海に花咲く季節 (親潮ウォッチ2017/06)

冬まで存在していた暖水渦は消えましたが、別の気になる暖水渦が沖合に発生しています。春は親潮域で植物プランクトンが大増殖(「ブルーム」)する季節です。

全体的な状況

まず、日本周辺の水温状況を見てみましょう。図1は、2017年5月5日(親潮ウォッチ2017/05で解説)と、2017年6月8日の、海面水温の平年との差を見たものです[1]。平年は1993から2012年の20年間の平均で、それより高い場所が赤っぽい色、低い場所では青っぽい色になっています。

日本海(図中C)では平年より高温の状態が続いていましたが(図1上段)、6月にはやわらいでいます[2]

日本南岸では、黒潮の離岸流路(図中D)や小蛇行(図中E)が変化するにつれて、水温分布が変わっています。最新の黒潮予測を参照してください。

東北沖にあった暖水渦による高温(図1上段のA)は、6月には消滅しました(図1下段)。一方で、別の暖水渦の発生により(図1下段のB)、平年より温度が高くなっています。以下でくわしく見ることにします。

これから夏にかけて水温に影響を与える天候がどうなるか(猛暑?冷夏?)が気になる方は、姉妹サイト「季節ウォッチ」をチェックしてください。

Fig1

図1: 海面温度の平年(1993年から2012年の平均)との差(℃)。[上段]2017年5月5日。[下段] 2017年6月8日。

 

気になる暖水渦

図2から図5の左図は、気象衛星「ひまわり8号」[3]で観測された3月から6月の海面水温です。4月号5月号で見たように、冬まで存在して岸寄りの親潮の南下をさまたげていた暖水渦(図2のA)は、4月から5月にかけて次第に南下しながら弱まり(図3,4のA)、6月には消えています(図5)。このため岸沿いに親潮が南下しやすくなっています。

一方で、6月には岸から離れたところで黒潮続流から切り離される形で別の暖水渦が生まれています(図5のB)。この暖水渦の動きによっては、再び親潮の流れが影響をうけるかもしれません。

Fig1

図2: 気象衛星「ひまわり8号」の3月1日の海面水温(色、℃)(左)と、クロロフィルa(色、1立法メートルあたりミリグラム)(右)。白い場所は雲がかかって観測できなかった所。

Fig3

図3: 同じく4月5日。

Fig4

図4: 同じく5月3日。

Fig5

図5: 同じく6月9日。

 

海に花咲く季節

北海道沖から東北沖では春にプランクトンが大増殖することが知られています[4]。この現象は、花などが咲き盛ることに例えて、春期ブルーム[5]と呼ばれています(実際に花が咲く訳ではありません)。親潮[6]の影響を受ける北海道沖から東北沖では、植物プランクトンの光合成の材料となる栄養塩が豊富です。特に秋から冬の間は、海の表面が冷やされて重くなり深層の水とかき混ぜられるため、さらに栄養塩が豊富な状態です。しかし、冬の間は日射が少なく、光合成がおさえられています。春に日射が多くなると、一気に光合成が盛んになり、ブルームが発生します。

図3からの図5の右図は、気象衛星「ひまわり8号」が観測した、クロロフィルaの量(植物プランクトンの量の指標)です。赤っぽい色ほど植物プランクトンが多く、青っぽい色ほど植物プランクトンが少ないことを意味します。3月から5月(図3から図4の右図)にかけて植物プランクトンが増加しながら、プランクトンの多い領域が広がっていることがわかります。一方、6月(図5の右図)には植物プランクトンは減少に転じています。ブルームによって栄養塩が消費されてしまい、光合成が抑制されるからです。

図6は水温(左)とクロロフィルa(右)の比較の図を2017年3月1日から6月12日までアニメーションにしたものです。栄養塩が少ない黒潮域(温度が高い)よりも、栄養塩が多い親潮域(温度が低い)でクロロフィルaが多いこと、暖水渦がある場所では、深層から栄養塩がわきあがりにくいのでクロロフィルが少ないことにも注目して見てください。


図6: 気象衛星「ひまわり8号」で観測した親潮から黒潮続流域の海面水温(左)とクロロフィルa(右)を2017年3月1日から6月12日まで見たアニメーション。白い場所は雲がかかって観測できなかった所。クリックして操作してください。途中で停止もできます。

