気候変動・温暖化による氷床の融解がニュースになります。地球上で氷床をもつグリーンランドと南極では、いま何が起こっているのでしょうか? 海洋研究開発機構(JAMSTEC)で「氷床モデル」と呼ばれる氷床の変化を予測するシミュレーションモデルの開発をしているのが環境変動予測研究センター、北極環境変動総合研究センターの齋藤冬樹さんです。そもそも氷床とはなにか? 氷床モデルからなにがわかるのか? そして、いま起きている変化についてうかがってみました。(取材・文:岡田仁志)

もし南極やグリーンランドの氷床がすべてとけたら?
――齋藤さんは「IcIES(アイシーズ)」と呼ばれる氷床モデルの開発を手がけられています。まず、その数値シミュレーションの対象である「氷床」とは何かを教えてください。
ひとことでいうと、氷河の一種です。積もった雪が圧縮されて氷の塊となり、それがゆっくりと流動しているのが氷河ですが、その中でも大陸規模の大きさを持つものを、氷床と呼んでいます。

現在の地球上では、南極とグリーンランドだけに氷床があります。グリーンランドは「大陸」とは呼べないかもしれませんが、あれぐらい大きな島を端から端まで覆っているような氷塊なので「氷床」と呼ばれています。南極もグリーンランドも、氷床は平均2000メートルぐらいの厚さがあります。
――2000メートルもあるんですか!
驚きますよね。氷床の大きさは、それが消失したときに海水準(平均的な海水面の高さ)がどれだけ上昇するかに換算して考えられることが多いですね。陸上の氷が縮小すると、水が海に放出されて海水の体積が増え、それによって海水準が上がります。これは社会的なインパクトが大きいので、重要な数字です。
もし、グリーンランドの氷床がすべて消失した場合、全球の海水準が6〜7メートルほど上昇すると考えられます。いろいろな見積もりがあるので一概にはいえませんが、南極はその10倍だと思ってください。
南極の氷床がすべて消失すると、海水準が60〜70メートルも上昇するわけです。ちなみに氷床以外では、地球上の氷河がすべて消失すると、海水準の上昇は1メートルくらいだといわれています。
――氷床のスケールの大きさがよくわかりました。
1万年ほど前まで北米大陸に存在していたと考えられる氷床は、もっと大きいですよ。2万年前に最盛期を迎えて、北米全体を覆うほどになっていました。それから数千年かけてすべて消失したことによって、海水準は100メートルほど上昇したと見積もられています。
ただし、海水準は水の量だけで決まるわけではありません。水の量が増えれば、その重みで海底の地面が凹みます。水の「入れ物」がちょっと深くなる分、海水準の上昇がちょっとキャンセルされるわけです。
その一方で、海水の温度が上がると熱膨張によって体積が増えます。短い期間に限定すると、その効果は無視できません。海水準の変化には、そういういくつもの要素が関わってきます。
グリーンランドの氷床は年間255ギガトンの氷を失っている
――温暖化は、氷を融かして海水を増やすだけでなく、熱膨張による体積増加にもつながるということですね。近年の地球温暖化によって、グリーンランドや南極の氷床はどれくらい減っているのでしょうか。
衛星を用いた観測などによって、質量の変化が見積もられています。ある論文では、2002年から2020年まで、グリーンランドの氷床は年間255ギガトンの氷を失っていると見積もっていました。これは、1年で海水準を0.7ミリメートル上昇させる量に相当します。
この状態が続けば20年間で1.4センチメートル、100年間で7センチメートル上昇することになりますが、この数字をどう受け止めるかは、人それぞれかもしれませんね。長い歳月の中での変化ですから、リアルな問題として受け止めるのは難しい点もあります。

南極の氷床では、いま何が起きている?
――でも南極の氷床がとける分も加えると、もっと海水準は上昇しますよね。そちらは、どのような状態なのでしょうか。
南極の場合は、東南極と西南極とで変化に違いがあります。「南極ではどっちを向いても北なんだから、東も西もないだろう」と思われそうですが(笑)、私たちの世界では東経側を東南極、西経側を西南極と呼ぶことになっているんです。
西南極はグリーンランドと同じように氷床の減少傾向が顕著に見られますが、東南極はそうでもありません。
西南極の氷床は海面より低いところにあるのに対して、東南極の氷床は大部分が海面より高い地面にできたものです。山にできる氷床は、海よりも気温が低いので太りやすいんですね。

そのため東南極の氷床の大きさは、ほぼ横ばいか、場合によっては増えているようにも見えます。東南極の氷床が「太っている」とする論文が、数年に一度くらい出るんですよ。ですから、ごく短期間に南極全体で氷床が縮小しているかどうか、少なくとも私には判断できません。全体としても縮小傾向にあると考える研究者は多いと思いますが。
氷床はどのように形成されるのか?
――質問が前後してしまいましたが、そもそも氷床はどのようにしてつくられるのでしょうか?
まず、山などの地面に雪が降り積もり、それがとけずに万年雪として残ります。その上から雪が降り続けると、その圧力で下の雪が圧縮されて氷になる。それが積み重なって氷床になります。
ただし、単に積み重なって厚くなるだけではありません。積み重なった氷は、たとえばハチミツを平面上に置くと流れていくのとほぼ同じ「粘性流動」のメカニズムで、一部が横に広がっていきます。

