海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高知コア研究所は、高知龍馬空港のすぐ近くに立地する高知大学物部キャンパスの一角にあります。これまで、海底下から採取した「コア試料」から得られるさまざまな科学的知見や、「地震研究」における新しいアプローチなど、高知コア研究所が担う役割を紹介してきました。
この研究所が所有する世界でも有数の高精度の分析装置を駆使した研究を取り上げます。それが特殊な条件下で生成される「高圧鉱物」の分析です。「高圧鉱物」を調べることで、地球を含めた太陽系の謎に迫ろうとする研究なのです!
お話をうかがった、JAMSTEC高知コア研究所 物質科学研究グループの富岡尚敬主任研究員は、「新鉱物ハンター」として知られる研究者。2021年には「ポワリエライト」と名づけられた新しい高圧鉱物を隕石の中から発見しました。
高圧鉱物とは、いったい何なのか? なぜ、そこから地球や太陽系の歴史がわかるのか? その奥深い世界をご紹介します。
富岡 尚敬
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 物質科学研究グループ 主任研究員
新発見「ポワリエライト」って何?
──富岡さんが隕石の中から発見された新鉱物「ポワリエライト」とは、どのような特徴を持つ鉱物なのでしょうか。
ポワリエライトは、ダイヤモンドのような「高圧鉱物」と呼ばれるものの一種なんです。わかりやすい例を挙げると、グラファイトという炭素からできた鉱物があります。それが地下の深いところで高い圧力を受けて密度が高まり、硬い構造に変化したのがダイヤモンドなんですね。10キロバールを超える圧力がかかり結晶構造が変わると、ダイヤモンドになります。同じ元素からできていてもグラファイトは鉱物、ダイヤモンドは高圧鉱物なんです。このように高圧がかかったことでつくられる鉱物を「高圧鉱物」といいます。
また、温度も重要で、加熱をするとやはり結晶構造が変化します。さらに温度が上がると、それらが液体や気体にもなります(図1)。
そもそも鉱物は、「化学成分」と「結晶構造」の組み合わせによって分類されます。成分が同じでも構造が違えば別の鉱物ですし、構造が同じでも成分が異なれば別の鉱物。ですから、含まれている元素はグラファイトと同じ炭素でも、構造が異なるダイヤモンドは別種の鉱物として扱われるんですね。
ちなみに2022年11月の時点で、天然の鉱物は5863種の存在が確認されています。人工的に合成された鉱物を含めると、もっと多くなるんです。
新鉱物「ポワリエライト」とは何か?
さて、ポワリエライトも高圧鉱物なので、ダイヤモンドにとってのグラファイトのような鉱物があります。それが、カンラン石。宝石としては、8月の誕生石として知られるペリドットがそれです。
これは、主にマグネシウム、ケイ素、酸素から成る鉱物ですが、そのカンラン石に高い圧力が加わると、グラファイトがダイヤモンドになるのと同じように、結晶構造が変化し、密度が高くなってポワリエライトになります。
ポワリエライトの存在は予言されていた
このような構造の鉱物が存在する可能性は、40年ほど前から理論的に予想されていました。
カンラン石からできる高圧鉱物としては、1969年に「リングウッダイト」、1983年に「ワズレアイト」という高圧鉱物が発見されました。さらに、そのどちらとも違う構造があり得ることを示した論文を、当時パリ大学の教授だったポワリエさんという研究者が発表したんです。
リングウッダイトやワズレアイトになりかける途中で変化が止まり、中途半端な構造になったものが存在するに違いない、という主張でした。その構造は「イプシロン型」と呼ばれています。
「ポワリエライト」は隕石の中から!
私はそのイプシロン構造を持つ高圧鉱物を、テンハム隕石、マイアミ隕石、随州隕石という3つの試料から見つけ出しました。
ポワリエ博士の論文のことはずっと頭の中にあったので、5年ほど前にそれらの隕石を見直した際、それを裏付ける証拠があることに気づいたんです。新鉱物を発見すると命名することができるので、国際鉱物学連合(IMA)の承認を得たときに、この高圧鉱物の存在を予言していたポワリエさんの名前をつけさせていただきました。ご本人も「いいよ、いいよ」と快諾してくれました。
新鉱物の名前はどのようにつけられる?
