黒潮流路はどれくらい先まで予測できるのか

これまで私たちは、2ヶ月先までの黒潮流路予測実験を行い、「黒潮親潮ウォッチ」でお知らせしてきました。今回、昨年末(2016年12月)に変更した予測モデルがどれくらい黒潮流路の変動を予測できたか、まとめて検証してみました。検証のための観測結果にあたるデータは、海上保安庁が「海洋速報」として、数日平均としての流軸位置を様々な観測から推定し、ほぼ毎日更新して図として公開しているものです。たとえば、私たちの予測モデルJCOPE2Mに様々な観測データをとりいれて(データ同化)、2017年6月12日の200m深水温を推定した結果が図1です。紫色の線が、2017年6月12日を推定期間に含むいくつかの海洋速報の流軸位置を示します。青色の線は、計算結果から水温の変化がとくに大きくそれに応じて流速がとくに強い位置として推定しているJCOPE2Mでの黒潮流軸を示します。海流の位置を知るためには、日射や気温などその場所の大気の状態の影響を受ける海面水温よりは、大気の影響を受けない海面下の深い場所での水温の状態を見るとわかりやすいです。

図1から、JCOPE2Mによる推測が、海洋速報の流軸位置をほぼ再現できていることがわかります。6月12日には、紀伊半島の南東沖と九州の南東沖で黒潮流路がそれぞれ小さな蛇行(小蛇行1と2)となっていました。

Fig1

図1: 観測値を取り入れて作成した6月12日の推測値(200m深水温)を示す。青色の線は、水温変化がとくに大きい場所に対応する黒潮流軸の位置。紫色の線は、6月12日を推定期間に含む海洋速報の流軸。

 

図2に、約3週間後の7月6日の予測結果を示します。

Fig2

図2: 6月12日の推測値から計算した7月6日の予測値。

 

予測(青色の線)は海洋速報流軸(紫色の線)とずれるのですが、小蛇行1が成長してできる離岸流路と、小蛇行2が東側に流されて移動していく様子をかなりよく予測できていることがわかります。

JCOPE2Mを用いてこれまでに行ってきたすべての予測について、青色の線と紫色の線の緯度方向のずれ(度)を日ごとに経度上で平均した数字をグラフとして表したものが図3です。予測開始の時点(黒丸)では、ずれは0.2度(20km弱)くらいであり、2017年3月までは2ヶ月先の予測においても2倍である0.4度のずれに抑えることができていました。しかし、最近、「黒潮大蛇行は発生するか」でお知らせしたとおりに離岸流路が始まってからは、予測のずれが大きくなっている傾向があります。

図3: これまでの予測結果における流軸のずれ。1度は100km弱に対応する。黒丸は予測開始時点での値。横軸は時間(月)を表す。

予測のずれが特に大きくなっている例が、図4です。予測を始めて5週間後には、小蛇行1が東から来た渦と合体し、蛇行が大きく成長しすぎてしまいました。予測を始めて5週間後までは、蛇行はある程度予測できていましたが、東から来た渦の強さの予測に失敗したためにこのような結果となりました。これまでの私たちの経験から、予測を始めて1ヶ月を過ぎると、このような予測のつかない現象がよく出てきて予測の精度が落ちてしまうようです。私たちはこのことをふまえて、「黒潮親潮ウォッチ」で行ってきた予測検証では、1ヶ月先までの予測をとりあげて検証してきました。

Fig4

図4: 5月7日に始めた予測の経過。

 

予測期間を30日以内にかぎって示したものが図5です。離岸流路が始まる直前の5月は、1ヶ月以内でもなかなか予測が難しかったことがわかります。離岸が始まった後の6月は、予測精度は再び良くなっているようです。

Fig5

図5: 予測を始めて30日以内の予測のずれ。

長期の予測では、最初に推定したときに少し現実と違う状態があるとそれがどんどん予測に影響してきて、図4でお見せしたように予測精度を落としてしまいます。いま私たちは、予測パターンの数を増やしこれらをすべて平均することで、渦と合体したりしなかったりといった予測が難しい現象の影響を少なくする新しい予測実験(アンサンブル予測と言います)を行う用意を進めています。アンサンブル予測では、予測パターンのばらつきから予測の不確実性についても予想することができます。今後、「黒潮親潮ウォッチ」で新しい実験についての紹介もしていきたいと思います。

今回は、黒潮流軸の位置についての予測を検証しましたが、「黒潮親潮ウォッチ」では海洋掘削船「ちきゅう」が掘削点で観測する流速変化の予測もとりあげてきましたので、こちらもご覧ください。

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