海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高知コア研究所には、世界でも有数の分析装置があります。それを駆使して行われている研究のひとつが「高圧鉱物」の研究です
「新発見鉱物『ポワリエライト』から太陽系の形成、地球の中身が見える!」では、特殊な条件下で生まれる鉱物を調べることで、地球内部の構造や太陽系の成り立ちなど、さまざまな謎に迫ることができることを紹介しました。
実は、この研究所では、あの「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルの分析も実施されました。ほんのわずかな量の貴重なサンプルから、一体どれだけのことがわかるのでしょうか。
分析装置の高い性能によってもたらされた知見は、実に驚くべきものだったそうです。そこで新高圧鉱物「ポワリエライト」を発見するなど「鉱物ハンター」としても有名な物質科学研究グループの富岡尚敬主任研究員から、高圧鉱物研究の現在と未来について詳しくうかがいました。
富岡 尚敬
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 物質科学研究グループ 主任研究員
結晶構造を見る方法は?
――ポワリエライトのような高圧鉱物の研究では、超微小の世界を見なければいけないことがわかりました。そもそも結晶構造という超ミクロの世界はどうしたら見えるのでしょうか?
試料分析に使っている透過型電子顕微鏡は、高電圧で加速した電子を試料の上から照射して透過させる仕組みです。
でも、電子は物質内の原子と相互作用しやすいので、試料を薄く加工しなければ通り抜けません。それも、100〜200ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)という超薄膜にする必要があります。
そのために使われるのが、「集束イオンビーム」と呼ばれる装置なんです。これはガリウムのイオンをビームにして上から照射することで、試料を削っていくんですね。もともとは主に半導体を加工して、電子顕微鏡で観察するために使われていましたが、それが鉱物の電子顕微鏡試料づくりに転用されるようになりました。
70ミクロンの地球深部探査船「ちきゅう」
機器の操作を練習するためにつくったものですが、この装置を使ってJAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」を描いてみました。これはおおよそ全長70ミクロン(1ミクロンは100万分の1メートル)程度のサイズなんです。いかに細かい作業ができるかということが、わかっていただけると思います。
私が研究で主に扱うのは、表面を平らに磨いた岩石薄片です。薄片とはいえ、厚さが30ミクロンもあるので、そのままでは電子顕微鏡では見られません。そこで、岩石薄片の中で、電子顕微鏡で細かく見たい部分だけを集束イオンビーム装置で削って超薄膜にする作業を日頃からよくやっています。加工する位置を正確に決めたり、イオンビームのダメージを与えないよう慎重に作業するので、ひとつ試料をつくるのに2〜4時間ぐらいかかりますね。1日に2つか3つできればいいほうでしょうか。
結晶構造からその試料の歴史がわかる!
――その作業が済んでから、やっと電子顕微鏡で調べられるわけですね。
そうです。たとえば、これは海底の堆積物に含まれる天然の粘土鉱物を数百万倍に拡大したもの。このように、原子がミルフィーユのようなシート状の規則正しい配列をつくるのが粘土の結晶構造の特徴です。
その構造の変化を調べると、この粘土がどのような環境でつくられたのかがわかります。たとえば、堆積によって埋没してから温度が上昇して水分が抜け、別のタイプの粘土になったりする。そういう反応を追うことで、過去の環境における温度、圧力などの変化を読み解くことができるんです。
化学組成を調べるには?
また、鉱物を特定するには、結晶構造のほかに化学組成も調べなければなりません。それも電子顕微鏡で見ることができます。物質に電子が当たると、それぞれの原子に特有の波長を持つX線が出るので、そのスペクトルを解析すれば化学組成がわかるんです。
ただし、重たい水素と軽い水素など同位体の識別のように電子顕微鏡が不得意とするものもあるので、その場合は二次イオン質量分析計という装置を使います。試料にビーム状のイオンを照射し、試料から発生する二次イオンを検出することで、同位体比を調べることができるんです。
シアノバクテリアが作った石とは
──これらの装置は、鉱物の研究にだけ使用されるのですか?
いいえ、微生物を扱っている研究者も使っています。海底下から採取したコア試料にはさまざまな微生物が含まれていますからね。
生物がつくる鉱物の殻を研究している人もいます。これは、大昔にシアノバクテリアがつくった炭酸カルシウムの結晶です。
この石のつくり方が、シアノバクテリアの種類によって違うんですね。これは「バイオミネラリゼーション」と呼ばれる現象ですが、それを調べている人とは、私も一緒に研究しています。幅広く応用の効く装置があるおかげで、そういう共同研究分野も広がりました。
小惑星「リュウグウ」の試料分析は?
――高知コア研究所では、小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星 「リュウグウ」の試料も分析されたそうですね。やはり集束イオンビーム装置を使ったのですか?
はい、そうです。伊藤元雄主任研究員をリーダーとするチームで、分析を行いました。たいへん貴重なサンプルなので、伊藤さんといっしょに高知まで持ち帰ったときは、かなり緊張しましたね。
その試料を100ナノメートルほどの薄膜にして電子顕微鏡で見たところ、先ほどの粘土鉱物の一種である、サポナイトと蛇紋石がたくさん含まれていることがわかりました。蛇紋石は、いわゆるアスベストですね。どちらも水酸基という形で水をたくさん含む鉱物です。
「リュウグウ」は水でジャバジャバだった!
