国際深海科学掘削計画のもと、世界の海で採取されたコア試料の3分の1を保管・管理している⾼知コア研究所。地震研究や⽣命研究、はやぶさ2の試料分析など、とてもユニークな研究が⾏われている研究所としても知られます。もともと⽯を集めるのが好きな⼦どもだったと語る所⻑の廣瀬丈洋さんに、なぜこの研究所が⽣まれたのか、そして世界で活躍するために、研究者に、⽇本の研究に求められるものがなにかを聞いてみました。(取材・⽂:岡⽥仁志)
石集めが好きな少年が、世界中から「コア」が集まる研究所の所長に!
――廣瀬さんご自身は、設立の2年後の2007年から高知コア研究所に所属されています。これまで、どのような研究をされてきたのでしょうか。
2002年に京都大学で地震に関する研究で学位を取る前は、広島大学で地質学をやっていました。じつは、小さいころから石集めが好きだったんですよ。ここの研究所には、そういう人がけっこういます(笑)。
子どもの石集めの行き着く先が世界中のコア集めだったんですから、考えてみると幸せなことですよね。自分の物ではないとはいえ、石コレクターにとって、これ以上に価値のあるコレクションはありませんから。
それはともかく、僕自身の専門は「岩石力学」という分野です。地震のさいに断層が高速ですべる現象を実験室で再現して、その動的な物理化学プロセスを探る研究を20年以上やってきました。
地震という現象は地下の深いところで起きるので、その現象を直接観察することはできません。その本質を理解するためには、やはり地震時の断層運動そのものを見たい。そのためには、実験室で再現するしかありません。
地震が起きたとき地下では何が起きているのか?
JAMSTECに来たのは、南海トラフ地震発生帯の掘削が始まったときです。
その前年、ポスドクだった2006年に大阪港で地球深部探査船「ちきゅう」の一般公開をしていたんです。「すごい船をつくったな」と感心して見にいったんですね。そのときは、まさか自分がそれに乗ることになるとは思っていませんでしたね(笑)。
2007年にJAMSTECに来て、それ以降は掘削科学とも深く関わりながら、地震の再現実験を続けてきました。掘削科学は自然が相手ですが、実験室での研究と無関係ではありません。
たとえば2011年の東北地方太平洋沖地震の翌年に、震源の調査をする「JFAST」という研究航海が実施されましたが、私もそれに乗船しました。
あの調査の大きな目的のひとつは、地震が発生した断層がどれぐらいすべりやすい状態になっていたか、つまり摩擦係数がどれだけ小さくなっていたかを解明することです。
私は実験研究から、地震時には断層の摩擦係数が0.1程度まで劇的に小さくなるということを突き止めていました。でも、自然界でそれと同じような数値になるのかどうかは、実験室にいても確証が得られません。ですから私にとって「JFAST」の掘削調査は、自分の実験が正しいかどうかを検証する場でもあったわけです。
そして、JFASTで採取されたコア試料の実験や、プレート境界断層沿いの摩擦熱の直接計測からは、地震時に摩擦係数が0.1程度になっていたということを示唆する結果が出てきました。
世界でも数台しかない震源の状態を再現する装置
――地震の再現実験には、どんな装置を使うのでしょう。
石や砂などの試料をグルグルと回転させて摩擦する「摩擦せん断試験機」という装置を使って、地震と同じ現象を再現します。
海底下で起きる地震を再現するために、JAMSTECに来てからは水で満たされた状態の摩擦を実験できるような試験機を開発しました。
地震時に断層が高速で滑る現象を再現した実験 (動画提供:JAMSTEC)
もちろん製造は外部の企業にお願いしますが、基本的な仕様設計は我々が行います。細かい改良を繰り返し、何年もかけてつくっています。
水を満たす装置の次は、熱水の中で実験する装置を開発しました。というのも、地震は150℃〜300℃という高温で水が存在する環境で発生するからです。
その開発には10年以上かかりました。高温高圧の熱水の中で試料を1分間に2000回転させる必要があります。高圧熱水が圧力容器から漏れ出すと大変危険な装置なので、国の規制や法律など、クリアしなければいけない条件がいろいろありましたね。設計に着手したのは2013年ですが、実験に使用して論文に出せるレベルのデータが取れるようになったのは、ここ1〜2年のことです。
――熱水の中で摩擦実験のできる装置はほかの国にもあるのですか?
