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今夏は豪雨に要警戒か!? 「大気の川」がカリフォルニアに冬の豪雨をもたらした!~5月頃に「エルニーニョ現象」が発生か

記事

取材・文:福田伊佐央

2022年末から2023年1月にかけて、米国カリフォルニア州で記録的な豪雨が発生し、大きなニュースとなりました。この豪雨被害では、各地で洪水や土砂崩れがおき、人的被害も生じています。
なぜ、この時期に豪雨が発生したのでしょうか?
実は、この豪雨には「大気の川」が関係していると指摘されています。大気の川とは、大量の水蒸気が上空を川のように流れる現象です。豪雨の発生に深く関わっており、日本における豪雨の約7割が大気の川の影響であるとも言われています。
近年、夏に起きる豪雨の被害。そこで大気の川に関する研究を行っている、JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)地球環境部門大気海洋相互作用研究センターの趙寧(チョウ・ネイ)研究員にお話を聞きました。
日本の現在は? そして今年の夏はどうなると考えられているのでしょう。

「大気の川」について詳しく知りたい方はこちらを
「日本の豪雨の7割は“大気の川”の影響だった!」

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趙 寧(チョウ・ネイ zhao ning)

国立研究開発法人 海洋研究開発機構 地球環境部門 大気海洋相互作用研究センター 研究員。2010年7月、上海海洋大学 海洋漁業科学と技術専攻 卒業。
2013年7月、上海海洋大学 環境科学 修士課程修了。
2017年10月、九州大学 大気海洋環境システム学専攻 博士課程 修了。
2017年10月~2019年3月、九州大学 応用力学研究所 学術研究員。
2019年より現職。大気海洋相互作用、水蒸気輸送、短周期降水をテーマに研究を行っている。趣味は研究と写真撮影(おもに風景写真)。

米国西海岸に「大気の川」が到達していた!

──カリフォルニア州ではなぜ豪雨が発生したのでしょうか?

まずは下の図1を見てください。これはカリフォルニア州で大雨が降った2022年12月27日における、北太平洋の水蒸気輸送量を示したものです。カリフォルニア州のサンフランシスコ周辺に向かって、海から大量の水蒸気――図1の濃い青色の帯部分――が運ばれていることがわかります。この細長い水蒸気の流れが、まさに大気の川なんです。

図1:2022年12月27日の北太平洋の水蒸気輸送量/図版提供:JAMSTEC

大気の川があるからといって必ずしも雨が降るとはかぎりません。ただ、カリフォルニア州の場合は南北に山脈が走っていますから、山に水蒸気がぶつかることで上昇気流が生じて雨が降りやすくなります。
結果として、大気の川によって海から運ばれてきた大量の水蒸気が、大雨となってカリフォルニア州を襲いました。

例年よりも、大気の川が南下していた

──今年の冬は、大気の川がいつもより多く発生していたのでしょうか?

大気の川の発生頻度で言えば、実は例年と比べて特別に高いわけではありません。ただし、発生する場所が少し異なっていました。この冬は、大気の川が南側を通ることが多くなっています。
これまでの12月〜1月の過去の降水量を見てみると、カリフォルニア州の北部では比較的雨が降りますが、南部ではほとんど雨が降りません。ところが今年の冬は、大気の川が南下したせいで、いつもは降らない南部でも大雨が降りました。しかも短期間で集中的に降ったために、被害が拡大しました。

図2:左は2001年~2021年における12月から1月までの降水量の平均値。右は、過去の降水量の平均値と豪雨の起こった2022年12月~2023年1月までの降水量の平均値の差。この冬はいつもより南側で降水量が増えていることがわかる。/図版提供:JAMSTEC

大気の川の南下はなぜ起こったのか?

──なぜ今年の冬は大気の川がいつもより南側を通ったのでしょうか?

この冬は、北太平洋の海面水温が例年より2℃ほど高くなっていました(図3)。その影響からか、北太平洋で冬場に発生する低気圧の分布が、いつもより南へと移動しています。両者の関連性についてはさらなる解析が必要ですが、結果として低気圧の分布がいつもより南に移動したことで、それにともない大気の川も南下したと考えられます。

図3:2022年12月〜2023年1月の北太平洋における海面水温(SST)の平年値からの差/図版提供:JAMSTEC

今回、カリフォルニア州での豪雨被害が大きくなった要因の一つとして、2022年の夏におきた山火事も関係しているのではないかと思います。

夏の山火事が、冬の豪雨被害に!?