私たち専門家は、これを見た瞬間に「ああ、リュウグウは水でジャバジャバなんだな」と思いましたね。もちろん液体の水であふれているという意味でなく、結晶構造の中にH2Oの成分がたくさん含まれているということですが。重量比で7%程度ですが、私たちから見ると、それでも十分に「ジャバジャバ」なんです。
また、それらの鉱物の隙間に有機物がたくさん眠っていることもわかりました。太陽系の小天体は、水と有機物を惑星に運ぶ役割を担っていると考えられていましたが、それがリュウグウの試料で裏付けられたことが、もっとも重要な結果だと思います。
ほかの天体と衝突した痕を発見!
さらに、私自身は高圧鉱物が専門なので、ほかの天体との衝突の痕跡を探しました。それで見つけたのが、「ゾレンスキーアイト」という鉱物です。
この高圧鉱物は以前から人工的にはつくられていたのですが、2022年にカルフォルニア工科大学の研究者がはじめて隕石の中から発見して、地球外物質の研究で著名なNASA (アメリカ航空宇宙局)のゾレンスキー博士の名前をつけた新鉱物として承認されました。ですから今回は天然では2例目となるわけですが、それがリュウグウにもあるとわかったのは、かなりインパクトのある発見だと思います。小惑星で採取した試料から高圧鉱物が発見されたのは、これが初めてですしね。
リュウグウの天体衝突は穏やかだった!
ゾレンスキーアイトをはじめとする衝撃の痕跡を総合的に解析したところ、リュウグウの天体衝突で生じた圧力は2万気圧程度だとわかりました。ポワリエライトもそうですが、隕石中の高圧鉱物はおよそ20万気圧以上の圧力によって生まれます。それと比較すると、リュウグウで起きた天体衝突はかなり穏やかだったことになりますね。
天体同士の衝突速度が大きくなると、発生する圧力や温度が高くなります。ゾレンスキーアイトは、リュウグウに衝突した天体(粒子サイズのものも含む)の速度はあまり早くなく、大きな加圧や加熱は起きなかったこと、を示しています。もっとも、たまたま「はやぶさ2」があまり衝突のインパクト受けていない部分のサンプルを取ってきた可能性もあるので、リュウグウ全体で同じ状況であったか、断言はできません。
ですから今後は、別の小惑星からも試料を持ち帰って、データをもっと蓄積する必要があります。2016年には、「ベンヌ」という小惑星からのサンプルリターンを目指す「オサイリス・レックス」という宇宙探査機をNASAが打ち上げました。現在、採取に成功したと思われる試料を地球に向かって運んでいるところなので、それが無事に届くことを願っています。
宇宙塵が太陽系形成の謎を解く!?
――仮に小惑星の動く速度が遅いとすると、どのような影響があり得るのでしょう。
天体衝突は、「宇宙塵」の発生と深く関わっています。宇宙塵とは、宇宙空間に分布する1ミリメートル以下の固体の粒子のことですね。速いスピードで衝突すれば、当然、木っ端微塵になって宇宙塵ができやすいわけです。
また、衝突によって500℃を超える高温になると、粘土のように水を含む鉱物からは大量の水蒸気が出て爆発を起こします。それによって、ますます大量の宇宙塵ができるでしょう。リュウグウの試料分析では、そういうプロセスを調べるのも大きなテーマのひとつでした。
しかし試料を見るかぎりリュウグウ粒子の粘土鉱物は無傷でした。衝突のスピードが遅く、爆発も起こしていないと考えられるので、これまでの想定されていたほどには、リュウグウは大量の宇宙塵を発生していないと思われます。宇宙塵の大きな発生源はリュウグウ以外の小惑星や彗星の核かもしれません。今、リュウグウにおける天体衝突と宇宙塵発生に関する論文をまとめているところです。
リュウグウはどのようにできたのか!?
さらに、衝突のスピードはリュウグウ自体の成り立ちを考える上でも重要です。
リュウグウは直径が1キロメートル程度しかない小さな天体ですが、もともとはもっと大きな天体が壊れた後で、その破片が集積したものであることが、観測の結果からわかっています。
もし、直径100キロメートルほど大きさの天体が壊れたときの衝突が大規模で強いものであれば、水がたくさん放出されるでしょう。その破片からできたリュウグウは、粘土鉱物のほとんどが壊れてなくなっているはずです。実際に観察したリュウグウの粒子には、粘土鉱物が生き残っているので、その原因について今後いろいろと検証しなければいけません。
高圧鉱物から見える未来
──さまざまなお話しを通じて、高圧鉱物の研究が太陽系という大きなフィールドとつながっていることが、よくわかりました。今後も、新種の高圧鉱物は次々と見つかるのでしょうか。
ポワリエライトやゾレンスキーアイトもそうだったように、高圧鉱物はいきなり天然の隕石などを観察しても簡単には見つけられません。まずは理論的な予測や人工的な合成があり、そこで判明した原子配列などの情報を手がかりに天然試料を調べる、というパターンが多いんですね。あらかじめ「こういうものがあるはずだ」という情報がないと、電子顕微鏡で何を探せばいいかもわかりません。
しかし、すでにめぼしいものは人工的に合成され尽くしており、それが天然でもほとんど発見されているので、新しい高圧鉱物の発見はひとつの山場を超えたところです。新鉱物の発見という成果だけでは物足りない時代に入りつつありますね。
ですから今後は、新しい鉱物が「あった、あった」と喜ぶだけではなく、見つかった高圧鉱物からどれだけ新しい価値を見出していくかという方向にシフトしないと面白くありません。その意味でも、地球内部での物質の変化や小惑星の衝突といった現象との関連を、今まで以上に掘り下げることが大きなテーマになっていくと思います。
- 取材・文:岡田仁志
- 撮影:市谷明美・講談社写真部
- イラストレーション:鈴木知哉