2024年の世界平均気温は、観測史上最高を記録しました。日本でも2024年の夏は史上最も暑い夏となりました。海洋研究開発機構(JAMSTEC)付加価値情報創生部門アプリケーションラボ気候変動予測情報創生グループでは、熱帯太平洋で発生するエルニーニョ現象やラニーニャ現象などが世界各地の気候におよぼす影響について研究しています。さらに、大気海洋結合大循環モデル「SINTEX-F」を使って、世界や日本の数ヵ月先の天候を予測する「季節予測」を定期的に発表しています。
2024年、地球では何が起こっていたのか? そして、2025年の夏の暑さはどうなるのか? アプリケーションラボ気候変動予測情報創生グループの土井威志主任研究員に話を聞きました。(取材・文:福田伊佐央)

2024年、日本の夏が史上最高に暑かったわけ
――日本の2024年夏の平均気温は、観測史上最高を記録しました。なぜそんなに暑くなったのでしょうか?
太平洋の熱帯域の中央部から東部にかけての海水温が高くなる「エルニーニョ現象」が、2023年の春から発生していました。2023年の冬にはそれが過去最高クラスにまで発達して、2024年の春頃まで続きました。

実はエルニーニョ現象というのは、海に溜まっていた大量の熱を大気に放出する現象でもあります。大規模なエルニーニョ現象が起きると、地球全体の大気が温まって、気温が高くなります。そして、エルニーニョ現象の大気への影響は、だいたい3〜4ヵ月遅れであらわれてきます。
つまり、2024年の夏は、春頃まで発生していたエルニーニョ現象の“残り香”によって、暑くなることが数か月前から決まっていたんです。
ただし、春まで続いていたエルニーニョ現象は、あくまでも気温を高くする要素の一つです。そこに、偏西風の蛇行によって暖かい空気が日本上空に流れこんだことや、日本の南で太平洋高気圧の勢力が強まったことなどが重なったことで、あれほどの猛暑になったのだと考えられます。
地球全体の高温化はなぜ起きたのか
日本の気候に影響をあたえる海水温の変動現象として、「インド洋ダイポールモード現象」というインド洋で起こる現象もあります。正のインド洋ダイポールモード現象が発生すると、日本では雨が少なく、気温が高くなりやすいことがわかっています。
しかし、2024年の夏には明確な正のインド洋ダイポールモード現象は発生していないため、日本の猛暑への影響はよくわかっていません。また、2024年は秋から冬にかけて、負のインド洋ダイポールモード現象がおきていましたが、それが日本の気候にどう影響したかについてもまだわかっていません。

――2024年は世界全体でも、1年を通した平均気温が過去最高となりました。これもエルニーニョ現象の影響でしょうか?
そうですね。2024年の夏までにエルニーニョ現象は収まりましたが、それまではずっと大気が温まり続けていたわけですから、その影響はあると思います。
2024年の世界平均気温は、過去最高だった2023年をさらに更新しました。どれくらい高かったかといえば、産業革命前の気温とくらべて1.55℃上昇しました。気候変動対策の国際的な取り決めである「パリ協定」では、気温の平均的な上昇幅を1.5℃に収めようという目標をかかげていますが、単年の話とはいえ、それを上まわってしまったんです。
2024年は気温だけじゃなくて、海水温も過去最高を更新しました。地球全体が温まっていた年だといえます。
インド洋ダイポールモード現象について詳しく知りたい方はこちら! 気候変動予測から黒潮大蛇行や台風の進路予測まで――アプリケーションラボのベヘラ所長。激動の研究者人生に見えている未来
ラニーニャ現象とこの冬の季節予測を振り返る
――2025年に入って、エルニーニョ現象はどうなりましたか?
2024年の12月に、今度は「ラニーニャ現象」が発生し、2025年になってもそれが継続しています。ラニーニャ現象とは、熱帯太平洋の海面水温がいつもより西側で高くなってしまう現象です。

