「ちきゅう」のための海流予測2 (10)まとめ(最終回)

1. はじめに

地球深部探査船「ちきゅう」が国際深海科学掘削計画の一環として9月10日から実施していた第365次研究航海「室戸沖限界生命圏掘削調査(T-リミット)」は11月10日に調査海域での作業が完了しています。

航海の内容については、プレスリリースをご参照ください。またNHKサイエンスZEROでは、研究内容が放送されます(11月13日に本放送は終了していますが、11月19日に再放送があります)。

連載:「ちきゅう」のための海流予測2では、航海中に「ちきゅう」がさらされている海流という観点から、この航海を見てきました。本稿は連載記事を振り返ってのまとめです。


2. 掘削地点での流速

図1の赤線は、今回の航海期間中に「ちきゅう」が観測していた海面近くの流速の時間変化です。9月27日17時以前にも観測を行っていましたが、設定により小数点以下の値が落とされているという不具合がありました。そのため、それ以前のデータは、第八明治丸(支援船2)の観測値をしめしています(緑線)。第八明治丸(支援船2)は掘削地点近くの上流に位置して、上流からの急な強い流れを「ちきゅう」のために警戒する役割を担っていました。第八明治丸が掘削地点の流速をよく監視できていたことは、連載第4回でしめしました。

図1を見ると、おおまかに3つの期間にわけられます。

(1) 観測開始当初は、比較的大きい流速からはじまり、次第に弱まっていくという変化でした(連載第2回)。比較的大きい流速とは言っても、黒潮のど真ん中で掘削していた3-4月の第365次航海(まとめはこちら)の時とは大きく異なり、黒潮は遠く、流速は強い時も1.5ノットをやや上回る程度でした(連載第2回)。

(2) 9月20日に掘削地点の近くを台風16号が通過しました(連載第2回)。その影響で流速が大きく振動しました(連載第3回)。その振動は海面だけではなく、海面下の深い所まで達している様子が見られました(連載第4回)。

(3) 航海後半は、海面の流速は1ノット前後におさまりました。流速が弱くなった海面よりも、むしろ海面下の流速のほうが大きい様子も見られました(連載第5回)。

航海期間を通して、黒潮は掘削地点から遠く、台風16号の影響があった期間を除けば、掘削地点の海流は穏やかでした。これは海上で難しい操作が必要な「ちきゅう」にとって良い状況だったと言えるでしょう。

Fig1

図1: 「ちきゅう」(赤線)と第八明治丸(緑線)の観測した掘削地点付近の9月14日12時から11月9日0時までの海面近く(15m深)の1時間平均流速(ノット)の時系列。横軸が時間で、例えば「9/21」は9月21日の0時。縦軸が流速の強さ(ノット)。

 


3. 流速予測

今回の航海の期間中、2つの予測モデルJCOPE-T-JCWJCOPE-T-EASを使って、掘削地点の流速予測を毎日更新しました。2つの予測モデルについては、連載第6回連載7回で解説しました。

図2は、この2つのモデルの、掘削地点の流速予測の時系列を全てプロットしたものです。10日分の予測が、2つのモデルで、毎日更新されるので、たくさんの線が重なっています。この海流予測を、図1の観測と比較すると、(1)航海当初の比較的大きな流速が次第に弱くなる、(2)台風16号の影響で大きく振動する、(3)航海後半は1ノット前後の変動にとどまる、という特徴を良く予測できていたことがわかります。

今回の航海中、流速予測はおおむね悪くありませんでしたが、唯一大きく外れていたのは、10月5日ごろ大きく流速が振動するだろうと予測していたことです(図2)。これは、一時、台風18号が掘削地点の近くを通過するという天気予報になっていたことを反映しています(連載第3回)。しかし、実際には台風は日本海にそれて、掘削地点に大きな影響を与えることはありませんでした(連載第5回)。したがって、10月5日頃の予測が外れていたのは、我々の海流予測が悪かったと言うより、天気(台風)予報の不確実さによるものです。

Fig2

図2: JCOPE-T-JCW(青線)とJCOPE-T-EAS(緑線)による掘削地点付近の9月14日12時から11月9日0時までの海面近く(15m深)の流速(ノット)予測結果。毎日更新される10日分の予測をすべて重ねた。横軸が時間で、例えば「9/21」は9月21日の0時。縦軸が流速の強さ(ノット)。


4. おわりに

この航海を通して、観測と比較しながら海流予測を検証してきました。「ちきゅう」では、本連載で紹介したデータ以外にも、風向、風速、波高、波長、水温等の気象・海洋データを観測しています。2016/8/19号「ちきゅう夏合宿」で紹介したように、JAMSTECでは、「ちきゅう」をはじめとして海面から海底まで様々なデータを取り扱っており、データを組み合わせて全く新しい海洋観測体制を構築していこうという機運が盛り上がっています。今回の航海では、台風16号の影響が海面下の深い所まで届いているというデータが興味深いデータでした。これらのデータを利用しての検証、予測の改良はこれからも続きますが、連載はこれにて終了です。


「ちきゅう」第370次研究航海資料


連載リスト

(1)第370次研究航海開始
(2)台風通過する
(3)台風後のゆれる流速
(4)台風の影響は深くまで
(5)黒潮を輪切りにしてみれば
(6)予測モデルJCOPE-Tについて
(7)予想どおり海面下の流速上昇
(8)航海も残りあとわずか
(9)航海終了! 
(10)まとめ(最終回) 本稿



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「ちきゅう」のための海流予測の連載記事一覧はこちら
この連載では、流れの速さの単位として船舶でよく使われるノット(2ノットは約1メートル毎秒)を使用します。
「ちきゅう」のための海流予測特別サイトはhttps://www.jamstec.go.jp/jcope/vwp/chikyu.2016.09/です。
「ちきゅう」の観測の様子に関しては「ちきゅう」公式twitter船上レポートを参照。