6月8日からの予測

図7は、JCOPE2Mで6月8日から予測した6月21日の親潮域の水深100mの水温(左図)と平年(1993から2012年の平均、右図)を比較しています。水温5度の等値線が親潮の勢力の指標になっています。暖水渦Aの影響が消え、東北沖の沿岸近くで親潮が入りやすくなっています(親潮第一分枝[7]; 図7左の矢印)。一方で、暖水渦Bが沖合に存在しており、これからの動きに注意する必要があります。

図8は、図7に対応する6月8日から8月10日までの予測をアニメーションにしたものです。親潮域の水深100mの水温(左図)と平年(1993から2012年の平均、右図)を比較しています。暖水渦や、親潮の勢力の指標である水温5度の等値線に注目して見てみてください。親潮第一分枝が例年よりも南下すると予測していますが、暖水渦の動きによっては変化が生じるかもしれません。

Fi7

図7: JCOPE2Mで2017年6月8日から予測した6月21日の親潮域の水深100mでの水(左図)と、平年(1993から2012年のJCOPE2再解析の平均、右図)の比較。親潮域の指標として水温5度に黒太線で等値線をひいてあります。

 


図8: 親潮域の水深100mでの2017年6月8日から8月10日までの水温のJCOPE2Mによる予測(左図)と、平年(1993から2012年のJCOPE2再解析の平均、右図)の比較のアニメーション。親潮域の指標として水温5度に黒太線で等値線をひいてあります。クリックして操作してください。途中で停止もできます。

 

JCOPE2Mによる推定によれば(図9青太線)、親潮の勢力の指標である親潮面積(図7の点線領域での水深100メートルの水温5度以下の水の広がり)[8]は、平年(黒細線)よりも大きくなっていますが、先月号の予測通り、平年の値に近づいています(図9)。親潮面積が大きいということは、親潮の勢力が強く、水温が冷たいことを意味します。

予測(図9の青点線)を見ると、沿岸寄りの冷たい親潮(親潮第一分枝)が南下する一方で、沖合に暖水渦Bがあり(図7)、そのかねあいで平年並みか平年より大きくなると予測しています。

Fig9

図9: 親潮面積の時系列(単位104 km2)。赤線が2015年1月から現在までのJCOPE2再解析から計算した時系列。黒細線は平年(1993-2012年)の季節変化。灰色の範囲は平均からプラスマイナス標準偏差の範囲。2016年10月からは、JCOPE2再解析の代わりに、新モデルであるJCOPE2Mによる値(青実線)を使用。青点線は2017年6月8日からのJCOPE2Mによる予測。

  1. [1]今年の値はJCOPE2Mを、平年の値はJCOPE2再解析を使用しています。
  2. [2]気象庁の資料によれば、平年より強かった対馬暖流の勢力は、平年並みに近づいています。日本海の高水温については2017/2/8号「対馬暖流が強く大雪?」で解説しました。
  3. [3]本稿にて使用したひまわり8号から作成したプロダクトは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の分野横断型プロダクト提供サービス(P-Tree)より提供を受けました。私たちのグループとJAXA地球観測センター(EORC)は、「ひまわり」のデータ活用について共同研究を行っています。「ひまわり8号」の海面水温については、2015/10/9号・気象衛星「ひまわり8号」で見た黒潮を参照。図は1日平均コンポジットで作成しています。「ひまわり8号」のクロロフィルaのデータについては、2016年5月20日号「気象衛星「ひまわり8号」で見た黒潮(2) 黒潮反流、クロロフィル」参照。図は日中の日本時間午前9時から午後3時までの平均コンポジットで作成しています。過去の「ひまわり8号」のデータを使った解説一覧はこちら
  4. [4]参照:「地球が見える・日本近海の海洋植物プランクトンの春季大増殖」JAXA・EORC、2004/1/8
  5. [5]研究社新英和中辞典での”bloom”の意味は、「開花(期),花盛り」。
  6. [6]栄養塩が多く、魚類や海藻類を養い育くむ「親」にあたることが親潮の名前の由来になっています。参照:気象庁解説「親潮」。
  7. [7]親潮第一分枝・第二分枝については、親潮はどんな流路になっているの?(親潮ウォッチ2015/7)で解説しています。
  8. [8]親潮面積については、「親潮が記録的なあたたかさ(親潮ウォッチ2015/9)」で解説しています。

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黒潮親潮ウォッチでは、親潮の現状について月に一回程度お知らせします。親潮に関する解説一覧はこちらです。 JCOPE-T-DAによる短期予測はJAXAのサイトで見ることができます。 4日毎に更新されるJCOPE2Mによる親潮の長期解析・予測図はJCOPE のweb pageで見られます。親潮関係の図の見方は2017年1月18日号2017年2月1日号で解説しています。