地震時の断層の状態を再現する実験・動画よりキャプチャ/提供:JAMSTEC

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JAMSTEC探訪

揺れを感じない「ゆっくり地震」に、研究者が注目する理由! ――地震発生のメカニズム解明に挑む<後編>

記事

取材・文:岡田仁志

世界でも3ヵ所にしかない海底下コア試料保管拠点のひとつである「高知コア研究所」。この研究所ではコア試料をもとにした「地震断層の研究」も行われています。東北地方太平洋沖地震の際に動いた断層のコア試料や南海トラフのコア試料からわかった新たな発見については、前編「同じ断層で2度の地震が!「南海トラフ」海底コアからの驚愕の発見」で紹介しました。
 後編では、いま注目されている「ゆっくり地震」について、海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所の濱田洋平副主任研究員のお話のもとに紹介していきます。
 21世紀に入ってから、観測網やデータ分析技術の向上によって、これまであまり知られていなかった地震が世界中で観測されるようになりました。それが、私たちが揺れを体感することのない「ゆっくり地震」です。地震断層から採取したコア試料からも、さまざまなゆっくり地震の痕跡が見つかっています。さらにそこから、南海トラフや東北地方太平洋沖地震など、過去の巨大地震とゆっくり地震の関係性もわかりつつあります。未来の地震予測にも役立つと考えられているゆっくり地震。その最新の知見とさらに研究を深めるに、いま何が必要なのかを伺ってみました。

写真
JAMSTEC高知コア研究所 濱田洋平副主任研究員/撮影:市谷明美/講談社写真部
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濱田 洋平

高知コア研究所 物質科学研究グループ 副主任研究員
構造地質学の専門家。プレート沈み込み帯や南海地震の研究を野外調査・掘削・実験をもちいておこなっている。

 

――これまでのお話で、地震断層から採取したコア試料から、さまざまな新しい知見が得られたことがわかりました。さらに地震のメカニズムを明らかにするには、どのような研究が必要なのでしょうか。

私たちも含めて、いま地震の研究者が重要なテーマだと考えているのは、通常の地震よりも断層がゆっくり滑る「ゆっくり地震」と呼ばれる現象です。その大半は地上で揺れを感じることがないので、「地震」と呼ぶと違和感を持たれるかもしれません。

「ゆっくり地震」とはなにか?

私たち研究者は断層が滑る現象のことを「地震」と呼びます。体感される揺れは、専門的には「地震動」。ですから、揺れなくても「ゆっくり」とした「地震」というわけです。
ゆっくり地震は、近年の観測ネットワークの整備やデータ解析技術の向上によって、世界中で広く観測されるようになりました。
このゆっくり地震の中には、地震波の出ない「ゆっくり滑り」や「低周波微動」、「超低周波地震」などがありますが、まだ研究が本格化したばかりの新しい分野なので、区別はそれほど明確ではありません。
いずれにしろ、断層のズレが広がる速度もゆっくりしているのが、ゆっくり地震の特徴です。たとえば割り箸を割るとき、思い切り力を入れると一瞬でパキッと割れますよね。通常の地震はそういう感じで一気に広がります。それに対してゆっくり地震は、割り箸の裂け目がジワジワとゆっくり広がっていくようなイメージですね。

ゆっくり地震の解説図。左:海洋プレートによって陸側のプレートが引き込まれ歪みが蓄積していく。右:プレートの境界面でゆっくりとしたズレが起こり、陸側のプレートもゆっくりと元に戻る。このとき揺れを感じることはない。/図版作成:鈴木知哉

ただし裂け目全体の広がりは遅くても、裂ける部分自体は速く壊れているかもしれません。また、ゆっくり地震も、一般的には小さい規模のものが多いのですが、中にはマグニチュード56ぐらいの規模になるものもあります。

「ゆっくり地震」に注目する、2つの理由

――なぜ、ゆっくり地震の研究が重視されるのでしょうか。

第一に、ゆっくり地震は通常の地震よりも頻繁に発生しているので、研究に必要なデータがたくさん取れます。たとえば南海トラフでは100年から200年おきに大地震が起きていますが、そういう大きな地震だけを研究していたのでは、データが足りません。断層の滑りという点では通常の地震と同じ現象ですから、ゆっくり地震のデータが多いほど地震研究は前進します。
第二に、ゆっくり地震はプレート境界の地震発生帯の周辺で頻繁に発生しています。したがって、巨大地震の発生とも密接な関係があるかもしれません。ゆっくり地震が起きた後で巨大地震が起こるかもしれないし、逆に巨大地震の後でゆっくり地震が起こる可能性もある。だとすれば、ゆっくり地震を研究することで、巨大地震に対する理解も深まります。

南海トラフのコアを、あらためて観察すると

――プレート境界で多く発生するということは、南海トラフで採取したコア試料にも、ゆっくり地震の痕跡があるのでしょうか?

