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JAMSTEC探訪

気候の専門家AI「気候特化型モデル」が地域や企業の地球温暖化への対策を提案する。AIが切り拓く科学研究と社会の未来像

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取材・文:福田伊佐央

今年の夏も全国的に高温が続きました。地球温暖化の進行によって、気温上昇だけでなく、極端な豪雨や干ばつなどの異常気象の発生頻度も高まると考えられています。温暖化が進んでも大きな被害が出ないように、あらかじめそなえておくことは今や人類共通の願いです。
生成AIを使って地球温暖化対策の立案をサポートする「地域気候サービス」を研究・開発しているのが、JAMSTEC付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センターの松岡大祐(だいすけ)さんです。専門家でなければ、この適切な対策を立てることはむずかしい課題でも、気候変動に特化したAIを開発することで地域ごとのサポートが可能だといいます。どのようにAIは気候変動を学習するのか? それをどう活用するのか? お話をうかがいました。(取材・文:福田伊佐央)

データサイエンス研究グループ グループリーダー 松岡大祐さん(撮影:村田克己/講談社写真映像部)

生成AIが地域や企業ごとの温暖化対策を提案する!

――松岡さんのご研究されているAIを使った「地域気候サービス」とは、どのようなものでしょうか?

現在、地方自治体や企業では、地球温暖化にともなう気候変動への対策を立てることが求められています。たとえば神奈川県では、県としてだけでなく、市や町の単位でも、温暖化の影響にどう対応するかという計画を策定していますし、企業でも温暖化によるリスク戦略を策定し公開しています。

「地域気候サービス」は、「生成AI」を使ってこういった地方自治体や企業が温暖化対策を策定するのをサポートするサービスです。

――なぜ、AIを使って地域気候サービスを提供しようと思われたのですか?

地方自治体や企業にとって、実現性の高い温暖化対策を立案するのは、高い専門性と大きな労力を要する作業です。

温暖化対策には大きく分けて「緩和策」と「適応策」の二つがあります。

「緩和策」とは、温暖化のそもそもの原因を減らそうという対策です。たとえば温室効果ガスである二酸化炭素の排出量を減らすために、省エネを推進したり再生可能エネルギーを活用したりするのが緩和策です。

一方の「適応策」とは、どうしても避けられない温暖化の影響にそなえるための対策です。たとえば気温の上昇にそなえて農作物を高温でも育ちやすい品種に変えたり、降水量の増加にそなえて河川の堤防を高くしたりといった対策が適応策です。

然起源の要因または自然起源の要因のみを考慮してシミュレーションされた世界平均気温(年平均)の変化(IPCC AR6 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約より)

そういった対策を考えるには、まず、気候変動に対する科学的な知識が必要ですし、地域産業や経済、政策などに関する知識も必要になります。温暖化対策の実行計画は、専門的な知識をもった職員が時にはコンサルティング企業などとも連携しながら時間と手間をかけて、ようやくつくれるようなものなのです。

でも現在は、専門的な知識をもった人員の確保や予算上の問題から、適切な温暖化対策を立てることが困難な自治体や企業もあるという状況になっています。

そこで、人員や予算の制約に縛られず、誰もがもっと容易に温暖化対策を立案するためのサポートをしたいと考え、地域気候サービスの開発を始めたというわけです。

科学的データを活用して温暖化対策を立案できる唯一のモデル

――具体的には、AIをどのように使って温暖化対策の立案をサポートするのでしょうか?

まず、膨大なデータで学習された「基盤モデル」とよばれる既存の汎用的なAIに、気候学や地球温暖化の知識を学習させて「気候変動特化型モデル」という特別なAIをつくります。これは、気候学や地球温暖化の“専門家”になったAIだと考えてください。

このAIに、地方自治体や企業の要望に合った温暖化対策の案を作成するサポートをしてもらいます。

たとえば、地方自治体の担当者が、温暖化対策の計画書をつくることになったとします。担当者は、気候変動特化型モデルに、チャットで「○年後に△△市で想定される気温と降水量の予測情報を考慮して、実現可能性の高い適応策を立てて」と指示します。

図2:地域気候サービスのイメージ。気候変動特化型モデルが、温暖化に関する各種データを参照しながら、温暖化対策の案を立てる(JAMSTEC提供図版をもとに作成)

するとAIは、気温や降水量の将来変化に関する予測データなどをデータベースから読み込んで、それらのデータをもとに適応策の案を生成してくれます。

自然科学的な情報と社会的な情報をつなぐAI

――予測データは事前に学習しておくのではなく、その都度、読み込んで使うんですね。

そうなんです。我々が開発した気候変動特化型モデルは、日本のどの地域の気温が将来において何℃上昇するかといった予測データを事前に学習しません。温暖化対策を考えるにあたって必要なデータを、必要に応じて外部のデータベースから取得してくるという仕組みにしています。