――今年の冬は、日本海側を中心に大雪が続いています。それはラニーニャ現象によるものなんでしょうか?
冬型の気圧配置を強めるラニーニャ現象が一役買っている可能性はあります。しかし、実際に雪がどれだけ降るかは、さまざまな要素がからんでいます。ラニーニャ現象が発生したから大雪になるとは言えないんです。
冬の季節予測は、とくにむずかしい!
JAMSTECでは、大気海洋結合大循環モデル「SINTEX-F」を使って、季節予測を行っています。これは、このあと数ヵ月の日本や世界の天候がどうなるかを、予測するものです。
ちなみに2024年11月に発表した、この冬(2024年12月〜2025年2月)の季節予測では、日本の気温は例年より高くなると予測されています。降水量については、東日本の一部では降水量が平年より多く、九州・沖縄地方では降水量が平年より少なくなる見込みだと予測しました。

ラニーニャ現象が発生しているのに、今年の日本の冬は、平均すると例年より暖かくなると予測されています。ラニーニャ現象は天候に影響をあたえる要素の一つであって、必ず日本が厳冬になるわけではないんです。
しかも冬の季節予測は、夏の予測よりもむずかしいと言われています。
――どうして、冬の予測のほうがむずかしいんですか?
季節予測には、エルニーニョ現象やラニーニャ現象といった海面水温の変化が大きな影響をあたえます。これらは熱帯太平洋で起きる現象ですから、日本の天候に対して「南側」から影響をあたえているわけです。
ところが日本の冬の天候は、シベリアからの寒気の流入など、「北側」から大きな影響を受けます。こういった北側からの影響は予測がむずかしいため、結果的に冬の季節予測もむずかしくなってしまいます。
北太平洋に熱が溜まっている
――今年(2025年)の夏は、また暑くなるんでしょうか?
残念ながら、2025年の夏も暑くなると予想されています。ただし、2024年よりは少しマイルドになるような気がしています。
2024年は大気に熱を放出するエルニーニョ現象が春まで発生していて、その影響が夏になっても続いていたことを紹介しました。一方、2024年の冬は、エルニーニョ現象ではなくラニーニャ現象が発生しており、それが2025年の春頃まで続くと予想されています。
ラニーニャ現象は、エルニーニョ現象とは逆に、大気から海に熱を吸収する現象です。そのため地球全体として、2024年ほどは暑くならないのではないかと思います。
――それを聞いて少しだけ安心しましたが、2025年も例年よりは暑くなりそうなんですね。
日本の天候を考えるときに、熱帯太平洋で発生するエルニーニョ現象やラニーニャ現象も大事なんですが、もっと直接的な影響をあたえるものとして、北太平洋の海面水温があります。
実は北太平洋の海水は、ここ5年ほどずっと温かい状態が続いており、今後も続くと考えられています。日本周辺の海が、湯たんぽのようにずっと温かい状態なんです。そのため、日本を含め、北半球は基本的に2025年も暑くなると考えられています。

2024年はこの北太平洋の“湯たんぽ”に、熱帯太平洋のエルニーニョ現象が重なったことで、地球全体がかなり暑くなりました。
2025年はエルニーニョ現象ではなく、大気から熱を吸収するラニーニャ現象がおきている分だけ、気温は少し下がるのではないかというのが私の見解です。
じつは一般公開されている「SINTEX-F」とその使い方解説動画!
季節予測シミュレーション”SINTEX-F”について
水深300メートルまで熱が溜まっている
――北太平洋の海水中に、どうしてそんなに熱が溜まっているんですか?
ラニーニャ現象が起きると、太平洋で空と海の流れが変わることで、北太平洋に熱が溜まりやすくなることがわかっています。逆にエルニーニョ現象が起きると、北太平洋から熱が放出されます。
ラニーニャ現象とエルニーニョ現象が交互におきれば、北太平洋に熱が溜まり続けることはありません。
ところが、2020年から約3年にわたってラニーニャ現象が連続的に発生し、大量の熱が溜まりました。
2023年から2024年にかけてエルニーニョ現象が発生したのですが、そのときは北太平洋からうまく熱が放出されませんでした。その結果、今も海水温が高い状態が続いているのです。

