年々厳しさを増す日本の夏の暑さ。街路樹で木陰をつくったり、ミストを噴霧したりといった対策が各地で行われています。もし、これらの暑さ対策にどれだけの効果があるのかを事前に把握できれば、より効率的な対策が進められます。それを可能にするのが、JAMSTEC付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センターの松田景吾さんたちのチームが行っている「微気象シミュレーション」という研究です。
仮想空間に現実そっくりの街をつくり、地表付近の気温や湿度、風速などの大気の状態を細かく再現するのが微気象シミュレーション。じつは、すでに丸の内パークビルや大阪・関西万博の会場でも、このシミュレーションが行われました。全球(地球全体)から計算をはじめ、最終的には1メートルサイズの解像度で街を再現するという微気象シミュレーションについて、その仕組みや今後の応用について話を聞きました。(取材・文/福田伊佐央)
丸の内パークビルの夜間の気温低下はなぜ起こったのか?
――そもそも「微気象」とは何でしょうか?
まず、気温や湿度、風の強さなどの大気の状態のことを「気象」といいます。「微気象」とは、地表面や建物などの影響を強く受ける地表付近の気象のこと、一般的には地上の高さ100メートル程度までの気象のことをいいます。
地面が土なのかアスファルトなのか、どんな形や高さの建物や樹木があるかなどによって、微気象は大きく変化します。
こちらの動画を見てみてください。これは、東京駅の近くにある「丸の内パークビル」の中庭の夜の気温について、株式会社三菱地所設計と株式会社竹中工務店との共同研究において、微気象シミュレーションを使って検証したものです。気温のちがいを、もやの色で表現しています。青、黄、赤の順に、気温が高くなります。
このビルの中庭では、深夜になると周囲よりも1℃ぐらい温度が低くなるという現象がおきていました。その原因をさぐるためにシミュレーションを行いました。
動画では中庭の気温が周囲よりも明らかに低く(もやの色が青く)なっていて、シミュレーション上でも気温の低下がおきていることがわかります。
中庭の樹木が夜間の気温を下げていた
現実世界をうまく再現できることがわかったので、中庭に植えてある樹木を消した状態でもシミュレーションをしてみました。
樹木をなくすと、夜間の気温低下が小さくなったんです。検証の結果、中庭の樹木が夜間に熱を放出する「放射冷却」などの効果によって、気温が下がっていることがわかりました。
――樹木を全部なくしてみるというのは、シミュレーションならではの検証法ですね。
そうですね。この丸の内パークビルのシミュレーションでは、空間を1メートル四方のメッシュで区切って大気の状態を計算しました。つまり、解像度1メートルということです。
シミュレーションを実施した2015年当時、これは微気象シミュレーションとしては世界でも最高レベルの解像度でした。2025年の今でも、これ以上細かい解像度で計算するのは簡単ではありません。
地球サイズから都市のサイズへ、同じモデルで計算する
――微気象シミュレーションはどうやって行うのですか?
微気象のシミュレーションには、JAMSTECで開発したマルチスケール大気海洋結合モデルである「MSSG:Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment」を使用します。MSSGと書いて「メッセージ」と読みます。
MSSGは、一つのモデルでさまざまなスケール(マルチスケール)の気象シミュレーションができるようにつくられています。全球(地球全体)を対象とした大きなスケールから、日本全体をカバーできるくらいの数千キロメートルの範囲、そして都市の一つ一つの建物が見えるような数キロメートルの範囲まで、幅広いスケールに対応できるんです。
MSSGは、複数のことなる解像度を組み合わせて計算することができます。たとえば台風の進路をシミュレーションしたいと思ったときには、全球を7キロメートルの解像度で計算しつつ、台風の通り道の周辺だけを3キロメートルの細かい解像度で計算する、といったことが可能です。
MSSGは大気の状態を計算するモデルと海洋の状態を計算するモデルの両方を組み合わせて動くモデル(大気海洋結合モデル)なのですが、大気と海洋のどちらかだけを単独で使うこともできます。
大気モデルのほうが細かい解像度に対応できる仕組みになっているので、微気象シミュレーションでは基本的に大気モデルのほうを単独で使用しています。先ほど紹介した丸の内パークビルの微気象シミュレーションも、MSSGの大気モデルを使って計算しました。
MSSGは地球全体でも都市スケールでも、そして大気単独でも海洋単独でも計算できるという、非常に応用範囲が広いモデルなんです。
建物の形や外壁の状態までを計算するには!?