将来気候予測に関するデータはシミュレーションによって得られる数値データなので、大規模言語モデルで学習するのに向いていないという事情があります。

そのため、必要に応じてその都度データベースから参照するほうが効果的なんです。また、外部のデータを参照する形にしておけば、最新のデータを使うこともできます。

(撮影:村田克己/講談社写真映像部)

私たちが開発しているのは、今後各地で温暖化がどう進行するかをくわしく知っているAIではありません。あくまでも科学的なデータを活用して、社会的・経済的な側面も考慮しながら、温暖化対策を立てることができるAIです。自然科学的な情報と社会的な情報をつなぐことができるAIだといえます。

実は気候学にくわしいAIをつくるだけならむずかしくないのですが、物理法則に基づいて計算された将来気候予測データまで活用できるAIをつくるのは、そう簡単ではありません。科学的なデータを活用して温暖化対策を立てられるのは、世界でも私たちのモデルだけです。

気候変動特化型モデルはどのように作られるのか

私たちは、Meta社が開発した「Llama(ラマ)」という大規模言語モデルを東京科学大学が日本語向けにチューニングした「Swallow(スワロー)」というモデルをベースとして、気候変動特化型モデルをつくっています。「Llama」や「Swallow」は、自然言語処理における生成AIの一種である「大規模言語モデル(LLM)」です。

大規模言語モデルは大量の言語データを学習することで、人間の言語を理解したり、文章を生成したりできるようになったAIモデルのことです。

気候変動特化型モデルにするためには、気候学に関する知識を追加で学習させる「指示チューニング」とよばれる工程が必要です。

――どうやって気候学の知識を学習させるんですか?

指示チューニングの工程では、気候学に関する大量の論文や報告書を使って、基盤モデルに専門知識を学習させます。

その際、単に論文を読み込ませるのではなく、専用の学習データが必要になります。具体的には、気候学に関する質問と回答がセットになった大量のQ&A形式のデータです。そのような学習データは、気候学の論文や報告書をもとに、別のLLMを使って自動生成したQ&Aデータを人間の専門家が目視で確認することで用意します。

図3:気候特化型モデルの作り方。基盤モデルを土台に、指示チューニングやアライメントといった工程を経て、温暖化対策を立案できるLLMが出来上がる。 https://speakerdeck.com/chokkan/jsai2024-tutorial-llmを改編。(図版提供:JAMSTEC)

AIの学習も人間と同じ!? 試験問題でモデルの性能を評価

専門知識を教える指示チューニングの次は、「アライメント」という工程があります。これは模範解答の例などを学習させて、ウソや偏った情報が出力されないように調整するという工程です。

アライメントは、気候変動特化型モデルにとって、とても注意が必要な工程だと考えています。

――それはなぜですか?

気候変動特化型モデルは、温暖化対策を立案するために使われます。温暖化対策を実行するためには少なくないお金が動くので、ウソや偏った情報にもとづいた対策が立案されると、非常に問題になるからです。

また、相反する結論の論文が存在することもあれば、仮説があとで覆ることもあるかもしれません。個別の論文に対して人間が真偽を判断するのはそれこそバイアスを生みかねないので、今のところは被引用件数の多い論文や比較的最近の論文から学習データを作るようにしています。

――最後の「評価」という工程では、何を行うのですか?

気候学に関する4択問題を大量に解かせて、その点数によって完成した気候変動特化型モデルの性能を評価します。

図4:実際に「気候変動特化型モデル」の「評価」に使われた4択問題の例(図版提供:JAMSTEC)

――学習した内容が身についているかどうか、試験問題を解かせて確認するんですね。間違えた問題については、正解を教えて、次は間違えないようにするのですか?

それはやっていません。指示チューニングに使う学習データと評価に使う問題のデータは、完全に切り分けないといけないんです。

もし同じデータを使ってしまうと、事前に試験問題とその答えを知って、カンニングしているような状態になり、性能を正しく評価できなくなってしまうからです。

評価の工程に関していえば、4択問題を解いてもらうのに加えて、文章で記述する形式の問題も解いてもらいます。実際に、温暖化対策の立案のために使われるときは、文章を出力することになりますので。

記述式の問題に対する回答については、人間の専門家が点数をつけて評価しています。

AIは質問の仕方で、よい結論が出せる!?

気候特化型モデルの開発は2024年の秋に開始しました。2025年5月には、ChatGPTのように、チャット形式で質問すれば回答を出してくれるアプリをつくりました。

実際に地方自治体や企業で温暖化対策の立案に活用してもらうのは、まだこれからといった段階です。

(撮影:村田克己/講談社写真映像部)

――どんな課題に取り組んでいますか?

