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地球環境部門

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
第58回総会に参加して

2023年4月5日

地球環境部門 環境変動予測研究センター
センター長 河宮 未知生

IPCC総会とは

今年(2023年)3月20日に、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC) の第6次統合報告書 (SYR) が公表されました。SYRは、3つに別れたIPCCの作業部会からの報告書を、政策決定者を読者として想定しまとめた要約文書です。筆者は、公表に先だって 3月13日から19日にスイス、インターラーケン(写真1)で開催された第58回IPCC総会に日本代表団メンバーとして参加してきました。その様子をここで報告します。

IPCCの第6次サイクルの最後を飾る統合報告書の承認を主な議題とする今回の総会は、2020年2月の第52回総会(パリ)以来、3年ぶりの物理開催となりました。以前の総会の様子を記した第54回総会のコラム第55回総会のコラムでも紹介しましたが、会議では40ページ弱にわたる文書中の文一つ一つを読み上げ、135ヵ国の代表団全てが納得するまで修正を施していきます。とても根気のいる作業で、議論が長引き会期が延長されることがしばしばあります。

写真1:滞在したホテルから会場へ向かう道中の風景。インターラーケンは山歩きやスキーを目的とした国際的な観光地として知られている。

写真1:滞在したホテルから会場へ向かう道中の風景。インターラーケンは山歩きやスキーを目的とした国際的な観光地として知られている。

難航の滑り出し

今回は、久しぶりの会場に集まっての総会です(写真2)。対面での効率的コミュニケーションで審議も捗るのではと希望も持ったのですが、冒頭のパラグラフA.1.1 の最初の1文について合意に達するまで数時間を要するなど、抱いた期待の無邪気さをいきなり思い知らされました。ちなみにこの文で揉めたのは、産業化以前から現在までの昇温量を「約1.1度」と表現するか「1.09度」とするかという点です。前者の方が、政策決定者が持つべき認識としては望ましい表現ではありますが、統計量として正確な「1.09度」も再度示す必要があるため数字ばかりの文になってしまいます。一方で後者を採ると、文中の数字は減りますが、政策決定者が覚える必要もない細かい桁の数字が強調される形になってしまう、ということで意見交換が続きました。

この議論は、公表された「政策決定者向け要約」(SPM)を見ても分かる通り、最終的には「1.09度」で落ち着いています。ここでの揉み合いは、SPMの承認総会でよくある先進国と発展途上国とのせめぎ合いと言うよりは、各国代表団の好みが出ていたように思います。ともあれ、初日はそんな感じで、承認されたのは片手ほどの文に留まりました。この日は他に、複数の代表団が最近の戦争や地震による犠牲者への黙とうをリクエストし、Lee議長がこれを受け入れて、出席者が黙とうを捧げる場面が印象に残っています。

写真2:プレナリー会場の様子。休憩時間終了直前で席に戻っていない出席者もちらほらいる。背景のスクリーンに検討中のパラグラフが映し出され、合意に達した文は緑色、審議中の文は黄色でハイライトされる。

写真2:プレナリー会場の様子。休憩時間終了直前で席に戻っていない出席者もちらほらいる。背景のスクリーンに検討中のパラグラフが映し出され、合意に達した文は緑色、審議中の文は黄色でハイライトされる。

分科会でスピードアップ!?

議論が膠着して合意に達することが難しい場合、「コンタクトグループ」や「ハドル」と呼ばれる分科会を設置し、少人数で詳細に立ち入った検討を進めます(第54回,第55回総会のコラム参照)。2日目(3月14日)以降は、そうした分科会を導入し若干のスピードアップが図られました。とは言え一方で、気候変動適応・緩和のファイナンシングに関わる項目も議論の俎上にのってきて揉める要素も増え、思うようには承認が進みません。特筆すべきと感じたのは、Equity (衡平性)というキーワードに対する、各国代表団の感度の高さです。特に、気候変動対策のため拠出された資金へのアクセスに関する衡平性という文脈になると、意見の応酬がヒートアップしていた感があります。こうした話題は、今年末に開催予定の気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)での議題との関連が強く、政策面での意思決定と関連は保ちつつ一定の距離を保とうと腐心する IPCCの統合報告書として相応しい表現はどうあるべきかといった観点から、白熱した議論が交わされていました。会合初日の約1.1度か1.09度かという問題より一層、各国代表団にとって切実な問題で、揉めるのもむべなるかなという気はします。

