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じつはこの方「山岳氷河研究者」なんです!モンゴル、シベリア、パタゴニア、アラスカ…研究者が見た世界の氷河とは

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取材・文:岡田仁志 

モンゴル、シベリア、パタゴニア、スイス、アラスカ……世界を股にかけて氷河を調査している研究者が、海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境部門北極環境変動総合研究センター(IACE)の北極化学物質循環研究グループの紺屋恵子さんです。なぜ、氷河の研究者になったのか。海の研究所として知られるJAMSTECで氷河を研究するその研究者生活という旅についてお話をうかがいました。(取材・文:岡田仁志)

高校時代はワンダーフォーゲル部でしたが……

紺屋恵子さんは、山岳氷河の専門家として、モンゴル、シベリア、アラスカなど世界各地で現地調査を手がけてきました。極寒の山岳地での調査は身体的にも大変ですが、高校時代はワンダーフォーゲル部に所属していたそうですから、もともといまの仕事に向いていたのかもしれません。

「神奈川県の高校だったので、部活では山梨や八王子など近場の山に行っていました。ただ、当時から将来は研究職に就くのもいいなぁと思っていたものの、いまのような分野に進みたかったわけではありません。じつは、博物館の学芸員を目指したこともあります。

紺屋恵子さん(撮影:森清/講談社写真部)

大学で地理学科に進んだのも、偶然みたいなものですね。中学時代には宇宙飛行士に憧れたりもしたので、理学部の天文学科なども受験しましたが、入試の成績で結果的に地学系の地理学科に入りました。

地理学科では、大学3年で人文地理か自然地理かを選択します。大学でも山のサークルに入っていましたし、やはり自然系を勉強したかったので、そこで自然地理の地形学を専攻しました。隕石にも興味があったので、岩石学でもよかったんですけどね。

そして、3年生で研究テーマを選ぶときに地形学関係の論文をいくつか読んで、山の地形を研究する分野があることを知り、それは自分に向いているかもしれないと思いました。卒業論文のテーマで日本の氷河地形を選んだのは、やはり山が好きだったからだと思います」

日本に氷河は存在する?しない?

現在、日本には7つの氷河が存在することが確認されています。でも、最初に富山県の立山で氷河が確認されたのは、2012年のこと。紺屋さんの学生時代はまだ「日本に氷河は存在しない」とされていました。

「当時は、大昔には日本列島にも氷河があったけれど、いまは存在していないと考えられていました。ですから、日本の氷河地形を研究するには、いつ、どのような形の氷河があったのかを調査するしかありません。

そこで私は、1万年ほど前までは氷河があったとされる北アルプスの剱沢で卒論のための調査をしました。でも、かつて氷河があったとされる場所に立っても、どこにどういう氷河があったのか想像することもできません。

卒業論文の調査時に立山の剣沢にて連続撮影した写真。写真右側が劔岳の方向(写真提供:紺屋恵子/JAMSTEC)

東北大には氷河地形の先生がいなかったので、別の大学の先生にも話を聞きに行きました。氷河を見たことのある人に聞けば少しはわかるだろうと思ったんです。でも、いろいろ説明されても、全然わからない。やっぱり自分で実際の氷河を見てみたいと思いましたね」

初めて見た氷河はカムチャツカ半島カレイタ氷河

紺屋さんが本格的に氷河の研究をしようと考えて北海道大学の修士過程に進んだとき、タイミングよく、ロシアのカムチャツカでカレイタ氷河などを調査するプロジェクトが始まりました。

「運が良かったですね。ただ、進学後すぐに観測に参加することになったので、何を研究するか自分で考える時間がなく、テーマは当時の先生や先輩が決めました。カムチャツカでは、氷河が1日にどれくらい融けるかを観測しましたが、私は地理学科出身で物理がやや不得意だったので、数学や物理があまり必要ではない氷河学の基本的なテーマを与えられたのだと思います。

写真、後ろ左側がカレイタ氷河。調査終了後、ヘリコプターが迎えに来たとき(写真提供:紺屋惠子/JAMSTEC)

現地で初めて氷河を見たときは、すごいと思いました。氷に光が当たって、ちょっと青っぽく見えるんですよね。でも、氷河の下流から徒歩で上まで登って行くのは怖かったし、体力的にも大変でした。メンバーの中でも私は体力がないほうだったので、1ヵ月半の観測はけっこう厳しかったです」

