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「氷河」の定義を知っていますか?温暖化でとけた氷河から温室効果ガス「メタン」が放出されている不都合な真実

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取材・文:岡田仁志

スイスやモンゴルなど、さまざまな国で氷河の減少が起こっていることがニュースになっています。そこで、海洋研究開発機構(JAMSTEC)で氷河について研究している地球環境部門北極環境変動総合研究センター(IACE)北極化学物質循環研究グループの紺屋恵子さんにお話を聞いてみました。じつは氷河の減少もさることながら、融解した氷河からは二酸化炭素の28倍の温室効果ガス「メタン」が放出されているといいます!(取材・文:岡田仁志)

紺屋恵子さん(撮影:森清/講談社写真部)

「氷河」という言葉の定義は!

――氷河という言葉は知っていても、それが何なのか、実はよくわかっていない人が多いと思います。「河」と呼ばれるということは、流れているということですか?

そうですね。内部に氷があって、それが重力で動いていれば「氷河」です。ちなみに、中国語では「氷川」と表記するんですよ。

ただ、ふつうの川の流れとは違って、氷が流れ落ちていく動きはすごくゆっくりしたものなので、その場で見ていてもわかりません。平均的には、1年間に50メートルぐらい。GPSを使って観測すると、1年後にそれぐらい動いたことがわかります。

――日本にも氷河はあるのでしょうか?

日本は雪や氷が夏まで残らないので、かつては「氷河は存在しない」とされていたんです。私は学生時代に、卒論のための調査で立山の剱沢に行きました。そのあたりは「1万年くらい前は氷河だった」とされていたんです。でもまったく想像ができなくて、「どこが氷河だったの?」という感じでしたね。

立山にある氷河(写真撮影・提供:福井幸太郎氏/立山カルデラ砂防博物館)

ところが2012年に、富山県立立山カルデラ砂防博物館の研究チームの調査によって、まさにその立山連峰の御前沢雪渓、三ノ窓雪渓、小窓雪渓に氷河があることがわかりました。そのときのポイントも、内部に氷があることと、重力で動いていることです。雪渓の深いところに氷があることをレーダーで突き止め、さらに動いていることも観測されたので、「これは氷河だ」ということになったんですね。

そのため、それぞれ御前沢氷河、三ノ窓氷河、小窓氷河と呼ばれるようになりました。その後も富山県で内蔵助氷河と池ノ谷氷河、長野県でカクネ里氷河と唐松沢氷河の存在が確認されています。

「雪氷気象学」とはなにか?

――紺屋さんはその氷河を研究対象にされているわけですが、ジャンルとしては「雪氷気象学」というそうですね。

雪や氷を対象とする「雪氷学」という分野の中で、基本的に気象関係の現象を扱うのが「雪氷気象学」です。雪と聞くと気象と関係がありそうに思われるかもしれませんが、雪氷学はそれだけではありません。より長いスパンで研究する「雪氷気候学」もありますし、「雪氷物理学」「雪氷化学」などもあります。

また、とくに雪国では雪害もありますから、それに対応するための「雪氷工学」も重要ですね。かつては電線が凍ってしまうのが大問題でしたし、世界で初めて人工雪をつくったことで有名な中谷宇吉郎の時代には、飛行機のプロペラに雪や氷がつくと回転しにくくなる現象が大きなテーマでした。

雪害といえば、雪崩はいまでも重要なテーマです。たとえばスキー場でも、所定のコース以外のところで誰かが滑ったときなどに、よく雪崩が起きるんですね。実際に雪崩が起きたときに、現地の条件からその原因を調べに行く研究者のチームが、いつも待機しています。

もちろん、降雪量の地域的な分布や、アメダスのデータと実際の積雪の違いなど、基本的な気象や気候についても、研究すべきテーマはたくさんありますね。

2008年に行ったモンゴルでの調査(写真提供:紺屋恵子/JAMSTEC)

――雪氷学というジャンルだけでも、研究の範囲はすごく広いんですね。当然、温暖化問題も大きなテーマだと思いますが。

温暖化によって雪は減っていますから、その減り方を調べるのは大切です。温暖化と関係するものとしては、凍土の研究もいまホットな話題ですね。凍ったまま越年するものを永久凍土といいますが、夏には解けて冬に凍る季節凍土もたくさんあります。それがどんどん減っていて、凍土が溶けたところが湖になったりもしています。

――凍土の分布はすべてわかっているんですか?

だいたいのことはわかっていますが、完全にはわかりません。正確に把握するには、地面を掘って温度などを計測する必要があります。ただ、表面が夏に解けても、熱の届かない深いところは1年中凍っているようなところもあったり、3次元的に見てもいろいろな分布をしているので、完全に調べるのはなかなか難しいですね。

――日本に氷河があるのは意外でしたが、凍土もあるのですか?