余談になりますが、先ほどの図3では、ワズレアイト、リングウッダイトよりもさらに高い圧力によって密度が高まり、構造が変化した「ブリッジマナイト」という高圧鉱物があります。
実は、私がまだ学生だった1997年に、隕石の中にこの高圧鉱物を発見して、論文を科学誌『サイエンス』に発表しました。しかし残念ながら、新鉱物と承認されるにはデータがわずかに足りず、命名権を得られなかったんです。
その後、2014年にアメリカの研究チームが同じ隕石を調べて新鉱物として申請して承認され、ブリッジマナイトと命名しました。その由来となったパーシー・ブリッジマンは、高圧物理学の業績で1946年にノーベル物理学賞を受賞した人物です。
――ポワリエライトもそうですが、発見者自身の名前はつけないものなんですね。
とくにルールはないのですが、そうはしないケースが多いですね。私が初めて新発見して博士論文になった「秋本石」という高圧鉱物も、日本の高圧地球科学のパイオニアとして有名な秋本俊一先生のお名前をいただきました。
イプシロン型構造とはなにか?
――ポワリエさんが予言したイプシロン型とは、どのような結晶構造なのでしょうか。
ポワリエライトの構造は、リングウッダイトとワズレアイトの構造と比較した図6を見ていただくとわかりやすいでしょう。
いずれも、マグネシウム、ケイ素、酸素が結びついた基本構造モジュールは同じ形をしています。
その基本構造モジュールが、リングウッダイトの場合は「上下上下……」という順番でくり返されているのに対して、ワズレアイトでは「上上下下上上下下……」になっていますよね。カンラン石に高い圧力をかけ続けると、やがてこのどちらかになるんです。
ところがポワリエライトは、すべて「上上上上……」と同じ向きでつながっています。リングウッダイトやワズレアイトになる前か、もしくは圧力が下がってカンラン石に戻ろうとする途中経過のようなこの構造が、ポワリエライトの特徴です。
ポワリエライトはここから見つかった
──その構造を持つ高圧鉱物が、隕石の中に含まれていたわけですね。大きさはどれぐらいなのでしょう。「鉱物」と聞くと、石ころみたいなサイズを想像してしまいますが。
1ミクロンの100分の1程度しかない微細な鉱物なので、高い倍率の出せる電子顕微鏡で観察しなければ見えません。まず、隕石の一部を拡大した光学顕微鏡写真を見てください。
黄色の矢印をつけた青い粒子は、リングウッダイトです。ポワリエライトはリングウッダイトやワズレアイトの中に含まれているので、この写真では見えません。
それを高分解能透過型電子顕微鏡でさらに拡大した透過像が、次の写真(図8)です。
ポアワリエライトを見つけるには!?
きわめて薄い板のようにして紛れ込んでいるので、理論的な予測に基づいて「そういうものがあるはずだ」と思って探さなければ、気づかなかったでしょうね。
そこでは、リングウッダイトやワズレアイトとは異なる電子線回折スポットが観察されました。電子は光と同じように波の性質を持っているので、電子線を結晶に当てると回折(障害物に遮られた波がその物陰の部分にまわりこんで伝播する現象)が起きます。回折した複数の電子線が干渉しあって、図8の写真のように点が格子状に並んだ回折像が得られます。結晶の構造が違えば、回折の様子も違うものになります。ですからこれは、そこに別種の鉱物が存在する証拠になるわけです。
世界に3ヵ所にしかない実験施設!
──電子顕微鏡の威力はすごいですね。
私たちが使っている透過型電子顕微鏡は空間分解能が非常に高く、100ピコメートル(1ナノメートルの10分の1程度)離れた点と点を見分けることができるので、原子まで見ることができます。地球惑星科学を専門とする研究所でこのクラスの電子顕微鏡を持っているのは、私の知るかぎり世界で3ヵ所しかありません。それを使わせてもらえるのは、とても恵まれた研究環境だと思っています。
私の学生時代は、ネガフィルムで撮影したものを暗室で現像して焼き付けたりなど手間がかかったので、正直なところ、電子顕微鏡の作業は嫌いでした(笑)。でも、いまはCCDカメラでバシャバシャ撮りながら、その場で解析もできるので、効率が桁違いに良くなりましたね。学生時代は論文を書くほうが好きでしたが、いまは顕微鏡作業のほうが楽しくて好きですね。
隕石が宇宙で衝突を繰り返した痕跡!