同じ方式のものは、ほかにはありませんね。方式の違うものを含めても、実用化されているのはまだ世界で2〜3台でしょうか。
30年続けられる研究者は「技術力」も持っている
この実験装置にかぎらず、私たち高知コア研究所は技術開発をとても重視しています。
最大のミッションはコア試料のキュレーション(保管・管理・分配)ですが、前にもお話したとおり、コア保管庫と研究所が一体となっているのが私たちの強みです。その研究の面で世界と協力しつつ競い合い、高め合うためには、この研究所でしかできないサイエンスに取り組まなければいけません。独自の研究を行うには、そのための技術開発も自分たちの手でやる必要があるわけです。
ですから、ここに集まっている研究者たちは、皆確固たる自分の技術を持っています。単に集まったデータを分析するだけでなく、分析に必要な機材を製作したり、新たな分析技術を開発するなど、「一芸」に秀でた人材が集まっています。
私は、30年も続くサイエンスはないと思っているんです。でも技術を持っていれば、それを活かして多様なサイエンスに関わることができるでしょう。いま取り組んでいるテーマが一段落しても、別のサイエンスで独自の研究を始めることができるわけです。
惑星科学、微生物学、岩石学や地質学……さまざまな研究者が同じ研究所に
たとえば、高知コア研究所には地球外の物質である「はやぶさ2」試料の分析に活躍した研究者がいます。この研究は海底下から採取するコア試料の研究と直接の関係はありません。でも、惑星科学で磨いた先端分析技術を活かせば、コア試料の研究においても従来とは異なる解析や発見につながります。
技術開発ができる研究者は、そんなふうに多様なテーマを組み合わせたサイエンスを追求することもできるわけです。
実際、ここは「コア研究所」という名称ではありますが、集まっているのは海洋掘削やコア試料の専門家だけではありません。半分は惑星科学、微生物学、岩石学や地質学など、海洋だけにかぎらない分野の人たちですし、コア試料を使わない人もいます。太古から現在までの気候変動、生命活動、地殻変動といった地球の成り立ち、歴史を解き明かすことを目指している以上、当然そうなるんですよ。
というのも、地球が誕生したのは46億年前と考えられていますが、海洋掘削で遡れる時代は約2億年前までにすぎません。
なぜなら、海嶺でうまれた海洋プレートは、1億数千万年経つと海溝で地球内部に沈み込んでなくなってしまうからです。
したがって、海洋プレートよりも古い時代の地球の歴史は、掘削科学では直接的に調べることができません。ですから、古い地層が露出している陸上の地質学や、地球の起源を研究する惑星科学などの専門家といっしょに研究しなければならないんです。
世界でも注目される研究が次々に生まれる理由
――研究者のみなさんは、いくつのセクションに分かれているのでしょう。
岩石、微生物、同位体といった3つのチームがあり、それらをまとめた「物質科学研究グループ」として研究活動をしています。
全部で15人程度の小さな所帯で、お互いに分野の融合を意識しています。
居室はいくつかに分かれていますが、岩石の専門家の隣に微生物の専門家がいたりもしますよ。たとえば地下生命圏の研究をするなら、地層や岩石のこともわからなければ地下の生命圏を紐解くことができませんからね。
異なる分野の研究者が、お互いに情報を交換し、刺激を与え合いながら仕事のできる環境になっていると思います。
その研究グループのほかに、「技術支援グループ」を置いているのも高知コア研究所の特徴のひとつです。ここにはコア試料を管理・分配するキュレーターのほか、実験設備や建屋などの維持・管理を担うスタッフも含まれています。
実験装置の細かい設定などをサポートしてくれる腕利きのテクニシャンが揃っているのは、研究者にとってじつにありがたいことですね。
じつは私自身、「テクニシャンがつきます」という魅力的な言葉に惹かれたことが、ここに来た大きな理由のひとつでした。それまで4年ほど仕事をしていたヨーロッパの大学や研究所では、テクニシャンと役割分担をするのがふつうでしたが、日本ではそういう研究所があまりありません。
ここの研究者は扱いの難しい装置を使うことが多いので、テクニシャンのサポートがなければ、皆自分の実力を十分に発揮できないと思います。その意味で、技術支援グループは高知コア研究所を運営する上でとても大切な存在です。
「楽しんで研究をする!」そのために必要な覚悟と勇気
――15人ぐらいの研究所で多様な分野をカバーするのは難しそうですが、どうやって少数精鋭の集団をつくっているのでしょうか。
たしかにそこは難しいのですが、じつは、大きな業績を上げている研究者をただ採用すればいいということでもないんです。
ほかの分野の研究者と融合したり、技術開発にも取り組む柔軟性を持つには、サイエンスそのものを楽しむ姿勢が大切です。
ただし「楽しむ」というのは、口でいうほど簡単ではありません。世界にはすごい実績のある名だたる科学者が大勢いるわけですから、そこで張り合っていくのは厳しい仕事です。それを楽しむには、相当な覚悟と勇気が要るんですよ。
もちろん、そういう世界で楽しんで仕事をするには、「自分はこうだ」という確固たるスタンスや自信も求められます。だから結果的に、何かしら自分だけの尖ったものを持っている面白い研究者ばかり揃っているんでしょうね。
そういう人たちが集まったら、あとは彼らが存分にサイエンスを楽しめる雰囲気や環境を整えてあげればいい。それが、私の役目だと思っています。
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• 取材・文:岡田仁志
• 撮影:市谷明美(講談社写真映像部)
• 取材・写真・図版協力:超先鋭研究開発部門高知コア研究所 廣瀬丈洋 所長
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