「ちきゅう」のための海流予測 (13)  まとめ(最終回)

1. はじめに

国際深海科学掘削計画「南海トラフ地震発生帯掘削計画」の一環として、地球深部探査船「ちきゅう」が3月26日から実施していた第365次研究航海は、予定の作業を全て完了しています。

連載:「ちきゅう」のための海流予測では、航海中に「ちきゅう」がさらされている、黒潮による強い海流という観点から、この航海を見てきました。「ちきゅう」作業中に刻々と変わる海流、黒潮を避けるための移動の繰り返し、支援船「あかつき」・「平成丸」の協力など、「ちきゅう」航海のあまり知られていない一面を伝えられたと思いますが、いかがだったでしょうか。

本稿は連載記事を振り返ってのまとめです。

2. 掘削地点での流速

図1に、「ちきゅう」、支援船「あかつき」、警戒船「平成丸」が今回の掘削地点に近づいた時(※1)に観測した流速の値をまとめました。おおまかに分けて、観測期間は、前期の海流が強い時期(高流速期1)、中期の海流が弱い時期(低流速期)、後期の再び海流が強い時期(高流速期2)にわけられます。

中期に海流が弱かったのは、連載第3回第4回で今回の航海中の予測のポイントであるとした、黒潮を南に押し下げる離岸傾向が通過したためです。実際に離岸傾向が掘削地点を通過していく様子は第8回で見ました。

大まかな高流速と低流速の変化に加えて、1日の中の短い時間でも流速は大きく上下していました。その様子は、特に連載第7回第9回第11回で見ています。

作業の日程上、低流速期に「ちきゅう」はたまたま掘削地点を離れており、「ちきゅう」の掘削地点での作業は、ほとんど高流速期にあたっていました(図1の青丸が「ちきゅう」が掘削地点にいた時期)。特に、4月21日(※2)には一時的に航海中最大の約5.5ノットまで海流が強くなり(図1の①、連載第11回)、一時的に作業待機を余儀なくされています。「ちきゅう」はこの難しい状況のなかで作業を無事やりとげて、大きな成果を得ています(下記資料参照)。

Fig1

図1: 掘削地点で流速された観測。青丸は「ちきゅう」が掘削地点で観測した流速。同じく緑丸・黒丸は「あかつき」・「平成丸」による観測。

 

3. 流速予測

海洋中の一点に過ぎない掘削地点の流速を予測するのは非常に難しい挑戦です。そこで、今回は新開発のアンサンブル予測KFSJを投入しました(連載第2回)。この予測では、ほんの少しずつ変化をつけた「並行世界」(アンサンブル)を用意します。それにより流速の変化の可能性を幅を持って予測することができます。

今回の航海中のアンサンブル予測KFSJの結果を図2にまとめました。それぞれの色は、連載第3回6回8回10回11回で紹介した予測を2週間分ずつしめしたものです。幅のあるアンサンブル予測なので、予測の平均を太線で、予測の最大最小の幅を色塗りでしめています。今回のアンサンブル予測は1日平均の情報だったので、図2では比較のための観測結果は1日平均にまとめています(黒丸)。

全体を通して見ると、低流速期の予測は不十分でしたが、前期と後期で流速が強く、中期に流速が落ちるという大まかな傾向は予測していたようです。今回の航海中、アンサンブル予測のメリットが発揮されたのは、連載第6回で、低流速期に先立ち、流速が急落する可能性を指摘できたことでしょう(図2の②)。ただし、流速が急落する確率はあまり高いとはしていませんでしたし、次の第8回では、流速の急低下の可能性を見逃すなど、まだ改良が必要なようです。

今回のアンサンブル予測KFSJでは一日平均の情報しか出しませんでしたが、図1で見たように、「ちきゅう」にとっては短い時間の流速の変化も重要です。4月21日の流速については、1日平均で見ると予測の幅を若干上回る程度ですが(図2の③)、短い時間で見るとさらに大きな流速が観測されました(図1の①)。連載第11回で見たように、4月21日の短時間の流速上昇は、風が影響していた可能性があります。そのため、気象予測で良い風のデータが得られれば、予測可能な現象かもしれません。短い時間の変化も含めた将来の海流予測への検討事項です。

