科学者になるためには何が必要なのでしょうか? やはり学校の成績はよくないとダメなのでしょうか? はたまた科学者に向いている人っているのでしょうか? 生命研究の第一人者として大きな業績をあげている超先鋭研究開発部門、部門長の高井研さんの型破りな考えとは!(取材・文:岡田仁志)
問題を見つけて、答えを発見する!
まず、科学者の「研究」は、学校でやる理科の「勉強」とはちがいます。
科学者の仕事は、いままで誰も知らなかった新しい知識を見つけることです。誰も知らないのですから、それはまだ教科書には書いてありません。自分で問題を見つけて、その答えを発見するのが「研究」です。
それに対して、学校ではこれまでに誰かが調べてすでにわかっていることを勉強します。だから、答えは教科書に書いてあります。理科のテストでも、まだ誰も答えを知らないような問題は出ません。
研究と勉強にはそういう違いがあるので、理科のテストで良い点数を取れる優等生だからといって、必ずしも研究者に向いているというわけではないでしょう。
もちろん、新しい知識を見つけるためには、これまでにわかっていることを知っておく必要があるので、研究者も勉強はしなければいけません。でも、「勉強ができる人は研究もできる」ということではないのです。
生命の形は本当にこれだけなのか?
たとえば、いま地球にいる生命はみんなゲノムを持っています。これは、すでに誰かが調べてわかっていることなので、教科書にも書いてあります。しかし、その知識だけで止まっていては、科学は先に進みません。
いまの地球生命がみんな遺伝の仕組みやゲノムを持っているのは、およそ40億年前に生まれた「LUCA(ルカ)」と呼ばれる共通祖先が遺伝の仕組みやゲノムを持っていたからです。微生物から私たちヒトにいたるまで、いまの地球生命はすべてLUCAの遺伝の仕組みやゲノムを受け継ぎました。
でも、LUCAの前にも地球で生命が生まれていたとしたら、どうでしょう。それはまだ誰も答えを知らない問題ですが、私は「LUCA以前」の原始生命に遺伝の仕組みやゲノムはなかったのではないかと考えて、それを明らかにするために研究をしています。
「生命には遺伝の仕組みやゲノムがある」という教科書的な知識だけで満足していたら、そういう発想は出てきません。
JAMSTECの研究はおもしろい!
私が所属するJAMSTEC(海洋研究開発機構)には、ほかにもそういう研究者が大勢います。
たとえば、深海熱水噴出孔(しんかいねっすいふんしゅつこう)のまわりに生息する「スケーリーフット」などの貝や軟体動物(なんたいどうぶつ)の生態や進化を研究しているCHEN Chong(チェン・チョン)さん。
彼は、遺伝(いでん)の仕組みやゲノムの変化だけで進化は語れないと考え、生物の「形」に「進化」の意味を新たに見出そうと研究しています。
地球生命の進化には遺伝が関わっていますが、進化の謎を解くために必要な証拠は遺伝やゲノムだけではありません。犯罪捜査をする警察は、現場に残された指紋を証拠として重視しますが、犯人を突き止めるのに必要な証拠は指紋だけではないでしょう。それと同じように、遺伝やゲノムは生命を研究する上での強力な証拠ではありますが、それだけに頼っていては見えてこない真実もあるはずです。
チェンさんの研究について知りたい方はこちら
鉄のうろこ、他の生物で偽装……謎多き貝の生態、その進化の分かれ道は?
「本当は違うかもしれない!」という視点
いずれにしても、良い研究者になるためには、勉強で身につけた「常識」だけにしばられないぶっ飛んだ発想ができなければいけません。誰も知らない新しい発見をするには、ほかの人が考えないことを考えられる力が必要です。
「そういうのは生まれつきの天才じゃないと無理」などと思い込んでいる人もいるでしょう。でも、けっしてそんなことはありません。そういう力がつくように、日頃から自分で自分を訓練することができます。あえて他人と違うことをしてみたり、ちょっとだけルールを破ってみたりするのです。
たとえば大学生の就職活動を見ていると、男子も女子もみんな同じスーツを着ています。それが「常識」になっているので、違う服装をするのは勇気がいるでしょう。そこに、自分だけTシャツと短パンみたいな恰好(かっこう)で行けるかどうか。そういう「掟破り(おきてやぶり)」をしてみることが、科学者になるための訓練になります。
そういう「人と違う行動」をするのは、勇気がいるでしょう。ふつうは「おかしな人だと思われて笑われるんじゃないか」「親や先生に叱(しか)られるかもしれない」などと思って、なるべくみんなと同じように行動しようとします。
でも、まわりの目を気にして「常識」だけにしたがっていたら、新しい発見なんかできません。これまではみんなが正しいと思っていた自然界のルールが「本当は違うかもしれない」と疑うところから、科学の研究は始まります。
「空気」に負けない強さ
日頃から、意味のよくわからないルールを破る勇気が持てないようでは、そういう研究はできません。全世界の人々に反対されても、「自分はこれが正しいと思う」と信じて研究を進められるのが、科学者に求められる能力です。そういう意味でも、人のいうことを素直に聞くだけの「優等生」は科学者に向きません。
もちろん、大勢で行う実験や観測など、科学者にはチームワークが求められる仕事もあるので、みんなと協調する能力も必要です。でも、自分がおかしいと思うことは「おかしい」と、はっきりいわなければいけません。お互いにそれを伝え合って、遠慮(えんりょ)のない議論を重ねることで、科学は進歩していきます。
笑われたり叱られたりするのを怖がって、みんながまわりの「空気」にしたがってばかりいたら、科学はそこで終わってしまうでしょう。科学者を目指す子どもたちには、まわりの「空気」に負けない強さを身につけてもらいたいと思います。
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取材協力:超先鋭研究開発部門 高井 研 部門長
撮影:市谷明美(講談社写真部)