──夏の山火事が、どうして冬の豪雨被害と関係あるのですか?

空気が乾燥して山火事がおきると、山の表面をおおう樹木がなくなることで土壌の保水能力が低下することが知られています。その結果、大雨が降ると土砂崩れや川の氾濫などが起きやすくなるのです。

大気中の水蒸気量観測にも使われる海洋地球研究船「みらい」の模型を前に観測方法の解説。/撮影:柏原力・講談社写真部

実際にカリフォルニア州では、2017年の夏に山火事が発生したあと、その年の冬に大雨による川の氾濫が起きています。今回も夏の山火事が、冬の豪雨被害を大きくした可能性があると考えています。

日本の大雪被害と大気の川の関係は?

──今年の冬は日本では大雪が相次いでいます。日本周辺の大気に何が起きているのでしょうか?

今年の冬の降水・降雪量を平年値と比較すると、確かに北日本や日本海側で多くなっていて、場所によっては平年の2倍を超えるところもあります。大雪の主な原因は、ラニーニャ現象ではないかと思います。

──ラニーニャ現象が起きると、確か日本は厳冬になると言われていますね。

そうなんです。いつもより強い冬型の気圧配置となり、大陸からの寒気が日本に流れ込みやすくなります。

ラニーニャ現象・エルニーニョ現象について詳しく知りたい方はこちら 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

それに加えて、ここ数年間、夏も冬も日本海の海面水温が高い状態が続いており、海面からの水蒸気供給量が高い状態が続いています。この図4の赤い部分は水蒸気の蒸発量が例年より多いところです。日本海の広い範囲で多くなっていることがわかります。
これは水蒸気が大気中に供給されやすい状態が続いているということです。大陸からはいつもより強い寒気がやってきて、日本海の海面からはいつもより多くの水蒸気が供給される。この二つの要因が組み合わさって、今年の冬は大雪になったのだと考えられます。

図4:2022年12月〜2023年1月の日本周辺における海面からの水蒸気供給量の平年値からの差。赤いところは蒸発量が多いところ。/図版提供:JAMSTEC

──今年の大雪と大気の川は関係があるでしょうか?

私はあまり関係がないと考えています。日本付近で大気の川が発生するのは、主に3月から9月であり、冬の間はそれほど発生しません。
冬の日本海では、「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」と呼ばれる風の流れがよく発生して、ときに大雪をもたらします。JPCZが低気圧に影響を与えて、結果的に低気圧によって大気の川が生じることもあります。
日本の夏から秋にかけては大気の川が豪雨に大きな影響を与えていることはまちがいありません。しかし、冬場の降雨や降雪については、大気の川との関連性は高くないと言えるでしょう。

5月頃にエルニーニョ現象が発生か?

──日本における大気の川の発生状況は、今後どうなると予想されていますか?

JAMSTECのアプリケーションラボでは、気候モデル「SINTEX-F」を使って、エルニーニョ現象の発生予測を行っています。これはホームページでも公開されているんです。

この冬はラニーニャ現象が続いていましたが、現在は終息しています。「SINTEX-F」を使って3月1日時点でシミュレーションした結果、5月頃からエルニーニョ現象が発生することが予測されています(図5)。ただし、その規模の予測には大きな不確実性があります。(詳しくは、研究者コラム「来年はエルニーニョ現象による異常気象が発生か? (2022年11月21日掲載) 」をご参照ください)。

図5:SINTEX-Fによるエルニーニョ現象の季節予測。縦軸はエルニーニョ指数、横軸は時間(月)。プラス0.5℃:赤の破線から上はエルニーニョ傾向、マイナス0.5度:水色の破線より下はラニーニャ傾向となる。黒線は観測値、複数のカラー線は異なる条件で実験した予測値で、濃い赤線が全予測値の平均値。/図版提供:JAMSTEC

今年の夏以降は、大気の川の頻度が高まる?

──エルニーニョ現象が起きると、日本にどんな影響がありますか?

日本付近では、夏に太平洋高気圧が張り出さなくなるので、くもりがちで気温が低い夏になる傾向があります。そして、大気の川に関して言えば、ラニーニャ現象からエルニーニョ現象に変わることで、大気の川の発生頻度が高くなるといわれています。つまり、大雨が降る確率が高くなるのです。
今年の夏は、大雨への警戒を強めておいたほうがよいでしょう。

写真
趙寧研究員/撮影:柏原力・講談社写真部

取材・文:福田伊佐央
撮影:柏原 力・講談社写真部

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