モデルの性能をさらに向上させて、生成される回答の精度を上げたり、回答までの時間を短縮したりしようとしています。

また、よりよい生成結果を得るために、AIにどういった指示をすればよいかについても研究しています。 一般的にチャット形式のAIは、質問や指示の仕方によって生成される結果が変わってくるという特徴があります。AIへの質問や指示の文章を「プロンプト」とよびます。

3人の仮想の専門家に議論させると!

たとえば、気候変動特化型モデルに「3人の専門家が話し合って、対策案のアイデアを出してください」と指示すると、よりよい生成結果が出てくることがわかっています。

3人の専門家として、具体的には「気候変動のリスクにくわしいコンサルタント」、「気候変動の研究者」、そして「企業の経営者や自治体の担当者」などを設定します。

すると3人が科学的な正しさや経済的コスト、政策の実現可能性などのことなる視点でアイデアを出しあって議論し、最終的に3人で合意できた結論を出力してくれるようになります。あくまでもAIの中での仮想的な3人による議論ですが、たんに対策案を出してくださいと指示するよりも、質の高い回答が出てきます。

図5:AIのなかの3人の専門家が話し合って結論を出すイメージ(提供:JAMSTEC)

あとはプロンプトの最後に、「期待しています」や「最高の結果を出してください」と付け加えるだけでも、いい結果が出ることも知られていますよ。

――AIも期待されると頑張るんですね!

気候変動特化型モデルの次の展開は

――今後は、どのような展開を考えていますか?

今回の気候変動特化型モデルは、社会課題の解決や実用化を目指したもので、より多くの人に使ってもらいたいと思います。

今は企業も、自社の事業活動に対する温暖化の影響やそれに対する戦略などをまとめた「TCFDレポート」(TCFD:気候変動関連財務情報開示タスクフォース、Task Force on Climate-related Financial Disclosures)とよばれる報告書を出すことが求められています。大企業ならともかく、中小企業はなかなかそういったレポートをつくることはむずかしいので、私たちのモデルを活用してほしいですね。

現場の人たちにいかに使ってもらうか、いかに受け入れてもらうかを考えるのは、科学研究とは別のむずかしさがあると感じています。さまざまな自治体の温暖化対策の担当者の人たちから話を聞く活動を始めていますので、現場のニーズを拾い上げて、モデルの開発に活かしていきたいですね。

(撮影:村田克己/講談社写真映像部)

あとは、使用者の状況に合わせて、モデルが出す回答が自動で変化していくような仕組みがあってもよいかもしれません。同じ温暖化対策といっても、自治体と企業では求められるものがちがいます。

たとえば、自治体が立てる温暖化対策は、社会的に弱い立場の人たちにも配慮したものであることが求められます。自治体や企業の担当者とチャットで話していくうちに、モデル側で「この人はこういう回答を好む」あるいは「好まない」といったことを学んでいって、自動でアライメントがおこなわれていくような仕組みです。

さまざまな分野のAIが“会話”しながら地球科学研究を進めていく!

――地球温暖化以外の分野への展開はいかがですか?

私自身は気候学者ではなくAIの研究者なので、気候変動や温暖化に特化したモデルのほかにも、さまざまな特化型モデルに挑戦したいと考えています。

JAMSTECは地球科学に関するモデルをたくさん持っていますし、それを動かす「地球シミュレータ」というスーパーコンピュータも運用しています。

膨大なシミュレーションデータや観測データがあり、追加のデータが必要なら自分たちで計算したり観測しに行くこともできる。地球科学関連のAIをつくるときに、JAMSTECは非常に有利なんです。

近い将来、さまざまな分野のAI同士が直接“会話”することで、AIによる科学研究や社会課題の解決が進むのではないかと考えています。

たとえば、気候変動に関する未解決問題について、気候に特化したAIと海洋に特化したAIと生物に特化したAI、または政策や経済に特化したそれぞれのAIがたがいに自説を出し合ったり、新たなシミュレーションを実施したりしながら、解決策をさぐるような未来がやってくると思います。

そんな時代が来たときに、日本が独自のAIモデルをもっていなければ、AI同士の会話の輪に入れません。日本のAI抜きで議論が進んだ場合、日本にとって不利な条件で何らかの解決策が提示される可能性もあります。

人間社会と地球環境は、切っても切り離せない関係にあります。AI同士が議論する時代が来たとき、気候や海洋などの地球科学に関するAIは議論の中心になるのではないかと考えています。

(撮影:村田克己/講談社写真映像部)

• 取材・構成:福田伊佐央
• 撮影:村田克己(講談社写真映像部)
• 取材・図版協力:付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター データサイエンス研究グループ 松岡大祐 グループリーダー

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