はい。これは私たちの反省点のひとつなのですが、ゆっくり地震がたくさん観測され始めた頃は、それが新しい現象だと思い込んでいたフシがあるんですね。私自身、それまではゆっくり地震が何なのかまったくわからず、過去の地震とは違う現象だろうと考えていました。
でも、よく考えてみると、ゆっくりした変形は地質学的に見ればありふれた現象です。ほとんどの変形は、ゆっくり起きる。そこで、過去にもゆっくり地震が起きていた可能性があると考え、南海トラフのコアをあらためて観察しました。紀伊半島沖のプレート境界断層のコア試料について、XCT、光学・電子顕微鏡観察、微小領域X線鉱物分析を行ったんです。

南海トラフのコアに記録されていたもの

――前編の記事でうかがった、浅い場所なのに速い滑りを起こした断層ですよね。

そうです。まず、試料を薄くスライスして光学顕微鏡で見た写真をご覧ください。

写真(a):断層の光学顕微鏡写真。小さな滑り量、低速度の痕跡である「複合面構造」が詳細に観察される。矢印は、破壊のはじめに形成されるせん断方向に対しての斜めの面を示している。
/写真提供:JAMSTEC

通常の断層はグズグズで何の構造もないランダムな分布なのですが、これはヒビの入り方に特徴があります。 これは、「複合面構造」と呼ばれるものです。

断層にゆっくり地震が起きていた痕が!

たとえば円柱状の石に上下から力を加えると、割れるときバッテン状に亀裂が入ります。上下から潰されると、石が体積を保つために左右に広がろうとするので、最後はバッテン状に割れるんです(図)。

円柱状の石に上下から力が加わると、伝わった力は左右方向に分散し、バツ字型に亀裂が入る。

このように、断層に力がかかって破壊される過程で、整然とした複合面構造がつくられます。断層が速いスピードで滑ってグチャグチャになった場合、写真のような複合面構造は残りません。ランダムにならず、複合面構造が残ったということは、ゆっくりと時間をかけて整然とした破壊が起きたことを意味しています。

電子顕微鏡で見つかった痕跡!

さらにもうひとつ、同じ試料を電子顕微鏡で見た写真をご覧ください。
これは私の学生時代の指導教官だった木村学さん(地質学者・東京大学名誉教授)が見つけたのですが、矢印をつけたところに10ミクロンスケールの微小な褶曲があります。これは両側から力がかかって波状に変形したのですが、それが壊れずに残っていました。これも、速い滑りでは残りません。やはり、ゆっくりした変形が起きたと考えられるのです。

写真(b):電子顕微鏡写真。10マイクロメートル(1/100ミリメートル)スケールの微小な褶曲構造が観察された。/提供:JAMSTEC

――つまり、ゆっくり地震が起きた証拠ということですね。

はい。もちろん、ゆっくり地震そのものは珍しい現象ではありません。でも、この断層はかつて温度が上がって高速の滑りが起きたはずです。それと同じ断層で、ゆっくり地震による変形も見つかったのは、これは大きな発見でした。

同じ断層で、巨大地震とゆっくり地震が起こった

つまり、この断層では、まず巨大地震を起こす高速滑りが発生し、それから後に、もしかしたら数千年後かもしれませんが、同じ断層で低速滑りが起きたと考えられるのです。順番が逆だと、高速滑りで構造がグチャグチャになってしまうので、その前の低速すべりでできた複合面構造や微小褶曲は残りません。これはゆっくり地震と巨大地震の関係性を考える上で、重要な知見です。

――なぜ同じ断層で巨大地震とゆっくり地震の両方が起こるのでしょう。

それはまだわかりません。何らかの関連はあるとは思いますが、どこの断層でも同じ現象が起こるわけではないですからね。巨大地震とゆっくり地震の関係性はさまざまです。

たとえば東北地方太平洋沖地震では、前震と本震の前にいずれもゆっくり地震が起きていました。ゆっくり地震が、本震の震源に向かって広がるような滑り方をしていたこともわかっています。また、仙台沖や福島沖は高速滑りが起きましたが、茨城沖や千葉沖はそうでもありません。とくに千葉沖では、ゆっくりした滑りが繰り返し観測されています。
それを見るかぎり、高速滑りと低速滑りは発生する場所がはっきりと分かれているようにも考えられます。とはいえ、関連がないわけではありません。ゆっくり地震が起きるとプレートなどの力が解放されて、ほかの場所に負担がかかってしまうんです。切り口の入っている袋は、開けやすいですよね? 切り口の部分で力が解放されているので、ちょっと力を入れれば大きく破ける。それと同じように、茨城沖や千葉沖で解放された力が、震源の滑りに影響を与えたと考えることもできるわけです。
ただし、これはまだあくまでも仮説にすぎません。南海トラフは同じ断層で巨大地震とゆっくり地震が発生したのに対して、東北地方太平洋沖地震では離れた断層のゆっくり地震が巨大地震に影響を与えた可能性がある。こうした多様な関係性については、まだ私たちも整理しきれていないというのが実情です。

