生命に対する究極のギモン「生命はどこで生まれたのか?」 このギモンに対して、生命研究において世界のフロントランナーとして知られる超先鋭研究開発部門・部門長の高井研さんは「海」だといいます。なぜ海だと言えるのか?その理由をうかがってみました!(取材・文:岡田仁志)
最初の生命は何から生まれた?
いま地球にいる生命は、みんな自分の「親」から生まれました。でも、およそ40億年前に生まれた最初の生命に「親」はいません(もしいたら、その「親」のほうが最初の生命になってしまいます)。ですから最初の生命は、生命ではないものから生まれたはずです。
「親」ではないものから生命が生まれるには、生命をつくるための材料がなければいけません。エネルギー、さまざまな元素、水、そして有機物などです。
それらの材料は、地球上のいろいろな場所にあります。地球の外の宇宙にもあります。ですから、最初の生命が生まれた場所については、いろいろな可能性が考えられるでしょう。「陸上の温泉で生まれた」という人もいれば、「宇宙から飛んで来た」という人もいます。
しかし、これまで見つかったさまざまな証拠にもとづいて考えると、答えは明らかです。いま地球にいる生命の共通祖先(きょうつうそせん)は、ほぼ間違いなく、地球の「海」で生まれました。その生命のことを、「最終共通祖先」を意味する英語「Last Universal Common Ancestor」を略して「LUCA(ルカ)」といいます。
LUCAは、地球の海で生まれました。私だけでなく、大多数の研究者がそう考えています。
地球生命の共通祖先の生まれた場所
では、LUCAは広い海のどこで生まれたのでしょう。
これについても、多くの研究者の意見が一致しています。それは、深海(海の水深200メートルよりも深いところ)の海底にある「熱水噴出孔(ねっすいふんしゅつこう)」という場所です。そこでは、最高400度もの熱い水が地下から噴き出しています。
LUCAとよく似たゲノムを持つ微生物は、80〜120度の高温状態で生きることがわかっています。ですからLUCAも、高温の環境で生まれたにちがいありません。深海の熱水噴出孔は高温ですし、生命活動に利用できるエネルギーが豊富に安定的に存在し、生命の材料となるさまざまな元素や有機物もたくさんあります。ほかのどの場所よりも、生命を生み出す条件がそろっているのです。
とはいえ、LUCAはそう簡単にはつくれません。というのも、LUCAは遺伝子(いでんし)という複雑な仕組みを持っています(それを受け継(つ)いでいるから、いまの地球にいる生命はLUCAの子孫(しそん)だとわかります)。
そんなLUCAが何もないところから生まれるのは、「バラバラに分解した腕時計を海に投げ込んだら、ちゃんと動く腕時計が勝手に組み立てられた」というのと同じぐらいの奇跡です。まともに考えたら、そんなことはまず起こりません。
ですから私は、LUCAが生まれる前に、遺伝子のような複雑な仕組みを持たない、もっとシンプルな生命が生まれていたと考えています。地球で最初の原始生命は、LUCAよりも前に生まれていたということです(子孫に引き継がれるゲノムを持たないので、その原始生命は地球生命の「最後の共通祖先」ではなく、共通祖先の祖先です)。
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深海の熱水噴出孔であれば生命は作られる!
では、その原始生命はどこで生まれたのか。これも、やはり深海の熱水噴出孔でしょう。そう考えれば、LUCA誕生という「奇跡」を起こすのもそんなに難しいことではなくなります。その理由を説明しましょう。
40億年前の地球には陸地がとても少なく、ほとんどが海に覆(おお)われていました。海底火山活動は活発で、そのため深海の熱水噴出孔も、いまの10倍以上あったはずです。
その熱水噴出孔で最初の原始生命を生み出すことができるなら、「地球の海のどこででも生命は生まれられる」ということになります。つまり、原始生命が生まれるチャンスが増えれば増えるほど確率的にLUCAが生まれるチャンスがたくさんあるわけです。
たとえばサイコロを振って10回続けて同じ目を出すのは、一人で一発勝負してもまず無理でしょう。でも何億人が何万回もチャレンジすれば、何回も成功するでしょう。それと同じように、たくさんある熱水噴出孔で次々とシンプルな生命が生まれていれば、そのほとんどは続かなかったとしても、なかには長い間生きながらえてそのうちLUCAに「変身」することに成功したとしても不思議ではありません。
チムニーの小さな穴が生命誕生のカギ
いま地球にいる生命(LUCAの子孫)には、「膜(まく)がある」「代謝(たいしゃ)をして自分を維持(いじ)する」「自分の分身や子孫をつくる(=自己複製)」「進化する」という4つの共通点があります。
しかし、LUCA以前に生まれた原始生命がゲノムを持たなかったとすれば、ゲノムに記録された進化は残りません。原始生命は「膜がある」「代謝をする」2つの特徴を主として、「遺伝をともなわない簡単な自己複製(じこふくせい)」「遺伝をともなわない小さな進化」の4つの特徴をかね備えていた可能性はあります。