――ところで、地下の深いところでダイヤモンドのような高圧鉱物ができるのはわかるのですが、隕石の中でそのような高い圧力がかかるのはなぜですか?
天体の衝突によるものだと考えられます。太陽系の中にはたくさんの小天体があって、46億年の歴史を通じて衝突をくり返してきました。もちろん、現在も起きています。
いちばん頻度が高いのは、火星と木星のあいだにある小惑星帯ですね。最大で直径1000キロメートルほどある小天体同士が、秒速数キロメートルでぶつかり合っている。その一瞬の衝突で高い圧力が生じて、小惑星物質(隕石)は衝撃変成(最大約数十万気圧・2000℃)を受けます。このとき結晶構造が変化した高圧鉱物ができるわけです。
それが隕石となって地球上に届くのですが、長い時間かけて圧力のかかる地下の深い場所と違って、衝突は短時間の現象ですから、ほんのわずかな高圧鉱物しかできません。隕石中の高圧鉱物は、1960年代から少しずつ見つかっていましたが、電子顕微鏡をはじめとする最先端の分析装置の登場によって、次々と見つかるようになりました。
高圧鉱物から太陽系形成の謎へ!
電子顕微鏡を使わないと見えないぐらい小さなものですが、隕石中の高圧鉱物はきわめて重要な情報を持っています。それを生成するのに必要な圧力がわかれば、たとえば衝突したときの天体の速度がわかるんですね。
これは、46億年前に誕生した太陽系がどのようなプロセスを経て現在の姿になったかを解明する上で、大いに役に立ちます。太陽系は、たくさんの微粒子が衝突や合体をくり返しながら成長してきたからです。
その46億年間にわたる太陽系天体の成長プロセスは、様々なモデルに基づいてコンピュータ・シミュレーションによる研究が進められています。これらのモデルが正しいかは、高圧鉱物などの地球外物質中の衝撃の痕跡から推定された条件(衝突速度や衝突時期など)と比較して、つじつまが合うか検討する必要があります。残念ながら、現在はきちんとした比較できるほど、十分な物質分析のデータは揃っておらず、引き続き研究を続けて行く必要があります。
もちろん新鉱物を発見すること自体も喜ばしいのですが、それが研究の目的というわけではありません。その発見を通じて、太陽系の成り立ちを明らかにしたいんです。私自身は、もともと地球や惑星をつくっている鉱物の研究からスタートしました。個人的には、地球のことがいちばん知りたいですね。
地球の中身はどうなっているのか?
――ポワリエライトは、地球の研究にも役立つのでしょうか?
はい、地球深部での物質変化を解き明かす手がかりになると考えています。というのも、カンラン石は「上部マントル」と呼ばれる層の主要鉱物なんですね。地殻の下から約400キロメートルまでは、ほとんどカンラン石。その下の「マントル遷移層」とよばれる層は圧力が高いので、リングウッダイトとワズレアイトになっています。その下の下部マントルは、ほとんどがブリッジマナイト。地球でいちばんたくさん存在する鉱物がこれです。その意味でも、命名権を得られなかったのは残念ですね(笑)。
マントル遷移層は温度が高く、40億年以上も熱い電気炉で煮込まれているようなものなので、もともと安定に存在できる鉱物ではないポワリエライトはおそらく存在しないでしょう。でも、比較的つめたい海洋プレートが上部マントルに沈み込んで高密度化するときには、カンラン石の一部がポワリエライトになっているかもしれません。いずれにしても、海洋プレートの変化のプロセスを理解する上で、ポワリエライトの研究には大きな意義があると考えています。
そのため現在は、超高圧発生装置を使った高温高圧実験によって、ポワリエライトができる条件やメカニズムを探っています。隕石の内部で起きている組織変化を静的な高圧実験でも再現し、海洋プレートに関する理解を深めれば、深発地震が起きる条件などの解明にも役立てられるかもしれません。
後編となる『小惑星「リュウグウ」の天体衝突は穏やかだった! 高圧鉱物から迫る太陽系の謎』では、実際に行われた小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったサンプル分析の結果や高圧鉱物を調べることでわかる太陽系形成の謎に迫ります!
- 取材・文:岡田仁志
- 撮影:市谷明美・講談社写真部