北海道や東北地方の山の上などにあります。たくさん雪が積もると、それが断熱するので地面の下まで冷気が伝わらず、凍土ができにくいんです。すごく寒いけど雪が積もらないところのほうが、凍土ができやすいですね。

氷河の量的な減少をモニタリングすると

――さて、紺屋さんご自身のご専門は氷河ですが、どのような研究をされているのでしょうか。

もともとは、地球上の氷河がどれくらい減っているかをモニターする仕事をしていました。これが氷河学のメインストリームといっていいでしょうね。もちろん、1人の研究者だけでは全体を見ることができません。

そのため、各国の多くの研究者がそれぞれ自国の氷河やアクセスしやすい氷河を調べて、その報告を集めたデータベースを作成しています。そのデータベースを参照して、ほかの氷河と比較することで、自分が調べている氷河に対する理解も深まるんです。

――氷河の減少とは、具体的にはどういうことでしょう。

科学的には量を評価するわけですが、簡単にわかるのは面積の変化です。世界にあるほとんどの氷河は面積が縮小しており、なくなってしまった氷河もあります。以前、私が観測に行っていたモンゴルの氷河は100年前の写真が残っているのですが、これは見ただけでかなり様子が変わったことがわかりました。

モンゴルにある氷河の変化。左は1911年にロシア人によって撮影されたもの。右は2010年に紺屋さんが撮影したもの(写真提供:紺屋恵子/JAMSTEC)

スイスのローヌ氷河などは、観光客にも減ったことがわかるでしょう。もともと氷河の末端にホテルが建てられたのですが、氷河が減って後退してしまったので、いまはかなり移動しないと見ることができません。「昔はここまで氷河でした」という標識もあるので、どれだけ減ったかが誰でも実感できると思います。

氷河を覆う「ブラックカーボン」はどこから?

――量的な変化のほかには、氷河についてどのような研究をされていますか?

ブラックカーボンの調査をアラスカでやっていたこともあります。氷河の上の雪に、炭素を含むススのような黒い物質(ブラックカーボン)があって、その影響で氷河が解けやすくなっているのではないかという仮説があるんですね。

ブラックカーボンは太陽光を吸収するので、氷河の表面にくっつくと太陽光の反射率を下げて、氷を解かす可能性があります。ただ、私が測った場所ではブラックカーボンの量があまり多くなかったので、氷河への影響もそれほどありませんでした。

(撮影:森清/講談社写真部)

――アラスカのブラックカーボンは、どこから来るんですか?

大気の流れから考えて、主に中国から飛んでくるものが多いといわれています。ロシアからも来てますね。自然起源のブラックカーボンもないわけではありませんが、半分以上は人為起源でしょう。石炭を燃やしたときにできるススのような燃料系のブラックカーボンが多いと思われます。

融けた氷河から温室効果ガス「メタン」が出ている!

さらに、最近ではメタンの研究をしています。

2019年頃、グリーンランド周辺の氷河から出る水を調べた研究者が、そこに含まれているメタンが大気に放出されているという論文を『Nature』で発表しました。グリーンランドや南極の大きな氷床の下には堆積物があるので、メタンがつくられているのではないかという話は以前からあったようですが、それが実際に氷河で確認されたんです。

――二酸化炭素と同様、メタンも大気中に放出されると温室効果ガスとして温暖化の原因になるんですよね?

メタンの温室効果は、二酸化炭素の28倍もあります。いまは温暖化の影響で氷河が解けて縮小し、氷河の縮小によってメタンが放出されることで温暖化がさらに進み、そのせいでさらに氷河の融解・縮小が進む…という悪循環になっているのかもしれません。

以前は、氷河が温暖化の影響を受けることしかわかっていませんでした。しかし現在はそれに加えて、氷河の変動が気候変動に影響を与えるという逆向きの効果も考えられるようになってきたわけです。

もっとも、氷河から放出されるメタンの量はまだ不明なので、気候変動への影響がどの程度なのかもわかりません。もっと広範に氷河を調べる必要があります。

私はこれまで、グリーンランドの氷河よりも小さいタイプの氷河を研究してきました。そういう小さい氷河でもメタンが放出されているのかどうか? 放出されているとしたらどれくらいの量なのか? それを知るための測定を5年ほど前からアラスカの氷河で行っています。

――ということは当然、しばしばアラスカまで行かれるんですよね? それだけでも、かなり大変だと思いますが……。

氷河の減少などは衛星画像でもだいたいわかりますし、飛行機やドローンで観測することもできますが、いまのところ、メタンの測定は自ら現場に行って水を採取するしかありませんね。もっと手間のかからない方法を考え中ですが、まだ思いつきません。

アラスカにあるキャスナー氷河での観測の様子。氷河が解けて流れ出た水を採取し分析する。キャスナー氷河は岩屑で覆われているため、氷河表面は白く見えない(写真撮影・影響:岩花剛氏/アラスカ大学)

日本からは、米国のシアトル経由でアラスカの真ん中あたりにあるフェアバンクスという町に行きます。アラスカ大学フェアバンクス校の研究者に協力してもらっているので、そこを拠点にしているんです。氷河のあるアラスカ山脈までは、そこから車で4時間ほどかかりますね。

橋のかかっていない川を渡るには!?