Fig2

図2: 掘削地点での流速の観測と予測。黒丸は図1の観測を1日平均にまとめたもの。それぞれの色は、連載第3回6回8回10回11回で紹介した予測を2週間分しめしたもの。それぞれの期間の予測の平均を太線で、予測の最大最小の幅を色塗りでしめしている。

 

4. 串本・浦神潮位差

連載第6回で、串本・浦神の潮位差が注目ポイントだと指摘しました。2016/4/1日号「潮岬への黒潮接岸判定法は?: 串本・浦神の潮位差」で解説したように、串本・浦神の潮位差は紀伊半島・潮岬での黒潮の接岸・離岸の良い指標であり、2016/3/18号「潮岬での黒潮急加速」で解説したように、潮岬での黒潮の接岸・離岸は潮岬下流の「ちきゅう」掘削地点の流速に大きな影響を与えます。つまり

  • 串本・浦神潮位差が大きい → 黒潮が接岸 → 掘削地点の流速大
  • 串本・浦神潮位差が小さい → 黒潮が離岸 → 掘削地点の流速小
    という関係があると考えられます。

実際に、航海期間中の串本・浦神の潮位差の観測値を見ると(図3)、前期と後期で大きく、中期に小さくなっており、上記の関係が成り立っていました。

連載第6回では、流速が急落する可能性は小さいとしていましたが、串本・浦神の潮位差が急落する可能性については高い確率であると予測出来ていました。また、連載では触れていませんが、4月21日頃の串本・浦神潮位差の上昇も、幅があるものの、予測出来ていたようです(予測特別サイト対応する図の青線)。掘削地点での流速変化を良く反映する量としての串本・浦神の潮位差の予測は有望であるようです。

Fig3

図3: 串本・浦神潮位差(日平均)の時系列。データは気象庁から入手した。

 

5. 気象衛星「ひまわり」

本連載を通じて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が作成した、気象衛星「ひまわり8号」による海面水温データ(※3)を使用しました。「ひまわり8号」は黒潮の様子をよく捉えており、観測船が黒潮内に入ると海流が強くなる様子が良くわかりました。特に、連載第9回では、1時間毎のデータを用いて、掘削地点が黒潮内に入る様子を見ました。「ひまわり」ならではの高頻度の観測の力をしめした好例です。アプリケーションラボの私達のグループとJAXAでは「ひまわり」データの海洋予測への利用について共同研究を進めています。

6. おわりに

「ちきゅう」では、本連載で紹介したデータ以外にも、風向、風速、波高、波長、水温等の気象・海洋データを観測しています。これらのデータを利用しての予測の検証、改良はこれからも続きます。それらの成果をお伝えするのはまたの機会として、この連載はこれにて終了です。

 

※1
本稿では、予測モデルで使用している時刻にあわせて世界標準時を使用します。世界標準時と日本標準時は9時間の時差があるので、本稿での4月21日は、日本標準時の4月21日午前9時から4月21日午前9時になります。

※2
予測モデルが約3kmの分解能をもつことを考慮して、掘削地点から1.5km以内に近づいた時の観測を全て使用しています。この範囲を多少変えても、結果はほとんど変わりません。

※3
「ひまわり8号」の海面水温については、2015/10/9号・気象衛星「ひまわり8号」で見た黒潮を参照。
過去の「ひまわり8号」の水温データを使った解説一覧はこちら
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「ちきゅう」第365次研究航海航海の資料


連載リスト

(1)   予告
(2)   アンサンブル予測KFSJ
(3)   3月28日現在の見通し
(4)   離岸傾向jは今どこに?
(5)   「ちきゅう」観測開始
(6)    4月3日現在の見通し
(7)   「ちきゅう」の観測と答え合わせ
(8)    4月12日現在の見通し
(9)  「ちきゅう」掘削地点に戻る
(10) 4月18日現在の見通し
(11) 流速が乱高下
(12) 観測終了!
(13) まとめ(最終回)本稿


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「ちきゅう」のための海流予測の連載記事一覧はこちら
この連載では、流れの速さの単位として船舶でよく使われるノット(2ノットは約1メートル毎秒)を使用します。
「ちきゅう」のための海流予測KFSJの特別サイトはhttps://www.jamstec.go.jp/jcope/kfsj/です。KFSJついては連載第2回で紹介しました。
「ちきゅう」の観測の様子に関しては「ちきゅう」公式twitterを参照