これまでの素朴なギモンシリーズでは、海と生命のはじまりについて紹介しました。でも、そもそも海って何でしょうか? この質問に皆さんだったらどう答えますか? 超先鋭研究開発部門の部門長・高井研さんの答えを聞いてみましょう(取材・文:岡田仁志)
海は「ダシの効いたスープ」
地球は「水の惑星」と呼ばれるほど、たくさんの水が液体の状態で存在しています。表面積のおよそ7割が水で覆われているほどです。
その水のほとんどは海ですが、それだけではありません。湖や川などもあります。また、水は雨になって降ることもありますし、水道から出して飲むこともできます。それらの水と海は、何がちがうのでしょう。
誰でも知っているとおり、海の水には、湖や川などの水とはまったく違う「味」があります。海の水には、岩石から出たいろいろなものが溶けているからです。
ふつうの水とはちがって、いろいろなものが溶けている水。これこそが、「海とは何か」の答えにほかなりません。海は「ダシの効いたスープ」みたいなものなのです。
ここで大切なのは、溶けているのが「岩石」から出た物質であること。ふつうの水にも、外から来た物質が溶けることはあります。たとえば二酸化炭素が溶けた水は「炭酸水(たんさんすい)」と呼ばれますが、それはもちろん、海ではありません。
「母なる海」を生んだものとは?
では、岩石の物質はどうやって海に溶けるのでしょう。
ただたんに岩石と水をいっしょに混ぜただけでは、なかなか「ダシ」は取れません。料理のダシを取るときに昆布(こんぶ)や鰹節(かつおぶし)などを熱いお湯につけるのと同じで、岩石から「ダシ」を取る一番手っ取り早い方法は温度を上げることです。岩石と水があっても、「熱水」がなければ海にはなりません。熱水反応によって岩石の元素が溶け込んだのが、海です。
海水浴などでふれる海の水は冷たいので、意外に感じる人もいるでしょう。でも海の深いところには、水圧のせいで沸点が上昇し、最高で400度にもなる熱水が噴き出す場所がたくさんあることがわかっています。「深海熱水噴出孔(しんかいねっすいふんしゅつこう)」と呼ばれるものです。
40億年前の地球には、それがいまよりもたくさんありました。その深海熱水噴出孔から湧(わ)き出す熱い水が、そのさらに下の海底地下深くで高温高圧条件で染み込んできた水と岩石が反応してできた「ダシ」を供給します。
深海熱水や高温の岩石と水が反応して岩石から溶け出したダシが、地球の表面を覆(おお)う大量の海水成分を決める大元になったのです。
深海熱水噴出孔は、最初の生命が生まれた場所だと考えられています。でもその前に、「母なる海」を生み出したのも、深海熱水噴出孔だったわけです。
海と生命について知りたい方はこちら
地球の生命はどこで生まれたんですか?生命研究の第一人者が「海」だと断言する理由
なぜ、地球の海はしょっぱいのか
そのおかげで、地球の海には何十種類もの物質が溶けています。いちばん多いのは塩化ナトリウムで、およそ78パーセント。だから、地球の海はしょっぱいのです。ただし、それ以外にも、塩化マグネシウム、硫酸(りゅうさん)マグネシウム、硫酸カルシウム、塩化カリウムなど、さまざまな「ダシ」が含まれているので、海の味はただの食塩水と同じではありません。
いま私は、「地球の海はしょっぱい」と言いました。「地球の」をつけずに「海はしょっぱい」と言ったら、それは間違いになるかもしれません。
「地球の海」は塩化ナトリウムが多く溶けているのでしょっぱくなりますが、それは「すべての海」の特徴ではありません。海は、地球だけのものではないのです。
たとえば木星の衛星「エウロパ」は、表面を覆う厚い氷の下に、大量の水が液体の状態で存在することがわかっています。そこに岩石から出たさまざまな物質が溶けていることも明らかなので、これは「海」にほかなりません。
ただし、「ダシ」の中身は地球の海とは違います。エウロパの海は「にがり」に多く含まれるマグネシウムばかりなので、地球人がなめたらものすごく苦く感じるでしょう。しかもエウロパの海は酸性なので、すっぱくもあるはずです。
一方、土星の衛星「エンケラダス」も氷の下の地下に海がありますが、この衛星は岩石の成分が40億年前の地球とよく似ているので、海の味も地球に近いと思います。
そのほかにも、広い宇宙には、まだ見つかっていない海がたくさんあることでしょう。そして、海があれば、そこには必ず熱水噴出孔があります。だとしたら、そこでも生命が生まれている可能性が高くなります。
海について考えるとき、地球人は自分たちの知っている地球の海のことだけを思い浮かべてしまいます。海洋研究も、これまでは地球の海を調べてきました。
もちろん、地球の海にはまだまだたくさん謎があるので、研究を続けなければいけません。でも、それだけでは「海」のほんの一部しか見ていないことになります。海のことを知りたいなら、そして、そこで生まれた生命のことを知りたいなら、これからは地球以外も含めた「宇宙の海」を研究の対象にする必要があるのです。
【海と生命の素朴なギモン】次の質問
宇宙にも生命はいますか?生命研究のフロントランナーの考えと最新の宇宙探査
更新をお楽しみに!
海と生命の素朴なギモンシリーズ第1回
「生命」ってなんですか?生命研究の第一人者の意外な答えから「地球最初の生命の形」が見えてくる
海と生命の素朴なギモンシリーズ第2回
地球の生命はどこで生まれたんですか?生命研究の第一人者が「海」だと断言する理由
取材協力:超先鋭研究開発部門 高井 研 部門長
撮影:市谷明美(講談社写真部)