――観測地点の近くでキャンプを張るんですか?

そのほうが移動は楽ですけど危険もあるので、近くのホテルに滞在します。アラスカ山脈にはいくつも氷河がありますが、いまメインで調べている氷河は、道路から徒歩30分ぐらいですね。

いちばん最初に行ったのはその隣にある氷河で、徒歩1時間ぐらい。それでも楽なほうだと考えて選びました。計測用の機材を持ち運ぶので、対象を決めるときはアクセスしやすいことが大事になります。

ただ近ければいいというわけでもなくて、ある氷河では私有地を通らないとたどり着けないので、許可を得るためにややこしい手続きがありました。さらに、そのときは途中で渡る川に橋がなかったので大変でしたね。地元のガイドに頼んでボートを出してもらったので、お金もかかりました。

アラスカ南部のMatanuska氷河の末端できた湖での調査。氷河には積雪のさいに取り込まれた塵などが黒い縞模様となっていることがわかる。この写真は2025年のJAMSTECのカレンダーにも採用されている(写真撮影・提供:紺屋恵子/JAMSTEC)

それと、アラスカは野生動物がかなりいるので危ない面もあります。氷河の川の手前までは観光客もいるような状態ですが、川を渡ると基本的に人が入らない場所なので、オオカミの足跡があったり。クマやムース(ヘラジカ)を見かけたこともありました。研究の仕事は安全第一なので、そういう場所はなるべく避けるようにしています。

メタンはどこからやってくるのか?

――メタンの量はどうやって調べるのですか?

メタン濃度は、氷河から流れ出ている小さな川から採取した水をメタンの含まれていない気体と混ぜて、気体サンプルとして持ち帰ってから、研究室でガスクロマトグラフィーという方法で測定します。一方、メタン放出量のほうは、川の表面付近でのメタンの出入りをガス測定機で測ります。

氷河から流出した水は湖に溜まっていることもありますが、溜まった水はメタンが飽和状態になってそれ以上は増えないので、飽和量以上のものを手に入れるには、氷河の下から出てくる水をすぐ採取しなければいけません。

写真の氷河では、湖の真ん中に水が湧き出ているところがあったので、そこから採取しました。ガイドの方にゴムボートでそこまで行ってもらって採取したのですが、それでもかなり難しかったですね。水面に手を伸ばすとバランスが崩れて危ないので、ボートが転覆しないよう、反対側に体重をかけながらやっていました。

アラスカ南部のMatanuska氷河の末端できた湖では、ボートを使って調査を行うこともある(写真撮影・提供:紺屋恵子/JAMSTEC)

――氷河から放出されるメタンは、何に由来するものなのでしょう。

いまは、起源が2つあることがわかっています。もともと地中深くにあったメタンが地面の割れ目から出てくるのがひとつ。また、氷の下にある有機物を含んだ堆積物の中に、メタン菌がいるんですね。酸素がない環境になるとメタン菌がメタンをつくります。その2つの可能性があることはわかっているので、それぞれの氷河から出るメタンがどちらなのかを調べています。

氷河から放出されるメタンの量を調べると

――氷河のメタンは、ふつうの川より多いのですか?

そうですね。氷河から流出する水の溶存メタン濃度は一般的な河川のおよそ2倍から40倍、放出量は約6倍です。メタン濃度に大きな幅がある理由は、まだよくわかっていません。

キャスナー氷河からの流出水付近で2022年6月12日に測定されたメタン濃度(Konya, K.et al.“CH4 emissions from runoff water of Alaskan mountain glaciers.”Scientific Reports 14(1), 2024. doi.org/10.1038/s41598-024-56608-y )

ただ、もともと地中深くにあるメタンはちょっとずつ放出されるのに対して、氷の下の堆積物から出るメタンは、つくられる量が環境の変化によって変わるんですね。また、メタンの生成には炭素が必要なので、炭素が使い切られてしまうとメタンも減るのではないかとも考えられています。

――これからもアラスカで調査を続けるのですか?

以前はほかの場所も考えましたが、コロナ禍のあいだは調査に行けず、観測回数が稼げなかったので、アラスカに絞るつもりです。いまは世界各地で多くの研究者が測定を行っているので、自分で調べなくても、ほかの地域のデータは手に入りますし、アラスカでもまだやるべきことはいろいろありますから。

たとえば同じアラスカでも、メタン濃度や排出量に季節変動があるかもしれません。これまでに夏の測定は何度か行っているので、冬のデータもほしいですね。真冬に行くのはちょっと厳しいかもしれませんが、冬の始まりか終わり頃に行くことも考えています。

(撮影:森清/講談社写真部)

取材・文:岡田仁志  
撮影:森清(講談社写真部)  
取材協力・図版提供:地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 紺屋恵子

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