東北地方太平洋沖地震後の海底下コア・写真は模型/撮影:市谷明美/講談社写真部

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JAMSTEC探訪

同じ断層で2度の地震が!「南海トラフ」海底コアからの驚愕の発見 ――地震発生のメカニズム解明に挑む<前編>

記事

取材・文:岡田仁志

海底下を掘削して採取するコア試料は、地球科学の研究に欠かせない貴重な情報の宝庫。そこには、過去に発生した巨大地震の痕跡も刻まれています。この海底下からのコア試料については『巨大地震の痕跡も! 海底地下の地質試料「コア」研究の最前線』でも紹介しました。
この海底下のコア試料を読み解いて、地震のメカニズムを明らかにする研究も、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高知コア研究所のミッションのひとつです。近年は、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)や、過去に巨大地震を何度も起こしている南海トラフの断層に関する研究が大きく進展しています。
そこで、地震はどのようにして起きるのか? 大きな津波が発生するのはなぜなのか? 地震断層の研究からわかってきたことを、高知コア研究所物質科学研究グループ副主任研究員の濱田洋平さんに聞きました。

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JAMSTEC高知コア研究所 濱田洋平副主任研究員/撮影:市谷明美/講談社写真部
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濱田 洋平

高知コア研究所 物質科学研究グループ 副主任研究員
構造地質学の専門家。プレート沈み込み帯や南海地震の研究を野外調査・掘削・実験をもちいておこなっている。

南海トラフのコア試料とは

──濱田さんの所属する物質科学研究グループでは、海底下から掘削したコア試料を使って、どのような研究をされているのでしょうか。

このグループには、岩石物性、地球微生物学、同位体地球化学という3つのテーマがあり、その中で、私自身は構造地質学の専門家として岩石物性を手がけています。具体的には、地震断層の研究ですね。海底下の断層から取ってきたサンプルの物性を計測して、摩擦の特性を調べることで、地震が起きたときの滑りやすさなどを調べます。

──そもそも断層とは何でしょうか。

地震が起きるときは、地下で岩盤が動いてズレます。重なった板がズレるようなイメージですが、その隙間は上下の岩盤が擦れ合って、グズグズに壊れた状態になるんですね。私たちが断層と呼ぶのは、その部分です。岩盤と岩盤の隙間に詰まった断層が、粘っこくて滑りにくい性質を持っているのか、逆に潤滑油のように滑りやすい性質を持っているのかによって、地震の起こりやすさや規模などに大きな影響を与えると考えています。

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矢印で示した黒い部分が「断層」/写真提供:JAMSTEC

3・11 巨大地震後に採取されたコア試料の特徴とは

──たとえば、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で生じた断層のコア試料もあるのでしょうか?

はい。あのときは、3月11日の巨大地震から数ヵ月後に「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」と名づけられた緊急掘削航海が計画され、翌2012年に、地球深部探査船「ちきゅう」(写真・左)による研究航海を実行しました。水深7000メートルの海底下820メートルの場所からコア試料を取って調べるという、非常に難しいミッションでしたね。

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写真左:地球深部探査船「ちきゅう」、写真右:「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」によって採取されたコア試料。写真はその模型。/写真左:写真提供 JAMSTEC、右:撮影/市谷明美・講談社写真部

これ(写真・右)が、JFAST航海で掘削して採取に成功したコア試料を再現した模型です。おそらく厚さ4〜5メートルほどあると思われる断層の一部ですが、この中のどこかが、2011年3月11日に滑ったものだと考えられます。このコアから取ったサンプルを調べたところ、非常に滑りやすい性質であることがわかりました。
ちなみに、この断層はおもに粘土でできています。粘り気があるのだから、常識的には滑りにくいと思いますよね?それが滑りやすくなるのは、断層の中の小さな隙間に水が入っているからなんです。岩盤の摩擦によって発熱すると、その水が膨張して隙間を持ち上げるような形になるので、一気に滑りやすくなる。
この現象は、温かい味噌汁の入ったお椀がテーブルの上でスーッと滑るのと同じようなものだと思っていただけばいいでしょう。あれは、お椀の下の丸い台にある空気が温まって膨張することで、お椀を持ち上げるから滑るんですね。地震断層の場合は、空気ではなく水が膨張するわけです。
実際、掘削調査の際に海底下深くの断層帯で測った温度データによって、この断層に熱異常が起きていたことがわかりました。

──それが東北地方太平洋沖地震による津波の原因ということですか?