――全球スケールと都市スケールの大気の状態を同じモデルで計算できるなんて、すごいですね。
どんなスケールで計算するときも、シミュレーションを行うために解いている方程式は基本的に同じです。だから、部分的に解像度が異なったりしても、データをうまく連携させてシミュレーションを行うことができます。
ただし、解像度が高くなって空間を区切るメッシュが細かくなると、考慮しなければならない要素が変わってきます。そこで、必要に応じて計算に使用する方程式を追加するなどして、シミュレーションの精度を上げています。
たとえば、解像度が高くなると、建物の形や高さの影響を3次元的に考慮する必要が出てきます。
地球全体や日本全体で太陽の熱が大気にあたえる影響を計算するとき、地上の建物を細かく考慮する必要はありません。大きなスケールのときは解像度が数百メートルから数キロメートルになるので、空間を区切る一つ一つのメッシュの中に建物はすっぽり入ってしまいます。
ですので、大きなスケールで計算するときは、地面のメッシュとその上にある大気のメッシュの間で生じる上下方向(鉛直方向)の熱の移動だけを計算すれば十分です。
――たしかに日本全体のスケールで考えるときには、どんな形の建物が建っているかなんて関係なさそうです。
しかし、街の中の微気象を解像度数メートルで計算するときは、建物の形を無視するわけにはいきません。空間を区切るメッシュのほうが、建物よりも細かくなるからです。
建物の壁面に斜めに日光が当たると、反射した光が地面を温めます。日光が当たると建物自体が温められるのと同時に、温まった建物が周囲の空気を温めます。また、ビルの外壁の材料によっても反射は変わるので、設計資料などがあれば、それも考慮します。
さらに、もし建物が雨でぬれていたら、表面の水分が蒸発して建物が冷えたり、周囲の湿度が上がったりします。こういった熱や水蒸気の細かいやり取りまで考慮しないと、精度の高い微気象シミュレーションはできないんです。
そこで高解像度の微気象シミュレーションを行うときは、このような細かい現象を記述するための方程式を追加して、計算を行います。
木漏れ日や植物の光合成の影響まで計算している!
微気象シミュレーションで考慮しているのは、建物の影響だけではありません。樹木の形や生物学的な活動についても考慮しています。
樹木の上のほうで枝や葉っぱが集まっている部分を「樹冠」といいます。微気象シミュレーションでは樹木の形もできるかぎり現実に近づけるので、木の幹のうえに樹冠が広がっている様子も3次元的に再現しています。
また、樹冠は完全に日光をさえぎるわけではなくて、一部の光を通します。そういった木漏れ日についても、樹冠の部分を半透明に設定することで再現しています。シミュレーション上でも樹木の下にはちゃんと木陰ができていて、木陰に入れば涼しい状況が再現されるようになっているんです。
樹木は日光を浴びると光合成を行い、葉っぱから水蒸気を放出します。「蒸散」と呼ばれる現象です。蒸散によって水蒸気が放出されると、樹冠の表面温度や周囲の湿度が変化するので、これもしっかりモデルに組み入れています。
――そこまで細かく計算しているんですね!
私は機械工学を専門に学んできたので、熱の移動や風の流れといった物理学的な現象のモデル化については専門知識がありました。でも、植物の蒸散のような生物学的現象を取り扱ったことはなかったので、樹木のモデル化については新たに勉強しなければいけませんでした。
――時間によって太陽の高度や日差しの強さは変わりますが、それも考慮されているんですか?
太陽が何時に出てきて、どれくらいの高度まで上がって……というのは、すべて考慮したうえで計算されています。
何月何日の何時何分に地球は太陽に対してどの位置にあって、どのぐらいの自転状態なのかというのはすべて計算できますので、地球上の緯度・経度と時刻を指定すれば、太陽の高度もわかります。一般的に気象シミュレーションを行うモデルには太陽の高度に関する情報が組み込まれているので、MSSGでも太陽の高度などは考慮されています。
植林による気温低下の効果を事前に検証「熊谷スポーツ文化公園」
微気象シミュレーションを使えば、数メートルの解像度で気温の変化などを細かく見ることができるので、都市の暑さ対策を考えるときなどに活用されています。
埼玉県熊谷市の「熊谷スポーツ文化公園」で、2018年に公園内に並木道を整備する計画がありました。その際に微気象シミュレーションが活用されたので紹介しましょう。
――熊谷市といえば、夏はとても暑くなることで有名ですね。
公園にはラグビー場があって、試合がある日には少し離れた場所にある駐車場からラグビー場まで多くの人が歩いて移動します。ただ、その移動経路には日差しをさえぎるものが少なくて、夏は危険な暑さになることがありました。
そこで移動経路の左右に背の高い木を植えて、木陰ができる並木道にしようという計画が立てられました。
微気象シミュレーションによって、木を植えるとどれくらい気温が下がるか、どういうふうに木を植えるとよいかなどを検証しました。
上の画像が木を植える前の状態、下側が木を植えたあとの状態です。
画像中央を縦に通っているのが、ラグビー場へとつづく道です。木を植える前は、35℃以上であることを示すオレンジ色の空気が広くあたりをおおっていました(上側)。そこに木を植えることで、その熱い空気がなくなっているのがわかります(下側)。
シミュレーションの結果、木を植えることで1℃近く気温が下がることが確認できました。木の植え方についても、道の左右に対称に植えるのではなく、少しずつずらして植えると日陰になる面積がふえることが、シミュレーションによってわかりました。
こういった検証結果を自治体に伝えて、公園の整備計画に活用していただきました。
――木を植える効果を事前に検証できるのはありがたいですね。
微気象シミュレーションでなければ、気温がどれくらい低下するかを定量的に評価するのはむずかしかったと思います。通常は、実際に木を植えてみるまでわかりませんので。
「大阪・関西万博」会場の微気象による暑熱予測が配信される
――ほかにはどういった活用例がありますか?