地球の海全体の熱容量は、大気全体の約1000倍と言われています。大気の1000倍の熱を蓄えることができるということです。これは同じ量の熱が与えられた場合、海は大気よりも圧倒的に温度変化が少ない(温まりにくく冷めにくい)ということもできます。海の熱容量はすごいんです。
現在の北太平洋は、表面だけでなく水深300メートルほどまで温度が高い状態になっています。これほど大量の熱が溜まった状態はすぐには解消しませんので、しばらくは“湯たんぽ”状態が続くでしょう。
パラレルワールドで未来を予測する
――エルニーニョやラニーニャの今後の予測を示したグラフを見ると、たくさんの線が引かれています。中央の太い線が最も確率が高い予測ということでしょうか?
予測は、「SINTEX-F」と呼ばれるモデルを使って行います。モデルの設定や初期の条件を、少しずつ変えて予測を行うことで、たくさんの予測を行います。
状況が少しずつちがう「パラレルワールド」を作って、予測するというわけです。条件がちがうと予測結果は変わってきます。グラフの中に引かれているたくさんの点線が、それらの予測結果です。
予測結果がばらばらだと、どれを信頼すればよいのかよくわかりません。そこですべての予測結果の平均を取って、それを信頼することにします。グラフ中の太い線が予測結果の平均です。統計的には、平均を取ったものがもっとも当たる確率が高いといわれています。この手法は「アンサンブル予測」と呼ばれています。

――平均から遠い予測が当たることもあるのですか?
どの予測結果も、ある条件の下では起こりうる未来なので、平均から遠い予測が結果的に正しいこともありえます。
条件を少しずつ変えて予測の数をふやしていくほど、平均値の信頼度は高まります。たとえば予測結果が3個しかないのと100個あるのでは、その平均値の信頼度は大きくちがいます。予測する数をふやすのはたいへんですが、信頼度を高めるためにも、できるだけふやしたほうがいいと考えています。
予測のばらつきから「信頼度」付きの季節予測を
アンサンブル予測における結果のばらつきのことを「ノイズ」と呼びます。結果のばらつきが大きいことを、ノイズが大きいと表現します。予測する数をふやすと、ばらつきの大きさが見えてきます。
予報モデルが正しいとすると、たとえば100回予測して、結果にほとんどばらつきがなければ、その平均値もかなり信頼度が高い(当たる確率が高い)ことがわかります。
ばらつきの大きさと結果の信頼度の関係については、台風の進路予想図を思い浮かべてもらうとイメージしやすいかもしれません。台風の進路予想もアンサンブル予測です。
進路予想図では、これから台風が進む可能性がある場所に予報円が描かれています。予報円の大きさが予測のばらつき(ノイズ)の大きさです。予報円が小さいということは、台風の進路をかなり正確に予想できるということです。
一方、予報円が大きくなると、台風は予報円のどこかを通るはずですが、実際にどこを通るかは予想しづらくなります。
ふだん目にする天気予報は、予測のばらつき(ノイズ)の大きさを元に算出された信頼度の情報を付けています。

私たちの研究グループでは、信頼度という考え方を季節予測にも応用できないかと考えています。
もうひとつの地球をコンピュータ内に作るには
――実際に、季節予測に信頼度が付くと、どのように使えるのでしょうか?
現状のJAMSTECの季節予測には、信頼度の情報は付いていません。でも実際にアンサンブル予測を行っていると、ばらつき(ノイズ)の大きさ、つまり信頼度の高さには差があります。
「今年の夏は暑くなるでしょう」という予測であっても、本当は「今年はほぼ確実に暑くなる」という年もあれば、「不確定要素が多くて、よくわからない」という年があるんです。そういった信頼度の情報を付け加えることで、季節予測をもっと活用してもらえるようになるのではないかと思います。

現実世界とそっくりな地球をバーチャルで再現したものを「デジタルツイン」と呼ぶことがあります。季節予測の研究でつちかった技術やJAMSTECの海洋観測の情報を組み合わせることで、地球の精巧なデジタルツインを作ることが可能になります。
将来的には、そうしてできた地球のデジタルツインにスマホのAIアシスタントなどを通して気軽にアクセスしてもらって、明日の天気から数ヵ月先の天候、100年後の地球環境まで、さまざまな情報が簡単に取得できるようになればと思っています。私たちが作った地球のデジタルツインが、いろんな場面でみなさんの意思決定をサポートできるようになるとうれしいですね。
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この記事はブルーバックスウェブから読むこともできます。
https://gendai.media/list/serial/bluebacks/exploringjamstec
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