大きな津波が発生したことについては、この断層が滑ったことが原因だと考えています。ただし、掘削したのは海底下1キロメートル程度の浅いところですから、震源そのものではありません。震源は、海底下24キロメートルという深さです。深いところで起きた大きな滑りを、浅い岩盤で止めることができず、いっしょに滑った結果、あの津波が起きてしまったのでしょう。

深い震源で起きる地震を調べるには?

──深い震源では、断層がどのように滑っているのでしょうか。

そこまで深いと現在の掘削技術では届かないのでコア試料は調べられないのですが、自然の試料が得られなくても、震源付近の圧力を私たちの実験室で再現することはできます。石や砂などの試料をグルグルと回転させて摩擦する装置(写真)を使うと、海底下5~6キロメートルと同じぐらいの圧力をかけられるんですね。

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写真左:測定したいサンプルを上下に重ね合わせ、回転させながら、海底地下と同じ条件のもとで摩擦係数の変化などを測定する。写真右:「回転式熱水摩擦せん断器」/撮影:市谷明美/講談社写真部

すると、動画を見ていただくとわかるように、石があっという間に溶けてしまいます。摩擦が減って装置にかかるトルク(物体を回転させる力)が下がるので、簡単に回るようになる。同じことが海底下の地震で起きているとすると、強い圧力によって断層が溶けて摩擦が低下したとたん、一気に岩盤が大きく滑っていくことになります。

地震時に断層が高速で滑る現象を再現した実験 地震断層を構成する岩石を用いて、地震発生時に地下深くで断層が高速で滑る現象を再現することができる摩擦試験機。断層の摩擦の強さは、地震の際に断層の摩擦がどのように変化するのかを計測することができる。動画のように断層滑り時に岩石がとけるなどで断層潤滑効果(断層の摩擦力が劇的に低下してりやすくなる現象)が生じ、地震滑りが加速すると考えられています。/動画提供:JAMSTEC

東北地方太平洋沖地震の地質サンプルでは?

東北地方太平洋沖地震の場合、浅い断層で採取したサンプルを震源に近い圧力で摩擦試験器にかけたところ、やはり摩擦係数が大きく低下しました。通常、岩石の摩擦係数はおおむね0.6~0.8程度ですが、筑波大学の研究者が行った実験ではそれが0.08程度まで落ちたんです。

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断層のサンプルを震源に近い圧力で摩擦試験器にかけたると、摩擦係数が大きく低下した。岩石の摩擦係数は0.6~0.8程度が、0.08程度まで落ちている。/図版提供:JAMSTEC

浅い場所の断層は、先述のとおり、水の膨張によって滑りやすくなりました。でも、震源に近い深い場所の断層は、滑り方のメカニズムがまったく異なります。巨大な圧力に耐えきれずに岩盤が動くと、摩擦熱で断層が溶けてどんどん滑りやすくなっていく。摩擦のエネルギーが、きわめて大きいんです。

地震を引き起こす力の正体は?

──震源にそれだけの圧力をかけるのが、よく耳にする「プレートの沈み込み」という現象でしょうか。

たしかに、地震を起こすいちばんの原動力はプレートの力です。地球内部で対流しているマントルの上に乗っているプレートは少しずつ動いているので、プレート境界でぶつかったり沈み込んだりすると、強い力が生じるんですね。

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海洋プレートの沈み込みによって、陸側のプレートが引き込まれる。これが元に戻ろうとするときに地震が起きる。/図版作成:鈴木知哉

南海トラフの「トラフ」ってなに?

日本列島の周辺は、大陸のプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートの境界が集中しているので、やはりそれが最大の脅威。私たちにとって重要な研究対象である南海トラフも、大陸のプレートと海洋底のフィリピン海プレートの境界にできた溝です。ここでは巨大地震が過去に何度も発生しました。

──南海トラフ、という言葉が出てきましたが、そもそもこの「トラフ」という言葉は、「海溝」とはどう違うんでしょうか?