スウェーデンのストール氷河、チリ・パタゴニアの氷河

氷河の調査にはお金がかかるので、若い大学院生が観測の機会を得るのは簡単ではありません。しかも紺屋さんの場合、研究室が縮小されてしまったので、そのチャンスを自分で探さなければならなくなりました。博士過程1年のときは、海外のサマースクールに参加して勉強したそうです。そして博士過程2年で、スウェーデンのストール氷河で観測を行うことができました。

ストール氷河の観測時の写真。氷河上から下流方向を見ている(写真提供:紺屋惠子/JAMSTEC)

「自分のドクター論文を書くための観測なので、スウェーデンには1人で行きました。ストックホルム大学が管理する観測小屋で、決まった観測メニューのほかに、それぞれの研究者が自分のテーマを持って参加できる形でした。自分が得られた研究費は少なく、背水の陣でしたね」

博士過程修了後も北海道大学に残り、パタゴニアの氷河を調査。その後、紺屋さんは海洋研究開発機構(JAMSTEC)に就職します。

氷河の研究者が、なぜ海の研究所「JAMSTEC」に?

「当時のJAMSTECにはわりと大きい氷河研究グループがありました。そこのトップがかつて北海道大学の教授だったんですね。私自身、就職先は大学より研究所のほうが向いていると思っていたところに、ちょうどそのグループが人員を募集すると聞いたので、手を挙げて採用していただきました」

JAMSTECでは、モンゴルの氷河を研究する寒冷圏水循環グループに所属。それから5年間ほど、モンゴルの氷河の質量収支変動の調査を担当しました。

「その氷河全体がどれくらい増えたり減ったりしているかを測定する仕事です。雪が降った量と解けた氷の量を測って、前年との変動量を計算する。年に2回か3回は、モンゴルに行っていましたね。氷河観測に関わるのが私と先輩の2人だけだったので、行かざるを得ない感じでした。

モンゴルでの滞在は、通常は2週間程度ですが、長いときは1ヵ月くらいテント生活が続きます。大人数で食事をするために、モンゴルならではのゲル(遊牧民の伝統的な移動式住居)も使いました。ゲルにもモンゴル式とカザフ式の2種類があって、私たちが行ったのはカザフスタンの近くだったので、カザフ・ゲルも使ったことがあります。

カザフゲル。一般の民家として使用されている(写真提供:紺屋惠子/JAMSTEC)
観測時に使用したモンゴルゲル(写真提供:紺屋惠子/JAMSTEC)

私たちが調査したアルタイ山脈のポターニン氷河は、モンゴル国内ではあるもののカザフ文化圏なので、モンゴル語も通じません。一緒だったモンゴル人研究者も、現地の言葉はわからないと言っていました」

シベリアの山岳氷河で人生最大のピンチ!

その後、シベリアでの氷河調査では、観測ポイントからキャンプに戻るときに日が暮れてしまい、月明かりの下で「遭難に近い状態になったこともあります」という紺屋さん。過酷な環境下での作業が多いので、せめて国際的な学会などは過ごしやすい都市部でやるのだろうと思いきや、必ずしもそうではないようです。

オーストリアで行われた研究会の会場から見た風景(写真提供:紺屋惠子/JAMSTEC)

「欧米の氷河研究者にはやっぱり山が好きな人が多いので、山の中の観測所でワークショップをやったりしますね。オーストリアのインスブルックから1日かけて電車とバスを乗り継がないと着けないところとか。ポーランドとチェコの国境にある山の中や、コロラドのスキー場みたいなところで研究会をやったこともあります。都市部でもできることなんですけどね」

これから目指す氷河研究のテーマは

地球を股にかけて飛び歩いているような紺屋さん。その背景には、行き先を自分ではなかなか選べないという、この研究分野ならではの事情もあるようです。

「観測系の研究は、どこかに行けるチャンスがあれば行っておかないと、次にいつデータを取る機会があるかわかりません。だから、自分の行きたいところよりも、行けるところで調査をすることになりやすいんですね。

その結果、これまでは自分の研究テーマを絞りきれていないような面もありました。最近はおもにアラスカで調査を行っていますが、氷河に降着するブラックカーボンや氷河から放出されるメタンガスなど、環境問題に自分の知識をからめていく方向にシフトしています」

アラスカだけでも、まだ調査されていないエリアがたくさんあると語る紺屋さん。2025年5月には、スイスで氷河の崩落による災害も起こりました。大きな問題となっている地球温暖化に対して、紺屋さんの研究のもつ重要性は、ますます高まっています。

(撮影:森清/講談社写真部)

取材・文:岡田仁志    
撮影:森清(講談社写真部)    
取材協力・図版提供:地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 紺屋恵子

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