氷は固いイメージがありますが、長い時間の中で見るとやわらかいものなので、重さに負けて流動するんですね。ですから氷床は、もともと圧縮されて積み重なった部分と、粘性流動で広がった部分とでできているんです。
また、流動した氷床の一部はとけてなくなりますが、とけずに海まで到達すると、海上に浮き、その端で分離して氷山となります。
南極は砂漠みたいに乾燥している!?
――積もった雪が氷の状態になるのに、どれくらいの時間がかかるのでしょう。
圧力や積雪量によりますが、数年というスパンでは無理でしょうね。数十年はかかると思います。
積雪の多い場所では速く氷化するでしょうし、南極のように1年に3センチメートルしか雪が降らない砂漠みたいな場所では、それが3000メートルの厚さになるまでに長い時間がかかります。ちなみにグリーンランドは南極の10倍、年間30センチメートル程度の降雪があります。

――南極って、砂漠みたいに乾燥してるんですか? それしか雪が降らないというのは意外です。
気候的に見ると、南極のてっぺんは本当に砂漠と同じです。氷床をつくるのは降雪だけではなく、空気中の水分が氷になるダイヤモンドダストも積み重なるのですが、南極は温度が低すぎて、空気中にあまり水分を含むことができないんですよ。
温度が上がると氷はとけやすくなりますが、とくに東南極は寒すぎるので、ちょっと温度が上がったぐらいでは融解する量は増えません。逆に、温度が上がると空気中に含まれる水分量が増えるので、降雪が増えます。そのため、温暖化が進んでも氷床が増える可能性があるんですね。
もちろん、もっと温度が上がれば、融解する量が降雪量に勝つでしょう。でも現状では、降雪量のほうが勝つ場合もある。そのために、東南極の氷床の変化については判断が難しくなっているのだと思います。
氷床モデルは「氷床の形」を計算している
――そういった変化を予測するためのプログラムが、齋藤さんが開発されている「氷床モデル」なのでしょうか?
そうですね。ある条件下で、流動する氷床の形がどう決まるのかを求める数値モデルです。
たとえばこの図は、いまよりも気温が一気に7度上昇したと仮定した条件下で、グリーンランドの氷床がどう変化するかを求めた数値モデル。3000年後には、グリーンランドから氷床が完全に消えることを予測しています。

もちろんこれは仮定の話で、氷床モデルが気温の7度上昇を予測しているわけではありません。その条件を考えるのは氷床モデルの役割ではなく、氷床モデルを使う人たちの考えるシナリオに基づいて、その条件だと氷床がどうなるかを、物理法則を用いて計算するのが氷床モデルです。
したがって、まずは現在の氷の量と形を知らないといけません。それが決まると、氷の厚いところと薄いところにできる傾斜の分布がわかります。氷はその傾斜に沿って流動するので、その動きを物理法則に基づいて計算するのが基本です。
しかし氷床は降雪によって増えたり、融解によって減ったりするので、形が変わります。まったく降雪がなければ最終的に真っ平らになり、どちらにも流れない状態で終わりますが、実際には降雪と融解が繰り返されるので、常に傾斜ができて流動が起こるんですね。
気候モデル+氷床モデルで、より精密な地球の予測へ
ですから、私が開発している氷床モデルでは、ある領域に入ってくる氷と出ていく氷の量を与えて、一定時間が経ったときの氷の量を計算します。
氷が入ってくることを「涵養(かんよう)」、氷が失われていくことを「消耗」と呼びますが、その涵養と消耗による氷の質量収支を氷床モデルに与え、流動を計算することで、将来の氷の形が求められるんです。

――たとえば温暖化の影響による変化を予測する場合などは、気候の予測をする気候モデルと氷床モデルを組み合わせて計算するのでしょうか。
氷床モデルは、気候モデルが計算した涵養と消耗のデータを使って氷床の変化を計算することがよくあります。温度変化やそれによる降雪量と融解量を予測するのは、気候モデルの役割ということですね。
一方、短期間の変化を計算することを主眼とする気候モデルでは、氷床の変化による影響を考慮しません。もちろん、氷床は日光の反射率に影響を与えますし、大規模な淡水の供給源でもありますから、地球の気候システム全体にも影響を与えます。でも十数年のスパンで氷床の形が大きく変わることはないので、短期間の影響はあまり大きくありません。
しかし最近は、より精密な計算をするために、気候モデルに氷床モデルを組み込み、同時に計算する方法がさまざまな研究機関で開発されつつあります。JAMSTECでも、その仕組みを用いた計算手法の開発を続けています。

次の記事『有効数字2桁の計算機で「10に0.1を10回足す」には? 地球という究極の複雑を表現するために「数値モデル」開発者の工夫とは』では、この「氷床モデル」がどのように作られているのか。複雑系である気候現象を正しく表現するためのその仕組みや発想について、齋藤さんの研究をとおして紹介します。
取材・文:岡田仁志
撮影:神谷美寛/講談社写真部
取材協力・図版提供:海洋研究開発機構