どちらも海底の溝であることに変わりはないのですが、6000メートルより深いものを「海溝」、それより浅いものを「トラフ」と呼びます。ちなみに日本海も、もともとはトラフでした。大陸の一部が、プレートの沈み込みによって割れたんですね。そこにマグマが供給されることで、いまの大きさまで広がったものなんです。

南海トラフのコア試料からわかった衝撃の事実!

──南海トラフで掘削したコア試料からは、どんなことがわかっているのでしょう。

2007年~2008年に行われた「IODP第316次研究航海」(南海トラフ地震発生帯掘削計画)では、プレート境界断層と巨大分岐断層からコア試料を取ることができました。断面図(図B)では、右側の濃い部分が沈み込むフィリピン海プレート、左側の薄い部分は、大陸側プレートに押し付けられてはぎ取られた堆積物(付加体)です。

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図A:1944年「東南海地震」が発生した地域(オレンジ色で図示)。赤字で書かれた地点は、図Bの調査地点を示している。図B:「IODP 第316次研究航海」(南海トラフ地震発生帯掘削計画)での調査地点。中央部の四角で囲った部分を拡大したものが図Cの掘削地点となる。/図版提供:JAMSTEC

プレート境界断層のコアからは、わずか数ミリの厚さしかない断層で、数キロメートルも岩盤が滑っていたことがわかりました。また、断層に含まれる石炭粒子の光の反射率を調べると、その断層が経験した温度を推定することができます。
その結果、周囲よりも温度が上昇していたことがわかりました。滑ったときの摩擦によるものです。滑りがゆっくりしたものであれば、温度はそこまで上がりません。つまり、このコアからは、海底下数百メートルの浅い断層で、速い滑りが起きたことがわかったのです。

過去に浅い断層で速い滑りが起きていた!

これは、非常にセンセーショナルな研究結果でした。それまでは、たとえ深いところで大きな滑りが起きても、それが浅いところに伝わることはないと思われていたからです。ところが南海トラフでは、過去に浅い断層で速い滑りが起きていた。当然、浅い場所の滑りは海面をダイレクトに持ち上げるので、大きな津波が起こりやすくなります。
実際、南海トラフ沿岸部の湖沼調査では、海から運び込まれた津波堆積物が見つかっているんですね。残念ながら、コア試料からはそれがいつ起きた地震なのかを特定することはできませんが、南海トラフの地震は津波を起こしやすいと考えられます。

──浅い場所での滑りが津波を起こしたのは、東北地方太平洋沖地震と同じですね。

そうなんです。いまお話しした南海トラフの調査結果が論文として発表されたのは、東北の地震が起きた直後でした。時を同じくして、浅い断層でも速い滑りが起こり得ることが明らかになったわけです。

3・11から、研究者として学んだこと

私自身、それまでは浅い場所で大きな滑りが起きるとは考えていませんでした。
当時、私は大学院生でした。その頃、南海トラフのコア試料を使って自分で計算したところ、プレート境界断層では最大で80メートル、巨大分岐断層でも40メートルもの滑りが発生するという結果が出たんです。
「こんなのあり得ないだろう」と半信半疑だったのですが、一応は自分の計算結果を信じて、研究会で発表したんですよ。ポスター発表だったのですが、ポスターの前に来てくれた研究者に、いちいち「ごめんなさい、おかしな計算になってしまいまして」などと言い訳していました。それが、2011年3月8日のことでした。
東北地方で、あの大地震の前震となった地震が発生したのは、研究会の会場だった沖縄から東京の研究室へ戻った日です。
その後、3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生しました。地震後に研究論文が次々と発表され、どれも浅い断層で大きな滑りが起きたと結論づけていました。自分が東北地方太平洋沖地震の3日前に発表した計算結果と似たものが多くて、驚きました。いまから振り返れば、もっと自信を持って発表すればよかったと思います。

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撮影:市谷明美・講談社写真部

このように、南海トラフのコア試料調査によって、それまでの地震研究の常識を超えた発見が次々とありました。後編となる「揺れを感じない『ゆっくり地震』に、研究者が注目する理由!」では、近年、地震研究において注目されている「ゆっくり滑り」や「ゆっくり地震」という現象をキーワードに、地震発生メカニズムの解明に挑む研究の最新知見を紹介します。

●取材・文 岡田仁志
●撮影 市谷明美(講談社写真部)
●イラストレーション 鈴木知哉

 

 

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