ゆっくり地震は、天気予報における「雨雲」

――では、「ゆっくり地震を観測することで巨大地震を予測できる」という単純な話ではないわけですね

もちろん、まだ明確な予測はできませんね。ただ、ゆっくり地震の滑り始めが観測されたら、巨大地震が起こる可能性があるとは言えるかもしれません。すでに政府は、南海トラフで大規模なゆっくり地震などが発生した場合に、臨時情報を出すことにしています。
私たちが地震のメカニズムを理解し、予測の正確性を高めるためには、ゆっくり地震に関してもっと多くのデータが必要です。気象の短期予測が高い精度で可能なのは、長期間にわたって蓄積してきた膨大なデータがあるからですよね。現在の雨雲の様子を過去の雨雲の動きと照らし合わせれば、高い確率で降雨予想ができるわけです。
通常の地震は雨が降るような頻度では起きないので、なかなかデータが増えません。でもゆっくり地震はたくさん発生しているので、地震予測における「雨雲」のような役割を果たせるでしょう。それを活かすには、より多くのデータを集められるよう、観測システムの拡充が必要です。JAMSTECでも、地球深部探査船「ちきゅう」などで掘削した海底の「孔」を利用し、孔の中に観測装置を設置した「長期孔内観測装置」でゆっくり地震の観測を行う試みが始まっています。そういった動きが広まるといいですね。

長期孔内観測装置。地球深部探査船「ちきゅう」などで掘削した「孔」の中に、水圧を測る間隙水圧計やひずみ計、傾斜計、その他地震計、温度計などのセンサーを取り付け「海底地殻変動」を計測している。
/図版作成:鈴木知哉(JAMSTEC提供を元に改変)

地震の予測は可能なのか

――濱田さんご自身は、今後どのような研究をされますか。

数年前に、科学研究費助成事業の新学術領域研究として「スロー地震学」がスタートしました。地震学、測地学、物質科学、統計物理学などを融合して、ゆっくり地震という現象の謎を解き明かそうという枠組みです。
それが2021年度からは「SF地震学」という新たなプロジェクトに引き継がれました。「Slow-to-Fast」の略ですね。巨大地震とゆっくり地震は独立した現象ではないことが明らかになってきたので、すべてを包括する研究をしようというわけです。これは100人を超える研究者が参加する大きなプロジェクトで、研究グループは「実験物理班」「構造解剖班」「国際比較班」「新技術観測班」「情報科学班」「モデル予測班」の6つ。私はその中の「実験物理班」で班長を務めています。

このプロジェクト全体は4年間続くことになっていて、最終的には「こういうことをすれば地震予測につながる」という話までは行けるのではないかと期待しています。

発生メカニズム解明にむかって

もうひとつ、私自身は「地震という現象の素過程」を追求したいと思っているんです。素過程というのは、その現象の原因を突き詰めた先の、大本を支配しているメカニズムのことです。地震のいちばん根本的なプロセスを解明したいという思いがあります。
というのも、もともと大学の物理学科に入ったときは宇宙の研究をしようかと考えていたんですよ。ちょうど、初代の「はやぶさ」が小惑星を目指して飛び立った年でした。ところが、専門の研究テーマを決めるときまでに「はやぶさ」が地球に帰ってこなかったんです(笑)。
そのとき、「宇宙もいいけど、よく考えてみたら、そもそも自分の足下に何があるのかもわかっていないよな」と思ったんですね。そこで、物理の知識を使いながら地学のことをやろうと考えて、地震の研究を始めました。ですから、具体的な現象と原理的なメカニズムの両方を見ていきたいんです。
いまは南海トラフの研究が中心ですが、巨大地震が起こり得る場所は世界中にたくさんあります。さらに言えば、これは地球だけの現象ではありません。「月震」や「火震」などもあります。そういうところまで視野を広げて、地震を科学したいと思っています。

JAMSTEC高知コア研究所 濱田洋平副主任研究員
/撮影:市谷明美・講談社写真部

●取材・文 岡田仁志
●撮影 市谷明美(講談社写真部)
●イラストレーション 鈴木知哉

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