメートルを走るマラソンと100メートル走ぐらい大きく違います。でも、マラソン選手も100メートルの選手も、同じ「陸上競技の選手」です。それと同じように、地球生命とはルールの違う「生命」があってもおかしくはありません。いまの地球にいる生命だけが「生命」とはかぎらないからです。

そして私は、いま地球にいる生き物よりも広い意味で、根本的な「生命」を考える場合、4つの条件のうち 3.の「自分の分身や子孫を残すこと=自己複製(じこふくせい)」と 4.の「進化すること」はなくてもいいと考えています。つまり、膜で外部と区別されていて、代謝によって自分自身を維持していれば、それは「生命」だということです。

たとえば石ころやガラスのような物質は何も食べませんし、自分で自分の体を維持したりもしません。でも、掃除ロボットは自分で充電器まで行ってエネルギーを補給します。それがさらに、吸い込んだゴミを材料にして自分の部品をつくって故障したところを修理するようになったら、それは「生命」のように思えるのではないでしょうか?

3.と 4.の自己複製と進化は、どちらも「遺伝(いでん)あるいはゲノム、DNAやRNAなどの核酸といった遺伝物質」が関わる現象です。自己複製するときにゲノムが受け継(つ)がれるから、親と子は似ています。また、ダーウィンの進化論に基づく考え方によれば、生物が進化を遂(と)げるのは、受け継がれるDNAが変異を起こすからだといわれています。

ですから、私がいうように生命に自己複製と進化が不必要だとすれば、ゲノムやDNAは生命の絶対条件ではありません。おそらくゲノムやDNAがなくても、生命は成り立ちます。

現存生命の共通祖先「LUCA」

もちろん、いまの地球にはゲノムを持たない生命はいません。すべての地球生命はそれぞれの「親」からゲノムを受け継いでいます。その「親」も、自分の「親」からゲノムを受け継ぎました。その「親」をどんどんたどっていくと、およそ40億年以上も前の地球で生まれたある生命にたどりつきます。

その生命のことを「LUCA(ルカ)」といいます。「最終共通祖先(さいしゅうきょうつうそせん)」を意味する英語「Last Universal Common Ancestor」を略した名前です。このLUCAという共通祖先が何十億年もかけて進化することで、いまの地球にいる多様な生命が生まれました。

生命の3つのドメインと共通祖先

いまの地球には、およそ100億種の生命がいると考えられますが、それは人間が勝手に分類したものにすぎません。同じ親を持つ生命はみんな同じ種類だと考えれば、動物も植物も微生物もみんな「LUCAの子孫」なのですから、地球にはたった1種類の生命しかいないともいえます。その1種類の生命を支配するルールが、先ほどあげた4つです。

最初の生命はシンプルなものだった!?

たしかにLUCAはいまの地球生命の共通祖先ではありますが、それが「地球で最初の生命」とはかぎりません。LUCAより前にも、生命はあったと考えられます。

ただし、「LUCA以前」の原始的な生命はみんな消えてしまったか、あるいはLUCA以降の生物の進化が進むことによって上書きされてしまったと思います。そのため、いまの地球にはその生命の痕跡を探ることはとても難しいです。

いまの地球には、ゲノムを持った生命しかいないように見えるのです。しかし、大昔の地球に、LUCAとはルールの違う生命がいたとしても少しも不思議ではありません。

その「LUCA以前」の原始的生命に、ゲノムは必要なかったかもしれません。遺伝の仕組みは複雑なので、生命以外の物質を集めてそれをつくるのはとても難しいことです。でも、「膜」に包まれたタンパク質が「代謝」のシステムを持つようになるのは、遺伝の仕組みをつくるよりはるかに簡単です。

最初の生命は、そういうシンプルなものだったと私は考えています。それが、あるときようやく現れた複雑な遺伝の仕組みを身につけることで、LUCAになったのだろうと思うのです。

地球で最初の生命がどんなものだったのか、本当のところはまだ誰も知りません。それを突き止めるためには、「生命とは何か」をよく考えることが大切です。いまの地球にいる生き物だけが「生命」だと思いこんでいたのでは、真実に近づくことはできないのです。

(撮影:市谷明美/講談社写真部)

【海と生命の素朴なギモン】次の質問
地球の生命はどこで生まれたんですか?生命研究の第一人者が「海」だと断言する理由

更新をお楽しみに!

取材協力:超先鋭研究開発部門 高井 研 部門長
撮影:市谷明美(講談社写真部)

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