深海の熱水噴出孔では、そういう生命をつくることが可能でした。熱水噴出孔には、鉱物が煙突のような形に沈殿(ちんでん)した「チムニー」という構造があります。
そのチムニーには、ちょうど単細胞生物(たんさいぼうせいぶつ)と同じぐらいの小さな穴がたくさんあります。穴は硫化金属鉱物(りゅうかきんぞくこうぶつ)で区切られ、硫化金属鉱物は水素や水や二酸化炭素から有機物(ゆうきぶつ)を作り出す化学反応を触媒(しょくばい)しますし、チムニーには熱水と海水との間に生じる電位差によって微弱な電流が流れていて、この電気によってもさまざまな有機物が作られ、また代謝のような化学反応の連鎖が起きます。
このような有機物が穴の中に蓄積(ちくせき)し、さまざまな化学反応によって大きな有機物のひも(タンパク質や脂肪)ができると、タンパク質が代謝をコントロールし、脂肪が硫化金属鉱物の区切りの内側に膜を形成して鉱物の区切りの代わりをはたすようになった。これが本当の最初の生命(のようなモノ)だったと考えています。
実際、実験や観測によって、チムニーでそれが可能なことが徐々にわかってきています。まだ研究してたしかめなければならないことはたくさんありますが、熱水噴出孔のチムニーで、生命のないところから代謝の仕組みをつくれるのは間違いありません。
原始生命が誕生する可能性のもっとも高い場所
そういう原始生命が無数に生まれ長期間生命活動が続いていく助走時間が確保されると、チムニーや原始深海熱水環境で作られた有機物や原始生命が作り出した有機物を組み合わせた化学進化が進み、何百万年や何億年(どれくらいかは今はわかりませんが簡単ではないことは間違いないです)の試行錯誤の末に「遺伝」「ゲノム」という大発明が起こり、それが原始生命と融合することによってLUCAに「変身」できるでしょう。
完全にバラバラにした腕時計が元に戻るのは無理ですが、あらかじめ針のついた文字盤やケースなどができていれば、それと駆動系(くどうけい)がくっついて腕時計になる確率は高まるといったイメージでしょうか。
「原始生命は海ではなく、陸上の温泉で生まれた」と考える人も、いないわけではありません。たしかにその可能性はありますが、海(深海熱水)と比較すると確率は低かったと言わざるを得ません。
たとえば、多くの人がLUCAは海(深海熱水)に生息していたと考えています。先ほども言いましたが、40億年前の地球は今の地球のように陸がいっぱいあるわけではありません。大海に小さな火山島がポツポツあったようなイメージです。ですから陸上温泉と深海熱水の数の違いは圧倒的です。生命が誕生できる場所の数が圧倒的に海(深海熱水)の方が多いのです。
さらに、当時の地球には今の地球と違って地球外から多くの隕石や小天体が降り注いだのではないかと考えられています。直径500メートルぐらいまでの隕石では海の底に到達しないこと、つまり深海熱水のすみかは安全ということが、JAMSTECの研究でわかっています。
陸上温泉と深海の熱水噴出孔を比較すると
一方、陸上温泉のすみかは隕石の大きさに関わらず常に破壊や水没の危険にさらされます。つまり、原始生命が生き延びる確率も圧倒的に海(深海熱水)の方が大きいのです。
仮に、めちゃくちゃ少ない陸上温泉で運よく生まれた原始生命がいたとします。そして奇跡的に隕石衝突(いんせきしょうとつ)による破壊から逃れ、ある程度生きながらえることができたとして、次にその原始生命が深海熱水に生息していたLUCAにつながるには、そこから深海の熱水噴出孔まで移動しなければいけません。
でも、陸上の温泉の多くは真水に近い塩分です。そこで生まれた生命は、当時今の海水の塩分の2~3倍以上濃かった海水に適応し、長距離生き延びなければならないという関門をクリアしなければなりません。
以上の理由から「原始生命は陸上の温泉より海(深海熱水)で生まれ生きながらえた」可能性がはるかに大きいと考えられるのです。
生命誕生、その素過程に迫る研究!
深海の熱水噴出孔や陸上の温泉以外にも、考えられる可能性は無限にあります。どの考え方も、可能性はゼロではありません。でも、真実に迫るために研究を深めていくには、どの可能性がいちばん高いかを考えることが大事です。
ものすごく可能性の低い偶然によって生命が誕生したのだとすると、生命は本当にたまたま奇跡的に40億年前の地球にだけ生まれた、そしてその奇跡的な生命が奇跡的にLUCAになり、今の100億種の生命に進化したことになるでしょう。
ものごとをどんどん突き詰めて考えていったときに、その現象の根本にあるものを「素過程(そかてい)」といいます。私は、そこに海さえあれば、生命は地球以外の場所でも必然的に生まれると思っています。そう強く信じているから、深海の熱水噴出孔で生命がどのように生まれたのか、いまも懸命に研究し続けているのです。
【海と生命の素朴なギモン】次の質問
「海って何ですか?」子供もなっとくする、実に明解でシンプルな答え!
更新をお楽しみに!
海と生命の素朴なギモンシリーズ第1回
「生命」ってなんですか?生命研究の第一人者の意外な答えから「地球最初の生命の形」が見えてくる
取材協力:超先鋭研究開発部門 高井 研 部門長
撮影:市谷明美(講談社写真部)