2025年4月から大阪府で開催されている「大阪・関西万博」でも、微気象シミュレーションが熱中症対策に活用される予定です(下記リリース参照)。
国土交通省のデータプラットフォームを使って生成された建物のデータに、現地で観測した温度などのデータを合わせながら、現地の微気象シミュレーションを行うシステムを内閣府戦略的イノベーション創造プログラム「スマートインフラマネジメントシステムの構築」(サブ課題D※)の一環として、都市丸ごとのシミュレーション技術研究組合(担当:東電設計株式会社)と筑波大学との協働チームで開発しました。
このシステムが、国土交通省のプロジェクトとして、万博で活用されることとなり、前日の気象データを使って、当日の万博会場の暑さがどうなるかをシミュレーションで予測することになっています。2024年夏にパビリオンなどを建設中の万博会場で、事前検証を実施したところ、多少のずれはあったものの現地の計測結果と概ね一致しました。
暑さが本格化する7〜8月に、微気象シミュレーションを毎日実行して、その結果が関係者に自動配信される予定です。
この国土交通省のプロジェクトでは、民間企業も加わって微気象シミュレーションが行われることになっており、シミュレーション技術の社会実装が進んでいます。
※戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期課題「スマートインフラマネジメントシステムの構築」
サブ課題D:サイバー・フィジカル空間を融合するインフラデータベースの共通基盤の構築と活用(研究開発責任者:東京大学大学院新領域創成科学研究科教授 本田利器)
AIを使って解像度を上げる「超解像」技術
――今後、微気象シミュレーションをどう発展させていく予定ですか?
解像度を高くするとシミュレーションの精度は上がりますが、計算量が多くなるので計算に時間がかかります。そこで、低解像度でシミュレーションを行い、AI(人工知能)を使って解像度の低さをおぎなうことができないかという考えのもと、東京科学大学の大西研究室と研究連携を行っています。
AIを使って解像度の低さをおぎなう技術は「超解像」と呼ばれています。超解像技術が使えるようになれば、計算結果が得られるまでの時間を短縮できるので、速報性が求められるような状況での利用が考えられます。
たとえば、都市の暑さ情報を低解像度の微気象シミュレーションですばやく計算し、超解像技術で補正したうえで、リアルタイムに近い形で予測結果を発表するようなことも可能になると思います。
観測データとシミュレーション結果を融合させる「データ同化」の技術にも注目しています。建物や通路が入り組んだ都市で微気象シミュレーションをすると、どうしても現実とずれる場所が出てきます。そこに実際の観測データを組み入れて、シミュレーションを補正することで、より現実に近い予測結果が得られるようになります。
都市と雨の関係を微気象シミュレーションで明らかにする
そのほかにも、都市と雨との関係性についても、微気象シミュレーションを通して明らかにしていきたいと考えています。
――都市と雨との関係性とはどういうことですか?
以前から、都市でヒートアイランド現象が起きると、雨が降りやすくなるといわれています。実際に統計的には雨が降りやすくなるのですが、都市の存在がどうやって雨の降り方に直接的に影響をおよぼすのかについては、よくわかっていません。
建物一つ一つの影響まで考慮できる微気象シミュレーションなら、その謎を解明できるんじゃないかと考えています。
雨の降り方について調べるなら、雲を再現できるだけの大きな計算領域が必要ですが、そのためには計算しなければならない範囲がこれまでの微気象シミュレーションより大きく広がります。
計算量が一気に増えますが、スーパーコンピューターを使いながら計算方法を工夫することで、なんとか実現させたいと思っています。
数メートルの解像度で詳細なシミュレーションを行う技術を、大きなスケールまで広げていくことで、気象に関する新しい知見を創出していきたいですね。
取材・文:福田伊佐央
撮影:村田克己/講談社写真部
取材協力・図版提供:付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター 松田景吾
JAMSTECのモデル研究についての関連記事
●「カオス現象」の気候はどのように予測されるのか?「気候モデル」で100年後の地球の気温を予測する方法
●近年の猛暑は予測されていたのか?地球温暖化における人間活動の影響は?「気候モデル」研究でわかる地球の未来とは
●グリーンランドや南極の氷は?氷床モデル研究者が解説する現在と未来
●100のパラレルワールドで猛暑の原因を探る。「イベントアトリビューション」×「高解像度モデル」で地球温暖化の影響を評価するには
●スマホの画面はなぜバキバキに割れる?その割れ方をシミュレーションで再現してみた。じつはこれ世界初の快挙なんです!
●今年はラニーニャで厳冬に!? 季節予測研究の最前線へ「気象災害からマラリア対策まで!」