同じ2日目には、IPCCの Mokssit 事務局長から日本代表団に、Figure SPM.7に関するコンタクトグループの進行役の依頼がありました。こうした進行役は、代表団の中では筆者(河宮)の役割ということに慣習的になっています。当該の図は、適応策や緩和策の効能や費用をセクターごとに整理した図で、WGⅡとWGⅢの成果を通して一望できる「統合報告書らしい」図ではあるのですが、自分の専門分野とは距離があり引き受けるのを一瞬ためらいました。しかし、既存の慣習を今さらひっくり返す勇気もなく、結局引き受けることにしました。

コンタクトグループの会合自体は4日目(3月16日)にありましたが、共同進行役に指名されたセントクリストファーネービスの Cheryl Jeffers 氏が大変有能だったこともあり、図の修正点やキャプションの文章についての合意は比較的テンポよく進みました(写真3)。代表団からは図の修正要望が10点ほど出され、それに対しSYR執筆者グループからの修正案が示されました。そのうち、1点だけ、「生物燃料」の表記法に一部の代表団がどうしても承服しなかったものがありましたが、その他の修正点全てと、キャプションの相当部分について合意に至りました。コンタクトグループの議論が収束しなかった場合、2度目の会合が招集されることも珍しくないのですが、今回筆者が担当したコンタクトグループは1回で終了となり、直後のプレナリーで顛末を報告した後、合意に至っていない点についてはプレナリーでの議論に持ち越されました。

写真3:コンタクトグループの様子。中央付近が進行役を務める筆者。(写真撮影:高薮出氏)

写真3:コンタクトグループの様子。中央付近が進行役を務める筆者。(写真撮影:高薮出氏)

総会を振り返って

日が進むにつれ、プレナリーでの承認の速度は少しずつ高まったものの、積もり積もった遅れを取り戻すまでには至りませんでした。結局、会期を2日延長して現地時間の3月19日夕刻にSPMの承認とLonger Report(SYRの詳細版)の受諾が終了しています。筆者自身は、3月20日に東京であった省庁合同の記者発表に同席するため18日の昼頃に現地を後にしました。記者発表では発言の機会はなく、あまり役に立った感覚はありませんでしたが、代表団メンバーの方々曰く、「専門家が同席していると安心感が違う」ということなので、真に受けることにしています。

会議全体を振り返って、必ずしも多くの人が注目している訳ではないかもしれませんが、個人的に感じるのは、「ティッピング現象」に対する注目度が密かに増してきているということです。ティッピング現象とは、気候変動の度合いがある一線を越えると、劇的な変化が止まらなくなるような現象のことで、一言で言うと「最悪の想定」にあたるでしょう。会議開始直後の関係者挨拶でも、国連 Guterres 事務総長はじめ複数の要人がティッピング現象研究の重要性を強調していました。講評された SPMでも、“Tipping” という単語こそ1回しか出現しませんが、近い意味合いをもつ abrupt/irreversible change (急激・不可逆な変化)や low-likelihood outcomes associated with potentially very large impacts (確率は低いが潜在的に非常に大きな影響をもつ結果)といった表現が随所に現れます。私自身が関わっている、気候変動予測の分野における今後の研究方向性を検討するうえで考慮に入れるべき潮流と考えています。

最後になりましたが、会期中あるいはその前後を通じ、日本代表団のメンバーの皆さんには大変お世話になりました。特に団長の環境省足立室長補佐、ロジや事前の質問準備等、様々な場面でお世話になった文科省高附課長補佐と日本気象協会の渡邊氏には特に感謝を申し上げます。

参考資料